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『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは…まとめ2 [年表]

Dendenmushi_@yChronicle 作業を終えての感想として
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mark.jpg蛇足の蛇足
 2014/06/25から思いつきで始めてしまった『思い出の索引』年表づくりは、ほぼ10か月かかってやっと終了した。
 枯れた歴史としてはとりあえず1990年までを一区切りとしたが、いつも見ていてくださったみなさんからコメントもいただき、ありがとうございました。
 そんなことを考えたのも、2015年が終戦、いや敗戦の年から数えて70周年に当たるからで、この70年間こそが自分が物心ついてからのすべてであるからだ。自分が生きてきた時代のすべてが、この70年でもあった。もちろんそれは環境や時間の長短の違いはあれ、同時代に生きてきた皆さんとても同様であろう。
 そして、これをご覧になったみなさんには、またそれぞれに独自の『思い出の索引』ができることだろう。
          
 年表の文字を全部追って読むのは確かに苦労であるが、それは当初から想定していなかった。ただツラツラ眺めていれば、それぞれ見る人によっていろんな思い出が蘇ってくるかもしれない…。年表はその引き出しの材料としてつけてある。
 あえて年表の日付を入れなかったのは、ツラツラと見て、そうか大体こいうことがあって、こういう流れで世の中が動いていったのだという理解ができることを、期待し想定していた。つまりもともと、全部を順番に読んでいく必要はないのだ。ただ、それがあまりうまくいったとも思えない。
 こういうことは全部個人の記憶で書くことは不可能だから、いくつか手元の資料を使わせてもらっている。
 けれども、元にした出版物である年表は、いわゆる出来事を時系列に並べるという普通の伝統的な方法によって作成されている。おまけにどんな年表であっても、それぞれが世の中のできごとのごく一部を拾っているだけだし、それからまた取捨選択してしまえば、それらが世の中の流れを表しているわけでもないことになる。
 世の中のできごとのすべてを、細大漏らさず網羅することが、そもそもムリなので年表には自ずと限界がある。
 そこで、それぞれ目的やテーマにあわせた編集が行なわれることになるが、でんでんむしの目的は「自分はどんな時代に生きてきたのだろうか」ということである。
          
 通常の年表に並べて、個人的なイベントや思い出やその年の出来事にまつわる感想など、蛇足を付け加えてみた。
 そうすることによって、なんとかその時代の中で自分自身がなにを考えなにをしていたかと、世の中の流れを関連づけてみることはできないだろうか。それがこの年表の狙いであったが、やってみるとあまりうまくいったとも言えそうにない。
 やはり出来事の羅列から時代の流れを感じ取るのは、むずかしいのであろうが、何かそんなところに歴史の情報や教育に盲点もありそうにも思えてくる。
          
 でんでんむしは、日本はどうしてなぜあの戦争を始めたのか、そしてなぜもっと早くそれを終わらせることはできなかったのか、という疑問を抱き続けてきた。さらに言えば、戦後70年も経った今もなお、その負の遺産を引きずったまま周辺諸国ともぎくしゃくして、精算できていないのはなぜだろうか。
 個人の思い出とは別ジャンルというべきだろうが、世の中の動きはいつも大きく国際情勢、政治情勢によってつくられていく。戦争で父を原爆で祖母や家を失ったでんでんむしは、中学生のときに「理想の世界政府」という文を書いた。高校生の頃にはたくさんの戦記物も読んだ。戦争で大きく変転した環境を、運命として受け入れてきたが、この70年で決して日本が明日への希望をもち、よい方向に進んでいるとも思えないのが悲しい。
 そういうわけで、まとめでは日本の政治状況を中心に振り返ってみた。 
 現在の状況をみても、議論も尽くされたとは言えないまま、論点があいまいなまま改憲論議が進んで、まるで既定路線であるかのように言われ、日本を取り戻すという首相がなにをなにから取り戻そうというのか、やたら張り切って世界の十手持ちの手先に任ずるべく突き進んでいるようにみえてしまう。
 そして、その対抗軸は見事に雲散霧消してしまって、連立の相手も歯止めはおろか完全な補完勢力になっている。誰も牽制もできず止めることもできず、やっぱり株が上がらないと困るからねえと自民党支持が続く現状は、果たしてわれわれが望むべき最善ないしは次善の状況なのだろうか。
          
 自慢ではないが(自慢するときの決まり文句)、へそまがりでんでんむしは選挙で自民党に入れたことがない。常に少数派、反体制であるが、それは単にバランスを取りたいがためである。
 一党一派に都合がいいように権力が偏るのは、どちらにしてもよくない。左右のバランスが重要だと考えると、日本の戦中戦後は、保守の自民党系列と官僚支配があまりにも長く続きすぎた。
 一時期、政権の交代もあるにはあったが、未熟なそれを育てるという思考方法をもたない有権者は、すぐに見限ってしまう。マスメデイアも同様で、政治と金の問題に集約して叩きまくってきた。それが今は敵失に付け入って付け上がる巨大与党の前に、妙に萎縮しておとなしくなってしまっている。
 社会の木鐸であろうとしたはずの新聞も、いちおう全国紙を5紙とするとその3紙までが明確な右寄り政権派であり、政府広報ないしネトウヨ御用達と化している。嵩に懸かった自民党は、テレビの番組の端々にもこまめに介入することをなんとも思わない。そのテレビや新聞の経営者には、報道陣としての批判精神もなく首相とのお食事会に余念がないようだ。
 対して、野党は非力でくだらない勢力争いに終始し、ときどき声を上げる進歩的文化人とやらにも力はなく、対案を出せという居丈高な意見に対して、大方を納得させるような論調も指標も生まれてこないときている。そうして、だんだんと理想を語ることを忘れていく。
          
 改めて年表でできごとを振り返ってみると、結局のところ、敗戦後70年のすべての要因がそこに帰結するかのような感さえある。つまり、70年間の間、そのほとんどで政権を握ってきた保守政権が、ついに戦後処理をしないまま今日に至っている、という見方もできるのだ。
 第2次大戦において、日本と同じ枢軸国側で敗戦を迎えたドイツは、その政権と軍部が侵した暴虐非道ぶりは、日本のそれとは比較にならないくらいなのにもかかわらず、戦後のありかたは彼我の差が大きい。
 その違いは、ごく大まかに言えば、敗戦の事後処理と反省の仕方の違いであろう。未だに反省するだのお詫びしないだの言っている日本は、戦争責任を「一億相懺悔」で誤魔化してしまったために、戦争の反省が万事徹底しないままであった。多くの戦犯はすぐに社会復帰をし、要職に迎えられた。
 その背景には、ちょうどそのタイミングで起こった東西対立と朝鮮戦争の勃発が大きい。それらが戦争責任の追及をますます曖昧にし、戦争を遂行してきた人や思想の多くが、そのまま戦後社会に居座ってしまった…。
 それが日本の不幸であったと、そんな見方もできるのではないだろうか。
           
 ごくごくおおざっぱな、床屋政談的印象批評にすぎないし、いまさら言っても益のないことかもしれない。また、論旨も十分に整理されておらないうえに穴だらけで、あまり説得力もないが、敗戦後70年のでんでんむし的まとめも、そういうことになろうか。
 しょせん無力な一年金生活者が何を言おうと、関係はないのだが、それぞれが敗戦後70年を振り返り、考えてみることは、これからの日本を考えるうえで重要であるかもしれない。

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 dendenmushi.gif2015/04/21 記
 
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『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは…まとめ [年表]

