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905 西浦崎=福岡市西区西浦(福岡県)昔は北崎と呼んだ糸島半島の最北端は東西どちらの岸からも望めないので… [岬めぐり]

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 西浦崎は、福岡市の西端で最後の岬となる。北崎と昔の名を今も学校や公民館に残す西浦の出っ張りの先端は、蒙古山と妙見山とそれぞれ150メートルほどの2つのピークをもち、周囲は50メートルくらいの断崖が取り巻いていて、道も点線の山道があるだけ。その南西部に緩斜面があって、5つの溜池と大きな養鶏場があり、その下に西浦の集落と漁港が広がっている。
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 東海岸の宮浦からは、小さな低い峠ひとつを越えるだけだが、この峠を越えずに、宮浦でバスを降りるか迷った。が、結局バスの終点まで乗ってきてしまった。
 宮浦で降りれば、唐泊まで歩いて帰りのバスの時間までに戻ってこられる。しかし、それでは西浦には行けないことになる。また、唐泊からならこの岬が見える、というわけでもない。
 西浦崎は、断崖絶壁の彼方にあって、唐泊からも西浦からも、実はその先端部を見ることができないのだ。ここも、船でしか行く方法のない岬になる。
 それでも、とにかく西浦の漁港の岸壁からでも眺めておけば、そのほうがよかろう。
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 バスの終点は、広場になっていて、そこから住宅街の間を抜けて、漁港を目指す。バス停近くにはなんと割烹旅館が二軒、向かい合って立っている。これは、西浦漁港のかつての繁栄を、物語っているのだろうか。
 漁港というものは、だいたいどこでも同じだが、昼間はひっそりとしている。動いている船もなければ、人影もない。西浦漁港の岸壁から北に見える崖は、2本のツノが飛び出たようになっている西浦崎の西側の側面にあたる部分である。
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 風土記によれば、いつの頃か対馬の宗氏の嫡庶の主導権争いに敗れた者が、漁民に助けられ船で唐泊まで逃れてくる。その宗氏の子は、兜を脱いで石の上に捨て、これより庶人として生きると決心をし、行を共にした左近四郎と西浦に居を定めた。
 「其遠孫今も有。宗氏を称す。左近四郎も又西浦に家居して漁人と成れり。此子孫も今に在。是西浦民居の始也と云。」というのだが、宗氏と聞けばすぐマラソンや駅伝で、上体を少し傾けながら走っていた「宗兄弟」の姿を連想してしまう。長く対馬の領主としてあった宗氏の係累子孫は、現在までも広く続いているようだ。
 地形図としてはまるで認められない“地図”なので、いつも悪口を言っているZENRINソースのMapionも、さすがに“住宅地図”としてなら強みはある。Mapionでは、バス停から少し離れた西浦公民館の前に、「宗商店」とあった。
 漁港付近から西浦崎とは反対の方向を眺めてみれば、手前の出っ張りの少し先から向こうが糸島市。見えているのは三瀬の海岸なのだが、西浦崎から糸島半島の西端である志摩芥屋までの間には岬はない。
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 西からも東からも、見えない西浦崎。ここはやはり、志賀島からの遠望で締めくくるとしよう。
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 休暇村志賀島のある勝馬から西を眺めると、玄界島があり、音無瀬戸には大机島、小机島という岩島(風土記によると、ここには柱状節理の六角の岩の柱が横たわっている)があり、その左手に西浦崎がある。ちょうど、夕日は蒙古山と妙見山の上に沈んでいくところだった。
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 福岡の金印と元寇の岬めぐり。始めの二夜は、西浦崎の灯台と玄界島の灯台と、ふたつの灯台の灯りを眺めながら眠りにつき、灯台の灯りがまだあるうちに起きた。金印と元寇、どちらの夢もみることなく…。

▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
33.667149, 130.210067
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dendenmushi.gif九州地方(2012/10/30訪問)

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タグ:歴史 福岡県
きた!みた!印(31)  コメント(6)  トラックバック(0) 
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きた!みた!印 31

コメント 6

ナツパパ

蒙古山って名前も歴史を感じますねえ。
夕陽がきれいです。
by ナツパパ (2013-01-18 16:04) 

ダミアン88

”宗さん”の背景にはそんな歴史があったんですか。
その地域ならではの”人名”っていうのも
調べてみると面白いかもしれませんね!

by ダミアン88 (2013-01-18 19:04) 

dendenmushi

@ナツパパ さん、大船までこられたんですね。蒙古山というのは、敵方の視点のようでおもしろいですね。この周辺の海に、元軍船が押し寄せたとき、そのいちばん最先端にあたる陸地が、ここだったので、そこからついたのでしょうが…。
by dendenmushi (2013-01-19 11:17) 

dendenmushi

@ダミアン88 さん、宗氏の場合は対馬領主としての治世が長かったので、九州一円からさらにひろがっていたようですが、この西浦の宗さんは、そういうわけでちょっと変わっている。
だいたいどこにでも、その地域に密着してきた名前というのがありますからね。
by dendenmushi (2013-01-19 11:20) 

COCO

福岡県、西浦で検索をしたら でんでんむしさんのブログが
出てきたので 拝見させていただきました。

なんというか・・胸がいっぱいになりました。
ここには祖母が住んでいて
年に一度は帰省しているのですが、懐かしさと 悲しさと 色々な感情がごちゃまぜになる 不思議で、特別な場所です。

こんな風に ネットで綺麗な西浦の写真が 見られると思いませんでした。ありがとうございました。

日本中、色々な岬を周ってらっしゃるんですね。
基本的に公共機関しか使われていないって すごいと思います。
少なくとも ここ、西浦は バスの本数も下手すると2時間に一本くらいですしね・・

全国の岬制覇、がんばってください☆



by COCO (2014-02-27 20:12) 

dendenmushi

@COCO さん、「懐かしさと 悲しさと 色々な感情がごちゃまぜに…」という心情、よーくわかります。でんでんむしも、まったく同じなので…。
コメントいただいて、西浦崎へ向かったときのことを思い出しました。今宿駅から横浜まで歩いて、橋のところで西浦行きのバスを長いこと待ったのですが、ついでに長浜海岸まで歩いたほうがよかったなあ〜。
西浦では、あせって道がわからなくなって、地元の人に聞いたりしたのを思い出しました。
おばあさん、大事にしてあげてください。
by dendenmushi (2014-02-28 07:19) 

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