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番外:木古内駅=木古内町字本町(北海道)北海道最西端ではないけれども最南端の駅は新幹線の駅として一新されていた [岬めぐり]

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 江差線が廃止されたのは2014(平成26)年の5月だったが、その3年前の時点からJR北海道管内で乗降客が最も少ない(1キロ当たりの1日平均利用客数41人)区間となっていた。JRが発足した当初の1987年から比べると、実に6分の1に落ち込んでいたというから、そりゃ大変だ。
 それでも、同じく木古内から西へ伸びていた松前線が1988(昭和63)年に廃止されたのに比べると、江差線はずいぶん永らえたといってもいい。それは、代替道路となる道道5号線の整備が遅れていたこともあるが、もともとの江差線が五稜郭から始まっていたときから、道南の幹線として経緯してきたことと無関係ではなさそうだ。
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 本州でも同じだが、国鉄になる前からも民間の鉄道がたくさん敷かれていた。軽便鉄道が江差まで延長されて江差線となったのも、1936(昭和11)年と早かったが、函館と木古内の間は本州から青函トンネルを経て北海道をつなぐ重要幹線と重なっていたからだろう。
 江差線廃止後に北海道新幹線が開通したのは2016(平成28)年3月で、これ以降は木古内=五稜郭間は第三セクターに移管されて道南いさりび鉄道線となっている。木古内駅は、高架になったJRと地上1Fのいさり火鉄道とふたつの駅がくっついている。
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 北海道新幹線開通前には、新青森で海峡線に乗り換えて函館まで行っていたが、開通後は「はやぶさ」に乗ったまま青函トンネルを出て、函館北斗という新駅までつながった。
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 新幹線が北海道に上陸?するのは福島町の吉岡付近だが、そこからまだしばらくは青函トンネルの延長上にあるので、コモナイ川で一瞬地上に出るがすぐまた第一湯の里トンネルがある。そのトンネルを抜けたところが知内町の湯ノ里で、それからまたいくつもの小さなトンネルをくぐって、広いところに出るのが木古内町。
 木古内から函館北斗までの間は、また今度は長いトンネルがいくつも続くが、新幹線の終点で、札幌方面や函館駅へは乗り換えとなる新駅は、北斗市の市渡というところになる。木古内駅は北海道にトンネルで上陸してから、終点までのほぼ中間に位置している。
 その北海道側の最初の駅になる木古内駅も、以前のホームも狭くて人1.5人でいっぱいになるほどで、待合室も狭かった。海峡線の名はなくなったが、いさりび鉄道の駅と貨物線も含めて新駅は、駅前周辺を含めて大変貌している。これを機にして、町の再開発が行なわれたらしい。大通りに面した町並みは、まだ新しい。
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 新幹線のホームからは、長い陸橋通路を渡って南東側に出ると、駅前には広いロータリーがあって、バスとタクシーの乗降場や駐車場があり、正面には道の駅がある。
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 昔の木古内駅には、2007年と2012年の2回降りているはずなのだが、木古内町の岬は、ひとつだけしかない。それがサラキ岬。
 その東、函館寄りには 三ツ石崎という岬があるが、そこはもう北海道新幹線の新駅ができた北斗市になる。この岬も車窓からだったが、その項目では木古内から南の岬に行こうとしたけど行けなかったことなど、2007年当時のいきさつについて書いている。
 これまでそれが、ずっと懸案として残っていたので、今回の計画ではせたなからの帰りにはぜひともと予定していた。それが函館北斗から北へは行けないという思わぬ事態となってしまったが、最後の計画だけは当初の予定とはだいぶ異なってもなんとか達成したい。そう考えて、道の駅の前から出る木古内から南へ行くバスを待っている。
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 この道の駅の名前が“みそぎの郷 きこない” というのだが、“みそぎ”がわれわれが知っている意味なのか、それとも別の意味があるのか、聞き損ねた。

▼国土地理院 「地理院地図」
41度40分42.04秒 140度26分5.08秒
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dendenmushi.gif北海道地方(2016/09/05〜06 訪問)

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タグ:北海道
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