『思い出の索引』のさくいん
★でんでんむし@アーカイブス☆
わたしたちが生きてきた時代とは…
まとめ
1901〜2015
各年数表示部分が1990年まではリンクボタンになっています
Dendenmushi_@y Chronicle
この100年、敗戦後70年をザザッと眺める
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1901明治34年  ・八幡製鉄所稼働・田中正造足尾鉱毒直訴・祖父15歳
1902明治35年  ・日英同盟・八甲田山雪中行軍・台湾島民に日本国籍・祖母4歳
1903明治36年  ・横浜-東京ペスト拡大・対露開戦論・非戦論・連合艦隊編成
1904明治37年  ・対露国交断絶・宣戦布告・旅順港封鎖・黄海海戦・203高地
1905明治38年  ・奉天会戦・日本海海戦・日露講和・反講和暴動・韓国保護条約
1906明治39年  ・第1次西園寺内閣・東北大飢饉・鉄道国有法・私鉄も国有化
1907明治40年  ・足尾と別子の銅山暴動・第3次日韓協約秘密覚書き内政指導
1908明治41年  ・日露樺太境界・第2次桂内閣・新聞記者同志会官僚政治打破
1909明治42年
 ・韓国併合を閣議決定・伊藤博文枢密院議長ハルピン駅射殺
1910明治43年
 ・韓国を朝鮮とし総督府設置・大逆事件・白瀬南極探検隊
1911明治44年  大逆事件被告24人に死刑判決・第2次西園寺内閣・辛亥革命
1912大正01年  清朝滅亡・天皇崩御改元・第1次バルカン戦争・大陸移動説
1913大正02年  ・憲政擁護運動熾烈化・3次桂内閣総辞職・山本内閣
1914大正03年  ・第2次大隈内閣・第1次大戦・対独宣戦・青島占領
1915大正04年  ・中国大総統袁世凱に21か条要求・日華条約・父誕生
1916大正05年  ・寺内内閣・独ロンドン空襲・記者会元老政権官僚政治排斥
1917大正06年  ・露2月革命・中国段内閣支援決定・露10革命ソビエト政権
1918大正07年  ・シベリア出兵・原内閣・スペイン風邪・大戦終結・母誕生
1919大正08年  ・朝鮮独立暴動・独ナチス伊ファッショ・ベルサイユ講和
1920大正09年  ・戦後恐慌・宮中某重大事件
1921大正10年  ・尾崎行雄軍備制限遊説・原東京駅で刺殺・孫文非常大総統
1922大正11年  ・高橋内閣・軍縮条約・太平洋諸島委任統治条約・ソ連邦
1923大正12年  ・関東大震災・朝鮮人迫害・第2次山本内閣・憲兵大杉栄扼殺
1924大正13年  ・清浦内閣・護憲運動・護憲3派第1次加藤内閣・曾祖父没
1925大正14年  ・ラジオ放送開始・治安維持法・男子普選第2次加藤内閣
1926昭和01年  ・広東汪兆銘蒋介石第1次若槻内閣・各地大争議・天皇崩御
1927昭和02年  ・田中内閣・山東出兵・大陸進出政策・南昌中共軍蜂起
1928昭和03年  第2次山東出兵国民政府軍と衝突・張作霖爆殺・憲兵隊思想係
1929昭和04年  ・共産党員検挙・天皇田中首相叱責・浜口雄幸内閣
1930昭和05年  ・世界恐慌・共産党大検挙・ロンドン軍縮・浜口狙撃・昭和恐慌
1931昭和06年  第2次若槻内閣・関東軍柳条溝爆破(満州事変)・犬養内閣
1932昭和07年  国民政府上海事変・満州国・犬養射殺・斉藤実内閣
1933昭和08年  ・独ナチス政権・小林多喜二虐殺・国際連盟退場・国際連盟脱退
1934昭和09年  ・出版法取締強化・岡田内閣・東北北海道冷害大凶作身売り
1935昭和10年  ・天皇機関説・中国共産党救国抗日宣言・永田鉄山皇道派に刺殺
193611年  ・2.26・広田弘毅内閣・スペイン内乱・大陸南方進出・日独協定
1937昭和12年  ・林内閣・盧溝橋日中軍衝突(日中戦争)・南京占領
1938昭和13年  ・国家総動員法・徐州占領・広東武漢三鎮占領・東亜新秩序声明
1939昭和14年  ・平沼内閣・ノモンハン・阿部内閣・独侵攻(第2次大戦)・@
1940昭和15年  ・米内内閣・吉田茂労組自発的解消・第2次近衛内閣・大政翼賛
1941昭和16年  ・東条戦陣訓・日ソ中立条約・独ソ戦・岸入閣・真珠湾・母没
1942昭和17年  ・マニラ・シンガポール・珊瑚海海戦・ミッドウエー・ソロモン
1943昭和18年  ガ島撤退・山本連合艦隊司令官・アッツ島・伊降伏
1944昭和19年  ・強制疎開・マリアナ沖・独降伏・サイパン玉砕・レイテ沖海戦
1945昭和20年  ・東京大空襲・沖縄戦・鈴木内閣・広島長崎原爆・降伏・父戦死
1946昭和21年  ・幣原内閣・極東国際軍事裁判・第1次吉田内閣・憲法公布
1947昭和22年  マッカーサー命令ゼネスト中止・憲法施行・片山哲内閣
1948昭和23年  ・芦田内閣・ソ連ベルリン封鎖・昭電事件・第2次吉田内閣
1949昭和24年  第3次吉田内閣・下山事件・三鷹事件・松川事件
1950昭和25年  ・憲法は自主防衛否定せず・全面講和は曲学阿世・朝鮮戦争
1951昭和26年  ・警察予備隊・マッカーサー罷免・対日平和・安保条約
1952昭和27年  ・自衛戦力違憲にあらず・メーデー・破防法・第4次吉田内閣
1953昭和28年  ・バカヤロー解散・第5次吉田・スターリン暴落・朝鮮休戦
1954昭和29年  ・ビキニ水爆第五福竜丸・佐藤栄作造船疑獄法相指揮権発動
1955昭和30年  ・保守合同・第3次鳩山内閣
1956昭和31年  ・フルシチョフスターリン批判・ハンガリー事件・石橋内閣
1957昭和32年  岸信介内閣・砂川強制測量・スプートニク
1958昭和33年  第2次岸内閣・警職法・東京タワー・@映画C・祖父没
1959昭和34年  ・皇太子成婚・三井三池・安保阻止国会デモ・@上京
1960昭和35年  ・岸渡米・羽田事件・安保採決強行・学生死亡・池田内閣
1961昭和36年  ・嶋中事件・地球は青かった・ベルリンに壁・@出版社
1962昭和37年  ・アルジェリア停戦・創価学会・原水禁分裂・キューバ危機
1963昭和38年  ・林房雄大東亜戦争肯定論・戦没者追悼式・ケネディ暗殺
1964昭和39年  ・トンキン湾事件・ベ戦争反対・新幹線・東京オリンピック
1965昭和40年  ・北爆開始・佐藤内閣・@この頃大阪で雑誌編集
1966昭和41年  航空機事故多発・文化大革命・建国記念日制定
1967昭和42年  美濃部都知事・自民得票率50%割る・佐藤訪米・中東戦争
1968昭和43年  ・三里塚闘争・南ベトナムテト攻勢・三億円事件・@東京へ
1969昭和44年  ・東大日大紛争・アポロ11号月面着陸・佐藤訪米
1970昭和45年  ・日本万国博・赤軍派よど号乗っ取り・日米安保は自動延長
1971昭和46年  ・沖縄返還協定・国連中国招請国府追放・@東京単行本編集
1972昭和47年  ・ニクソン訪中・沖縄施政権・列島改造論・第1次田中内閣
1973昭和48年  ・変動相場制・石油ショック・ベトナム和平・革新市長
1974昭和49年  ・田中金脈批判・三木内閣・ニクソンWG事件失脚
1975昭和50年  ・南ベトナムサイゴン政府降伏・現職靖国参拝・赤ヘル
1976昭和51年  ・ロッキード事件・総選挙自民敗北・福田内閣・天安門事件
1977昭和52年  ・参院選保革逆転はなく自民相体的安定・派閥解消
1978昭和53年  ・日中平和友好条約・第1次大平内閣・超法規
1979昭和54年  ・第2次石油ショック・東京サミット・安定多数確保失敗
1980昭和55年  ・社会党の内閣不信任案可決・大平急死同時選挙自民圧勝
1981昭和56年  ・鈴木内閣全閣僚靖国参拝・中国残留日本人孤児来日
1982昭和57年  ・中国政府が日本の教科書記述変更を非難・中曽根内閣
1983昭和58年  ・日韓新時代・日米は運命共同体・田中被告に実刑有罪判決
1984昭和59年  ・社会党自衛隊違憲合法論・新自ク連立改造内閣
1985昭和60年  ・国鉄改革・防衛費GNP1%枠撤廃・日航ジャンボ機墜落
1986昭和61年  ・中国と韓国が日本史教科書批判・同時選挙自民圧勝
1987昭和62年  ・朝日新聞阪神支局襲撃・売上税反対・廃案・竹下内閣
1988昭和63年  ・盧溝橋は偶発事件・中韓反発・消費税単独強行採決
1989平成01年  ・天皇崩御・リクルート事件・参院逆転・宇野→海部
1990平成02年  ・総選挙で自民安定多数・ソ連大統領制・多国籍軍10億
1991平成03年  ・湾岸戦争90億ドル追加・宮沢内閣・ソ連邦崩壊
1992平成04年  ・宮沢首相訪韓慰安婦で公式謝罪・PKO協力法・@退社
1993平成05年  ・新党・自民過半数割れ・非自民連立細川内閣・@神田
1994平成06年  ・小選挙区比例代表並立制・細川首相辞任・羽田→村山
1995平成07年  ・阪神淡路大震災・タレント知事・村山談話・オウム
1996平成08年  ・橋本内閣・民主党・第2次橋本内閣自民単独@湯島
1997平成09年  ・消費税5%・家永裁判で最高裁賠償命令・金融不安
1998平成10年  ・テポドン・参院自民惨敗・小渕内閣
1999平成11年  ・自自公連立小渕改造@湯島から月島へ徘徊地域変更
2000平成12年  ・自由党分裂・自公保連立・加藤の乱・日の丸君が代
2001平成13年  ・小泉純一郎内閣・参院自民過半数・米同時テロ9.11
2002平成14年  ・アフガン紛争・小泉改造内閣・小泉訪朝
2003平成15年  ・米イラク攻撃・第2次小泉内閣・自衛隊イラク派遣
2004平成16年  ・参院民主党改選比較第1党
2005平成17年  ・郵政選挙自民圧勝・第3次小泉内閣・中国反日デモ
2006平成18年  ・送金メール・安倍晋三内閣
2007平成19年  ・参院自民惨敗・安倍退陣・民主参院第1党・福田内閣
2008平成20年  ・テロ特措法参院否決・麻生内閣
2009平成21年  ・献金問題・総選挙で鳩山民主が圧勝・民社国連立内閣
2010平成22年  ・菅内閣・参院自民大勝・普天間尖閣@神楽坂
2011平成23年  3.11東日本大震災・原発・菅内閣不信任・野田内閣
2012平成24年  ・消費税増税法案小沢ら反対・自民政権奪還・尖閣国有化
2013平成25年  ・第2次安倍内閣・朴槿恵韓国反日政策・嫌韓・特定秘密・8%
2014平成26年  集団的自衛権・クリミア・大戦100周年・日清戦争120周年
2015平成27年  ・イスラム国人質・米キューバ59年ぶりの対話
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 dendenmushi.gif2015/04/19 記

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1990☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1990mark.jpg平成2年 庚午(かのえうま)
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◯南ア、終身刑の黒人指導者ネルソン・マンデラを釈放。
◯ソ連最高会議幹部会、大統領制の導入を決定。ゴルバチョフを選出。
◯ラトビア共和国がソ連邦からの独立を決議。リトアニア、エストニアがこれに続く。
◯伊共産党が共産主義と決別。
◯アフリカサンゴの植民地ナムビアが南アから独立。
◯台湾の李登輝総統が中国との敵対関係終結を表明。
◯ペルーで日系のフジモリ大統領が誕生。
◯イラク軍がクエートに侵入。クエートを制圧し支配下に。
◯国連安保理、イラクへの経済制裁を決定。
◯米ブッシュ大統領がサウジアラビアへ派兵を決定。
◯国連安保理、イラクが期限までに撤退しない場合の武力行使容認を決議。

◉総選挙を前に5党首がテレビ公開討論。
◉総選挙の結果、自民が追加公認を含め286で安定多数。
◉第2次海部内閣。官房長官坂本三十次。
◉社会党委員長に土井たか子3選。党規約から「革命」を削除。
◉韓国盧泰愚大統領が来日。天皇が「痛惜の念」を表明。
◉東京でカンボジア和平会談開催。
◉海部首相が首相として初となる沖縄戦没者追悼式に出席。
◉海部首相、イラク派遣多国籍軍へ10億ドルの資金援助などの中東支援策を発表。続いて、エジプトなど3国へ20億支援。
◉防衛白書から「ソ連の潜在的脅威」を削除。
◉梶山法相の米黒人差別発言が問題化。黒人議員連盟に陳謝の書簡。
◉金丸元副総理、田辺社会党副委員長を団長とする自社両党の訪朝団が平壌入り。植民地支配の謝罪と国交正常化を提案。
◉天皇即位の礼。現憲法下で初の大嘗祭。
◉沖縄県知事選挙で、大田昌秀琉球大名誉教授が当選。12年ぶりの革新県政復活。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。橋本登美三郎。東久邇宮稔彦王。北川冬彦。池波正太郎。藤山寛美。高峰三枝子。木暮実千代。出門英。宮田輝。若原一郎。高柳健次郎。滝田ゆう。土門拳。初井言榮。奥村土牛。芥川隆行。飛鳥田一雄。幸田文。浜口庫之助。堀田庄三。キース・ヘリング。サラ・ヴォーン。グレタ・ガルボ。エドウィン・O・ライシャワー。レナード・バーンスタイン。アート・ブレイキー。

◎都銀・地銀間のオンライン提携始まる。
◎天皇の戦争責任発言の本島等長崎市長が、市役所玄関で右翼団員に撃たれる。
◎夕張市で最後の三菱南大夕張炭鉱が閉山。
◎オウム真理教の熊本等の施設を、国土利用計画法違反容疑で捜索。
◎長崎県雲仙普賢岳が、1792(寛政4)以来200年ぶりに大噴火。(その後火砕流が頻発し、平成3年には43人の死者不明者を出す大惨事に。)
◎海外渡航者が1000万人を突破。
◎総人口に占める15歳未満の割合が過去最低。高齢者世帯が10%を超え、1世帯人数も3人を割る。
◎松下電器がファジイ家電第1号となる全自動洗濯機を発売。
◎コードレス電話の人気が急上昇。昭和62年の10万台が平成1年には240万台に。
◎ミニバイクから特殊大型車まで全運転免許取得者が6000万人を超える。16歳以上の60%超が免許をもっていることに。
◎札幌医大がドクター・ヘリを導入。
◎交通事故の死者が1万1227人で、16年間で最悪に。自動車乗車中の死者が40%と欧米型に近づく。
◎神戸三宮に天丼のファーストフード店。東京でも丸紅と日清製粉による「てんや」が開店。
◎梅雨前線の活発化で九州地方各地で山崩れや河川の氾濫。死者27人。
◎台風19号が和歌山県に上陸、本州を縦断して被害。死者不明者39人。
◎大阪鶴見緑地で「国際花と緑の博覧会」開幕。
◎TBSの秋山宇宙特派員を乗せたソ連のソユーズ11号打ち上げ。日本人初の宇宙飛行。

◎書籍にISBNバーコードがつく。
◎古紙暴落。東京都内に昭和60年に3000台あったちり紙交換も500台に激減。
◎コミック誌の発行部数が10年間で1.5倍に。全雑誌販売額の23%を占める。集英社の「週刊少年ジャンプ」が585万部でトップ。

■流 行:いか天・カーナビ・ミネラルウオーター。
■テレビ:ちびまる子ちゃん・渡る世間は鬼ばかり。
■邦 画:角川春樹/天と地と・黒沢明/夢・市川準/つぐみ・桑田佳祐/稲村ジェーン・篠田正浩/少年時代。
■洋 画:ジェリー=ザッカー/ゴースト=ニューヨークの幻・フィル=アルデン=ロビンソン/フィールド=オブ=ドリームス・ロバート=ゼメキス/バック=トゥ=ザ=フューチャー PART3。
■ 歌 :B.B.クイーンズ/おどるポンポコリン・米米CLUB/浪漫飛行・たま/さよなら人類・リンドバーグ/今すぐKiss Me・TUBE/あー夏休み・徳永英明/壊れかけのRadio・沢田知可子/会いたい・辛島美登里/サイレント・イヴ・山下達郎/Endless Game・坂本冬美/能登はいらんかいね・永井真理子/ZUTTO・大江千里/APOLLO・ドリームズ=カム=トゥルー/Ring! Ring!Ring!・伍代夏子/忍ぶ雨・晴山さおり/一円玉の旅がらす・吉田栄作/心の旅・BEGIN/恋しくて・井上陽水/少年時代・中森明菜/Dear Friend・矢沢永吉/PURE GOLD。
■ 本 :二谷友里恵/愛される理由・筒井康隆/文学部唯野教授・柴門ふみ/恋愛論・シドニィ=シェルダン/真夜中は別の顔・ドラゴンクエストⅣ公式ガイドブック。
■ことば:アッシーくん・ボーダーレス・バブル崩壊・3K・ファジイ。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/04/05 でんでんむし蛇足の記)
 スティーブ・ジョブスが「このまま一生、砂糖水を売り続けるのか」と言ってペプシにいたジョン・スカリーを引き抜いた話も、その引き抜いたスカリーにジョブスが追い出される話も、そしてまたジョブスがAppleに返り咲く話も、今ではすっかり有名で、きっとMacintoshが嫌いな人でもユーザーでもない人でも知っているのだろう。
 Macユーザーの間では、どうしてあのアトキンソンの名作HyperCardをカラー化してちゃんと活かしていかないんだろうという疑問があったのだが、それもこの権利がスカリーがらみだったからだ。復帰した後のジョブスがPDAにテコ入れしなかったのも、Newton自体がスカリーのプロジェクトだったからという説もある。おそらくそういうこともあったのだろう。
 グーテンベルグの肖像画をトレードマークにしていた、アルダス社の社長ポール・ブレイナードが1986年に提唱した言葉といわれているが、DTP(Desktop publishing)というのは、でんでんむし的にはあまり好きでない。だが、定着してしまったのでやむを得ず使うことにする。
 前にも書いたように当初は縦組みができなかったページレイアウトソフトPageMakerも、どうにか日本語化対応ができるが、その頃にはクオーク社のQuarkXPressが日本語組み版に目配りをしカラー対応もできることで、日本でのDTPを先行リードしていた。
 今では、それがアドビ社の InDesignに取って代わられているのは、Mac OS Xへの対応が遅れたからだといわれているが、最初からのユーザーであるでんでんむしにいわせれば、初期購入もアップグレードも価格がやたら高額であったことと、途中からトングルなどというものを導入したことで、もともとユーザー対応がうまくない、外資企業の商売ベタが原因であると思う。
 それまでの印刷所における作業工程の大部分が、自分の前のMacintoshでできるというのも、夢のような話だった。だが、それはずっとMacintoshの登場以来待ち望んでいたものだったので、環境が整うのを今か今かと待っていた。
 指定をして印刷所の作業者にそれをゆだねるのではなく、編集者がそれを行なえば指定をすると同時に目の前の画面で出力の状態で見ることができる。何人もの他人を介さなくても、編集者が自分のイメージのままに操作することができ、しかも具合が悪ければすぐ修正したりやり直したりできる。しかも、コストダウンにもつながる。
 しかし、日本のDTPは、アメリカでの急速な展開に比べると、随分時間がかかった。それもこれも、ひとえに漢字とかなとカナの日本語を扱うために生じる制約を克服するのに手間取ったからだ。それともうひとつは、印刷所の対応にも…。
 最初には、使えるフォントは、明朝とゴチックの2種類しかなかった。そのフォントをAppleに提供したのは、モリサワであった。日本の電算写植を制していたのは写研で、モリサワは大阪で取り残されていた。ウワサではAppleも最初は写研に交渉したらしいが、電算でウケにいっていた写研は相手にしない。そこでモリサワがDTPのフォントでは主流になったのだという。
 この年表の1924年(大正13年)の項で「写研とモリサワの因縁話は、ここから始まる」と書いていたのだが、もともとは石井茂吉と森沢信夫の二人が日本で最初の写真植字機の試作機を作っていた。それが袂を分かって別々の会社になっていたものだった。
 ジョブスとスカリーにしろ、写研とモリサワにしろ、クオークとアドビにしろ、歴史というものは、ほんとうに因縁が織りなすものなのだ。
 なんとかかんとかDTPの実用は、この年辺りから端物などからひっそりと始め、商品でもテストをしていた。本格的に全編集部的に導入するには、編集者一人一台の環境をつくっていかなければならないし、教育もしなければならない。だがそれは、自分ではやらず後に託すことになる。この年からまもなくして、会社を辞めることになるからだった。理由は身体的なことで、突然始まったひどい耳鳴りとめまいは、病院でメニエルと診断されたが、さまざまな治療法もまったく効かない。結局、近代医学とは違うアプローチで、ほぼ直るまでこの年から約2年半もかかってしまった。
     *     *     *     *
 この形式での年表・思い出の索引は、これでとりあえずひと区切り終わりです。まだまだ思い出は続いてありますが、歴史として枯れているのはこの辺りまで、ということですね。
 なんだか妙に個人的なことまで書いて、取りようによってはなんだ自慢話かあと言われそうな点もあったかもしれないですね。でもね、でんでんむしとしてはこれは孫が将来読んでくれればよい、と思っているんです。
 じいちゃんがどんな時代に生きてきたのか、なにをしていたのかを知りたいと思うときがきっとくるだろうからです。そして、家にあるがらくたや紙切れやその束の意味が初めてわかったりすると、きっと楽しいんじゃないですか。
 そんな気持ちで、自分語りを綴ってきたのですが、たまたま通りすがりの方々のお目を汚してしまいましたかね。年表の日だけは確実に無視されているという反応もあるので、ちょっと心配しています。
 時の流れをみつめる…。そんな意味も多少はありますよね。ま、そんなことでなにとぞご容赦を…。
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1989☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1989mark.jpg平成1年 己巳(つちのとみ)
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◯ソ連軍のアフガニスタン撤退完了。
◯ソ連、初の複数候補制の人民代議員選挙で改革派が各地で当選。
◯中国の前総書記胡耀邦が急死。学生など天安門広場で追悼集会。
◯北京の学生らがハンスト。戒厳令を発令。解放軍が戦車で制圧。
◯イランの最高指導者ホメイニ師死去。
◯ポーランドの下院選挙で「連帯」が圧勝。
◯東独市民1000人がオーストリアに脱出。東欧民主化運動の発端。
◯ハンガリー、人民共和国を「共和国」に改称。
◯東独、ベルリンの壁を実質的に撤去。28年間東西ベルリンを隔てていた壁が崩壊。
◯米ソ首脳によるマルタ会談。新時代の到来を宣言。
◯米、ノリエガ将軍を拘束する目的でパナマに侵攻するも失敗。
◯ルーマニア、チャウシェスク独裁政権が崩壊。大統領夫妻が処刑される。

◉天皇陛下、1月7日午前6時33分崩御。「昭和天皇」と追号。皇太子明仁即位。「平成」と改元。
◉国事行為として承継の儀、朝見の儀が行なわれる。
◉昭和天皇大喪の礼、新宿御苑で開催。163か国の元首ら、国際機関の代表などを含む9800人が参加。
◉消費税がスタート、3%課税で年収約6兆円の増収見込み。
◉中国の李鵬首相が来日。友好関係の発展を約束。
◉リクルート事件で高石前文部次官を収賄容疑で東京地検が起訴。
◉国会空転状態。竹下内閣の支持率が朝日調査で7%に急落。
◉竹下首相政治不信の責任を取って辞意表明。後継候補に伊東正義総務会長を推すも失敗し、宇野宗佑外相で固まる。
◉公明党矢野委員長、明電工疑惑など不祥事で退陣表明。後任に石田幸四郎委員長を緊急中央執行委員会で決定。
◉東京地検、藤波考生元官房長官、公明党池田克也前代議士を収賄容疑で起訴。捜査終結を宣言。
◉宇野内閣発足。官房長官塩川正十郎。
◉東京都議選で自民党大敗。社会党躍進。
◉参議院議員選挙で与野党が逆転。社会46,自民36、公明10、共産5、民社3、初登場の連合は11。
◉宇野首相の女性問題。選挙敗北と重なり2か月足らずで退陣表明。
◉自民党総裁に海部、林、石原の三氏が名乗り。両院議員総会で海部俊樹を選出。
◉海部内閣組閣。蔵相に橋本龍太郎。
◉官房長官の山下徳夫が女性問題で辞任。後任に森山真弓環境庁長官。
◉ソニーが米映画会社コロンビアを買収。
◉リクルート事件の初公判が各ルートで始まる。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。昭和天皇。松本重治。山階芳麿。芥川也寸志。手塚治虫。志賀義雄。五島昇。荒木道子。色川武大。西堀栄三郎。松下幸之助。殿山泰司。槇有恒。春日一幸。古谷綱正。鈴木信太郎。相沢忠洋。高田敏子。美空ひばり。辰巳柳太郎。森敦。古関裕而。入江徳郎。岡崎嘉平太。谷川徹三。佐伯勇。浦辺粂子。松田優作。開高健。田河水泡。勝間田清一。サルバドール・ダリ。ジョルジュ・シムノン。胡耀邦。セルジオ・レオーネ。アンドレイ・グロムイコ。ローレンス・オリヴィエ。ヘルベルト・フォン・カラヤン。ウィリアム・ショックレー。アーヴィング・バーリン。フェルディナンド・マルコス。カーメン・キャバレロ。ヴラディーミル・ホロヴィッツ。アンドレイ・サハロフ。リー・ヴァン・クリーフ。サミュエル・ベケット。

◎天皇の病名が十二指腸乳頭周囲腫瘍(がん)と発表。天皇をめぐる論議も盛んになる。
◎金融機関の完全週休2日制が始まる。
◎米の販売がコンビニや酒屋などでもできるようなる。昭和17年の食管法制定来初めて。
◎全国の相互銀行が普通銀行に移行。昭和26年から続いた相銀が消える。
◎昭和天皇の誕生日は「みどりの日」となる。
◎佐渡金山が閉山。1601(慶長6)年の発見以来、400年の歴史に幕。
◎横浜の坂本弁護士一家3人が行方不明になる。(オウム真理教の殺害と判明するのは6年後)
◎台風12号と13号が立て続けに首都圏を襲い、2週連続の局地的豪雨で22人が死亡。
◎伊豆伊東沖で海底火山が爆発。海底に火口を確認。手石海丘と命名。

◎横浜ベイブリッジ開通。全長860メートル、海面からは175メートル。
◎神奈川県横須賀市の海洋技術センターで「しんかい6500」が進水。世界一の潜水調査船。
◎佐賀県の吉野ヶ里遺跡で、銅剣・ガラス製管玉など発見。弥生時代最大の環濠集落、墳丘墓と推定。邪馬台国九州説に勢いをつける。
◎年に1冊も本を読まないという人が国民の30%。活字離れ。

■流 行:ドラクエ・昭和ブーム。
■テレビ:筑紫哲也 NEWS23・鳥越=畑 ザ・スクープ・いかすバンド天国。
■邦 画:今村昌平/黒い雨・宮崎駿/魔女の宅急便。
■洋 画:スティーヴン=スピルバーグ/インディ=ジョーンズ/最後の聖戦・ブルース=ベレスフォード/ドライビング=ミス=デイジー・ティム=バートン/バットマン。
■ 歌 :プリンセス=プリンセス/Diamonds・Wink/淋しい熱帯魚・森高千里/17才・爆風スランプ/Runner・TM NETWORK/GET WILD '89・小泉今日子/学園天国・永井真理子/ミラクル・ガール・レベッカ/One More Kiss・松任谷由実/ANNIVERSARY〜無限にCALLING YOU・石川さゆり/風の盆恋歌・井上陽水/リバーサイドホテル・和田アキ子/だってしょうがないじゃない・美空ひばり/川の流れのように。
■ 本 :吉本ばなな/TUGUMI・井上靖/孔子・村上春樹/ノルウェイの森・盛田昭夫=石原慎太郎/「NO」と言える日本・藤村由加/人麻呂の暗号。
■ことば:セクハラ・濡れ落葉・オバタリアン・けじめ。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/04/03 でんでんむし蛇足の記)
 昭和が終わったこの年には、天皇陛下だけでなくさまざまな昭和を彩って活躍した人びとが、たくさん去って行った。盛んに使われた“ひとつの時代が終わった”というのは、まさに多くの人びとの実感であったろう。

