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836 竹の子鼻・潮場の鼻=長門市仙崎・通(山口県)「二分歩けば日本海」でそこには「海上アルプス」が… [岬めぐり]

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 山口県の日本海沿岸は、萩から西で二つのでこぼこが大きく飛び出している。西の向津具半島と東の青海島である。青海島は東西に二つの島塊に分かれている。それが砂州でつながった、ちょうどそのジョイントの部分にあたる付近の駐車場で、バスを降りた。その少し東側が、仙崎と通という島を二分する字名の分かれ目でもある。
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 ここから少し、ほんの2〜3分も歩くと、島の北海岸に出る。そこから東西に展開するのが、青海島の誇る絶景のパノラマであり、その西の端にあるのが竹の子鼻であり、東の端にあるのが潮場の鼻である。
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 この中央の海岸からでは、西の竹の子鼻と竹の子岩はどうにか確認できる。しかし、東の潮場の鼻は陰になっていて見ることができない。道もないので、この岬を見るには、一周すると1時間半という遊覧船に乗る以外には方法がない。
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 それは、後の課題として残しつつ、ここでは順番に項目だけはあげておくことにしたい。
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 ZENRINソースのネット地図では、さっぱりわからないのだが、この狭くなった部分には「船越」という名がついている。
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 こども時代に抱いていた疑問は、人によってさまざまにあり、たいていは解決しないまま、それをひきずっておとなになっていくものだろう。
 幼年期を過ごした場所の隣町が、「船越町」といった。
 なんで“ふなこし”なんだろう。
 それが、ずっと疑問だったが、中学生くらいのときそれは文字通り“船で越す・船が越す”からだと知って、一気に興味が繋がり広がっていったことがある。自分が駆け回っていた裏の山や峠を、昔は船を担いであるいは引いて越した、という史実と空想がマッチして、今ではずっと遠くなってしまった海が、もっと近くにあった時代のことを身近に感じることができた(ような気がした)ものだ。これを書いていて思ったのだが、結局今もって中学時代と同じことを岬めぐりでやっているわけだ。
 日本全国に「船越」がいくつあるか知らないが、それは少なくないはずである。青海島の船越での船を運ぶ作業は、ずっと楽だったような地形だが、少し歩いただけで、内側の仙崎湾の景色から、「二分歩けば日本海」といきなりみごとに一変するさまは、なかなかのものである。
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 「島の北岸は日本海の荒波を受けた浸食地形となっており、その奇岩の並び立つ様子は「海上アルプス」とも称される。」と、たくさんある青海島の情報は、決まって判で押したように書いている。
 また最近の傾向では、写真だけではなく、自分の撮ったビデオをYouTubeなどにあげているものが増えていることで、青海島の動画も無数にある。
 それらをなぞるようなことを、ここでまたしてもしようがないのでそれはやめて、ここでは誰もが決まり文句のように使っている「海上アルプス」という文言にこだわってみたい。
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 青海島の説明で必ずでてくるこの言葉、同じ山口県の大島でも使っているし、富山湾から見るアルプスを指していうものもみたことがある。それに、書名では「椋鳩十の離島ものがたり」のなかで屋久島について『海上アルプス』という表現を題名にしている。
 一般に児童文学者として知られている椋鳩十は、鹿児島と奄美に縁があり、図書館学のなかでもその名を刻んでいるが、彼がどういう経緯でその名を使ったかは、定かでない。
 だが、やはり「海上アルプス」の元祖・本家は、青海島であるらしい。
 断崖絶壁の海岸とアルプスを結びつけるのは、あまりピンとこないところもあるが、それはそもそも誰が言い出したのだろうか。
 横山健堂が残している『長周遊覧記』(1930(昭和5)年刊)には、『わたくしは、「アルプスは陸上にのみあるとは限らぬ、海上にもある。この風景が即ち海上アルプスである」と言った。満船の人々、皆、共鳴した。爾来、海上アルプスの名が初めて世に現われることになった』という一節があるので、どうやらこれが名付けの親のようだ。
 これは、当時から「アルプス」という既成のある特定の憧れの対象としてのイメージがあり、それを海に求めたというだけで、やはりこれが命名としてすばらしいかどうか、“満船の人々”のように両手をあげて共鳴できるかどうか、いささか疑問ではある。
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 横山健堂という人は、1872(明治5)年に萩に生まれ、「黒頭巾」の名で『読売新聞』に『新人国記』を連載したほか、維新史などの著作も残した評論家である。後には大学教授も勤めたが、“父親が松下村塾の出”などといえるところが、いかにも長州らしくて、ほかではまねできない。
 また、その長男が有名な俳人だそうで、船越にはその句碑があるということは、帰ってきてから知ったのだが、歩いているときには気がつかなかった。
 あらかじめ下調べをしない、行き当たりばったり方式の「でんでんむしの岬めぐり」では、毎度のことである。

▼国土地理院 「地理院地図」
34度25分52.75秒 131度10分2.42秒 34度26分15.30秒 131度15分8.78秒
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dendenmushi.gif中国地方(2012/05/29 訪問)

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タグ:山口県
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コメント 2

ダミアン88

こんにちは
いつも辺境の地の画像楽しみにしています。
うわ~これは絶景ですね~。
たどり着く苦労が伺えます。
by ダミアン88 (2012-08-29 18:57) 

dendenmushi

@ダミアン88 さん、この景色は、岩手県の北山崎とよく似てるなあと思います。
北山崎は…えーっと、何番だっけ…。「岩手県」のタグクラウドから探してみてください。(笑)
ここは辺境ともいえないくらい、町や線路や道路からも近いところにあります。まあ、ここまで三重県の熊野方面からだと、ここまでくるのが大変ですが…。
by dendenmushi (2012-08-31 05:11) 

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