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990 神明崎=気仙沼市魚町2丁目6(宮城県)連絡船乗り場の港に朱塗りの回廊がとりまく一山一社のありがたい岬 [岬めぐり]

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 三陸海岸の地図を南から北へ眺めていくと、まず牡鹿半島の長い出っ張りが目につく。松島もあるけれど、まあリアス式の海岸線の南は、ここから始まるとしてもよかろう。その北にあるのが雄勝の大須崎で、それからさらに続くのが神割崎と歌津崎、そして気仙沼大島を抱え込むようにしながら、牡鹿半島と同じ方向に延びる唐桑半島がある。
 神割崎から唐桑半島まで計画した今回の岬めぐりでは、唐桑半島の西に並ぶ気仙沼大島の休暇村に2泊することにしたので、大島の西側に細長い気仙沼湾の水道は、往復で計4回通ったことになる。
 せっかく2泊したにもかかわらず、結果的には気仙沼大島の岬めぐりも天候の具合その他条件が整わず、全部を網羅することができなかったのだが、地図の西から東へ海岸線を辿る順序にしたがって項目は並べておくことにした。
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 気仙沼湾が西に奥まったところにある桟橋が、エースポートと呼ばれる大島へ往復するフェリーの発着所であるが、その桟橋も折れて半分海中に没したままで、屋根には草が生え成長していた。
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 神明崎は、そのすぐ向こうに見えている。
 桟橋も、その港周辺の建物などもすべて流されて跡形もないので、切符売り場や事務所も、四角いプレハブが置いてあるだけだ。というか、ある程度がれきなどの片付けが済んで、使えなくなった建物なども取り壊した跡が残っている。今も取り壊し作業中というところもあちこちにある。
 桟橋が使えないため、連絡船は船の舳先が直接岸壁に接続できるフェリーのみで運行されているが、その発着場は、折れて落ちた桟橋の南側になる。
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 幅奥行きともに2〜300メートル程度しかない魚町の港で、その北の入口に飛び出している神明崎は、湾内を行く船のどこからも見えていて、場所によっては丸いまんじゅうのようになるが、これは南北に細長く独立した低い小山になっていて、その全部が五十鈴神社の境内である。銭形山という名もあるらしいが、小判のような形をしているからだろうか。
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 小判の北の端にある本殿からまっすぐに延びる参道は、その南端の石段と鳥居の下で海に落ちる。
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 そこからは、東側に朱塗りの欄干がついた回廊がめぐらせてあるので、こちらが表参道なのか。欄干だけは、急いで修復したものだろうか。回廊には、気仙沼湾が「日本百景」に入選したのを記念して建てたという浮見堂もあったらしいが、それも跡はあるが形はなく、大きな丸い石柱が転がっている。
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 反対の西側海岸には民家などもあったようで、その痕跡も草に埋もれつつある。
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 国道35号線からの石段と鳥居の前には、伊勢神宮遷宮の幟が立っていた。
 天照皇大神を祭神とし十六菊花弁をするなど、神社の王道をいくこの神社も、もとはこの地の丸森というところにあった村社を移したものらしい。
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 一山一社の境内には、苔むした石碑などが数多く並んで、歴史を感じさせるが、そのなかの末社のひとつは、この地に海苔養殖と製塩の技法を伝えた猪狩新兵衛(1810〜1878)を祀った猪狩神社である。
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 その功績を多として、人々が神明崎に祠を建てたのは、1877(明治10)年というから、彼が亡くなる一年前にすでに神として祀られていたことになる。こういう例は、将軍でも軍人でもない一般人としては、はなはだめずらしい。
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 その立地条件から、竜神や海上の安全や豊漁への祈りなど、多くの人々の願いを担うことになったものだろう。「神明」という名は、五十鈴神社が伊勢神宮の神霊を奉祀した神社であり、天照大神・豊受大神が主祭神であるからである。ただ単に、神社があるからというのでは、この名前はつけることはできない。それくらい、ありがたいモンなのであるから、心しなければならない。
 実際、“明神”のつく名を持つ岬や崎や鼻は全国で18もあるが、“神明”となるとここと能登半島に“しんみょう”がつく鼻があるだけなのだ。
 フェリーが神明崎を通過するときには、ほんの120メートルしかない狭い港口を通り抜けるので、手を伸ばせば…と書きたいところだが、手も棹も届かない距離はある。
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 それにしても、大島へ渡る人々は、必ずこの岬と神社の存在は意識することだろう。そればかりか、北の造船所や南の魚市場も含めて、気仙沼湾内の奥に入ってくる船には、神明崎のこんもりとした緑と鳥居の岬と、朱塗りの回廊が映える姿は、単なる風景以上の意義があったのかもしれない。
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 ともかく、現在では想像もつかないほど、かつてはこの神明崎は有名な場所であったらしいのだ。

▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
38.906401, 141.579001
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dendenmushi.gif東北地方(2013/07/04訪問)

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