 思えば、自分でものごとを考えるようになった昭和27年からの中学時代から、ガリ版から始まって印刷所に出入りするようになり、出版社で編集の仕事してきて、コンピュータが身近にあるようになるまでの35年間は、自分がまさに生きてきた、それもまたひとつの時代であった。
 漠然と日本語表記の非効率さに疑問を持ち始めて以来、さまざまな道具やカードシステム、そして機器類に興味が向くようになり、その延長線上にコンピュータが現れる。あくまで一ユーザーとして、素人としてのかかわりに過ぎないので深くはないが、その関心は浅く広い。
 1945年にヴァニーヴァー・ブッシュが情報検索システム構想Memex(メメックス)を提唱していたということを知ったのは、Macintoshにさわるようになって、アラン・カーティス・ケイやテッド・ネルソンのことをいろいろ読んでいた頃だったろうか。
 そんな人たちのおかげで、素人であるユーザーのためのコンピュータ発達史のページは開かれていったわけだが、ブッシュが考えたような(その机の前に座って操作すれば、居ながらに情報を引き出し、リンクや注釈によって連想の軌跡を辿ることができる)ことは、それから半世紀後になってインターネットによって、ほぼ実現しているところが驚きである。
 人間の英知や、頭脳の働きや、それが産み出すモノやコトや、その社会のしくみは、実にふしぎなものだ。
 そういう関心がずっとあったので、この年に出したそういう世の中のいろいろなしくみを考えるという本も、そこからの派生であった。
 だいたいにおいて、企画を先に考えて、あるいは考えながら著者を探すという流儀の編集では、その企画を実現してくれる著者に行き着くまでが大変である。企画も著者がもってきてくれる編集は、はるかにらくちんであるが、出版のもともとは著者が主導することで成り立ってきた。
 それを変えたのが、カッパブックスの生みの親である神吉晴夫という編集者であった、といわれている。編集が企画を先に考えるやり方を“創作出版”ということもあるが、その原点はそこらへんにある。現在では、多くの出版社でそれをめざしたり、標榜したりしている。
 このやり方では、とくにでんでんむしのように「まだ誰も考えていないこと、やっていないことをやろう」とすると、大抵ではない。著名な著者はもちろん、すでに自分流を身につけてしまった著者は、まず使えない。
 そこで、フリーのライターや編集プロダクションなど、請負でもそれを実現できる技能をもつところを探すこともやってみた。
 そういうつきあいの中から、うまく波長が合って実現したのが、世の中のしくみに迫ろうというこの本だった。テーマが大き過ぎて限界もあったが、なんとかまとまって、なんとか売れる本にできた。
 「しくみ」を本のタイトルに使ったのも、これが最初かどうかは不明だが、売れた本としては初めてだったのではないか。この後も、しくみを解明していくというシリーズをつくったりしたが、しくみがわかればものごとの理解はしやすい。そういうでんでんむしの信念から生まれたのが、そういう本だった。「しくみ」もまた、今ではあちこちちでタイトルに盛んに使われている。
 しくみの本でもうひとつ考えたのは、文字と絵(イラスト・図)の渾然一体のページづくり、という表現方法であった。従来、イラストや図などは、文字原稿の付属的な情報形態に過ぎなかった。そのため、文字原稿ができたあとから適当にくっつけたりすることも多かった。
 そうではなく、最初からそのしくみを説明するのにイラストや図で説明するようにページ単位で表現しようというわけである。
 そして、それこそコンピュータでWYSIWYGでやるのがいちばんなのだが…。
 残念ながら、このときはまだそれを実現し表現できる環境が整っていなかった。そこで、写植の切り貼りでページをつくるという作業を延々とやってもらうことになった。
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1988☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1988mark.jpg昭和63年 戊辰(つちのえたつ)
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◯米イージス艦がペルシャ湾でイラン旅客機を誤認して撃墜。290人が死亡。
◯イラン・イラク戦争で停戦協定成立。開戦から7年。
◯アフガニスタン和平協定が成立し、ソ連軍が撤退。
◯米大統領選挙で共和党のブッシュが当選。
◯ブット女史がパキスタン初の女性首相に。
◯韓国前大統領が光州事件と一族の不正で謝罪。
◯アルメニアで大地震。数万人の犠牲者。
◯ソウルオリンピック開幕。160の国と地域が参加で参加数は最多。ベン・ジョンソン薬物使用でメダル剥奪。
◯中国上海近郊で列車事故。修学旅行の日本の高校生と教師ら29人死亡。

◉国土庁の地価公示、東京の地価は前年比で68.6%の上昇で史上最高。
◉奥野国土庁長官が「日中戦争に侵略の意図なく、盧溝橋事件は偶発事件」と発言し、問題化。中韓からも批判を受け辞任。
◉川崎市助役がリクルート社未公開株で不当利得。リクルート事件の発端。
◉中曽根前首相、宮沢蔵相、安倍幹事長ら秘書リクルート社未公開株取得が判明。江副浩正リクルート社会長が引責辞任。
◉竹下首相が訪中。李鵬首相との会談で8100億円の第3次円借款に合意。
◉社民連の楢崎弥之助がリクルートコスモス社長室長らの贈賄工作を告発。日テレが隠し撮りビデオ放映。
◉天皇の容態が急変。下血が止まらず。国事行為は皇太子に委任。見舞いの記帳各地で始まり、首相らの公式日程変更相次ぐ。
◉自民党が消費税等税制改革関連6法案を特別委員会で単独強行裁決。国会審議ストップ、半年間の弾力的運営など一部修正で衆院通過。
◉東京外為市場で1ドル=121円57銭の戦後最高値を記録。
◉衆議院リクルート問題調査特別委員会で証人喚問。議院証言法を改正し、テレビ撮影を禁止。
◉竹下首相が「ふるさと創生」で全市町村に一律1億円の交付金配布。
◉リクルート事件の証人証言と答弁に食い違いで宮沢蔵相が辞任。
◉税制改革関連6法案参議院本会議で成立。野党は26時間の牛歩戦術で抵抗。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。宇野重吉。有沢広巳。田谷力三。田宮虎彦。桑原武夫。17代目中村勘三郎。小沢栄太郎。山本健吉。荻昌弘。井手俊郎。武智鉄二。土光敏夫。清水幾太郎。中村汀女。茅誠司。草野心平。三木武夫。楠本憲吉。小磯良平。大岡昇平。イサム・ノグチ。ゲオルギー・マレンコフ。リチャード・P・ファインマン。ロバート・A・ハインライン。

◎53.85キロで世界最長の青函トンネルが開業。青函連絡船は80年の歴史に幕。
◎東京ドーム球場が、後楽園球場跡に開場。
◎世界最長となる道路と鉄道併用の瀬戸大橋が開通。海峡部9368メートル。宇高連絡船は廃止。
◎文部省が小学校学習指導要領で教えるべき10人に東郷平八郎元帥を含め問題化。
◎島根・鳥取の両県知事が中海・宍道湖の淡水化事業の凍結を表明。
◎横須賀沖の東京湾で、海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と釣り船「第1富士丸」が衝突。30人死亡。防衛庁長官が辞任。
◎自民党の高校英語教科書の日本軍の残虐行為に関する記述が不適切との指摘を受け、出版社が大幅に改定。
◎天皇の容態悪化を受けて、行事・興行・広告・宣伝などに自粛が広がり、論議も。
◎東京地検がリクルート本社などを一斉捜索。前社長室長を逮捕。
◎労働基準法の改正により、フレックスタイム制が可能に。
◎北海道の十勝岳が噴火。26年ぶり。

◎粉塵公害防止のため、スパイクタイヤの製造を中止。
◎プロ野球の南海と阪急が身売り。ダイエーホークスとオリックスブレーブスに。
◎「平凡パンチ」休刊。「少年ジャンプ」は初の500万部。
◎ゲームソフト「ドラゴンクエストⅢ」が発売。ドラクエ・フィーバー。
◎4大婦人雑誌のひとつ講談社の「婦人倶楽部」が廃刊、68年の歴史に幕。
◎全日空が「スチュワーデス」の呼称を「キャビンアテンダント」に変更。
◎奈良二条大路の長屋王邸跡から、考古学史上最多となる大量の木簡を発見。
◎奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳の石棺が開けられる。1400年ぶりに遺骨と多くの金銅製の副葬品が多数現れる。

