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1385 間鼻=三宅村阿古(東京都)大国主の息子さんご一家が祭神の富賀神社こそが恐れ多くも伊豆七島の総鎮守なのだ [岬めぐり]

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 この島の神様である事代主命(ことしろぬしのみこと)と伊古奈比姫命のことについては、「1381 大崎=三宅村神着」の項や椎取神社のところで書いていたのでもう解決したと思っていたら、とんでもない。解決しておりませんでした。
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 三宅島だけでなく、だいたいにおいて伊豆諸島の神様は、三島神社の祭神である事代主命とそのファミリーで統一されているようなのだが、御笏神社の祭神のうち事代主命の妃を佐伎多麻比咩命(さきたまひめのみこと)としていた。
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 ところが、富賀(とが)神社に来てみると、ここでの祭神は同じく事代主命の妃として伊古奈比咩命(いこなひめのみこと)の名をあげて祀っているのだ。
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 まあ、ギリシャ神話ほどデタラメでもないが、よくある話でこの頃の神様の世界は一夫多妻で通用したから、妃といっても一人とは限らない。佐伎多麻比咩命は二の妃(あれっ、三だったかな?)というわけで、少々違っていてもいちいち騒ぎ立ててはいけない。
 椎取神社のところでは、その他大勢と一緒の項目だったので、詳しく書けなかったが、改めて椎取神社の縁起(説明板)をみると、そこは「事代主命が上陸の第一歩を記したところで、その第四妃佐伎多麻比咩命の第八王子の志理太宣命が祀られている」という。
 三宅村が立てている説明板だから、いちおうこれを公式記録とすると、御笏神社の祭神も「四妃」(ネット情報によくある「二」とか「三」ではない)である佐伎多麻比咩命となる。佐伎多麻比咩命が何番目の妃かという問題はこれで決着して、さてここは富賀神社である。
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 ここの祭神として祀られている妃は、それとは違う伊古奈比姫命。彼女こそは「正妃」なのだ。そして、その子の阿米都和気命 (あめつわけのみこと)も祀られている。ここから北西85キロにある静岡県の下田市には、伊古奈比咩命神社もあることでも、この一家の勢力圏が想像される。
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 そもそも、事代主命はその父である大国主命に連れられて、出雲の国を出て紀伊の国に渡り、さらに三宅島に上陸して、付近の島々に漁業や農業を伝え、諸島の基盤をつくったという。だから、富賀神社こそが伊豆七島の総鎮守であり、本土の三島神社の発祥の地ともされている。
 おそらくはそのためであろう。境内から古墳時代から平安時代に至る遺跡が発掘されたときにも、ここが事代主命の墓所だったのではないかという説も飛び出してきたのも…。
 それにしても、どういうわけでか天孫に比較的あっさりと国譲りをしてしまった大国主の命とその子らが、東国のしかもこんな離島へ流れ出ることになったのは、逆にみればこの地が正統な神様を欲していたという受け入れ態勢があったからにほかなるまい。
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 錆ヶ浜に「橘丸」が着く時間に合わせて、三宅島村営バスもダイヤには載っていない臨時早朝便が出ることがわかったので、翌日は早起きしてそれに乗り、富賀神社前で降りて、一本道を神社までやってきた。神社までは電柱も電線もあるが、ここから先にはそれもない。天と海と地あるのみ。神様の世界のようである。
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 と、そこへ突如として天地(あめつち)をも恐れぬ人間の所業が…。
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 間鼻という名も由来は不明だが、当て字くさい。そこでは園地の整備工事が行なわれていて、これから立てるジオスポットの案内板も置いてある。
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 それによると、間鼻の崖をつくっているのは、この海岸で起きたマグマ水蒸気爆発の噴火で放出された岩塊(爆発角礫岩)なのだそうだ。
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 間鼻をつくる溶岩流は、886(仁和2)年の新島向山噴火の前にできていて、その上に新島噴火の白い軽石も飛んできて地質学上で言う“鍵層”をつくった。つまり、地層の年代を測定するうえでの目安になる特徴的な層なのだが、研究者によっては838年に神津島天上山が噴火したことは間違いないが、886年に新島向山噴火が起こったという確証はない、という説をとる人もある。
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 ただ、886年には安房国降灰記録(三代実録)などもあり、それらも伊豆大島や新島阿土山の噴火の可能性があるという。それが正しいとすると、この案内板を始め、886年新島向山噴火の通説によった部分は、書きなおさなければならなくなる。
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▼国土地理院 「地理院地図」
34度3分7.85秒 139度28分56.95秒
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dendenmushi.gif関東地方(2016/05/20 訪問)

