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番外:リゾートホテルの廃墟があちこちに=八丈町三根(東京都)なかでもこの神湊東の廃墟はスゴイぞ〜 [番外]

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 底土港からは北西に1.5キロほどのところに、神湊の集落と漁港がある。バスに乗るためには、そこまで歩いて行かなければならない。この付近はやはり溶岩の流出でできた緩斜面の終わりで、緑の植生の間にペンションのような建物もある。
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 と、道の左手になにやら怪しげな建物が見えてきた。思わずぎょっとするほど、巨大だ! (辺りに何もないせいもあるが…。)
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 寄ってみると、なんとこれが廃墟だというわけで、ますます怪しい。
 草ぼうぼうの敷地内にはひときわ大きな、議事堂のように中央に塔を備え左右両翼に広がる建物があるが、もう何年も荒れたままのようで、さりとて朽ち果てるでもなく永らえている。白いカーテンが八の字状にぶら下がったままになっているのも不気味っぽい。
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 入口の一対になった白い塔のように高い台座の上には、なにが乗っかっていたのだろう。その右手遠くには人の立像が立っている。歴史的な人物は思い浮かばないので、おそらくはその建物を建てた人の像とかなのだろう。
 草の陰に隠れた看板の文字は、「Hachijo Oriental Resort」と読める。このホテル跡の廃墟は、近頃一部で盛り上がっているという廃墟ブーム・廃墟マニアの間では、わりとよく知られた有名な物件らしい。なんでも、仲間由紀恵と阿部寛が出るあの映画のロケにも使われたという。
 これを取り上げて、荒れ放題の内部の写真までたくさん載せたブログやサイトがいっぱいあるので、そっちに興味のある方は検索してみるとよかろう。
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 もうひとつ検索してみてわかったのが、銅像の人物である。やはりオーナーだった安田某という人だということはわかったし、その人が空手家でも有名な人物だという情報もあったが、銅像の人物と有名な空手家が、同一人物であるかどうかは、どうも確かな結びつきの証が得られない。
 しかも、在日だというこの人物、その夫人がらみでなにやら北朝鮮、総連、金剛山、統一教会などなど、さまざまにやばそうな名前がゾロゾロでてきて恐ろしい。これはなかなか近寄れんということであろうか、空手家の情報を載せたWikipediaも、朴某という本名では沈黙している。
 廃墟も、最初から廃墟として建てたわけではなかろう。安田某氏が“八丈ロイヤルホテル”という名ではじめて1968(昭和43)年この地に建てたホテルは、88室もあって収容人員も450もあったというから、そんな大規模ホテルがやっていけるだけの繁栄時代があったわけだ。
 しかし、その後は名前も“プリシアリゾート”に代わり、また“オリエンタルリゾート”に変わっているので、経営上はいろいろあったようだが、永く八丈島最大の巨大ホテルであった。
 このホテルができた当時は、まだ西から東京にやってきたばかりだったでんでんむしには、八丈島は遠い異国でしかなかったが、どうやら八丈島が“東洋のハワイ”みたいなノリで宣伝され売り出されるような時代があったらしい。新婚旅行でこのホテルに泊まったという人も、たくさんいたのかもしれないのだ。
 だから、八丈島の大規模リゾートホテル開発は、ここだけではなく、大賀郷の“八丈島国際観光ホテル”や樫立の“八丈島温泉ホテル”もそうだった。しかし、どのホテルも2004〜5年頃までに閉鎖に追い込まれて、今は廃墟になっている点も同じである。
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 “八丈島国際観光ホテル”のほうは、船戸鼻や長崎へ行くときに見ていたが、病院のような茶色い大きな建物があるなあと思って見ていた。だが、島民のための病院であれば、こんなでかい建物は必要ないのだった。こちらも廃墟サイトにはいろいろ取り上げられているようだ。
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 “八丈島温泉ホテル”は、奈古ノ鼻や素石ヶ鼻を眺めていた乙千代ヶ浜のすぐ東側にあったのだが、温泉掘削工事の途中で二度も縄文遺跡が見つかったりした。その後温泉が枯れて廃業に追い込まれたという。こちらは所有者の管理が厳重なようで、写真もほとんどないようだ。
 それにしても、一時期はそれだけ観光地・リゾート地としても人もたくさん集まって、巨大なホテルの重要があったものが、どうして2005年までに一斉に閉鎖し、廃墟への道を歩まなければならなくなってしまったのだろうか。
 緯度的には、八丈島は九州の大分・熊本・佐賀・長崎と横並びでほとんど変わらない。黒潮の影響があるとはいえ、“東洋のハワイ”にはもともとちょっとムリがあったのだろうが、それよりも直接的に影響する大きな原因があったはず、とこれは容易に推察できる。
 それが、沖縄である。
 これは沖縄北部のどこかでちょっと書いたような気もするが、1970年代の沖縄海洋博は、まだまだ本土の沖縄ブームに火をつけるには至らなかったが、日焼けしたモデルがヤシの木陰、白いビーチで躍動するといった航空会社のCMがテレビに登場し、そういったイメージが溢れるようになる1990年代のリゾートホテール建設推進で爆発する。
 その陰で、わずかに命脈を保っていた八丈島のリゾート・メリットが、急速に色あせていくのはやむを得ないことだったのだろうと、これはあわせて考えれば納得がいく。
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▼国土地理院 「地理院地図」
33度7分38.93秒 139度48分34.24秒
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dendenmushi.gif関東地方(2016/04/15〜19 訪問)

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タグ:東京都
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