So-net無料ブログ作成
検索選択

781 オン崎=西牟婁郡すさみ町周参見(和歌山県)「風吹きすさぶ」すさみはひらかな町名のハシリか? [岬めぐり]

onzaki01.jpg
 市町村名を仮名書き表示にする例は、全国で50くらいある。1955(昭和30)年に、周参見町・佐本村・大都河村が合併して誕生した“西牟婁郡すさみ町”は、そのなかでも早いほう(あるいはいちばん?)であろう。市では1960(昭和35)年の“むつ市”が、日本初のひらがな名の市となっているが、それより5年も早い。
onzaki02.jpg
 1959年には東隣の江住村を編入して、現在のすさみ町になっているが、仮名書き表示には、賛否が分かれてたまに問題になる。すさみ町の場合には、漢字にしたのでは旧周参見町と同じになるので、あえてかなにして“新設”を強調した、というところだろうか。
onzaki05.jpg
 オン崎もカタカナだが、その意味がよくわからない。おそらくは、“御崎”からきた表記だろう。
 すさみ町は、古くは6世紀頃から、紀伊半島南西部の中心となる拠点であったらしい。周参見の町から西に見えるオン崎の出っ張りの上では、上ミ山(かみやま)古墳が1940(昭和45)年に発掘されている。
onzaki03.jpg
 遠目には当然古墳は見えず、それよりも白い大きなホテルの建物ばかりが目立っている。
 前日、周参見駅に降り、そこからタクシーで西の岬を目指したときには、雨が降る暗い夕方で、岬もさっぱり映えなかったが、翌日は打って変わっての快晴で、岬の景色もすっきり。
onzaki07.jpg
 泊まったのは、「国民宿舎枯木灘すさみ」で、周参見の漁港と湾と穂積島を目の前に望む、いちおう温泉である。
 例によって、『紀伊続風土記』によって周参見荘と周参見浦の記述を見てみよう。
 
 周参見浦は口郡の郡府がここにあるので戸数も多く家立もよいが、川は小さく船便はなく、海は湊形があるが、船掛かりがないので人民は富をなすべき元手がない。当荘より巽(※東南※)口熊野の地を尽くして古の三前郷の地である。後世、周参見氏が当荘八ヶ村を支配する(周参見浦の王子権現条下、江住浦の春日明神条下にそのことが見える)。よってこれを周参見荘とする。(KEY SPOT 『紀伊続風土記』(現代語訳) 牟婁郡周参見荘)

 川は小さくて水運は発達せず、港も湾になっているが砂浜で、経済的な基盤が弱かったといっているわけだが、それに加えて枯木灘の風のこともあっただろう。
onzaki04.jpg

 周参見の名前の意味を考えると、古歌に「風すさぶ」「吹きすさぶ」というのと同じ意味で、この地は波風が烈しい海なので須佐備宇美を略して須佐美と称するのであろう。
○稲積島
 本村の正面の海の中にある。周九町。樹木が繁茂し、四季で色を変えない。島の中はみな山王王子社の境内である。この島の東端地方の出崎からの距離はわずかに二町ばかり。もしここを埋めて陸続きにさせられれば、この浦は舟掛りがよく廻船が泊まることができて繁昌の地となるであろうという。(KEY SPOT 『紀伊続風土記』(現代語訳) 牟婁郡周参見荘周参見浦)

onzaki08.jpg 
 現在では、町の西側、周参見川右岸の河口オン崎の付け根に、漁港が開かれている。また、『紀伊続風土記』のいうように、稲積島と町の南の出っ張りを長い堤防で仕切って、船溜まりとしている。
 町の産業は漁業・林業・農業及び観光業で、とくに漁港が整備されたおかげか、カツオやブリなど黒潮に乗ってくる魚の水揚げが多いようだ。林業は衰退気味で、町内に多くあった製材所も、近年は閉鎖が相次いでいるらしい。
 「樹木が繁茂し、四季で色を変えない」という稲積島は、「暖地性植物群落」として、∴マークがつけられている。
onzaki06.jpg

▼国土地理院 「地理院地図」
33度32分43.64秒 135度28分50.89秒
onzakiM.jpg
dendenmushi.gif近畿地方(2011/10/06 訪問)

にほんブログ村 その他趣味ブログ
その他珍しい趣味へ 人気ブログランキングへ


タグ:和歌山県
きた!みた!印(34)  コメント(8)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

きた!みた!印 34

コメント 8

ハマコウ

岬にも古墳が存在するのですね
by ハマコウ (2012-04-22 06:17) 

cafelamama

和歌山の海岸線は、きれいな岬が多いですね。
by cafelamama (2012-04-22 07:45) 

ナツパパ

古文書を見ると、地名も人名も当て字や仮名書きが多いですよね。
オン崎も、その流れかも知れませんね。
by ナツパパ (2012-04-22 14:36) 

ぱぱくま

海が澄んでてきれいですね!
川が小さかったから土砂の流入が少なかったのですかね。
地名には古からの記憶が詰まってますね。
by ぱぱくま (2012-04-22 23:18) 

dendenmushi

@ハマコウさん、そうなんですよ。岬の上に古墳というのは、ちょっと意外感がありますね。
ただ、やはりこの地域では一等地といえばここだった、それと平地は河川敷で、適当な地がなかったのではないかと、想像できます。
ほかに、例がないわけでもないのです。
by dendenmushi (2012-04-24 05:09) 

dendenmushi

@cafelamamaさん、今回は田辺からずっとお天気がぱっとしませんでした。それがここへ来て、やっと晴れたので、岬もきれいに映えます。
海岸も美しさを発揮します。曇や雨でも、それなりの風情はあると思いますが…やっぱりね。
by dendenmushi (2012-04-24 05:14) 

dendenmushi

@ナツパパさん、そのとおりですね。昔は、当て字や字の置き換えなどは、自由自在だったようですからね。
誰もそんなことでうるさくいう人や組織もなかったからと、文字を書ける人も少なかったからでしょうか。
その傾向は、明治過ぎ頃まではまだまだ盛んで、あの夏目漱石などは「当て字の天才」でしたからね。
by dendenmushi (2012-04-24 05:19) 

dendenmushi

@ぱぱくまさん、こないだも地名を大切にすべきという誰やらの意見が新聞に載っていましたね。
海がきれいに見えるのも、ひとつはお天気がよかったからでしょう。もうひとつは、実際に海が汚れていないのは、人間が少ないから…。
それにつきるのではないでしょうか。
by dendenmushi (2012-04-24 05:23) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました