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068 赤根崎=熱海(静岡県)人はなぜ金色の夢をみるか [岬めぐり]

 湯河原からすぐに県境があって神奈川と静岡を分ける海岸を熱海ビーチラインという道路が走っている。いつも電車でトンネルなので、一度ここを通ってみたいと思いつつ、今回もまたバスダイヤの都合で果たせなかった。この誰も立ち入れないらしい道路脇に大黒崎、鏡ヶ浦のホテル群の間にちょこっと名ばかりの魚見崎、熱海と網代の間の海岸に赤根崎と、熱海の岬はこれだけである。
 とくに赤根崎や鏡ヶ浦などをみると、景勝の海岸の岩場を、誰がどういう権利で私有しているのか、占有できるのか、その結果せっかくの景勝を台無しにしてしまうのか、それが不可解に思える。

 昔は熱海といえば、一も二もなく『金色夜叉』だった。でんでんむしがそれを読んだのは高校生の頃で、おそらくこういうものを読んだ経験を持つ最後の世代だったのだろう。その後は“キンイロヨマタ”というギャグに使われるくらいがオチになってしまった。それでも熱海といえば“貫一お宮”になってしまう。
 だいたい、“お宮の松”だの“銅像”だの小説の話がそのまま実在するかのごとくにつくられるようになったのも、そもそものはじめはこの熱海だったのではないだろうか。“100万ドルの夜景”などという相当にいかがわしい形容を、恥ずかしげもなく使いはじめたのも、熱海が元祖だったのかもしれない。
 何百人という団体をいくつも日夜受け入れて、多くの旅館やホテルが夜ごと飲めや歌え踊れの宴会の客で溢れていた、そういう時代はそれでも結構長く続いたというべきだろう。そんな慰安や旅行を求めて、全国から熱海へやってくる人が、かなりの数いた。今思えば、むしろそのほうが不思議というべきなのだが、バブルに浮かれて膨らんだ欲望は、それがはじけるまで真の姿を見つめ直すことができないものなのだ。
 はじけてみると、あの夜ごとの歓楽は夢のまた夢である。巨大なホテルが廃業に追い込まれて廃虚のような姿をさらしていた。錦ヶ浦が自殺の名所といわれたのも、相当昔のことで、大きなホテルが崖にせりだすように建っている。ここからさらに南に向けての風光明媚な岩礁の上には、高級な割烹旅館なども連なっていたのだが、それらもわずかに撤去する費用も惜しんでそのままに草むらに残された標識などでわかるのみだった。
 けれども、あらゆることにおいて時は傷を癒してくれる。熱海もまた、廃虚と化していた建物が復活したり、マンションに衣替えしたり、高齢者施設になったりと、イメージチェンジをはかりながら、再生しつつある。坂の多い細い道の入り組んだ、ごちゃごちゃした町並みも、気のせいか少しは活気が戻ってきている。
 実をいえば、かなり前にはここのMOA美術館と並ぶ斜面にできたマンションに移住しようかと考えたこともあった。静岡県だから首都圏ではないが、スイカも使えるそのはずれにひっかかっているし、新幹線で東京へ通勤もできなくはない。そんな金色の夢も夢で終わってしまった。

 網代湾の南に朝日山という山があり、ここも立岩という岩が海中に立つ岬なのだが、ここにはそういう名前がついてはいない。
東海地方(2007/01/09再訪)

068 赤根崎


タグ:静岡県
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