■流 行:ワンレン・ボディコン・ドライビール。
■テレビ:クイズ百点満点・探偵!ナイトスクープ。
■邦 画:佐藤純弥/敦煌・宮崎駿/となりのトトロ・高畑勲/火垂るの墓・大友克洋/AKIRA。
■洋 画:ベルナルド=ベルトルッチ/ラストエンペラー・エイドリアン=ライン/危険な情事・リンゼイ=アンダー スン/八月の鯨。
■ 歌 :光GENJI/ガラスの十代/パラダイス銀河・長渕剛/乾杯・南野陽子/吐息でネット・荻野目洋子/ストレンジャーtonight・Wink/愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜・TUBE/Beach Time・サザンオールスターズ/みんなのうた・吉幾三/酒よ・堀内孝雄/ガキの頃のように・川中美幸/豊後水道・小林幸子/雪椿。
■ 本 :広瀬隆/危険な話・吉本ばなな/キッチン・村上春樹/ダンス=ダンス=ダンス・いとうせいこう/ノーライフキング・シドニイ=シェルダン/ゲームの達人。
■ことば:ペレストロイカ・オバタリアン・DINKS・カウチポテト族。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/04/01 でんでんむし蛇足の記)
 やっぱりまた出してきた。消費税と名を変えて。さっそく前からの準備を活かして、企業の実務や対策を中心にした本を出した。
 当然ながらこれがよく売れて、なんとか専門出版社の面目は保つことができた。経営的にも、これが売れておおいに助かったが、こういうタイムリーな時期を得て売れる企画というのは、めったにあるものではない。いわば、特需のようなもので、売れたら売れたで、今度はそれがなくなる後のことを考えなければならない。
 どこまでやってもきりのない、しんどい仕事ではある。売れる本はごくわずかだが、そればかり追いかけているわけではない。毎日の米の飯とも言うべき、通常の地味な経営書・実務書も、絶やさず出し続けていかなければならない。これがまた、重要なのだ。
 この少し後くらいが、出版点数もピークになっていただろう。年間で100点を超える数もの新刊を毎年出し続けていた。いささか資源のムダ使いといわれそうなものも、まったくなかったとはいいきれない。
 売れる本だけを出すということはできない。だが、出したい本だけを出すということはできる。ただし、それは会社の事情が許せば…の話。
 前に、同じ編集者という名前で仕事をしていても、出版社によってやっていることの内容は随分異なるということを書いていた。
 出版社も同様で、大出版社から零細出版社まで、別な商売、異業種ではないかと思えるくらい差がある。基本的には出版という仕事は志のビジネスで、その志とビジネスが微妙な天秤ばかりの上にのっかっているようなものだ。そのバランスの取り方次第で、その出版社の業態やありようが決まってくるようにも思える。
 一般的に言えば、志を重視するなら、大きな組織にしてはならない。
 そんなこんなで、年間100以上の新刊を出すというのは、なかなかむずかしいところなのだ。
 何枚ものいやもっともっとたくさんの書類データを関連づけ、結びつけるしくみというのは、コンピュータで初めて実現した。その基本となっているのが、ハイパーテキストというリンクや検索で相互につながる、というものだ。誰でもがインターネットを使っている現在では、何を今さらという感じだろうが、でんでんむしはMacintoshを使っていて、喜びうれしかったのがお絵かきソフトもさることながら、MultiplanとHyperCardであった。
 前者はMicrosoftが初めて出した表計算ソフトの元祖で、後におなじみのExcelへと発展していくわけだが、近頃のExcelを使っていると、昔のMultiplanや最初のExcelのほうがずっと使い勝手がよかったような気がする。
 後者は、Appleのビル・アトキンソンがMacintoshのために1987年に開発した、ハイパーテキストを初めて具現化したような、カード型の情報処理ソフトのようなものだった。
 これが発表されたときには、さっそくダウンロード(だったと思う。なにしろ数百ページもある英文のマニュアルをせっせとプリントした記憶がある)して、楽しんだ。
 自分でもスタックと呼ばれるソフトをつくっていたが、ある有名なMacエバンジェリストのひとりが、それをおもしろがってくれて、創刊されたHyperCard専門雑誌に紹介してくれたこともあった。
 そんな人たちと、どこで知り合ったのだろう。もっぱら、マイナーな手づくりの情報誌と秋葉原のイケショップだったかもしれない。秋葉原は電気街も外れ、銀座線の末広町に近いところにあったその店が、当時は数少ないMacintoshユーザーの行き交う交差点のようになっていたからだ。
 今では、街中どこへ行っても、かじるには固そうなメタリックなリンゴマークのついたケータイをいじっている人を見かけないことはない。でんでんむしはへそまがりだから、街中にiPhone5があふれるようになった頃から初代iPhoneをやめてしまった。多数派に混じっているのは、どうも居心地がよくない。
 が、iPhoneが出るまでのずっと長い間、AppleもMacintoshも常に少数派であった。少数派は仲間を探して集まる習性がある。Macintoshのユーザー会をつくろうと思ったのは、いったいなにがきっかけだったのだろう。
 その頃はレインボーカラーの横縞リンゴマークだった。今でこそ直営店を中心にうまくやっているようだが、Appleの日本市場に対する方針は、長いこと定まっていなかったような印象があった。アップル・ジャパンの組織も安定せず、代理店をめぐってのごたごたも尾を引いたりしていたのだ。
 だから、ユーザーの間では「オレにアップル・ジャパンの社長をやらせれば、たちまち3倍くらいは売ってみせる」といった話が聞かれたりしたものだった。
 近頃なにかとお騒がせの会社を渡り歩いている“プロ経営者”とかいうものが話題になっているようだが、MacからMacへと喧伝されていたその人にしても、別にその手腕でどうかなったということはなく、たまたま革新的で魅力的な新製品であるiMacが登場しただけではないか、というのが多くのMacユーザーの声であろう。
 おっと、iMacが登場するのは1998年だから、またまた10年も先走ってしまったよ…。
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1987☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1987mark.jpg昭和62年 丁卯(ひのとう)
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◯中国共産党総書記胡耀邦が自由化の行きすぎと辞任。趙紫陽が後任に。
◯米が日本の半導体協定に違反とパソコンなどに100%関税実施を発表。
◯英総選挙で保守党が大勝。サッチャー首相三選。
◯ホーネッカー東独議長が初めて西独を訪問。
◯16年ぶりの韓国大統領選挙で、盧泰愚民政党総裁が当選。
◯南ア航空のジャンボ機がモーリシャス沖で墜落。日本人乗客47人。
◯大韓航空機がビルマ上空付近で行方不明。韓国は後に北によるテロと断定。
◯米ソ首脳がINF中距離核戦力全廃条約に調印。

◉政府与党の売上税案に対し、野党が売上税などの税制改革案に反対で一致。
◉中曽根首相の施政方針演説に売上税導入の説明がないと野党が補充説明を要求。
◉売上税反対の国民集会など各地で開かれる。
◉岩手県の参院補選で反売上税の社会党候補が自民党候補を大差で破る。
◉国鉄が114年の歴史に幕。分割民営化でJR6社が発足。
◉国土庁の地価公示で東京の地価が前年比76%の上昇。
◉統一地方選挙、道府県議・市町村議で自民敗北退潮。
◉衆院議長斡旋で「売上税は与野党合意なければ廃案」として予算案通過。
◉自民党と4野党の国会対策委員長会談で売上税の廃案を確認。
◉民間活力によりリゾート開発を進める総合保養地域整備法が公布。
◉自民党竹下派が経世会を結成。
◉天皇が腸通過障害で手術。初の沖縄訪問が中止に。
◉東京株式市場が前日のニューヨーク市場の大暴落を受け、14.9%の下落率で過去最大の下げ。
◉中曽根首相が自民党総裁に竹下登を指名。竹下内閣発足。副総理・蔵相に宮沢喜一。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。藤田省三。梶原一騎。渡辺晋。小山敬三。貝塚茂樹。亀井文夫。北村西望。佐野美津男。鶴田浩二。羽仁説子。臼井吉見。トニー谷。石原裕次郎。有島一郎。澁澤龍彦。岸信介。石森延男。栗島すみ子。深沢七郎。稲山嘉寛。野呂信次郎。南部圭之助。川口浩。石川淳。椋鳩十。アリステア・マクリーン。アンディー・ウォーホル。ダニー・ケイ。リタ・ヘイワース。アンドレス・セゴビア。フレッド・アステア。ポーラ・ネグリ。ジョン・ヒューストン。リー・マーヴィン。マーヴィン・ルロイ。リノ・ヴァンチュラ。ヤッシャ・ハイフェッツ。

◎最後の捕鯨船団が捕獲終了。35年にわたる南氷洋での日本の捕鯨に幕が下りる。
◎熊本地裁の水俣病訴訟、国や県の責任を認める原告勝訴の判決。
◎西宮市の朝日新聞阪神支局が覆面男に襲撃を受け、記者が死亡。名古屋本社社員寮も襲撃。
◎再審請求をしていた帝銀事件の平沢死刑囚が95歳で獄死。
◎首都圏のJR電車の名称を、著名人などによる会で「E電」と決定したと発表。しかし、その後まったく定着せず、立ち消えに。
◎首都圏各交通機関の駅で終日禁煙。
◎歌手のアグネス・チャンが出産後子連れで職場復帰。(アグネス論争)
◎日本医師会の生命倫理懇談会が脳死を個体死として認める決定。
◎逗子市の富野市長が知事斡旋に反対と辞任。選挙で再選され改めて全面返還を要求。
◎全日本民間労働組合連合会(連合)が発足。組合員555万。
◎日本のAIDS感染者が1000人に。
◎大和運輸がクール宅急便を始める。
◎首都高川口線と中央環状線が開通し東北縦貫道と接続。これにより、靑森=熊本八代間2002キロの日本縦断高速道路網が完成。
◎沖縄県那覇市で海邦国体が開催。これで42回を数える国体は開催県が一巡したことになる。
◎200海里の経済水域を守るため、沖ノ鳥島に緊急保全工事を決定。

