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979 弁天崎・小名崎=本吉郡南三陸町歌津(宮城県)“失敗の本質”にあえて目を向けてその原因を究明してみなければ [岬めぐり]

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 リアス式海岸はとくにそうだが、他の地域でも、岬と入江の大きな凸(でこ)と凹(ぼこ)が連続するところは、岬めぐりの難所であるといえる。その理由は、公共交通機関が通るメインの道路や鉄道から、遠く離れてしまうからだ。ここ歌津も、比較的大きな半島が出張っているが、国道45号線も今はその用に応えられないJR気仙沼線も、海から離れた山の中を通っている。
 それでも、海岸線に道路があって、コミュニティバスでも走っていればまだしも、たいていは道もバスもないことが多い。その点では、歌津の琵琶崎のある韮浜から、弁天崎と小名崎がある寄木は、日に2本だけだが町民バスが走っていた。
 だから、その計画をあえてとらずに、BRTに頼ってしまったのが、今回の失敗の第一といえる。
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 歌津地区の中心は、気仙沼線とBRTの歌津駅前から、ずっと南の伊里前(いさとまえ)漁港にかけて町があったが、なにもない空き地が港まで続いている。ここは、小学校が「伊里前」で、中学校が「歌津」を名乗る。そのふたつの学校とその周辺は、少し高台だったために、どうにか流されずに残ったようだ。
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 国道45号線は、伊里前の漁港の西をかすめるように、バイパス道路がおそらくは高架で通っていたのだろうが、その橋も落ちてしまった。
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 国土地理院の電子国土の地図では、落ちる前の道路が示されているが、写真では白く細長四角の橋桁が、点々と写っている。Mapionでは現況に合わせてバイパスは途切れているが、BRTの「歌津駅前(気仙沼線代行バス)」として示された位置が、まったく違う場所になっている。
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 こういう間違いは、どのようにして起こるのだろうか。(このブログでも、“失敗の本質”に自ら踏み込もうとしているが、ほかの失敗がどうしてそうなるのか、そういうことにも、へそまがりの興味はある。)
 弁天崎と小名崎は、伊里前湾の西にある入江を囲んで向き合っている。そのさまは、やはり寄木から眺めたほうがよかったのだが、この項のふたつの岬の写真は、伊里前湾の北東端の管の浜から見たものだけになってしまった。
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 それが、失敗の第二だが、これはタクシーのドライバーに任せて、自分でしっかりと確認をしなかったのが、その原因であった。
 BRTの歌津駅前でバスを降りたが、歌津駅は高いところにあるホームは残ったが、駅舎もなにもかも流されて、駅前にはほとんどなにもない。役場の支所があり、町民バスのターミナルにもなっているらしい平成の森は、管の浜から北東に入った高台にある。すぐ使えるそこまで行く方法もないので、すぐにタクシーを呼んだ。町民バスも公民館まで行けばあるらしいのだが、時間が折り合わないので、それは帰路に利用させてもらうことにして、歌津の半島の北までタクシーで行くことにした。
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 しばらく待ってやってきたタクシーに、iPadの地図を示して、まず歌津館崎の魚竜化石の石碑があるところまで、というと連れて行ってくれたのが管の浜で、ここに魚竜館があったらしい。確か、ドライバーも「魚竜館のあったとこですかね」と反問したように思うが、こちらもわからないので生返事をしてしまったらしい。
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 そのときは、そこがてっきり館崎の防波堤だとばかり思って、それを疑ってみることをしなかった。ここもすべて流されたというし、なるほど施設の残骸の一部だけを残して、ガードレールまで倒れ落ちているので、石碑も残っていないのだと思った。この下がそうだというドライバーの説明にも、なんら疑問をさしはさむ余地がなかった…。
 館崎の付け根西側からだと、その湾を挟んで西横に、弁天崎と小名崎が見えるので、これがそうだと思って写真を撮ってきたのだが、さてこの記事を書く段になって、いろいろ検証してみると、どうもしっくりこない、どうも違うようだ…。
 ここは、歌津館崎の魚竜化石の石碑があるところではなかった。魚竜館があったところなのだ。堤防の向きも違うし、埋立地の広さも違うそのふたつの場所は、900メートルもずれていた。
 そのことに、遅まきながらやっと今ごろ気がついてしまった。なんたる大ちょんぼ、なんたる大ミスであろうか。
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 旧歌津町時代からあった「魚竜館」は、確かに伊里前漁港の管の浜の場所にあったのだ。
 主な展示物は、民俗資料と発掘された状態のまま保存された魚竜化石であった。1970(昭和45)年に発見されたこの魚竜は、約2億4,200万年前の世界最古といわれる貴重なもので、“ウタツサウルス”や“クダノハマサウルス”という名がつけられた。天然記念物に指定されていたそれらを保存していた魚竜館も流されたが、がれきのなかから探し出された化石は、修復されて仙台市で公開されたという。それは、新聞も全国ニュースで伝えていた。
 管の浜の岸壁では、防波堤の修復工事が進んでいるが、そのクレーンの向こうにあるのが、弁天崎と小名崎である。
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▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
38度42分19.70秒 141度31分26.06秒 38度42分32.12秒 141度31分33.32秒
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dendenmushi.gif東北地方(2013/07/03訪問)

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