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番外:遮光器土偶のふるさと・亀ヶ岡遺跡をやっと訪ねた=後編(青森県つがる市木造) [番外]

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 そもそも「遮光器」というのからして、あまり一般的ではないが、これは雪の中で暮すイヌイットのシャッター?付きのサングラスのようなものが想像されて付いた名前だという。が、現実に東北の縄文時代にそのようなものがあったともいえないので、これは呪術的な理由などから目の部分を誇張した表現だという見方が大勢を占めている。事実、豊穣と子孫繁栄を祈るためであると思われている、女性の臀部や胸部を極端に大きく表現した土偶は、世界的にみても類例がめずらしくないことも、この説を後押ししている。
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 ただ、そうだとしても、では目をこのように強調することには、どんな意味があるのだろう。“眼病を治したいと祈った”といわれても、はいはいさようですかわかりました、とはどうも言いかねる。
 大勢はそうでも少数意見は常にあるもので、学者などからは無視されているが、“宇宙服を着たエイリアン説”までかなり根強く残っている。何十年か前に、でんでんむしなどもその著書を読んで入門した、“宇宙考古学の世界的権威”であるエーリッヒ・フォン・デニケンが日本を訪問したときにも、当然これを“Oパーツ(out of place artifacts=時代錯誤遺物)的視点から眺めたであろうが、さすがにこの土偶の形状からだけで宇宙人の姿を形どったと断定するには、いかにも材料不足であったろう。
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 明らかに話は宇宙人のほうがおもしろいのだが、亀ヶ岡の場合は完全形で出土している遮光器土偶がない。頭のこの遮光器がはっきりと強調されているものも、ほかのものは見たことがないのでほとんどこれ一体しかないらしいが、左足が片方欠けている。つがる市の縄文館には、付近から発掘されたものが展示してあるが、その中で重文になって国立博物館に収まっているものに最も近い土偶は、肝心の頭の部分が欠けている。それも、土偶の使用法(儀式)によるものではないか、という見方が支配的だ。
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 縄文館でおもしろかったのは、展示物の下に発掘者の名前が掲示してあることで、それがみんな地元の畑仕事をしていて偶然それを見つけて提供した人のようだ。
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 亀ヶ岡遺跡(最近では“亀ヶ岡石器時代遺跡”と呼ばれることが多い)が、発見されたのは、津軽藩主の二代目の時代に、ここに築城工事を始めたのがきっかけだった。それは、1622(元和8)年のことだから随分古い。この年には、支倉常長らの仙台藩による慶長遣欧使節団が派遣されている。発見が早かったということは、充分な学術調査も行なわれる前にどんどん発掘されて遺物も持ち出されていたということで、遺跡にとっては残念な結果になる。ここでは数万点の遺物が好事家の注目を集め、海外にまで流失したと見られている。ならば、完形品がないのはそのせいかも知れないではないか。
 土偶や土器が出土し、丘の上からは甕(かめ)が出土したのが「亀ヶ岡」の名の由来だともされている。甕は、埋葬用か結界用(これについては似たような例が175 古房地鼻=大みか(茨城県)の項に関連してある)か、どちらかの目的で埋められたものだろう。
 その亀ヶ岡だが、これがまた興味深いことを発見してしまった。
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 縄文館のある場所からは少し北北東にずれた丘の上に、人家が固まってあり、木造館岡と木造亀ヶ岡が微妙に分かれている。遮光器土偶が出土したのは、どうやらこの丘の雷電宮という社の下あたりらしい。で、そこに降りて行くと、なんと周辺は立派なトイレを備えたきれいな公園に整備されていて、そこに大きな土偶のモニュメントが苦労しながらも片足で立っていた。
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 おまけに、この土偶には“しゃこちゃん”という愛称までつけられているようだ。こういうのは誰かが儲けるためにやっているのでもなければ、目くじら立てることではなく、縄文時代にも遮光器土偶にも、もっとたくさんの人が興味を持ってもらえるなら、愉快だと思って眺めていればいい。
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 亀ヶ岡の下は広い道路が南北に走り、その東側には津軽平野が続く。道を車で走る人も、大きな土偶の像を見て、「なんだろう?」と思うに違いない。
 亀ヶ岡にも縄文館にも、観光バスが来るようなことは、滅多にないのだろう。それでも、ここでトイレ休憩くらいはできそうだ。観光バスとしては、土産物屋がないからこの提案も採用されないか。
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 丘の上の弘南バスの乗場に戻ってバスを待ち、今度は十三街道を北上して十三湖へ向かうが、その前に…。忘れるとこだった、ここで発見した興味深いこととは…。

*「木造亀ヶ岡」はどこからどこまでなのか?

 上記の国土地理院の地図では地区の境界は明確でないのだが、ZENRINソースのネット地図と、AlpsMapソースのエキサイト地図では、その範囲が著しく異なる。
 地域の境界が大きく違い名称が異なるということは、地図の根幹に関わる大問題だが、これはいったいどうしたことか。

 まず、色分けがあいまいながら、記名表示が池の東に及んでいるオマエもかYahoo!地図。kameyahoo!.jpg

 次に、大がっかりのMapionの地図。kameMapion.jpg

 そして、世界で有名だからと信用しちゃいけない論外なGoogleのマップ。kameGoogle.jpg

 これが、ダサいながら地図の基本はいちばんしっかりしていそうなエキサイト地図。kameExcite.jpg

 ネット地図では、特定の場所をクリックすれば、その場所の地名が地図の上に表示されるようになっている。それで探っていくと、ZENRINソースの地図でも、地名表記の認識はエキサイト地図がしめすような狭い範囲が正しいと認めているようなのである。


▼国土地理院 「地理院地図」
40度52分48.01秒 140度20分2.99秒
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dendenmushi.gif東北地方(2010/06/30 訪問)

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タグ:地図 青森県
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