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874 黒鷲岬=函館市尾札部町(北海道)北海道初の定置網と全国初の養殖昆布の歴史をもつ町も雨の中で [岬めぐり]

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 函館市銚子町の銚子岬から函館市尾札部(おさつべ)町まで、約13キロに渡って海岸線から直立するような断崖と岩の層が続いてきた。木直町から尾札部に入るところでは、それも終わり、黒鷲岬が近づく頃にはぐっとなだらかに穏やかになっていく。
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 古部から井戸川まで、ちょうど歩いていた間だけが小やみになっていた雨のほうは、バスに乗った頃から思い出したように降り始め、徐々に勢いを増してきた。来るときのバスの車窓も、帰りのバスの車窓も、黒鷲岬は雨の中だった。
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 黒鷲岬は尾札部町の市街地の東の端、尾札部漁港の東港の外にある。ここから標高100メートル地点までは、内陸へ約700メートル以上も引っ込んでしまう。そんなゆるやかな傾斜地と、八木川を始めとする三本の河川が流れ込む尾札部に、集落が発達してきたのは、当然と言えるのだろう。
 ちょうど岬の部分は低い岩山が張り出しているため、トンネルで岬を越えるが、東漁港の開けたところから往復とも雨の車窓の中に、その姿を見ることができた。
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 先に871項では、「ネット情報で探る限りでは、函館市が編入した旧町村の情報の扱いに、必要充分な意を払っているようには見えない」と書いていたのだが、函館市のネット情報からは、尾札部付近の情報は、まったく引き出せない。「尾札部町」で検索してみても、役に立たない中身のないゴミ情報ばかり。
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 そこで、ふと思いついて、合併で消滅したはずの「南茅部町」で検索してみると、「南茅部支所オフィシャルサイト」 というのがあった。これは、函館市のトップページにも、観光情報のページにも、リンクがないので、その存在もわからなかった。なんのことはない、ネット情報に関する限り、南茅部町は函館市と合併もしておらず、相変わらず立派に独立しているらしいのだ。
 南茅部支所の情報で、初めてこの地域の様子もいくらか見えてきた。
 それによると、黒鷲岬には“北海道大謀網漁業発祥之地”の石碑が建っているという。“大謀網”というのは、大型の定置網の一種で、岸近くに回遊してくる魚を追い込んで一網打尽にできる効率的な漁法で、これは前にもどもかの岬であった。
 北海道に大謀網を持ち込んだのは、能登の漁業経営者であった飯田屋与五左衛門が尾札部に移住してきて、浜の魚影に着目してアイヌの人々を指導してこの漁法で成果ををあげた。
 それが1839(天保10)年のことで、このとき南部から網大工田鎖丹蔵を招き、与五左衛門は黒鷲岬の沖に鮪の大謀網を建て、臼尻の弁天島沖(弁天岬)でも小川屋幸吉が大謀網を始めたのだそうだ。
 現在に至るまで、改良を重ねて続いてきたこの地の定置網漁業は、平成15年には水揚金額も大幅に増加している。
 一方、昆布のほうも南茅部では、“献上昆布”としてのブランドも保ってきたが、昭和40年代には養殖に取り組み、全国で初めて事業化に成功したという。現在では、年間4,000トンという南茅部の昆布生産量は、国内昆布生産量の約15%を占めるに至っているそうだ。
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 こういうことを知ると、いささか冷たい雨の中に煙る黒鷲岬も、生き生きとしてがんばっているように思えるのだ。
 国道278号線恵山街道を、北西に向かって走るバスは、やがて尾札部町から川汲町に入る。南茅部支所では、また函館行きのバスを降りて、今度は鹿部へ行くバスに乗り換える。

▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
41.893336, 141.024227
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dendenmushi.gif北海道地方(2012/09/04訪問)

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タグ:北海道
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