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992 蜂ヶ崎=気仙沼市大浦(宮城県)気仙沼湾の中間で幅300メートルに湾を狭める大きな鉄塔のある小さな出っ張り [岬めぐり]

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 石川啄木が「生まれて初めて見た海」というのは、気仙沼湾外のどこかであろう。細長く狭い気仙沼湾は、海というより水道である。そのなかでもいちばん幅が狭くなっているのは、蜂ヶ崎と魚市場などがある対岸で、300メートルもないくらいである。
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 当然、船舶の運航上には注意が必要なところで、フェリーも慎重に蜂ヶ崎を回り込んでいく。
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 蜂ヶ崎は、低い丘がちょっとせり出しているだけのところで、アンテナなどが立っているので、通信施設でもあるのだろう。そのほかにはなにもなくて、先端部に少し木が生えている。高い鉄塔は60メートル以上もあるのだが、これを津波が越えて倒されて湾を塞いだという体験談情報も目にした。しかし、気象庁のレポートpdfでは高い鉄塔は変わらず立っていたというから、倒れたのは数本ある鉄塔のうちのひとつだったのだろうか。
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 岬の周囲には低い護岸があるが、それが切れるところには防水壁のような仕切りが設けられているが、これはどういう意味があるのだろう。水路が岬を取り巻いているというのも、考えにくい。
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 岬の南側は、被災前を示している国土地理院の地図でも、崩れたようなでこぼこ海岸線になっていたので、これは津波でどうこうということでもなさそうだし…。湾の西岸は細長い造成地と護岸が続く低い市街地で、ここにも水が入り込んださまが伺えるが…。
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 そうか!
 前項では、国土地理院の電子国土では震災前の状況を写したもの、と書いていた。確かにこの前まではそうだったのだが、最近ではどうやら震災後の状況を反映させたところがあるようだ。
 前項の鹿折唐桑地区も、この南気仙沼地域も、被災後の様子を示したものと考えるべきではないかと、遅ればせながら気がついた。
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 というのは、蜂ヶ崎の対岸では、JR南気仙沼駅を意味する茶色い長四角は描かれているが、駅名の表示もないし、線路もその前後で消えてしまっている。そうすると、潮見町一帯に広がる水色は、まさしく津波の跡の冠水地域を示しているわけなのだ。
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 では、蜂ヶ崎の南側の不規則海岸線も、津波の跡として考えるのが妥当、ということになるのだろうか。
 対岸は山も遠いが、蜂ヶ崎のある湾の西側は、すぐに山が立っている。高いところで200メートルをやっと越える程度で、高い山ではないが、この山塊が気仙沼市街地と、唐桑半島の付け根を隔てている。道も集落も海岸の一部にあるだけで、ほとんどは未利用山地である。
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 鹿折唐桑地区の浪板から、この山塊の南端である三ノ浜までは、直線で約4キロほどあり、そのほぼ中間に蜂ヶ崎がある。
 Mapionで評価できるのは、神社の名前をわりとこまめに拾っていることである。
 気仙沼湾の東岸では、浪板の飯綱神社に始まって以下、須賀神社、厳島神社、熊野神社(二か所)、山神社、金毘羅神社、御嶽神社と点々と連なっているのだ。まるで神社の展示会場で、これはおもしろい。いずれも大社ではないだろうし、せいぜい祠程度のものもあるのだろうが、神社があるということは、そこに明らかな人々の“大いなる願い”があったわけだ。
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 現在では湾の西岸に比べるとまったく衰退しているようにみえる気仙沼湾東岸周辺でも、古くから続く長い間、ひとつの浦にひとつの社を守ってきた人の暮らしがあった、という証のようなものであろう。
 蜂ヶ崎も、神社をお祀りするには、格好のロケーションのように思えるが、大浦には厳島神社と熊野神社が岬の北にある。
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▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
38.894862, 141.588464
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dendenmushi.gif東北地方(2013/07/04訪問)

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きた!みた!印(30)  コメント(4)  トラックバック(0) 

きた!みた!印 30

コメント 4

無念

蜂ヶ崎周辺は、北側も、南側も、現在陸地が流出し海面となっているところも含め、山と護岸の間には民家が連続して建っていました。すべて、流出・焼失したのです。各浜には1ないし2のお社があり、各浜の民家の数は4,50軒から100軒だったのです。それが津波によりほぼ全滅したのです・・・・。
by 無念 (2013-10-20 21:10) 

dendenmushi

@無念ですね…。ほんとに…。大浦を含め、蜂ヶ崎周辺も、ほぼ全滅とは…。気仙沼湾の油が燃える映像は、記憶に残っていますが、その火災の影響はこの地域にもおよんだのですね。
貴重な、証言をいただき、ありがとうございました。
by dendenmushi (2013-10-21 11:20) 

hana

私は蜂ヶ崎のすぐ近くに住んでいました。
幸い私の家の辺りは、流出を免れたものの2階まで海水が来たため
住める状況ではなく解体しましたが、蜂ヶ崎が津波の防波堤になって守ってくれたため形は残ったのだと思います。
写真を見て悲しくなりましたが懐かしさもありました。


by hana (2014-12-26 15:08) 

dendenmushi

@hana さん、悲しい思いをさせてしまって、申し訳ありません。被災地へ行くのは、だいぶ遠慮してしていたのですが、去年と今年行かせてもらいました。
現地へ行くと、もっと国の力で復興を早め、被災者の支援をすることはできないものか、と思わざるをえません。
あんな選挙をやるお金を、全部つぎこんでも、誰も文句を言わないのに…とか。
by dendenmushi (2014-12-26 15:57) 

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