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1503 北海岬=むつ市脇野沢(青森県)その名の雄大さに比しては小ぶりにまとまった岬は九艘泊の集落と港を守ってきた [岬めぐり]

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 その名はなかなか景の大きな、なんとなく雄大なイメージがありそうだが、実際の北海岬はさほどではない。貝崎よりは幅が広く、大きく飛び出していて、先端部には岩峰というより岩の塔のようなものがある。北から下ってくる船の上からは、貝崎の端にまずそれが見え始めてくる。
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 岬をぐるりと遊歩道が巻いており、先端から400メートルのところには九艘泊の港と集落があるので、人里離れた場所に孤立しているわけでもない。岬をつくっている尾根の高さは50メートルほどしかない。
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 そんな北海岬だからか、それに関する情報もほとんどなくて、どういうわけか神威岬や積丹半島がすぐに出てきたりする。その薄い検索項目のひとつに、でんでんむしブログから、

   635 北海岬ほか=むつ市脇野沢(青森県)津軽半島と下北半島の間で…平館から脇野沢の岬を

が拾われて出てきてしまう。この項目は対岸の津軽半島の平舘から下北を眺めた遠望に過ぎないもので、備忘的に入れた項目だった。おそらく、北海岬で検索して、それをご覧になった方々には不満があったことだろう。ここで、その埋め合わせをしておかなければならない。
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 北海岬の尾根を北へ辿ると、東北自然歩道の山道があり、ふたつの峰をもつ標高300メートルのガンケ山に至る。ガンケ山付近は林道も通っていて、これを下ると九艘泊川に沿って九艘泊の集落に降りてくる。
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 九艘泊(くそうどまり)という名からは、九艘もの船が停泊したという風景がすぐに想像できる。実際、義経伝説つながりでそういう話も伝わっているようだが、それは後世のこじつけだろう。また、由来の一説にはここを通る船のうち十艘中九艘は停泊するから、というのもあるという。下北半島南部ではいちばん奥の港であるから、そういう避難港的な意味合いもあったのかもしれないが、この北海岬東のそう大きくない入江に港が開けたのは、かなり古くからのことらしい。
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 江戸時代の初め頃に、南部盛岡藩が開いた田名部五ヶ湊のひとつとして、廻船が集い重きをなしたというのだ。だが、その繁栄はそう長続きはしなかったようで、その後はその役回りを脇野沢にとって代わられてしまう。
 後背地が開けた脇野沢と山間の九艘泊の地形を比較してみると、それは自然の成り行きでもあったとも言えるのだろう。
 では、なぜ最初から脇野沢ではなく、九艘泊からだったのだろうか。そういう別の疑問も湧いてくる。それも地形から想像できるところは、自然の入江を備えた九艘泊のほうが船溜まりとして使いやすかったが、脇野沢のほうは築港までに多少の手間を要した…そんな事情も考えられる。
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 前項では、貝崎まで32キロの間、海岸線を辿る道がなかった、と書いていたが、集落も牛滝以来20キロぶりとなるのがこの九艘泊なのだ。商業港としての役目が失われた後は、もっぱら漁村として存在してきた集落とその港を、強い北風から守ってきたのが北海岬であった。
 この名は北海道にあるのがふさわしくも思えるが、北海道には同名の岬はない。ここだけである。
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 すると、検索で出てくる「冠二郎の北海岬」というのも、ここの岬を歌っていることになるが、あまりヒットしなかったのか、あの歌かという記憶はない。そう、北海岬は検索でも歌でもあまりヒットしない岬なのか。
 実在の岬名を題名にした歌は、結構あるようなのだが調べたことはない。実は、調べようとして結局やらなかったのは、すぐ行き詰まってしまいそうだから…。
 だってね、まず♪北の街ではもう悲しみを暖炉で…の襟裳岬でしょ、それに♪北の岬に咲く浜茄子の…の立待岬、♪聞こえるはずない汽笛を聞いて…の越前岬でしょ、それから♪流氷溶けて春風吹いて…の宗谷岬…。そのほかにも、ご当地ソングばやりのご時世、神威岬・納沙布岬から辺戸岬・残波岬まで、日本全国いろいろあるにはあるらしいが、どれもほとんど聞いたことがない歌ばかりなのだ。それらを集めてみても、どうってことはないと思ったわけですがね。

▼国土地理院 「地理院地図」
41度8分27.41秒 140度46分9.84秒
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dendenmushi.gif東北地方(2017/09/05 訪問)
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1502 貝崎=むつ市脇野沢(青森県)32キロぶりに復活した下北西海岸の道は遊歩道だった [岬めぐり]