   

追記:本文とは関係ないが、ここでまたおもしろいことがあったので、備忘のために残しておく。
 So-netブログの「地域ブログランキング」の各ページのトップページの画像は、かなり気まぐれ要素が多く不定期だが、ときどき最新のものに変わる。これは、当初からずっとそうなっていた。
 ところが、2016年の元日恒例「定点観測」でもとりあげていたように、どういうわけかでんでんむしのトップページ画面だけは、ずっと変わらない。
 2015年の春、“年表”のシリーズを連載していたときの最終「1990年」のページ画像のままであった。
 15か月もの間、ほったらかしにされていたわけだ。ほかの人のは知らないが、やはりずっと変わらなかったようなページもあるにはあったようだが、それらも徐々に更新されていき、ずっとでんでんむしのだけが古いキャプチャのまま残っていたのだ。
 さては、曽根風呂にはときどき辛口批評で文句ばかりつけているので、睨まれたかな? ま、どっちにしても別にたいしたことじゃなんだけどね。

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 それが、2016/07/03(おととい)の朝見たら、なんと変わってるじゃありませんか! おお、やっと変わったか! しまった、変わる前の画面を証拠に撮っておけばよかったなあ。
 すると、2016/07/04(きのう)の朝のページでは、またもとへ戻っている! いやいや、これはキャッシュが残っていただけなんだ。そうだ、それならこれをとっておけばいい。
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 …というようなわけで、15か月ぶりの「でんでんむしの岬めぐり」「地域ブログランキング」の画像更新であります。

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コメント 4

だいだらぼっち

益田勝美の「火山列島の思想」によると、オオナモチ、すなわち大国主、あるいは大黒さまは、火の山の神であった、という指摘があります。参考になるかどうかわかりませんが、ふと思い出したので……。
by だいだらぼっち (2016-07-08 05:34) 

dendenmushi

@おもしろそうな本をご紹介しただき、ありがとうございます。さっそく買ってみようと思いますが、実は時流に逆らって(取り残されているわけではない)amazonなどキケンな場所には近づかないようにしていて、本は書店の店頭で手にとって買うという主義なので、時間はかかりますが…。
今は、ちくま学芸文庫に入っているようですね。
“オオナモチ(オオクニヌシとも呼ばれる)の神も、列島の各地に存在する火山神の共有名であった”というのは、なるほど、そうだったのかという感じがしますね。
by dendenmushi (2016-07-08 10:26) 

だいだらぼっち

ついでながら、国譲りをする(実際はヤマトに滅ぼされて自決する)コトシロヌシはマグマの神オオクニヌシ(オオナモチ)を祭る神主だったようです。コトシロとは神事の代行者。神主さんが神に昇格してしまったというわけです。以上、よけいなことながら。
by だいだらぼっち (2016-07-09 11:26) 

dendenmushi

@だいだらぼっち さん、重ねてありがとうございます。事代主はふしぎな神様(神様はみんな相応にふしぎですが、とくにね)ですね。国譲りも実質的に彼の言をもって最終決定したことになっているわけですからね。「事(できごと)」と「言(ことば)」は、古代では区別がなかったことからも、託宣を司る神=神事の代行者となったのは同じ葛城勢力圏にあった一言主のノウハウを継承したからかも。
しかし、その娘が神武天皇のおくさんになっているわけだから、人間様と神様をつなぐ重要な役割もあって…。
by dendenmushi (2016-07-10 07:11) 

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