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540 足摺岬=土佐清水市足摺岬(高知県)足摺をして『これ、乗せてゆけ。具してゆけ』と喚き叫び給へどもかひなし [岬めぐり]

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 “伝説は大切”というでんでんむしだが、それによる断片的な記憶によって重要な思い違いに長い間支配されていたことに、突然気がついてしまって慌てたりする。
 「足摺岬」の“足摺”というのは、平清盛政権の転覆を計った鹿ヶ谷の陰謀の罪に問われ島流しにあった俊寛僧都の逸話によるものだと、どこかで仕入れた俗説をなんとなくそのまま受け入れていたフシがある。
 現に、今もそういう記述(例:“俊寛は足をばたばたさせ身悶えして悔しがったが、これが後に足摺岬の地名となった”など)を載せているネット情報は多いようだ。ところが、これがえらい大間違い、とんでもない誤解なのである。が、ちょっと考えれば、足摺岬と俊寛を結びつけるのはおかしい、ということに気がついてしまう。
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 俊寛の話は、作家にとって魅力のある題材らしく、菊池寛、倉田百三、芥川龍之介などが取りあげているが、その元はやはり近松門左衛門なのであろう。「鬼界ヶ島に鬼はなく、鬼は都にありけるぞや」という俊寛は、いったんは冷静に一人島に残る決断をするものの、帰って行く赦免船を見送るときには、一転して悲嘆に暮れるばかりでなく、岩に登り松にすがって泣き叫ぶ。芝居では役者の見せ所となるこの場面から、悔しさと未練と赦免という希望の灯が現われたことによって増幅された望郷の念が、絶望へと変わり、“足摺”となっていくわけである。
 近松のこういった脚色の元になっていたのは、当然『平家物語』であるが、ここには「足摺をして」乗せてゆけつれてゆけと言ったとあるが、比較的あっさりしたものである。
  僧都せん方なさに、渚に上がり倒れ伏し、幼き者の乳母や母などを慕ふやうに、足摺をして、『これ、乗せてゆけ。具してゆけ』と喚き叫び給へども、漕ぎゆく船の習ひにて、あとは白波ばかりなり。いまだ遠からぬ舟なれども、涙にくれて見えざりければ、僧都、高き所に走り上り、沖の方をぞ招きける。
 今に伝わる、俊寛の物語や、そこから生まれた説話の多くは、近松の描き出したほかの二人の流人に島の娘千鳥まで加えた、人間の恩讐があやなすドラマによるところが大きい。今月いっぱいで建て替えのためなくなってしまう歌舞伎座で、その昔一度その舞台をみたことがあるが、役者やら細かいことは全部忘れている。
 鬼界ヶ島は、佐多岬の南西40数キロの海上にある火山島で、今の硫黄島である。こういうとまた、そそっかしい人から「ああ、あの『硫黄島からの手紙』カンドーしました。渡辺謙カッコよかったですゥ」などと言われると困ってしまうな。
 刑罰として遠島されたのだから当然、島である。絶海の孤島(といっても、鬼界ヶ島からは、竹島など近くの島が見える)でなければならない。すると、足摺するとしてもその現場も島であって、それが四国の岬などではつじつまが合わない。当時の認識範囲内の世界観でいえば、充分絶海であり、孤島であった。それでも、ここは硫黄の産出地であり、古くから交易ルートに入っていたから、流人も食料などには困らなかったはずだという指摘もあるが、それもなるほどである。
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 では、「足摺岬」の名は、どこからきたのだろう。やはり俗説として流布されているものに、「空海が足を引き摺りながらやっと到達した難所」というのがある。確かに第三十七番札所は窪川の岩本寺で、そこから第三十八番札所・金剛福寺までは80キロ近くも離れている。足も引き摺るだろうが、お大師様のそんなお姿が正式に命名の由来になるとは思えないから、これも後からのこじつけであろう。
 容易に想像できるのは、断崖絶壁の岬なので、“足を滑らせると危ないよ! 滑りやすいよ!”という警告の意味だろう。もちろん、「足摺」は、“足をすり合わせ”るような意だろうが、“足を滑らせ”るというのもあるはずだ。
 いずれにしても、公式には名の由来は示されてはいないようで、確かなのは、本来は「足摺崎」といっていた正式名称が、一般的・観光的通称であった「足摺岬」のほうに吸収されて統一されたことだけである。これはありがちなことで、「龍飛崎」なんかもこれと同じコースを歩む可能性が大いにありそうだ。
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 この半島最高峰の標高458mの白皇山から、花崗岩台地が複雑な山容を示しながら南の海に流れ落ちたところ、そこが四国最南端(これも通称であって、厳密には長碆の無名の出っ張りの方が緯度は低い)の足摺岬。
 ツバキのトンネルをくぐり抜けたところに現れる1914(大正3)年点灯という灯台は、なにやらフリルの付いたスカートのような優雅さで、垂直に切り立った険しい断崖とは対照的だ。
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 その昔、はじめてここを訪れたときの印象は、断崖の上に立つ灯台だったが、そういう景色は、実はもうひとつ北の無名の出っ張りか、さらに北に位置する天狗の鼻からの眺めだった。だから、ここは「再訪」なのである。
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▼国土地理院 「地理院地図」
32度43分25.06秒 133度1分11.82秒
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dendenmushi.gif四国地方(2010/01/23 再訪)

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きた!みた!印(13)  コメント(2)  トラックバック(1) 
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コメント 2

miff

灯台って何かいいですよね。蒼い空は心を洗われます。
by miff (2010-04-26 06:43) 

dendenmushi

@miffさん、ありがとうございます。「何かいい」というのが、なかなかいいですね。でんでんむしも、あれは、白くてスッくと一本立ちしているのも、いいのではないかと思っています。
 空ですが、この色なんでしょうかね。ほかの灯台写真とも違うし…。デジカメのせいかなと思いましたが、仰角で空を撮ったからでしょうかね。
 理系のmiffさんなら、論理的な説明ができるかもしれない。あ、文系を置き去りにしないでね…。(*⌒O⌒*)
by dendenmushi (2010-04-27 14:32) 

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