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 しばらく崖の中の岬が続いてきたが、平舘海峡も貝崎まで南下してくると、やっと普通の岬っぽくなってくる。穴間山の西の端で南に延びる細い尾根の先っちょが貝崎で、その東側は貝崎沢という谷が切れ込んでいる。貝崎の先端では、低くなってき尾根が岩礁になって海に落ちる。出っ張り自体はさほど大きくないので、うっかりすると知らずに通り過ぎてしまいそうだ。
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 それに加えて、そのさらに南500メートルのところにある北海岬と、どうかするとくっついてしまいそうで、とくに北側から眺めると、見えるのは北海岬ばかりで、貝崎はその横にくっついて見える。
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 そんなわけだから、ここは貝崎と北海岬を一項目にまとめたほうがいいのかなとも考えたが、やはり別項目にすることにしよう。
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 そうした理由は、下北半島西海岸を下ってくるなかで、佐井からずっとしばらくなかった海岸線の道が、この貝崎から復活するからだ。佐井の磯谷集落まではなんとか続いていた海岸線の道は、そこからこの貝崎まで南北32キロ(ごく大雑把な凸凹を含む)に渡って、まったく途絶していた。
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 復活した破線の道は、貝崎の先端にあるわけではないが、水はなさそうな貝崎沢の奥まで伸びていて、沢の入口にあたる小さな入江の海岸近くには、地図にもある数棟の建物も見えている。
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 ここが九艘泊西の外れの集落なのかと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。
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 地図の道は貝崎から海岸沿いに南下して、北海岬をぐるりと回りこんで九艘泊集落に達しているが、その間ずっと破線のままである。つまり、この道は自動車は通ることができないのだろう。海岸の遊歩道のようなものなのだろうが、それではこの水もなさそうな貝崎の沢では生活はできないだろうから、集落の外れではない。
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 では、ここの建物はなんなのか。気になったので調べてみると、例によって貝崎という岬の情報はまったくと言っていいほどないが、「貝崎園地」という情報が数件あった。
 その中の、移住・交流推進グループ・青森県企画政策部地域活力振興課という長ったらしい名前の「あおもり暮らし」サイトのあるページには、次のような記述があった。
 
 貝崎園地  観光情報 概要
脇野沢港から西へ車で約15分。車道が終わり、海岸沿いの遊歩道を行くと貝崎園地があります。
北海岬展望台や海峡展望台からは陸奥湾、津軽海峡が一望できます。
ときおりカモシカやサルも顔を出すこともある、大自然の公園です。
炊事場やトイレを完備したキャンプ場、バンガローもあります。
 
 同じサイトでは「夏季はヤマセによる影響にて冷涼、冬季には降雪が多く150cm近く積もる」という青森県でも、移住促進をはかっているらしい。寒い北国にもそれなりの良さが充分にあるのだろうから、移住のメリットを求めてくる人もあるのだろう。だが、人一倍寒がり屋のでんでんむしにはムリだな。
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 なるほど、見えていた建物は短い夏のためのキャンプ場の施設だったのだ。それで納得。
 しかし、数少ない中の別の情報に、2014年に公開されたYouTubeの「貝崎園地キャンプ場跡」という投稿動画もあった。それは、荒れ果てた廃墟動画で…。遊歩道も、何箇所も割れ落ちり大きな石が塞いだままになっていた。
 ということは、ほんの数年前までは一度は廃棄された状態になっていたものを再び改修して復活させた、ということになる。となると、復活のドラマもおもしろそうで興味をひかれるのにね。
 (と、書いていちおう締めくくってはみたのだが、どうもこの貝崎園地、現在本当に復活しているのかどうか、だんだん怪しいようにも思えてきた。ひょっとしたら、逆に県のサイトのほうが情報の更新がされず、古いままなのかも?…と。)

▼国土地理院 「地理院地図」
41度8分39.92秒 140度45分56.43秒
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タグ:青森県
きた!みた!印(28)  コメント(0) 
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1501 アモ十太岬=むつ市脇野沢(青森県)名前からするとなにやら曰くありげなのになんにも情報がないので [岬めぐり]

