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1019 納沙布岬2=根室市納沙布(北海道)ここ日本最東端の岬からすぐそこに見えている貝殻島と歯舞群島 [岬めぐり]

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 2006(平成18)年の訪問に次いで、二度目の納沙布岬である。前回はツアーで、今回も遊覧バスだから、あわただしいことには変わりがないが、今度は周辺の施設内も少しゆっくり見学できた。
 前にはどんなことを書いていたんだろうと、改めて017 納沙布岬の項を開いてみる。そこには書いていなかったが、そのときのバスのガイドさんが、歯舞のコンブ漁の厳しい現実について、熱を込めて語ってくれたのが、印象に残っていた。
 それにしても、やっぱりツアーのあわただしさが記事にも現れている。あのときは、灯台に行く時間もとれなかったのだ。
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 写真を見比べてみると、前には砂利の空き地だった納沙布岬の木柱があるところは、きれいに舗装されていて、柵もまっすぐになっていた。
 お天気も前のときよりはよく晴れていて、貝殻島も北方領土の島々もちゃんと眺められる。
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 貝殻島…いったい何度その名前を聞いたことだろうか。いかにも貝殻がたくさんくっついた島という印象を与える名前だが、アイヌ語では「カイカライ=波の上面の低いもの、つまり岩礁」といい、現在もここを自国領として取り込んでしまっているロシアでは灯台島だという。
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 この島というより岩礁は、納沙布岬と水晶島を隔てている珸瑶瑁水道のほぼ中間地点にあり、日本最東端の納沙布岬からは、わずか3.5キロしか離れていないのである。それなのに、ロシアに占拠されたままなので、いわば実質的にいちばん他国に接近している場所がここなのだ。
 すると、現実の境界線は貝殻島と納沙布岬の間ということになり、3.5キロどころではなくその半分として、1.75キロしかない。日本の船が自由に往来できる海域は、この岬から2キロにも届かないちょっとの幅だけ。
 昔からコンブの好漁場だったこの周辺海域で、日本の漁船がソ連に拿捕されるという事件が頻発していたのは、1950年代の初め頃だったろうか。
 そもそもは北方領土全体の問題なのだが、貝殻島については別にややこしいととがあって、それがこういう事態を招いていた。
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 1945年の太平洋戦争終結時から以降、実質的にソ連の占領下にあるこの地域については、連合軍総司令官マッカーサーによって日本の漁民が自由に操業できる海域とできない海域の線引きが行なわれた。それがマッカーサー・ラインで、当初それは納沙布岬と水晶島の中間に引かれた。この線では、貝殻島は西側の日本海域に入り、およそ3年くらいはそういう状態が続いていたらしい。どうしてそんなことになったのかよくわからないが、1948年になってGHQが再調査して、マッカーサー・ラインの線引きを納沙布岬と貝殻島の中間に変更する。その結果、貝殻島周辺はソ連の海域に入ってしまった。
 日本の講和条約締結によってその線引きは廃止されたが、事実上のソ連による実効支配地域と海域を切り取る“国境”になって残ってしまった。冷戦状態が定着し、安保体制が維持されるなかでも、アメリカは余計な日本が不利になる再調査・再線引きをして以来、この地域についてなにかしてくれたことは、一度も、なにもないようだ。
 ソ連は、軍隊を置き住民を移住させ北方領土のソ連化を進めてきたが、歯舞群島については、守備隊のようなものだけで、1991年にソ連が崩壊後ロシアに引き継がれてからも、住民はいないのだという。
 1960年代になって、ようやく漁業民間協定が結ばれ、漁船が拿捕されるようなことはなくなったが、毎年多額(いくらかは知らない)の入漁料を日本側は支払って、なんとか操業を続けているというのが現状だ。
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 貝殻島灯台は、納沙布岬からはっきり見えた。すぐそこにはっきり見えるのが、いっそう悲しく情けない。灯台のすぐ後ろに見えるのは、水晶島(すいしょうじま)だろう。
 道東の海岸にあった、小さな島々と同様に、納沙布岬のすぐ北に続く歯舞群島は、どれもみな低く平べったい島ばかりである。これならなるほど、歯舞のアイヌ語源のとおり、流氷がある間はほとんどわからず、流氷が消える頃になってようやく姿を現す島というのが、いかにもぴったりかもと改めて実感できる。
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 土産物店などが並ぶ間を東南へ少し歩くと、納沙布岬灯台である。灯台の前に、最近一部で流行っているらしいキャンピング・カーがどーんと停めてあって、写真の邪魔だなあと思うが、回り込んでみるとさすがに灯台の出入り口を塞いでいるわけではなかった。
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 こういういわば、“高級ホームレス”のみなさんは、くれぐれもTPOとマナーとルールを守ってくださいね。お願いしますよ。
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 燈光会の看板にある“日出ずる国”も、この場合なんかヘンだけどねえ。1872(明治5)年の点灯は、北海道ではいちばん早い。
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 “納沙布”は、アイヌ語の「ノッサム=岬のそば」という言葉からきているという。灯台の近くの納沙布の集落では、軽トラから降ろしたコンブの束を広げて干している若い夫婦らしい二人の姿があった。年をとった証拠かもしれぬが、こういう光景には思わずじーんとしてしまうのだ。
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▼国土地理院 電子国土ポータル(Web.NEXT)
43.385212, 145.81655
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dendenmushi.gif北海道地方(2013/09/06訪問)

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タグ:北海道
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