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番外:国指定天然記念物「諸磯の隆起海岸」=三浦市三崎町諸磯(神奈川県)研究の出発点となった記念物 [番外]

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 地理院地図では天然記念物や史跡などに「 ∴ 」記号付きで表記されているが、必ずしもその全部が記号付きで表示されているわけではないようだ。その基準はよくわからないが、やはり、地図の載せるのに適当なものと、それにはあまりふさわしくないものがあるからだろう。この「∴ 諸磯の隆起海岸」というのは、前々から地図でみていたので、気にはなっていた。
  “隆起海岸”といっても、ここは半島の海岸からはいささか離れた場所のようだし…。
 三浦半島の岬落ち穂拾いのついでに、そこにも初めて行ってみることにした。
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 京急バスの天神町というバス停で降り、住宅街の間を西へ進むと、道が急な下りになって右に別れる角に、“諸磯遺跡”という文字が彫られた古い石碑が立っている。
 さては、これか?と思ったが、“遺跡”ともちょっと違う。後でわかったのだが、これは別にある縄文時代の標識土器や住居跡などがあった遺跡のことだった。それは、この台地の上や北側の斜面から発見されたらしい。
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 そこから北へ折れ、谷に下っていくと、いくつもの老人施設の看板が並び、谷に降りきったところに“諸磯隆起海岸”の案内看板があった。どうやら板に書かれたそれを立てた人の名からすると、そのそばに建つ大きなホテイさん(いや、ダイコクさんだったかな?)の像がある家の人が立てたようだ。
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 例によって勝手な想像だが、あるいはよくその場所の在処を尋ねられるので、いちいち面倒だというのでこれを立てた…?
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 そこからほど遠からぬ谷戸の山際に、遠くからも目立つ黄色っぽい大きな説明看板がある。その前の崖の露頭が、一部では有名な「諸磯の隆起海岸」なのだ。諸磯崎という岬名は表記していない地理院地図も、それは「 ∴ 」記号付きで示されている。
 なにしろ国の天然記念物としては古い部類で、1928(昭和3)年に指定されている。この崖には、ポコポコと空いた小さな穴の列が6列くらいあり(というのだが、見た目にはそんなに多くない)、その穿孔貝が開けた巣穴の跡が、過去に起きた地震の間隔やそれによって陸地が隆起した程度などを推し測ることができるという。
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 三崎では“ミズガイ”と呼んでいる貝は波打ち際に巣穴を掘る。その巣穴の列が汀線を示しているわけで、古い時代には大根畑のこの谷も入江だったという証拠で、それが今ここにあるということは、陸地が隆起したことの証にほかならない。
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 シロウトにはそれと大地震との関連がいまいちよくわからないのだが、こうした研究の出発点になったのが、この露頭からだったということらしい。だから、この天然記念物には、二重の意味の重要性や記念すべき点がある、というわけなのだろう。
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 ネットにもいくつかこれを紹介しているページもあるが、その写真を見るとホテイ(orダイコク)さんの立てた案内板も、現地に立っている三浦市教育委員会の説明板も、どうも古いものばかりのようだ。で、現在のはそれを取り替えて新しくしたものらしい。
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 露頭の写真を見ると、古い写真のほうがその特徴をはっきり示していて、現在は草木などが茂るためか、下の列以外はあまり明確でない。
 三浦市教育委員会が1996(平成8)年に建て直した看板は、ニスのようなものが塗られ板に彫られた文字もなかなか味わいがある。
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 国指定天然記念物 諸磯の隆起海岸
       昭和三年二月二十四日 文部省指定
 この崖の表面にみられる小穴の列は、穿孔貝の巣穴の跡で、堆積時期を異にするシルト(砂泥)岩質の地質の側面に、小規模のものを含めて六列ぐらい数えられる。
 巣穴の多くは風化され、形はさまざまであるが、一般に下部の列のものほど、よく保存されている。
 穿孔貝(ほとんどがイシマテガイで、別名この貝をヒミズガイ」ともいう。三崎ではこれを「ミズガイ」と呼んでいる。)は、波打ちきわで岩をほり、巣穴をつくってその中で生活する。したがって、古い巣穴の跡があれば、これから過去の汀線の位置や高度を知ることができ、また、これによって、歴史上の大地震の間隔や隆起量などが推定される
 この崖の巣穴の跡は、この種の推定を試みるにあたって、その出発点となったもので、それぞれの列は、いずれも、ある時代に汀線だったことを示している。そして列の数や巣穴の保存状態から、この場所が、過去なん回かにわたって隆起したことを物語っており、歴史上の大地震を知る上で貴重な資料といえる。
    平成八年七月一日


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▼国土地理院 「地理院地図」
35度9分4.43秒 139度37分22.42秒
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dendenmushi.gif関東地方(2016/11/25 訪問)

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