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662 瀬元鼻=尾鷲市大字行野浦(三重県)「紀伊」も「熊野古道」も半分は三重県だったのだ [岬めぐり]

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 尾鷲湾は東に開いていて、その湾口を扼するラインを尾南曽鼻と佐波留島と瀬元鼻(と桃頭島)が結んでいる。市街地の中心付近からは、東に6キロほど貼り出した陸地の東端が瀬元鼻にあたるが、ここも道は手前1キロ弱の行野浦漁港までしか通じていない。
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 そのうえ尾鷲港からだと、その先端部はちょっと見通すことがむつかしいようだ。
 尾鷲のふれあいバスは、この行野浦漁港の付近までは行く便があった。とりあえずそこまで行ってみようと、文化会館の横のバス停で待っていると、やってきたのはマイクロバスというより小型のワゴン車。先客に挨拶をしながら身体を折るようにして乗り込む。
 尾鷲の人は、道ですれ違う人にも挨拶をする人が多い。いわゆるウォーキングなのか、中高年の女性がよく町を歩いているのに出くわすのだが、すれ違うとき必ず向うから「こんにちわ」と言われる。最初は、誰か知り合いでも後ろにいるのかと、振り返ってみたほどだったが、見知らぬ行きずりにすぎない人間にでも、そうして挨拶をするのが、この町の美風であるらしいとすぐに察して、こちらからも先に声をかけるようにしていた。
 湾に注ぐ矢ノ川の河口に広がる火力発電所を回り込んで、大曽根浦の手前まできたとき運転手さんが、「お客さん、熊野古道センターに行くんですか?」と聞いてきた。どうやら一人旅の旅行者とみて、それなら熊野古道センターに行くんだろうから、そこで降りて登る道を教えてやらねばと思ったらしい。「いいえ、終点までお願いします」。このバスの終点は「紀伊松本」となっている。
 ふれあいバスは海岸の道を曲がりくねりながら、いくつものトンネルが続く紀勢本線と越えたり越えられたりしながら、アップダウンを繰り返して走り、左手には尾鷲湾の景色が広がる。ほどなく、行野浦の漁港に着いてしまう。
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 地名の不思議さにはいろいろあるが、ここがなぜ「紀伊松本」なのか、誰かに教えてもらいたい気持ちになる。「紀伊長島」もそうだが、ここは「紀伊」の国のようには思えなかったし、なぜ「松本」なのかも、地図を見るかぎりでは想像がつかない。
 だが、少なくとも前者に関しては、明治初めの町村編成に際して、もともとの「紀伊国牟婁郡」を、三重県と和歌山県に分割したので、三重県に属する北牟婁郡・南牟婁郡には、「紀伊」の地名も一部残ったのものである。「紀伊=和歌山」という等式は、思い違いであった。
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 終点でバスを降りて、さらに漁港の突端まで行けば、瀬元鼻の先端部も望めるはずではあったが、折り返しのバスは3分後には戻ってしまう。そうなると、そこまで行くのもあきらめてしまわなければならない。これが、公共交通期間利用の限界であり、負け惜しみ半分でいえばおもしろさでもある。
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 再び市街地に戻って、中心の大通りを歩いていると、なるほど「熊野古道」の道標もある。これまた「熊野古道=和歌山県」という誤った等式をなんとなく受け入れてしまっていたが、その半分は三重県なのだ。そういえば、以前NHKの番組で、元テニス選手が歩いていた。熊野古道の東側、伊勢神宮と熊野大社を結ぶ古道も、最近は歩こうという人が増えているのだろうか。馬越峠も八鬼山越えも、熊野古道の名所で興味がないわけではないが、そうなにもかも手出し足入れは禁物である。
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 こちらは、それとは関わりなくもっぱら岬の姿を求めて、今度は港の北端にある神社の高台を目指す。そこまで行けば、角度的には瀬元鼻を伺うことができそうに思えたからだし、次の九鬼方面に行くバスの時間までは、余裕があるからだ。
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 サクラの散る神社の境内からはフェンス越しに見える瀬元鼻とおぼしき先には、おむすび型の山がある。これが桃頭(とが)島。おむすびではなく桃の頭というわけなのだ。166.7メートルの桃の頭付近には灯台もあって、尾鷲湾の目印になっているらしいが、遠くからではそれはよくわからない。また、この島があるため瀬元鼻自体も目立たない。
 港湾部と市街地の間の道路際には、一部に防潮堤も設けられていたが、その高さはせいぜい2メートル程度しかない。3.11の後でみれば、それはいかにも頼りなげに見える。
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 どんな町でもそうだが、初めて訪れたときに、“ここはこういう町だ”という顔を、公共交通網で概略つかむことができる。たいていの町では、JRの駅前などがその中心になっているので、ここからこれに乗ればここへ行くというのがわかりやすい。
 ところが、尾鷲市の場合はそうではなく、ふれあいバスの起点が「瀬木山」とか「市民文化会館前」となっている。その場所は、駅からも遠く離れた中川の河口にある。それも、駅前が狭いのと熊野街道のバイパス沿いに町の中心が移り始めているせいでもあるように思えた。
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 やっと時間がきて、最近急に存在感を増してきた感のある火力発電所の煙突を背景にした瀬木山の駐車場から、三木里行きのふれあいバスが動き出した。これは普通のバス車両で、どうやら三重交通の車両と運転手を借りて、ふれあいバスの八鬼山線は運行されているようだ。この路線は終点の三木里までは1時間と道中も長いし、紀伊松本へ行くよりは利用者も多いのであろう。

