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番外:関門海峡と門司港ホテル=北九州市門司区門司(福岡県)思い返してみると昔から案外縁が深かったこの海峡 [番外]

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 関門海峡を初めて越えたのは、広島市立青崎小学校の修学旅行のときで、1951(昭和26)年の秋のことだったと思う。そのときは、汽車も下関で降りて大洋漁業を見学しているが、とにかく暗いトンネルを列車に乗ったまま往復しただけである。修学旅行の行き先は別府温泉で、地獄めぐりの印象は、現在もそのときのものが強く残っている。
 海の下を汽車が走ることへの興味もうっすらとないわけではなかったが、とにかくボーッとした小学生だったし、トンネルでなにも見えないので、これにはたいした感銘がなかった。
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 今、関門海峡は新幹線もトンネルで通るし、車は橋で渡るし、トンネルを歩いても越えることができるが、二度目の関門海峡は、その国道トンネルが開通(1958年)してまもなくのことであった。
 山口県宇部市に住んでいる叔母が、連れて行ってくれたのである。火の山も、和布刈神社も赤間神宮も、そのときに行ったはずだが、お祭りのような人出だったこと、歩道のトンネルで県境を越えるというのがうれしかったのを覚えている。現在の吊り橋の関門橋は1973年の開通なので、そのときにはまだできていなかった。
 その後も、何度か海峡は往復したはずだが、直近では岬めぐりのつまみぐいで、 「030 潮見鼻=関門海峡」(福岡県・山口県)(2001/11訪問) 以来となろうか。
 そのときにも、上記と同様のことも書いていたし、また、“まだ橋を渡ったことがない”と書いていたのだが、今回初めて関門橋をバスで渡った。ちょっとしたなりゆきとできごころで、中国地方をめぐるツアーに参加したのである。
 このツアーは、東京から岡山駅までは「グリーン車で行く」のがウリで、だから「行く」だけがグリーン車で帰りは普通車だったのだが、岡山が起点終点で中国地方をひとまわりする、というものだった。
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 前回の関門訪問に続いて、今回もまた門司港ホテルに泊まったので、海峡をめぐる遊覧船にも乗って、ホテルでもらった券でタワーにも登って夜景を眺めたりした。
 関門海峡は、頭の中のイメージでは「本州と九州の間」という意識が強いので、たいがいの人が“東西”に開けた水路だと思っているだろうが、実際はこの海峡は“北北東から南南西”、ほぼ南北に通じている。
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 門司港ホテルの部屋には、窓際に海峡を眺めるようにソファとテーブルがあるので、ここに座って、ひっきりなしに行き交う船を眺めているのが、最高に楽しくうれしい。
 もしもこの海峡がなかったら…といった「もし」は、ここの場合は特別に成立しないと思えるのだが、その地勢地形は地政学上からも、歴史上幾多の舞台になることは、必然のなりゆきであったとも言えるだろう。kanmonmoji20.jpg
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 遊覧船は、門司港を出るとまず関門橋の下をくぐり、潮見鼻の白い灯台のところでくるりと方向転換すると、平家最期の壇ノ浦と、安徳天皇を祀る赤間神宮を過ぎ、半島との玄関口であり、いまもなおあり続ける下関を見て、武蔵と小次郎の巌流島の間を、彦島の造船所の前で折り返し、再び門司港へ戻ってくる。
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 門司港駅の周辺は、門司港駅レトロ地区として、観光地の名乗りを上げている。駅のホームの写真は、九州の麦焼酎かなにかのコマーシャルに使われていたのでも有名だが、その写真は潮見鼻の項でも使っていたので、今回はそれ以外のレトロな駅の風景を…。やっぱり改札は、自動になっていたが、それでもレトロに準じて昔の駅員の制服を着ている。
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 遊覧船のガイドが教えてくれた情報につられて、門司港ホテルのアカ茶色の石壁を探してみたが、アンモナイトは見つからず、代わりにこんなのが…。
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 まあ、これでもでんでんむしらしい「らせん」は、いちおうはっきりしている。
 予定では、明日の日曜日か明後日の月曜日、半島から岩国基地に運び込まれる例の「オスプレイ」を載せた船が、南南西から北北東へ向けて、この海峡を通り過ぎて行くはずである。
 (2012/07/21 記)

▼国土地理院 「地理院地図」
33度56分48.34秒 130度57分43.31秒
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dendenmushi.gif九州・中国地方(2012/05/28〜29訪問)

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タグ:福岡県
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きた!みた!印 39

コメント 6

駅員3

頭端式駅は旅の出発点のようで、郷愁をそそられますね♪
ひょっとして駅員さんの制服がレトロなんでしょうか?
いいですねぇ♪
by 駅員3 (2012-07-21 09:18) 

ぱぱくま

仕事の関係で何度か訪れてて関門海峡も人道を渡りましたよ!
海峡の潮の流れの速さにはちょっと驚きました。
彦島はうちの社ではヒコットランドって呼んでます(笑)
by ぱぱくま (2012-07-22 00:35) 

ナツパパ

下関唐戸から連絡船に乗って降りたら門司港駅前でしたっけ。
ちょうど夕方で、旅情が深かったです。
そういう思い出っていつまでも心地良く残るモノなんですねえ。
by ナツパパ (2012-07-22 16:20) 

dendenmushi

@ そうなんですよ、駅員3 さん。この制服はいつ頃のものか知りませんけど、フランスのお巡りさんみたいな帽子をかぶっていますし、金モールも多い。
頭端式駅っていうんですか。起点終点のこの駅で思ったんですが、外の道路から歩いてきて、わずか数段でも階段を上り下りしないでホームへ行けます。
全国にどのくらいこういう駅があるのか、ご存じでしょうか…なんて、自分が答えを知らないことを問題にしちゃいけませんね。
問題にはしませんが、なんとでんでんむしの居住区域近辺で、ふたつもそういう駅がありますよ。
JR横須賀線の逗子駅と横須賀駅です。
by dendenmushi (2012-07-23 05:52) 

dendenmushi

@そうですよね、初めての人はだいたい誰でも驚きますね、潮の流れの速さには…。だから「早鞆ノ瀬戸」という名もついているんでしょうが、潮見鼻に立ってみると、もう一緒にながされそうな気がしました。
ぱぱくまさんの会社のあるヒコットランドですが、昔は彦島のことを巌流島といっていたような気もするのですが、それがいつからか小島のほうをそう呼ぶようになった…?
by dendenmushi (2012-07-23 05:59) 

dendenmushi

@ナツパパさんの思い出の情景は、いつ頃でしょう。下関の「唐戸市場」は、もうできていましたか。
でんでんむしも初めて船でここを渡ったのは、唐戸市場から門司港駅前の桟橋まででした。
by dendenmushi (2012-07-23 06:04) 

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