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 「断層海岸」については、「1499 焼山崎」の項以来ずっとしつこく追いかけてきたのだが、その用語の使い方に偏りがある原因は、どうやらひとつの学説としてはあるものの、定説として学会に定着していなからではないのだろうか。(ただ、断層の存在自体は一部最新の探査技術を使った調査の結果でも、明らかにはなっているらしいし…。)
 大間原発にからむ地質調査などの結果が、断片的にネットで検索でき、それをシロウト目線で拾い読みしてみると、そんな印象も受ける。
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 こういった事例は結構多くて、ある学者の著書に書いてあって、へーそうなのかと感心していると、ほかの学者はまったくそれを評価していない。学説が定説になり一般人の常識になるには、何万年単位の地質年代ほどではないにしても、相当の時間が必要なのだろう。
 これまで、下北ジオパークの説明に書かれている「断層海岸とも呼ばれ」「断層海岸といわれる」というほかではあまり使われていない表現の背景を、僭越は承知でシロウトがいろいろ勘ぐってみたが、果たしてどの程度あたっているのだろうか。もし、まるっきりの間違い見当違いというのであれば、情報提示のしかたにも問題があるということになろう。
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 専門家の提供する情報が、一般人の知りたいこと、普通のシロウトにも理解できるような状況にないことは、この分野に限らずどこでも共通してある。そんなことは専門家や研究者の仕事ではない、という主張も一部あるのかもしれないが、それは考え違いだろう。ジオパークそのものの趣旨がそうであるように、一般への知識の普及活動は、専門家や研究者の重要な仕事、義務と言ってもいいことのひとつではないのか。
 常々そんなことを思っているでんでんむしは、ジオパークについてもその想いをところどころで書いてきた。

 番外:地層切断面=大島町野増(東京都)ジオパークは日本列島の断面をどう切り取って魅せることができるか

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 とはいえ、何百万年何千万年前になにがどうしたか、そんなことが簡単にわかるわけもないし、言えるわけもない。この分野のむずかしいことは、充分に理解できるが、それでもこれまでに多くの専門家研究者のおかげで、いろんなことがだんだんにわかってきている。その一部でいいから、あるいは基本のところだけでも、普通の人々の関心にフィットするように伝えることはできるはずなのだが…。
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 仏ヶ浦・新山崎・焼山崎・大崎と続いてきた断層海岸と海蝕崖は、まだまだ南へつながっていく。大崎の南1キロちょっとのところには、面木(おもぎ)という表記のある崖が続き、その上では山が切れて鞍部になっている。そこまで脇野沢に通じる面木沢に沿って林道があり、破線の山道が鞍部を越えて崖を降りている。
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 面木からまた1キロ南には、青石という表記が付けられた崖がある。また、材木岩とか穴間というのもあって、そこにも林道が延びてきている。300メートルの穴間山の南西がアモ十太岬と名付けられた50メートルの断崖で、この辺りまでくると等高線の間隔も少し広がって、崖の傾斜はゆるやかになってくる。
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 アモ十太岬というのも、なにやら曰くありげな名前なのだが、それについての情報はまるで得られない。アモ十太岬で出てくるのはただ地名を並べただけの場所取りサイトと、わずかな釣行記録のみである。脇野沢付近ではいわゆる遊漁船や渡船はないので、ここまでやってくる釣り人は、漁師さんに頼んで漁船を出してもらう、とあった。
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 見た目よりはアモ十太岬付近の足場はいいようだが、それにしてもよくこんなところまでと、日本中どこへ行っても、釣り人のあくなき執念には毎度感心させられる。けれども、アモ十太岬まで船を出してもらってやってくる釣り人も、そこらの岩や崖がなんでどうしてできたのか、そんなことには興味がないのだろうか。おそらくないのだろう。一般人の興味と言っても、それを平準化するのもむずかしい。
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 アモ十太岬から南へは、屏風岩を挟んで遠くに貝崎が見えてくる。この岬を回り込むと、もう脇野沢港も近い。
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▼国土地理院 「地理院地図」
41度9分38.03秒 140度46分2.31秒
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きた!みた!印(30)  コメント(0) 
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1500 大崎=むつ市脇野沢(青森県)「断層海岸」と言われるマサカリの刃はこうして研がれていったのか [岬めぐり]

