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1046 脇岬=長崎市脇岬町(長崎県)そういう名の岬は実はないのだがこの絵師のことは記録と記憶にとどめておきたい [岬めぐり]

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 「岬」という字そのものが町の名前につく例は、全国に20いくつくらいはあるだろうが、「脇」というある種の形容で示されているのはめずらしいのではないか。
 つまり、なにか別にメインとなるものがあって、その“脇”であるという見方が成り立つわけで、長崎半島(野母半島ともいわれる?)の地図を眺めながら、そんなことを考えていた。
 ヘンなことを考えるもんですねぇ…って、だって気になりませんか。
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 長崎半島自体を主役としてみると、その東西に控えている脇侍(わきじ)が島原半島と西杵築半島ということにもなるのだが、ご本尊のほうが両側よりずっと小さくて貫禄もない。
 カタカナの「ノ」のハネのような形で南南西に伸びてきたその先は、すっと左に向かって横向きになって終わる。
 その横に向きを変えるあたりが、長崎市脇岬町(わきみさきまち)なのだ。
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 脇岬町は、1889(明治22)年に布かれた町村制により、周辺の村とともに西彼杵郡脇岬村として始まる。このときのほかの周辺の村とは、高浜村、野母村、樺島村であった。その後、1955(昭和30)年に高浜村の一部と野母村、脇岬村、樺島村が合併して野母崎町となり、2005(平成17)年にこれがまるごと長崎市に編入されて現在に至る。
 脇岬町の北の端は、川原木場のすぐ南隣りの岬木場から始まっているが、その中心集落は脇岬港の周辺であろう。ここは南に伸びた岬が、弁天山と祇園山という、いかにもお祭りが好きそうな小山を伴っており、沖の樺島とならんで港に適した小さな湾をつくっている。
 実際、ここには有名な伝統的祭りもあるようだし、それらも含めてこの地域の発展に貢献してきたのは漁業であったのだろう。その停滞期に入って長く、一時期は600人もの子どもたちが通っていた、1874(明治7)年開校の脇岬小学校はすでにない。が、そのホームページだけが残っていた。
 脇岬とは、この二つの小山がある細長い出っ張りのことではないか。そして、メインの岬とは西の野母崎を意識していたのではないか。
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 栄上から乗り換えたバスは、半島の西海岸を南下して、いったん野母崎をくるっと回ってまた三叉路から国道499号線に戻って東に向かう。そこからがもう脇岬町で、ヤシの葉が風雨に揺れながら、長い砂浜の海岸線を行く。
 集落から少し山寄り、かつての脇岬小学校があった付近には、観音寺というお寺がある。ここには、ちょっと歴史的に貴重な天井画があるのだが、公開していないので、寄ってもしかたがない。そのうえこのお天気では、まったくどこへ行く気も失せてしまう。
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 実をいうと、川原村の起源などを求めて情報を探していて、偶然に川原慶賀という人名にであった。それまではまったく知らなかった名である。だが、おそらくこれがそうだと言われれば、誰でも想像がつくような、たくさんの絵を残した江戸時代後期の絵師である。長崎の絵師の家に生まれ、出島オランダ商館へ出入りし長崎の風俗画や風景画などを、日本画と西洋画の技法を活かして写生した。
 とくに、シーボルトが来日してからは、彼の求めに応じて多くの動植物画や風景画などの作品(本人にはそういう意識はなかっただろうが)を残し、数千点にのぼるそのほとんどはオランダへ送られたという。いわばシーボルトの片腕のような、お抱えのカメラマン兼イラストレーターのような大活躍だったようだ。
 シーボルト追放にさいしては、奉行所での取り調べは受けたがこのときは叱責ですんだ。その後もシーボルト後任者などのために絵を描いていたが、たまたま依頼されて長崎港の絵図の船を描いた。シボールトの依頼でカメラレンズのような眼で写生をしていた彼は、その船にある鍋島氏と細川氏の家紋もちゃんと描き込んだ。それは佐賀藩と熊本藩の警備船であった。
 これが「国家機密漏洩と見做され」て再び捕えられ、江戸・長崎所払いの処分を受けることになる。
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 いまどき、まことにもってみにつまされるような話であるが、追放された彼が流れてきたのがここ脇岬で、観音寺に残る天井画のいくらかが彼の手によるものだという。だが、彼がいつどこで亡くなったのか、墓がどこにあるのか、誰も知らない。
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▼国土地理院 「地理院地図」
32.568878, 129.788961
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dendenmushi.gif九州地方(2013/11/03訪問)

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タグ:長崎県 歴史
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