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815 北岬=八重山郡竹富町竹富(沖縄県)竹富の岬がひとつだけでは寂しいからここはローカル・ルール適用で [岬めぐり]

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 竹富島は、石垣港から5キロちょっと西の海上に浮かぶ、小さくてほぼ丸くって平べったい島である。玄関にあたる石垣島以外八重山諸島のなかでは観光客もおそらくいちばん多く、よく知られた島であろう。
 ここには、もう何度も行っているのだが、岬めぐりで改まって取り上げるのは、これが初めてである。
 実は、「国土地理院の地図に明記されている岬」というこれまでの岬めぐりの定義とルールに従えば、この島の岬は西のコンドイ岬だけしかない。せっかく遠くまできたのに、岬がひとつではいかにも寂しい。
 そこで、勝手ながらここでローカル・ルールを発動し即適用。
 地元で配布されているガイドマップなどの地図で、はっきりと岬の名前がついているものも加えることにした。
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 石垣港を出ると、10分ちょっとで竹富島だが、その途中で琉球海運の貨物フェリーらしい「しゅれい」号とすれ違う。離島で必要な主な物資のほとんどは、やはり船で運ぶのが主なのだ。
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 くるたびに、少しずつきれいに整えられているような竹富東港へ、珊瑚礁を切り開いてできた航路に沿って入ってきた船が着くと、民宿やレンタサイクル店のマイクロバスなどの出迎えが待ち構えていて、それぞれ船を降りてきた客を分け取りにしては運んでいく。
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 へそまがりでんでんむしは、そんな光景を横目で見ながら、一人はぐれて、この島の北端にある北岬へ続く海岸の道を歩く。今回は、自転車も使わず、全部歩くつもりである。
 全部歩いても、たいしたことはない。周囲は約9キロほどの、ちょっといびつなハスノハカシパンのような隆起珊瑚礁の島は、中央付近の最高点が33メートルしかなく、集落はその中央部の島の高みにのみ固まっている。
 したがって、なにをするにせよ、島の中央と港の間を行き来しなければならない。その道路も、えらく広く立派になっている。
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 その道から分かれて、両側に巨大なクワズイモの葉が茂る未舗装の細い道を行けば、新里村遺跡がある。井戸を中心にしてできたこの海岸に近い集落遺跡は、竹富島の最初の集落、発祥の地であるという。
 最初は海岸にできた集落が、現在のように島の中央部の高いところに集まっていくことになったのも、それなりの理由があってのことだろう。
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 「北岬」と地元で呼んでいるところは、岩礁が散らばっている島の北の端で、低い石垣のような護岸があって、その内側に美崎御獄という御獄(うたき)がある。御嶽は、琉球の土着信仰の祭祀などを行なう聖地であるが、前にも石垣島だよりでもふれたように、なによりも目立っている鳥居は、時代とともに押し寄せ襲ってくる本土の政治状況から、自分たちの信仰を守るためのいっときの方便であったように思える。
 鳥居には、立ちションの牽制とか、いろいろな役立ちがあるようだが、御嶽の鳥居を見るたびに、それが沖縄の人々と本土のギャップの象徴のようにも思えてしかたがない。
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 北岬のあるミシャン海岸は、大正時代までは港が置かれていた場所で、岸や海中にその痕跡も残ると、美崎御獄の案内板には書いてあって、この御獄は航海安全と海上平安の神を祭っているという。
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 竹富島の北端から北側には、石垣島の西端にあたる崎枝半島の屋良部崎と、名蔵湾に突き出た大崎、そして右の手前は冨崎。
 左手の海、向こう側は、小浜島や西表島の島影が浮かぶ。
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 海岸の磯伝いには道がないので、先へは進めない。御獄を迂回してまた道に戻り、今度は南に向かってしばらく行くと、なにやら標識がある。
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 それに導かれて海岸に降りると、安里屋(あさとや)クマヤの墓という石積みで囲まれた一角があった。安里屋は、竹富の家であった。安里屋は一般に「あさどや」とされているが、ここの看板はにごらず、「あさとや」となっている。
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 そして、沖縄を代表する歌のひとつのように、歌い継がれてきたあの『安里屋ユンタ』は、絶世の美女であった彼女のことを歌った八重山の歌だったのである。
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 戦後も間もない昭和20年代の広島でも、どういうわけかこの歌は小学生でもよく耳にしていたという記憶がある。当時の唯一の媒体であるラジオで広まったのだろうが、日本語らしく思えないなにやら不思議な歌詞もよく意味もわからぬままに…。歌詞の「マタ ハーリヌ ツィンダラ カヌシャマヨ」のところが、「〜また チンダラ神様よぉー」のように聞こえて、そこだけ覚えていた。
 沖縄本島ゆいレールの那覇空港と首里の間には、「安里」という駅もある。ここも、『安里屋ユンタ』にゆかりがあるのか、と思っていたが、そこはひめゆり部隊など沖縄戦の悲劇の舞台ではあったが、この歌とは関係はないらしい。

▼国土地理院 「地理院地図」
24度20分24.42秒 124度5分12.56秒
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dendenmushi.gif沖縄地方(2012/01/17 訪問)

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タグ:沖縄県
きた!みた!印(38)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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コメント 2

arashi

おがんにお墓、こういう風景を見ると落ち着きます^^;

by arashi (2012-07-05 23:17) 

dendenmushi

@arashi さん、「うたき」のことは「おがん」というんですね。本島とも呼び方が違うということは、知っていましたが…。
ほんとに、聖なる場所だからむやみに入るなというのは、今時の観光客には必要な注意です。
by dendenmushi (2012-07-07 05:52) 

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