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 大崎という名のつく岬は、黒崎についで二番目に多い。どれもその付近では最も存在感を発揮しているような岬に、この名はつけられることが多いようだが、ここの大崎もそうで、まぎれもない大崎である。
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 見た目はそんなに大きく飛び出しているという感じでもないのだが、やはり地図で検証してみると、大崎と呼ぶにふさわしい。
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 国道からは2.6キロ離れているだけだが、佐井村とむつ市の境界線がある武士泊から穴間の凹みまで、大崎を頂点とする5.6キロもの長い折れ線(細長い三角形の二辺)が引ける。それがほぼ丸々大崎の出っ張りだとも言える。
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 したがって、福浦崎から南の海岸線ではどこからでも、いとばん遠くの端に見えていたのがこの大崎なのだ。
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 ほんのりと丸く膨らんだ大崎から、対岸の平舘灯台までは10.5キロで、ここが下北半島と津軽半島の間の平舘海峡がいちばん狭くなっているところ。
 大崎の上の山は300メートルと、そんなに高い山ではない。しかし、その山頂の下標高200メートルの地点から大崎の先端までは垂直の幅で180メートルしかない。180メートルの幅の距離で200メートルもの落差がある。つまり等高線が、ぐっと狭く詰まっているわけで、それは急傾斜であることを示している。そして、おそらくはその断崖は海の中まで続いていることだろう。
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 これが、下北ジオパークその他青森県関係のサイトでも繰り返し強調している「急峻な断崖」そのものなのだ。
 似たような状況の断崖は、新山崎でも焼山崎でも同様にあったが、落差の激しさ(急傾斜度)では、大崎がいちばん。
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 この断崖が、下北ジオパークが「断層海岸といわれる」という断層でできた海岸とすると、その断層はいつ頃に起きたものだろうか。まず想像できるのは、グリーンタフ変動の時期(約2,300万年前から約500万年前までくらいの中新世)だが、それと同時期と考えていいのだろうか。いやいや、それは岩石が形成された時期なので、その頃から日本列島の形ができていたとは考えられない。したがって、現在の地形に近い形をつくり始めたのは、もっとずっと新しい時代の地殻変動による断層なのだろう。
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 海蝕崖というのは、崖または山ができたその後で、長い時間の間にそれが海に削られて崩れてできた急傾斜の崖ということになるはずなので、この両者の間にはかなり大きな時間的なズレが生じることになる。
 つまり、「断層海岸」と「海食崖」は、その断層と海食のそれぞれ作用した時期が大きくずれているはずで、強いて言えばまったく別の時期の別の状況を示していると思われるが…そういう解釈でいいのだろうか。
 そうだとすると、新山崎から南に向かって連なる焼山崎そして大崎の3つの岬の崖は、断層でできた海岸が、さらに海食によって削り取られて急峻な崖をうんだ、そういうことになる。
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 地図で大崎の表記がある東には300メートルのピークがあるが、ここを東西の断面でみると「ヘ」の字型になっている。西側は急な崖だが、海岸に近いピークから東へは、谷がゆるやかな傾斜をつくる面木沢から、脇野沢川の上流に合流し南に下っている。
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 大崎の崖は、深い大きな山の端にあるのではなく、海岸だけで盛り上がって急に落ち込んだようになっているわけだ。このことからみても、この崖が大きな地盤の変動によって生じた断層で生じた、マサカリの刃は断層によって研ぎすまされたという想像はできる。
 さらにシロウトの想像を膨らませれば、屏風を立てたような崖と山は、南の八甲田山や岩手山とつながる奥羽脊梁山脈の一部だったのだろう。
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 大崎の北にある焼山崎(前項)については、アイヌ語源関連もあった。いつもの「落合道人」ブログのコメント欄では、次のような指摘もいただいた。
北海道にも多い地名ですが、アイヌ語でya・ke(ヤケ)は削られた岸辺=断崖絶壁の意味になりますね。by ChinchikoPapa (2017-11-05 12:08)
 なるほどそうでした。そうすると、アイヌの命名者も、特異な岩肌の色については完全スルーしていることになるので、ナゾはいっそう深まる。

▼国土地理院 「地理院地図」
41度11分40.36秒 140度45分53.27秒
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きた!みた!印(32)  コメント(0) 
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1499 焼山崎=下北郡佐井村大字長後(青森県)ここの岬はなぜ「焼け」たのか誰も教えてくれないのも不思議ですが… [岬めぐり]