▼国土地理院 「地理院地図」
34度3分40.10秒 136度15分1.91秒
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dendenmushi.gif東海地方(2011/04/12 訪問)

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タグ:三重県
きた!みた!印(38)  コメント(6)  トラックバック(2) 

きた!みた!印 38

コメント 6

夢空

そうですよ~三重県人としましては、紀伊は三重という感覚ですし、
熊野古道も、三重県だと思ってます(^_^;)
三木里が、昔よく行った海水浴場です☆
by 夢空 (2011-06-16 10:41) 

ナツパパ

リアス式の海岸は、見ていると素敵な景色ですが、
山と海がくっついている分、人に住めるところは限られているのですねえ。
よく見ると、市街地は人が少ないですね。
やはり郊外の大型店に買い物客は行ってしまうのでしょうか。
by ナツパパ (2011-06-16 20:41) 

ぱぱくま

お伊勢参りで一度行っただけであまり馴染みのないところですが、
三重の海岸線の複雑さが分かります。
関東平野にいると気付きませんが、日本って平地がホントに
少ないんだなって思います。
by ぱぱくま (2011-06-18 00:03) 

dendenmushi

@夢空さん、やっぱりそうですか。三重の人はそう思っているんだ。でも、一般には、そう思われていないようなので、もっとPRしないとね。
 「熊野古道」はともかく、「紀伊」も半分は三重だったというのは、今回はじめて知りました。
 三木里、もうすぐですからね。
by dendenmushi (2011-06-19 06:39) 

dendenmushi

@日本中、そういうところが多いのは事実ですが、人が住めるところはほんとに限られていますね。
 尾鷲も、でんでんむしが歩いていたあたりは、旧市街地のような感じで、そのせいで人が少ないといえるのかもしれませんね。
 ここは郊外もないようで、バイパスのほうが人はいました。
by dendenmushi (2011-06-19 06:43) 

dendenmushi

@ほんとに平地が少ないです。三重県の海岸のでこぼこは、熊野市までで、そこから南へは一転してまっすぐな海岸線が続くのですがねえ…。
 ぱぱくまさんのご先祖の土地は、どの辺りでしょう。
by dendenmushi (2011-06-19 06:46) 

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