So-net無料ブログ作成
検索選択

861 外横澗岬・横澗岬=久遠郡せたな町大成区花歌(北海道)過去または未来…久遠の彼方を見通すことができたなら [岬めぐり]

yokomam03.jpg
 「修行」と「修業」は、意味も使い方も似ているようで違うのだが、これを混同して使っている人は、少なくないようだ。先日も、チラ見していたBLOGSの記事見出しのなかに、『「食える」フリーライターになるには 「文章修行」編2』というのを発見して、驚いた。仮にも他人に、“文章の書き方を指導”しようといいながら…。これで「食える」というなら、いよいよ世も末の感を強くする。
yokomam04.jpg
 一部には「日本語は生き物だから、時代によって意味や使い方が変わるのは当然だ」と、誤用を許容する寛容な主張もあるらしい。実際、歴史的な大きなスパンで見れば、時代の移り変わりとともに言葉が変化する例はたくさんある。だが、だから間違いを許容するというのとは違うだろう。言葉は生き物説に力を得て、“間違いの方が多数ならば、それが正しい”とする「赤信号みんなで渡ればこわくない」的傾向を、助長するのは困ったことだ。一部の辞書が、「…ともいう。」「…とも書く。」とかして、これをゴチャゴチャにしてしまう日も近いのだろうか。
 程度の問題もあろうが、できるだけ“それは間違い”と、言い続けることのほうが重要なような気がする。
yokomam05.jpg
 「修行」と同じく、「久遠(くおん)」も元は仏教用語である。釈迦仏・阿弥陀仏のことを“久遠仏”といったりするが、せたな町の大成区の久遠は、「くおん」ではなく「くどう(くどお)」と読むので、それとは関係ないのだろうか。
yokomam01.jpg
 せたな町の成立時のいきさつについては、「858 長磯岬・親子熊岩」の項でふれたが、2005(平成17)年に久遠郡にあった大成町と瀬棚郡の北檜山町・瀬棚町の三町合併によるものだった。このうち、旧大成町は1955(昭和30)年に久遠村と貝取澗村が合併して大成村となり、それが1966(昭和41)年に町制に移行して大成町ができていた。
 つまり、現せたな町の大成区は、旧久遠村と旧貝取澗村からなっているわけで、前項のヨリキ岬は旧貝取澗村、この横澗岬と外横澗岬は旧久遠村の領域にある。
 ヨリキ岬を過ぎてしばらくすると、臼別川でいったん山が切れ、川に沿った平地が現れる。人家も多くなるその付近が宮野で、そこが旧久遠村と旧貝取澗村のどちらになるのかはわからないが、おそらくは臼別川が村の境界だったのだろう。
yokomam07.jpg
 三叉路があって、229号線は右に折れて山に向かい、久遠へ向かう道道は左折する。すると、すぐ海岸の道路下にあるのが、外横澗岬と横澗岬である。
 この二つの岬は、わざわざ岬と名乗るのもおこがましいような風情で、道路の向こうに岩磯が展開するだけのものである。しかし、この場所にこのような岬の名をつけるには、またそれなりの理由があっに違いない。久遠のかなたにその答えがあるとしても、残念なことには、それを確認するすべがない。
yokomam06.jpg
 “横澗”の名を共にする横澗川は、直線距離で6キロも南に離れたところにあるので、それとの関係もあるのかないのかわからない。
 ここは、行きと帰りと二度通過したのだが、どちらもうまく写真が撮れない。岩場も低くて、少し高くなった道路からはほとんど見えないくらいなのだ。
yokomam02.jpg
 ここの小字は、「花歌」。その連想で、念のために再度付記しておくと、北海道では「鼻」がほとんどない。これは、先の中国地方の岬めぐりでの岬の名前と並べてみると、好対照である。北海道では、この横澗岬のような小さな低い岩場でも「鼻」ではなく「岬」なのだ。

▼国土地理院 「地理院地図」
42度13分2.91秒 139度51分25.69秒 42度13分0.85秒 139度51分11.33秒
yokokannSotoyokoM.jpg
dendenmushi.gif北海道地方(2012/09/02〜03 訪問)

にほんブログ村 その他趣味ブログ
その他珍しい趣味へ 人気ブログランキングへ
きた!みた!印(35)  コメント(4)  トラックバック(2) 
共通テーマ:地域

きた!みた!印 35

コメント 4

ハマコウ

日本語 変わっていきますね

20㎝
「にじっせんち」だよ と これまで指導してきましたが
「にじゅっせんち」も 許容範囲となったようです

大変戸惑います

by ハマコウ (2012-10-20 07:27) 

ぱぱくま

バスはこの特等席からの眺めが一番ですね。
日本語は難しいですね。今日はコメント書くのに
少し緊張してしまいました(^^;
ネット社会でコミュニケーションのあり方が変わってきたのも
その一因なのでしょうね。
by ぱぱくま (2012-10-21 00:23) 

dendenmushi

@ハマコウさん、厳密な日本語を指導する立場からは、もっともっといろんなケースがあるのでしょうね。
「にじゅっせんち」のような場合は、「20」を「にじゅう」と読んでいるのだから、それをつづめて言えば、そうなるという合理性がある、ということなのでしょうね。
ご苦労、お察しします。
わたしなども、ときどき内蔵辞書でどうしても出てこない字があって、それが「し」と「ひ」の厳密な区別だったりします。
by dendenmushi (2012-10-22 06:09) 

dendenmushi

@ぱぱくまさん、緊張しないでください…(^_^;。
ネットで言えば、形のことですが、「文節の頭一字下げ」という、日本語表記の原則が、ものの見事に崩されてしまった、ということがありますね。
 改行した、次の行頭は、このように一字下げることになっているのですが、それがこういうネットの記入欄では誰も自然に無視してしまうようになりました。メールもそうですね。
まあ、本文だけはちゃんとしようと思いますが…。
by dendenmushi (2012-10-22 06:17) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 2

トラックバックの受付は締め切りました