◎広島カープの衣笠祥雄が2131試合連続出場。ゲーリックの記録を破る世界新記録。
◎日本テレビ、新春の箱根駅伝のテレビ中継開始。
◎「週刊平凡」「月刊平凡」が廃刊。
◎安田火災海上がゴッホの「ひまわり」を53億円で落札。
◎後楽園球場が50年の歴史に幕を下ろし閉場。
◎新国劇は70年で解散へ。
◎マドンナ、M・ジャクソン来日。
◎東京神田の三省堂書店が本の宅配便を開始。
◎昭和31年に「太陽の季節」でデビューした、“戦後のスター”石原裕次郎が肝臓がんで死去。

■流 行:超伝導ブーム。
■テレビ:朝まで生テレビ!・関口宏のサンデーモーニング。
■邦 画:伊丹十三/マルサの女・神山征二郎/ハチ公物語。
■洋 画:ブライアン=デ=パルマ/アンタッチャブル・     オリバー=ストーン/プラトーン・ロブ=ライナー/スタンド=バイ=ミー。
■ 歌 :近藤真彦/愚か者・長渕剛/ろくなもんじゃねえ・瀬川瑛子/命くれない・吉幾三/雪國・光GENJI/STAR LIGHT/ガラスの十代・長山洋子/ヴィーナス・菊池桃子/アイドルを探せ・坂本冬美/あばれ太鼓・大月みやこ/女の駅・石川さゆり/夫婦善哉・THE BLUE HEARTS/リンダリンダ・島倉千代子/人生いろいろ。
■ 本 :俵万智/サラダ記念日・村上春樹/ノルウェイの森・安部譲二/塀の中の懲りない面々・石ノ森章太郎/マンガ日本経済入門・宮本輝/優駿。
■ことば:マルサ・アスベスト・懲りない・かくありたい。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/30 でんでんむし蛇足の記)
 Macintoshのすぐれた特徴のひとつに、WYSIWYGということがある。でんでんむしがMacintoshに最初に惹かれたのは、革新的なユーザー・インターフェイスと、しろうとでも感覚的にいじってみることが容易にできるという点であったが、より実際的にはすでにアメリカではニューズレターの編集などで喧伝され実用化されていた、“編集機”としての可能性で、それを実現するのがWYSIWYGだった。
 ディスプレイに現れるものと、処理されてアウトプットされる内容が一致するという表現技術をさして、 What You See Is What You Get(見たままをそのままに)の頭文字からつくられた用語だといわれたが、これができれば編集の作業はほとんどMacintoshの画面上でできることになる。
 まだ、日本語も使えないうちからこれに飛びついたのも、日本語化などはいずれときが来れば自然になるものだという確信があったからだった。
 そして、ついに日本語が使えるようになった。
 アルダス社のPageMakerというソフトが、アメリカでは使われていたが、これも日本語化されたその当初は、なんと縦組みができなかった。このソフトは、その後、何でも取り込んでしまうアドビ社に買われてしまい、現在ではInDesignがページレイアウトソフトの代表格のようになっている。
 しかし、このページレイアウトソフトの日本語処理で、日本におけるいわゆるDTPの基礎を支えてきたのは、クォーク社のQuarkXPress で、アドビ社ではIllustrator やPhotoshop といったソフトがそれを手助けしていた。
 どうも、話が少し飛躍してしまったようだ。日本のDTPが実際に出版社の現場で始まるのは、もう少し後のことになる。
 この頃は、Macintoshの情報は雑誌などにはあふれていたが、単行本ではまだ少なく、誠文堂新光社から出た本が目だつくらいだった。価格も高いMacintoshの敷居は一般にはまだ高く、喜んで騒いでいたのは一部のコアなファンだけだったのだ。
 だが、Macintoshエバンジェリストの端くれだと思っている編集者としては、その本を出さないわけにはいかない。そう考えてこの年その作業を進めたMac入門書は、発売は1988年の1月になったが、新宿紀伊國屋など一部の書店では瞬間風速でかなりの数値を記録し、増刷にもなった。だが、その本はまだMacでつくったというわけではなかった。
 日本語で使えるコンピュータの動きは当然あって、アメリカ産のOSをローカライズするのではなく、日本独自のOSをつくろうという人も現れた。東大の坂村先生は東大の先生というイメージとは違って気さくな人で、この人とはSFファン同士ということでも話が楽しかった。TRONの本も岩波書店の本を先に出さないといけないのでその次ぎでよければ、ということで書いてもらって出版したのもこの年だった。これも岩波の本よりはよく売れたはずである。
 でんでんむしはその後も長い間Appleファンであったが、なにもAppleでなくても、日本のメーカーがそれを超えるようなものを出してくれれば、喜んで乗り換えますよ、と言ってきた。TRONで日本人による日本人のためのコンピュータをという夢は、いっそうふくらんでいた。
 しかし、結局は日米経済貿易交渉の過程で、見事にアメリカにしてやられた日本は、いまだに日の丸コンピュータの実現をみず、この分野でもアメリカの軍門にくだったままで残念無念なことこの上ない。
 でんでんむしの興味と関心で、コンピュータ分野もやってはいたが、いわば余技でそれが専門ではない。専門の分野では、かねてから課題になっていた大型間接税創設の話が、売上税という形で明確になってきた。そこで担当編集者をつけてその本を出すべく準備を進めていた。
 ところが、これが廃案になってしまった。けれども、でんでんむしの読みではこれは必ずすぐ後で出し直してくるだろうと思ったので、引き続き準備を進め、次の法案が固まるのを追うことにした。 
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1986☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1986mark.jpg昭和61年 丙寅(ひのえとら)
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◯米、スペースシャトル「チャレンジャー」打ち上げ直後に爆発。乗員7名死亡。
◯フィリピン大統領選マルコス当選するも、国軍が支持せず。アキノ大統領が主任宣言。マルコス亡命。
◯韓国の全大統領が89年に大統領直接選挙制へ改憲を言明。
◯スイスの国民投票で国連加盟を否決。
◯ソ連、チェルノブイリ原子力発電所で大事故。炉心溶融、放射能で周辺が汚染。死者31人。
◯オーストリア大統領、前国連事務総長のワルトハイムがナチ疑惑をおして当選。
◯レーガン大統領とゴルバチョフ書記長が、アイスランドのレイキャビクで会談。
◯中国安徽省合肥の学生、民主自由を要求してデモ。天津、上海、北京に波及。
◯ソ連、反体制派物理学者サハロフ夫妻の流刑を解除。

◉「建国記念の日を祝う会」主催の式典に首相以下閣僚17人が出席し、国家行事色を強調。
◉天皇在位60年記念式典、両国国技館で開催。
◉東京サミット開催、リビア名指しテロ反対、チェルノブイリ事故の情報要求を声明。
◉中国政府と韓国から「日本を守る国民会議」の日本史教科書の是正要求や批判を受け、政府が修正を要請。修正のうえ合格。
◉衆参両院同日選挙の結果、衆参で自民党圧勝。
◉第3次中曽根内閣、副総理金丸信、官房長官後藤田正晴。
◉16閣僚が靖国参拝。首相・外相らは近隣諸国へ配慮して公式参拝せず。
◉新自由クラブ、選挙で敗北し解党。田川誠一を除き自民党に復党。
◉藤尾文相の「日韓併合は韓国荷も責任がある」との発言により、日韓外相会談が延期に。首相は文相を罷免。
◉韓国訪問の中曽根首相が前大統領に陳謝。
◉社会党委員長選挙で、土井たか子が上田哲を破り当選。日本初の女性党首誕生。
◉自民党両院議員総会で党則改正。中曽根首相の任期を1年延長。
◉中曽根首相が「黒人などのいるアメリカは知識水準が低い」と発言、アメリカで激しい非難をあび、謝罪のメッセージ。国会で国民にも陳謝。
◉神奈川県警が共産党幹部の電話を盗聴していたことがNTTの調査で発覚。
◉国鉄の分割・民営化のための8法案が成立。
◉政府予算案で防衛費GNP1%枠を突破。整備新幹線の凍結も解除。
◉男女雇用機会均等法が施行。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。梅原龍三郎。石母田正。宮田東峰。原弘。前田久吉。小山田宗徳。三保敬太郎。前川國男。戸川エマ。杉原千畝。石坂洋次郎。木村秀政。荻須高徳。小佐野賢治。円地文子。島尾敏雄。増村保造。仁木悦子。東君平。松下正寿。ジェームズ・キャグニー。シモーヌ・ド・ボーヴォワール。ベニー・グッドマン。ヘンリー・ムーア。リリー・クラウス。ヴャチェスラフ・モロトフ。アンドレイ・タルコフスキー。

