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811 鷲ノ巣崎=東牟婁郡太地町太地(和歌山県)台風12号のため通行止めになっていた岬をめぐる遊歩道 [岬めぐり]

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 湾の奥まったところにこの地域最大の集落を潜ませている太地湾は、東の燈明崎と西の鷲ノ巣崎と、ふたつの角のように突き出した岬によって抱かれている。
 太地のでこぼこの半島の最北端に位置している鷲ノ巣崎は、いくつかの小山と小さな入江とシラ碆などの岩礁が散らばっている。地図から見ても、北には紀伊勝浦の温泉地を眺める、なかなか景勝の地でもあるようだ。
 小山の間の小さな入江の西側の一帯は、水族館らしきものや町立くじらの博物館などの施設があって、鷲ノ巣崎をぐるりとめぐる遊歩道らしき点線の道もあるので、そこを歩こうとして借りた自転車を走らせてきたのだが、なんと、その道も台風の被害を受けたらしく、通行止めで閉鎖されていた。
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 未練がましく鷲ノ巣崎を西に回り込んで、北の海岸からのぞき込むことはできないだろうかと、さらに自転車を走らせて小山の西側に出て、堤防伝いに道を詰めて行く。
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 だが、やはりこちらからの道もちゃんと閉鎖してあって、先へ行くことができなかった。
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 この北に展開しているのは、紀伊勝浦町に属する紀ノ松島と呼ばれる一帯である。島の数はさほど多くはないのだが、狼煙山のある半島と勝浦港内に浮かんでいる中ノ島には、温泉旅館やホテルが軒を連ねていて、その屋根の一部がちらりと見えている。
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 鷲ノ巣崎は、結局、太地の漁港から北を望むときに、その端に見えるだけとなった。どうやら、目立っている白い建物が、マリナリウムという水族館のような施設らしいが、鷲ノ巣崎はその右手の先端になる。
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 太地(たいぢ)が、古来からのクジラ漁で有名な場所であることは、比較的広く知られているはずだが、『紀伊続風土記』にもそれは詳述されている。
 
太地村
 森浦村の東十七町余りにある。この地は一つの小さな海湾の浜で、右の崎を燈明崎といい、左の崎を鷲巣という。区域は狭小だが近郷湊会の地である。太地あるいは泰地と書く。名義は詳らかでない。おそらく泰地氏がここに住してより村名が起こったのであろう。この地は古くはわずかに漁夫だけで家も少なかったが、和田氏が鯨を捕ることを始め、大いに富み、その家が数家に分かれ漁戸が年々増えて、今日の形をなし、諸方から寄り集まる湊の地となった。(KEY SPOT『紀伊続風土記』現代語訳 牟婁郡那智荘太地村)

 
 太地は、もともとは「泰地」だというから、てっきり秦氏と印縁のある土地と名前かと思ったのだが、どうやらそれとも違うようだ。
 天正年間頃には、泰地城を築城してこの地に勢力のあった泰地氏に由来するというらしいのだ。その泰地氏は、後にクジラ漁法を開発した和田氏にもつながるようなのだが、どうもよくわからない。
 当地の豪族となった和田家一族の、和田角右衛門頼治が、幕府から「太地」の姓を授かったといわれているが、その根拠が泰地によるものだと思うしかないのだろう。
 太地は、現在も紀伊に多い姓のひとつで、1992(平成4)年に伊東で事故死した、女優の太地喜和子は本名である。本人は東京の生まれだが、父親は新宮の人だという。大地康雄は芸名で、本名は下地なのでこれは沖縄の姓で関係ない。
 現在の太地町の地図を見ると、紀勢本線から東に出っ張った半島のわずかな狭い地域しかなく、森浦湾の北にある夏山地区を飛び地として、その町域にくわえ込んでいるだけで、陸続きとなる周囲はすべて紀伊勝浦町に取り囲まれている。
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 総面積が 5.96平方キロと、和歌山県で一番小さい町であるうえ、1889(明治22)年に太地村と森浦村が合併し太地村となり、1925(大正14)年にそのまま町制を敷いて現在に至る。現在も、太地町内の字地名は、太地と森浦のふたつだけしかない。
 近年の合併大嵐の中でも、このシンプルな自己主張をトコトン貫いている、総人口 3,195人のなかなかめずらしい立派な町である。

▼国土地理院 「地理院地図」
33度36分12.03秒 135度56分53.50秒
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dendenmushi.gif近畿地方(2011/10/07 訪問)

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タグ:和歌山県
きた!みた!印(37)  コメント(4)  トラックバック(0) 

きた!みた!印 37

コメント 4

哲

初めまして。
なかなか凄い企画を実践されてますね。
>公共交通機関を利用してまわる
と言うところが大変かと思います。
大体、岬というのは余程の観光地でなければ
公共交通機関が無いか、あっても本数が少ない
のが実情だと思います。
応援してますので、これからも頑張ってください。
by (2012-06-23 13:34) 

dendenmushi

@哲さん、応援ありがとうございます。この6月初めには和歌山県のシーラパパさんがコメントで、「すごい!」と言ってくれました(公式記録としては初?)が、なんと、今度は哲さんから「凄い企画」のコメントいただきました。
へそまがりでも、そう言って意義をご理解いただくと、素直にうれしいですね。
どこまで続けられるかわかりませんが、行けるとこまで行きますので、これからもよろしくね。
by dendenmushi (2012-06-24 07:01) 

Rifle

太地という苗字が地名に起源があったとは知りませんでした。
ちなみに、太地町に限らず、現在も町制のままなのはそれなりの理由(ここにはあえて書きませんけど)があってのことと思います。

by Rifle (2012-06-24 20:14) 

dendenmushi

@そうですねえ。周辺市町村と合併をしないでいくというのは、よくあるのは経済的理由から合併のメリットがないと判断される場合でしょうね。これはよくあります。
太地の場合は、それもなさそうだし、あとやはり想像できるのは、自負心のようなものではないだろうかと…。
by dendenmushi (2012-06-25 07:12) 

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