So-net無料ブログ作成
検索選択

725 平磯岬=小樽市築港・船浜町(北海道)全行程終わってしまったとたんにお出ましのへそまがり太陽 [岬めぐり]

hiraisom11.jpg
 今回の岬めぐり北海道シリーズ、いよいよ最後の岬は、函館本線小樽築港駅から北東方向500メートルちょっとのところにある、平磯岬である。
 平磯公園という公園のある丘が北に延びて、小樽港の東端を区切るようにしてわずかに突き出した岩場、地図ではそこが平磯岬となっているのだが、港をつくるためにさまざま埋立が行なわれている。道路が岬の先をちょんぎるように横切っている、今のような形になる前は、丘から突き出した全体が平磯岬であったのだろう。
hiraisom04.jpg
 石原裕次郎記念館のある築港の岸壁から、観覧車や商業施設のある港側には何棟ものマンションが群をなして建ち並び、それと国道5号線に挟まれて札幌方面へ行く電車が東に進むと、公園のある丘が迫ってくる。
hiraisom05.jpg
 線路と道路は、この下をトンネルでくぐって船浜町に出るので、岬の先端の岩場は車窓からは見ることができない。
hiraisom06.jpg
 トンネルを出ると、しばらくは平磯岬の丘が見えていて、その向うに広がっている小樽の街の一部が続いている。
hiraisom07.jpg
 「オタル」という地名のもつ響きには、一種独特のモノがあるように感じる人は多いのではないか。
 政令指定都市であり北海道第一の都会である札幌と、人口13万の小樽を比べること自体ムリがあるが、規模は段違いに差があっても、歌や詩になるのは、小樽のほうが断然多かろう。
hiraisom08.jpg
 外部からの移住者を受け入れるという姿勢を示している自治体は、北海道でもあちこち多くあるが、小樽市の場合、オヤと思ったのは、実際に移住してきた人でホームページを開いている人のなかから、16人の実例が紹介されていることだった。
 ほほう、と思ってつらつら眺めてみると、ただ単に老後をのんびりと過ごすとかいうのではなく、編集プロダクションからシェフ、能面師、染織工房など、いろいろな仕事をしている人が多い。小樽はそれが可能な程度の規模と条件は満たしている、ということなのだろう。
 「オタルナイ」という名を「小樽」と改めたのは、明治政府が北海道開拓使を置き、「蝦夷」を「北海道」と改称したのと同時の1869(明治2)年のことであった。
 その後、北海道は新政府の期待の新天地として、急ピッチで開拓されていく。1880(明治13)年には小樽の手宮と札幌の間で鉄道が開通し、日和山灯台の開設は、その3年後にあたっている。1889(明治22)年には特別輸出港としての小樽港が開港し、1911(明治44)年には小樽高等商業学校(現小樽商科大学)開校するのである。
hiraisom01.jpg
 小樽商大が、永く地元の誇りを代表するひとつだったことは、駅前の長崎屋のビルに掲げられていた100周年を祝う垂れ幕からも伺える。旧制時代には、北海道では文科系の高等教育をするところが少なかったため、商業にかかわらず広く優秀な学生を集めた。有名なところでは『蟹工船』の小林多喜二や『チャタレイ夫人…』の伊藤整が卒業生にいるが、でんでんむしが仕事で縁のあった人のなかにも、小樽商大出身の人が数人いたので、なにやらなつかしい。
 セントラルタウン都通りというアーケードの商店街で、昔ながらの純喫茶をみつけて入ってみたら、硝子細工のランプなどが多数飾られた店内は、なぜか撮影禁止であった。
hiraisom02.jpg 向かい側の海産物を扱う店先にネコがうずくまっていたので、ついシャッターを押したが、よく見ると隣の店のウインドウにも“撮影禁止マーク”があった。その店が、何を商う店かは覚えていなかった。
 榎本武揚にいわれなくとも、北海道が東京に比べればはるかに「あずましい」ことは、誰でも感じるのだろう。だが、それには厳冬の厳しさが勘定のうちに入っていないことも多いのではあるまいか。いやいや、厳冬のなかでもあずましいのだという理屈には、それも理解はできるが、寒がりやのでんでんむしにはやはりだめだろう。
hiraisom03.jpg
 駅前のビジネスホテルで、最後の夜を過ごし、高島岬と茅柴岬を訪れた後に、千歳空港行きの快速電車に乗って、平磯岬を通り過ぎた。
hiraisom12.jpg
 しばらく石狩湾の海岸を走り、神威古潭と地図に表記がある海岸を通り、いよいよ函館本線が海から離れようとする頃になって、北海道初夏の太陽が燦々と照り始めた。この北海道の南西部の岬めぐりで、ほとんど初めてといっていい太陽は、予定の全行程が終わって飛行機に乗る前になってやっとのお出ましとは…。
 千歳からの飛行機は、座席の都合から襟裳岬や日高の海岸は見えなかったが、室蘭側の海岸から津軽海峡もひとっ飛びで、すぐにまた本州を覆う雲の上に入って行った。
hiraisom10.jpg

▼国土地理院 「地理院地図」
43度10分55.71秒 141度2分8.25秒
hiraisomM.jpg
dendenmushi.gif北海道地方(2011/07/18 訪問)

にほんブログ村 その他趣味ブログ
その他珍しい趣味へ 人気ブログランキングへ


タグ:北海道
きた!みた!印(29)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

きた!みた!印 29

コメント 6

シラネアオイ

おはようございます。長い間の北海道の岬巡りお疲れ様です!色々参考になりました!ありがとうございます!!
by シラネアオイ (2011-11-28 08:47) 

ナツパパ

小樽の街には20代の頃から度々訪れていました。
その頃は、今より観光地の色合いが薄く、港町の雰囲気が濃かったです。
そういう街が好きで、歩き回りました。
お話の喫茶店も、以前は撮影禁止だなんていってなかったんですがねえ。
わたしも入って驚いた覚えがあります。
by ナツパパ (2011-11-28 18:37) 

dendenmushi

@シラネアオイさんの地元でしたねえ。失礼して、ちょっと駆け足で回って帰りました。なにしろ、お天気からは見放されたこともあるし、ポイントはまた再挑戦しなければ…。
 そうそう、支笏湖もね。あそこは、随分昔に行ったので写真がないから、再訪すべきところだったのに、今回すっかり忘れておりました。
by dendenmushi (2011-11-30 07:14) 

dendenmushi

@そうですか、あの喫茶店も御存知でしたか。そう、ナツパパさんにとっても若い頃の思い出の地、だったのですね。

by dendenmushi (2011-11-30 07:16) 

ぱぱくま

北海道編お疲れ様でした。
岬にかける熱いもを感じましたよ~
僕らが住んでる関東平野がいかに平たいか
日本の土地の一部に人が集中しているか
記事を拝見してて良くわかりますね!
by ぱぱくま (2011-12-04 08:04) 

dendenmushi

@ぱぱくまさん、ありがとうございます。そうなんですね、でんでんむしのように、西からやってきた者には、山も何にもない関東平野は、なんか落ち着かなかったです。
 そう、それにいつも地方へ行って思うのは、この東京への一極集中、大都市と地方の落差、これをなんとかすることこそ、この国の大きな課題であり、国民の幸福をはかる道への第一歩ではないかと…。
by dendenmushi (2011-12-05 05:24) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。