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1436 鍋釣岩=奥尻郡奥尻町字奥尻(北海道)ナベのツルの岩の北には北海道に多い?“十字街”がここにも [岬めぐり]

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 古い時代、最初に人が住み着いたのは島の南部、青苗の砂丘の上に続く台地だった。が、時代が下ると、北海道本島が目の前に見える東海岸に、島の中心部は移っている。本島との往来が、あたりまえのことながら、島の生活にとってなによりも重要になっていくからであろう。
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 しかし、東海岸にも青苗のような海に面して開けた場所はない。そこで、川の流れる谷間の、狭い平地で海岸から奥へと集落は発達していく。
 それが、現在島の中心部となっている、奥尻・谷地・仏沢ということになる。役場をはじめとする官公署郵便局に学校に病院などが集まる塩釜川の流域に広がった中心街は、川筋にそって細く長く谷の奥まで続く。
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 この奥尻地区の地名が、昔は「釣懸」と言ったことは前項でふれたとおりで、この字面が島のシンボルとなっている「鍋釣岩」を表わしていたと想像できる。
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 奥尻十字街のバス停と谷地にある次のバス停である奥尻中前の、ちょうど中間の海岸に近い海の中に、このナベの取っ手(ツル)のような形をした岩はある。
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 岩と言っても高さは20メートル近いし、なによりもただの立岩ではなく、岩の中央部が大きく空いている。なかなかの奇形である。だいたいにおいて、人間の習性は珍奇希少なものを尊重したがる。当初これが島の中心部の名前を示し、現在もなお町のシンボルになっているというのは、まったく当然のことだったろう。
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 夜にはわざわざライトアップまでするほどの熱の入れようだが、この岩は当初は海岸から陸続きであったらしい。
 それが、1993年の北海道南西沖地震の震災で、海岸が沈下して海の中に立つことになってしまった。それは、厳島神社の鳥居よろしく、景観的にはずっと見栄えがするシチュエーションになったと言えるが、いいことばかりではない。震災でツルの片方の一部が崩落してしまった。
 現在、ツルの海側のほうが陸側のほうと比べると、少し細く痩せている。これもその影響であるらしい。町では、崩落部分の補強工事をしたという。
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 「鍋釣岩」というのは「ツル」が「ツリ」に変化してしまった結果としての名称のようだが、これは岬ではない。あるいは、陸続きであったときには、いくらか岬的形状を残していたかもしれないが、もともと岬ではない。岬ではないがこういうのは、無視して通過するわけにもいかない。
 それに、東海岸ではちょうどこの付近は岬欠乏地帯なので、一項目で岬扱いとする。
 それにしても、自然の造形に驚かされることは多いが、これもなかなかの傑作である。この傑作は,いったいどのようにしてできたのだろうか。それを推理してみよう。
 地底のマグマの活動は、火山で噴火するだけではなく、地中にある岩体に割れ目や隙間があるところに入り込んだりする。これを“貫入(かんにゅう)”という。そのまま、冷えて固まるので深成岩ということになる。
 マグマ由来の岩石は、その組成によって安山岩・玄武岩それに流紋岩があるが、この鍋釣岩は安山岩である。隙間や岩の弱い部分に入り込んで、そここで固まって岩脈をつくるが、貫入された岩と接した部分には、冷えて固まったときに細か目の節理を生じている。
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 それが、地殻変動で地表近くにまで運ばれてきて、さらに風化や侵食などの作用で軟らか目の周囲が取り除かれる。さらに、なんらかの理由で中央の部分が取り除かれ(この部分は安山岩ではなかった可能性もあるだろう。だから残らなかった)て、ナベのツルのような形になった…。
 節理の岩の弱い部分には、シダの仲間のようなものなど植物も生えている。
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 海岸には、展望台もあるらしいのだが、こちらは横着をしてそばまでは行かず、これはバスの車窓からと、フェリー岸壁付近からの眺めでご勘弁。
 鍋釣岩を過ぎると、奥尻十字街のバス停から奥尻の市街地を少し奥にある病院をぐるっと回ってフェリー乗り場に着く。ここが南回り路線の終点である。
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 うにまるくんも、船が着くたびに岸壁に出迎えてくれるが、その後ろにはちゃんともうひとつの島のシンボルが見えている。
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 ところで、ふと気になったのだが、“十字街”というバス停の名前。普通、“十字路”ならわかるし、全国ほかにもたくさんあるだろうが、“街”だからね。それは路(みち)ではなく、街(まち)を中心にした名称ということなのか。
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 奥尻の十字街は、あまり十字にもなっていないし街でもないと思ったが、それはバス停付近のことで、その奥にある市街地は確かに道で格子状に区切られた街だ。スナックとかの古ぼけた看板も見えたので、ここが繁華街なのだろう。
 実は、北海道には“十字街”と呼ばれる場所は、少なからずあるらしい。でんでんむしが行ったところでは、函館には十字街という市電の停留所がある。小樽には、入船十字街と奥沢十字街というこれは交差点の名前だ。余市にも、余市駅前十字街というバス停がある。
 まだ行ってはいないけどこれからいつか行くことになる留萌は、近頃鉄道の廃線が伝えられた。そこには、本町十字街というバス停がある。
 そうか! 札幌のような碁盤目の大都会にはないだろうけど、このぶんでいけば地方のちょっとした街にはもっとあちこちに“十字街”がありそうだ。といっても、ちょっとみた釧路、網走、紋別、旭川、稚内、さらには苫小牧、室蘭、千歳、帯広には見当たらなかったので…。
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▼国土地理院 「地理院地図」
42度9分58.56秒 139度31分3.79秒
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dendenmushi.gif北海道地方(2016/09/04 訪問)

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