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 下北半島のサルとその生息地が、なぜ「∴ 」つきで特筆されるのかといえば、それは世界的にみてもヒトを除く霊長類ではここのニホンザルが最も北に生息しており、その場所としてはこの下北が世界でいちばん北に位置しているからだ。
 彼らは山の中に孤立しているわけではなく、生息地の南部、脇野沢に近いところではしばしば人間の世界に降りてきて農作物を荒らすなどの食害も起こっていて、保護と対策が問題になったりしている。
 山の中では、自然林の伐採などによって広葉樹林帯が縮小され、食料確保がむずかしくなるという事情もあったのだろう。そのため、下北のサルは道路もなく人もいない海岸に降りてきて、海藻貝類など海性の食料をじっくり調達するという芸当も身につけた。ポーラスターから海岸を眺めていても、サルらしい姿は発見できなかったが、これも世界的にめずらしく、ここだけでみられる現象だという。
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 地理院地図では、焼山崎のすぐそばに記された「∴ 下北半島のサル…」表記から大荒川を越えて少し東にずれた山のところにも、もうひとつ別の「∴ 」がある。それは「縫道石の特殊植物群落」というもの。世の中には、普通には知らない知らずにすんでいることがいっぱいあるものだ。これはいったいなんだろう。
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 縫道石山(ぬいどういしやま)というのは、仏ヶ浦の東3.6キロのところにある標高526メートルの岩峰ドームの山で、その岩に生えているオオウラヒダイワタケの群生が天然記念物に指定されており、それの群生が縫道石山から離れた焼山崎の東(縫道石)にもあるらしい。なんでも、その地衣類は氷河期をも生き残ったものなのだという。そしてまた、世界では北米東部のアパラチア山脈と日本にしかないのだという。そうきけば、それもまたありがたく思えてくる。
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 ポーラスターの船内放送で観光ガイドが流れるのはたまにしかないようだが、それによると焼山崎はこの海岸で屈指の見どころだという。確かに、赤茶けた岩肌が広く大きく露出しているのは、なかなかない景観であろう。
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 焼山という火山性の山の名もあちこちにあるが、ここは日本列島形成時のことはさておけば、その後の火山噴火によるものではないようなので、「焼山」ではなく、「焼けた」山崎なのだろう。また、焼山崎という名の岬もいくつかある(下北半島の太平洋側にもひとつある)が、それらの多くは、なぜ「焼」なのかよくわからないところも多い。
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 ここは一目見ただけで「焼」のつく意味がよくわかるが、不思議なことにどうしてこの海岸の岩肌が、こんな色になっているのか知りたいと思って調べようとしても、なかなかまともに答えてくれる情報が見当たらない。
 下北ジオパークのサイトを見ても、「下北の南西部海岸は断層海岸とも呼ばれ、落差100mを越える断崖が連続しており、新山崎、焼山崎等では落差300~500mの急峻な断崖」と断崖は強調されているが、なぜこのような岩肌なのかの説明はない。その下北ジオパーク推進協議会の焼山崎ジオサイトの説明は、こう言う。

 断層海岸といわれる西海岸は、落差100mを越える断崖が連続しており、新山崎、焼山崎等では落差300~500mの急峻な断崖となっています。断崖を形成している岩体の下部は前期~中期中新統金八沢層の玄武岩、上部は中期中新統檜川層の流紋岩質凝灰岩より構成されます。赤褐色に変色した岩肌が特徴的で津軽海峡を横断するフェリーからも確認できます。


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 これまた岩肌には触れながらも、その理由や原因は無視している。ジオパークやジオサイトの説明が、「かっかそうよう(隔靴掻痒)」であるということについては、前にも佐渡ヶ島かどこかで書いた記憶があるが、せっかくみんなに広く興味を持ってもらいたいというその趣旨には充分に届いていなくて、まだまだ工夫も努力も足りない。
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 もうひとつそこで気になったのが、「断層海岸」という用語で、あまり聞き慣れないないなあと調べてみようとすると、確かにそういう用語はあるらしくネット辞書の用語解説はぞろぞろ出てくる。要するに断層でできた海岸という文字通りなのだが、しかし、それについて記述した情報は、ほとんどといっていいほどない。この用語を使っているのは、下北ジオパークくらいしか出てこないのだ。それもまた不思議というかおもしろいなあと…。
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 では、国土地理院はどう言っているのだろう。
 「日本の典型的地形に関する調査」の結果をまとめた、地形を成因別に 194 の地形項目に分け、それぞれの代表的な地形項目を示している国土地理院のサイトがある。それによると、「海の作用による地形」のうち「海食崖(波食崖ともいう。海に面した山地や台地の前面で主に波食作用によってできた崖)」に該当する青森県の地形として、仏ヶ浦と焼山崎をあげているが、断層海岸という用語はどこにもない。
 焼山崎の岩肌が赤茶けているのは、どうやら、玄武岩に含まれている鉄分が風化によって変化したから、ということらしいのだが…。それで合っていますかね。
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▼国土地理院 「地理院地図」
41度15分11.99秒 140度46分49.47秒
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