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906 塩屋埼2=いわき市平薄磯宿崎(福島県)震災後の塩屋埼に行ってきました(「ゴローの飼い主」さんからの投稿) [岬めぐり]

Gshioyazaki01.jpg
 建国記念日の今日、ようやく塩屋埼灯台へ足を運んできました。

 久しぶりにこのあたりに来ました。
 変わらず凄惨な光景のこの一帯を目にすると、いまだ込み上げるものがあります。
Gshioyazaki04.jpg
 灯台に向かうと、きょうは連休ということもあって遠くからの観光バスが多数来ていました。
 バスから降りてくる人たちの表情はなにか神妙です。
 物見遊山ではないことはわかります。
 未曾有の大災害の爪痕を「見ておいたほうがいい」、あれ以来そう思ってきた方々なのだと察します。
Gshioyazaki02.jpg
 灯台の姿はかわりないように見えますが、危険なので震災以来は立ち入り禁止になっているようです。
Gshioyazaki06.jpg
 近くにある中学校の校庭はがれきの置き場になっています。
 海岸の近くに中学校がありますが、震災のあった日はいわき市立の全中学校が卒業式で午前中で全員下校となっていたため、震災の起きた午後二時四十六分には学校に生徒が残っていなかったは不幸中の幸いです。
 とはいえ、このあたりにはたくさんの人が住んでいました。家もたくさんありました。
 津波にのまれた家屋、水産物の工場、そして人の命がたくさんあったことは事実です。
Gshioyazaki05.jpg
 灯台入り口のバス停がもとの場所にありました。
 しばらくこのルートはバスを走りませんでしたが、戻ってきました。
 津波で流されたバス停の看板は、きっとものすごい姿になってしまったんだろうと想像します。

 防波堤にある絵は、たぶんボランティアさんたちが描いてくれたのでしょう。少し明るい気持ちになります。
Gshioyazaki03.jpg
 家の跡地に来ている方々の姿も見られ、今日が11日であの津波でなくなられた方々の月命日だということを思い出しました。

 少し奥の休耕地に復興住宅が建つようで工事が始まろうとしていました。

 あと1ヶ月でちょうどあれから2年経つんですね。

 取り急ぎ、特派員として(?)
 塩屋埼灯台、その近辺の報告まで。
 ゴローの飼い主より
 
        ▼     ▲     ▼
 
 いわき特派員の「ゴローの飼い主」さんから投稿をいただきました。ありがとうございました。さっそく新項目としました。
 塩屋埼については、すでに 179 塩屋埼=いわき(福島県)見えぬ心を照らしておくれ で項目がアップされています。
 この「塩屋埼2」は、震災後の岬の様子を写していただいたものです。(でんでんむし)


▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
36.99531, 140.982108
GshioyazakiM.jpg
dendenmushi.gif 東北地方(2013/02/12「ゴローの飼い主」さんから投稿)

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タグ:灯台 福島県
きた!みた!印(24)  コメント(1)  トラックバック(0) 
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きた!みた!印 24

コメント 1

abms4144

石川島播磨造船、今は関心が薄く~以前よく聞いた社名ですね、
造船、華やかな頃がありましたから
自分も昭和30年代少しの期間、函館居住、市電の終点「弁天町」は
函館ドック従業員であふれていましたね。
相生村も相生市に成長。企業城下町の佇まいが残っているのかな
相生市を開いてみました。歴史有る地域ですね。
by abms4144 (2013-02-15 17:05) 

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