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889 耳鐘鼻・曽根鼻・加代鼻=宗像市大島(福岡県)福津市の最北端勝浦浜から宗像市の大島を望むと [岬めぐり]

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 宗像大社の中津宮が鎮座する宗像市大島へは、神湊(こうのみなと)からのフェリーがあるが、島へ渡ったわけではなく、陸からの遠望のみである。
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 この大島には、神崎鼻、長瀬鼻、加代鼻、曽根鼻、耳鐘鼻の5つの「鼻」があるが、前2鼻は北の海岸にあるので、陸側からは見えない。だが、島の西の耳鐘鼻と中央の曽根鼻と東の加代鼻とおぼしきところは、なんとか視認できる。
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 まず、福津市の北部に位置する勝浦浜からの景色のなかに宗像市大島が浮かんでくる。勝浦浜からは、草崎の北にある勝島越しにが見えるが、その西端が耳鐘鼻で、南端が曽根鼻である。
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 東端の加代鼻は、草崎を越えて宗像市の神湊の岸壁から、草崎の端にちょこっとだけ見える。加代鼻の写真がこんなのしかないのには、ちょっと事情がある。それは後の話としておいて…。
 大島は、楯崎から北の恋の浦方面を眺めたときにも見えていた。
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 そこで、また福津市に戻るのだが、そもそもは明治期に町制を敷いた津屋崎町に宮地嶽神社もある宮地村が合併していたが、これに北部の勝浦村がくっついたのは1955(昭和30)年のことであった。
 現在では、勝浦地区の対馬見山と渡半島の間は、広々とした田園地帯で、まっすぐな道が縦横に走っている。また、津屋崎橋から北に2キロも入り込んでいる海につながる細長い入江の東隣は、すでに田圃も埋め立てられて、市営住宅や分譲住宅などが建って宅地化している。
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 しかし、江戸時代には、この入江がずっと幅広く、北に4キロ近くも広がっていた。その広い入江があったために、勝浦浜から南に延びる長い浜は、かろうじて白石浜からこぶのような3つの小山を経て“彫刻の岬”や楯崎、曽根の鼻のある渡半島につながっていた。
 実際に、伊能図を確認してみると、ちゃんと奥深い入江として描かれている。sonekatu04.jpg
 今、「海の中道」といえば誰も福岡市東区の陸繋砂州のことだと疑わないが、古い記録によれば、そもそもはその名は、この勝浦浜から渡半島の長い砂州について与えられたものだった。1703(元禄16)年に貝原益軒が編纂して藩主に献上した『筑前国続風土記』には、こう書いている。

 勝浦村と梅津の間の海中の道を云也。其長き事十町、許有。昔は勝浦と津屋崎との間は、皆入海成りし故、此所は両方に海有て、海中に在る道なれば、海の中道と云る成べし。

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 そのため、福津市勝浦地区の北部にある西東というところの道路脇には、かつては船をつなぐために使われたという石が残されている。現在の495号線は、その深く入り込んだ入江の岸を走っていた道だったのではないか。地図を眺めていると、そんなふうに思えるが、おそらく当たっているはずだ。
 “津屋崎千軒なごみ”にかけてあった古地図面は、すでに干拓後のものだったが、この入江が大規模な干拓で塩田化されたのは、寛文年間から元禄年間(1671〜1701)にかけてのことだった。
 津屋崎までは鉄道の廃線に伴う西鉄の代替バス路線があるが、それ以外には津屋崎には公共交通機関がない。JR福間駅までも遠く離れた津屋崎から勝浦浜までは7キロ以上もあるのに、である。
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 そこで、福津市ではタクシー会社に委託して、コミュニティバス「ふくつミニバス」を運行している。どこまで乗っても200円均一。タクシーにも乗ったが、福津市の岬めぐりでは、このミニバスをおおいに活用させてもらった。
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 実は、ここを歩いたのは2日間にわたり、しかも実際のコースは右往左往しつつ、項目順とは逆になっているのだが、それを詳しく書いても退屈なだけなので、とにかくミニバスで、福間駅から津屋崎、さらにそこから勝浦浜を回って495号線からあちこち脇道にも入って各集落のポイントを押さえながら福間駅までと、福間市内を回ってきた。
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 津屋崎の入江を左に、右に干拓でできた農地が宅地化されたところを見ながら、ミニバスは勝浦浜へ向かうと、途中に塩浜という名のバス停もある。まっすぐな田園地帯の道を北上して、勝浦浜のバスの停留所へ。バス路線はここからまたUターンして戻っていくのだが、ルートは山寄りの道に変わる。
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 福津市の最北端である勝浦浜は、宗像市の草崎の付け根まで、細いながらその領域を主張している。風も強く吹き付け、漁港も置けない浜に、どのように生活してきたのだろうか。勝浦浜から南を望むと、古来津屋崎に続く長い入江をつくってきた“古海の中道”が、渡半島まで続いている。
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 海岸には、マンションやリゾートやホテルや教会のような建物などがいろいろあるが、それらの多くは宗像市との境界線の向こうになる。
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 境界線といえば、バス停の前、道路の向こう側から宗像市で、その向こうに牟田池という池がある。この池の水面はほとんどが福津市だが、岸のほとんどと池中の小島は宗像市になっている。
 どういうわけでか、福津市と宗像市のシマをめぐる線引きが、この周辺では妙な形になっている。おそらくは、それも宗像大社がらみの結果だろうという推測はできるのだが…。

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33度53分52.64秒 130度24分22.83秒 33度53分13.01秒 130度25分44.40秒 33度54分42.52秒 130度26分53.46秒
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dendenmushi.gif九州地方(2012/10/31訪問)

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タグ:福岡県
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