◎神奈川県逗子市、池子弾薬庫跡地の米軍住宅建設に反対する市民が起こした市議会リコール成立。建設推進派の富野市長の解任請求は不成立。市議会選挙は建設容認派が過半数。
◎第1次教科書裁判、国家賠償請求の控訴審で家永三郎敗訴。
◎東北自動車道の浦和=靑森間が全通。
◎マニラ郊外で、三井物産の若王子マニラ支店長が武装勢力に誘拐。後に身代金を払い救出。
◎伊豆大島三原山が209年ぶりの大噴火。島民などに避難命令。
◎三菱銀行有楽町支店前で現金輸送車が襲われ、3億3000万円が強奪される。1年後に犯人はフランス人と判明。
◎ビートたけしら12人が、取材方法に抗議し「FRIDAY」編集部に乱入。障害・暴行で逮捕。
◎ハレー彗星が地球に大接近。
◎英王室皇太子とダイアナ妃が来日。
◎「リーダーズダイジェスト」日本版が廃刊に。
◎文部省が初の「いじめ体罰実態調査。昭和60年上期の7か月で、いじめ15万5000件、体罰2819件と発表。
◎静岡県熱川温泉大東館で火災。非常ベルが作動せず、24人死亡。
◎富士写真フイルムが使い捨てのカメラ「写ルンです」を発売。この年だけでも300万本の大ヒットになるが、使い捨ての呼称は後に変更。
◎国鉄が手荷物取り扱い「チッキ」を廃止。明治5年以来続いた114年間の歴史に幕。
◎東京都心の再開発をめぐり地上げ屋が横行。

■流 行:激辛ブーム・レトロブーム・ダイアナ=ファッション。
■テレビ:世界=ふしぎ発見!・いい旅=夢気分・ニュースステーション。
■邦 画:畑正憲/市川崑協力/子猫物語・宮崎駿/天空の城ラピュタ・山田洋次/キネマの天地・熊井啓/海と毒薬。
■洋 画:ロバート=ゼメキス/バック=トゥ=ザ=フューチャー・ジェームズ=キャメロン/エイリアン2・トニー=スコット/トップガン・リチャード=ドナー/グーニーズ・     リチャード=アッテンボロー/コーラスライン。
■ 歌 :中森明菜/DESIRE・小林旭/熱き心に・テレサ=テン/時の流れに身をまかせ・渡辺美里/My Revolution・石川さゆり/天城越え・堀内孝雄/愛しき日々・うしろゆびさされ組/バナナの涙・少年隊/仮面舞踏会・荻野目洋子/ダンシング=ヒーロー・とんねるず/やぶさかでない。
■ 本 :家田荘子/極道の妻たち・阿川弘之/井上成美・磯村尚徳/アメリカからの警告』・ファミコンマガジン/スーパーマリオブラザーズ完全攻略本。
■ことば:ぷっつん・財テク・新人類。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/26 でんでんむし蛇足の記)
 たまたまその以前からつきあいのあった著者が、自分のかつての編集者としての経験を活かして書いてくれた原稿は、中国古典の故事成語に絞った四字熟語を集めたもので、出典がはっきりしているものだけになった。
 実は、編集者でんでんむしとしてはもっと広げて、たとえば「一球入魂」とか、「天地無用」「雨天決行」「規制緩和」とか、(三原じゅん子先生お気に入りの)「八紘一宇」「一億玉砕」なども、一章を設けて入れたかったのだが、そうなると二字熟語の組み合わせでいくらでもできてしまう。そうなるとまた別企画になる(こう書いておけば、そのうちどこかで本が出るかもしれない。ちょっと工夫は必要だけどね)ので、やはりここは古典に絞ることにした。やってみると、故事成語だけでもかなりな数があるので、それだけで充分に成り立つ。
 ページのつくりかたにも工夫が必要だった。漢字四文字をまずできるだけ大きく目立たせることで、ぱっとみた目の印象効果を狙ってレイアウトを考え、どこからでもぱらぱらめくってみるようにした。
 B6判並製のごく普通の本で、初版部数もいつものとおりで、編集者本人以外は誰も期待もせず、経営関係の本といっしょにそっと出したようなものだが、これが初版発売と同時に追加注文が相次ぎ、増刷も重ねていくうちに1万増刷というようなロング・ベストセラーになった。
 類書がないことは企画当初から確認済みで、これはいけるぞと密かに期待していたような動きがはっきりしたところで、今度はもっと収録語数を増やした本格的な辞典も企画し、この線の商品を育てて続けていくことにした。
 今これを読む人のほとんどは、そういう本っていっぱいあるよねと思うことだろう。事実、四字熟語の本はもう何年も前からいっぱい出ている。それらを集めてみれば「汗牛充棟」…。
 おそらく、あんな出版社で出して売れるのなら、うちで出せばもっと売れるだろう。漢字の本ならうちのほうが本家本元じゃないか。そんなふうに考えた版元は、少なくなかったろう。
 その後、同じように四字熟語をうたった本は、ごまんと出た。なにしろ、あの岩波書店まで出したくらいだ。本だけでなく、テレビの番組などでも四字熟語は盛んに使われるようになり、地味ながらブームといってもいいような様相を呈するようになる。
 長年週刊文春でコラムを書いていた中国文学者の高島俊男さんも、その現象を奇異に思われたのだろう。いったいいつからこんな本が出始めたのかを、ブームの経緯と源泉を調べて連載の一記事にした。そして、その最初のきっかけをつくったのがこの本だったと、コラムのなかで“四字熟語の本はこの本が最初”と証明してくれたのである。
 こういうのも、めずらしいだろう。だが、週刊誌で書かれたときには、見ていなくて知らなかった。後にそれを単行本「本が好き、悪口言うのはもっと好き」シリーズの何巻目かでそれを読んだときには、なにか昔の恋人と街で偶然すれ違ったような、不思議な感じがしたものだった。
 この頃には、印刷現場の大勢はオフ化が進行していたと思う。いつ頃からそれが顕著になり始めたかは、はっきりしないのだが、だいたい1980年代の初め頃からだったのではないか。確か、その頃からオフセット印刷の試行錯誤が始まっていた。
 こちらも興味があったので、印刷所の社長がやってきては、こんどこういうことができるようになった、こういう機械を入れたといって、売り込まれた。
 活字のよさやその伝統的なイメージを好む風潮も根強いものがあった。それに黎明期の電算の文字と馴染んできた活字とでは、見た目にもなにか曰く言い難い違いがあった。しばらくは、活字でなきゃダメだという声も強かったが…。
 けれども、脱鉛の趨勢には逆らえない。こちらもいつまでも活字にこだわるわけにもいかないので、実験台になる覚悟で電算写植の本もつくっていた。
 電算写植への切り替えは、印刷所にとってはかなりの設備投資であったが、簡単に言えば活版印刷の技術で養われた熟練の文選工や植字工をお払い箱にして、電算入力ができるオペレータに切り替えるという、業態改革に等しいものであった。
 それだけに後に引けない、必死なものだったが、電算への切り替えの当初はかなり苦労させられた。以前の熟練工が恋しく懐かしくなるようなことが、たくさん起こっていた。
 活版印刷の時代から、活字で表現できない図や表や絵などは、亜鉛版に焼き付けた凸版をつくっていた。そこに使う活字は写植の機械で印画紙に焼き込んだ文字を切り貼りして版下をつくるので、そうした細かい作業をやることを仕事にする人や会社もあった。
 また、デザイナーなども文字処理には写植を多用するので、自分のところで写植機を入れたりするところもあった。デザイナーの文字処理は、細かく文字の周りだけを印画紙部分を薄く切り取って版下をつくるという、これまたある種芸術的なワザによる作業が一般的であった。写植の需要は、電算とは別のところで、案外広かった。この時代、街のビルの窓には「写植」という文字が張り出されているところが眼についていたものだ。
 近頃、電車の中などで数独をやっているおじさんをみかけると、この頃の自分の姿を思うことがある。
 Macintoshでは、相変わらずBASICで遊んでいて、株もやらないのに株価グラフを描くプログラムを書いたり、マンデルブロー集合のプログラムを入れて、レーザーライターで長時間かけてプリントしたりしていた。
 BASICのプログラムをいじるのは、暗号を解くようなおもしろさがあった。実行してみても必ずエラーが出る。その原因となる印字ミスやバグがどこにあるのかを探すデバッグも遊びであった。もっぱら電車の中でそれをやっていたが、電車の中ではすぐに試してみることができないので、もっぱら紙と鉛筆でパズルを解くように推理しながら、論理の矛盾を見つけ出すようなものだった。
 この年になって、MacintoshはMacintosh Plusにアップグレードされ、そこで日本市場向けにつくられた新しいOSは「漢字Talk」と呼ばれた。
 やっと、Macintoshでも漢字が使えるようになったのだ。これで、BASICで遊ぶ時期も終わった。
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1985☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1985mark.jpg昭和60年 乙丑(きのとうし)
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◯米ソ外相会談がジュネーブで開かれ、包括的軍縮交渉で合意。
◯ブラジル21年ぶりの民政移管。
◯韓国で反体制派政治家グループが新韓民主党を結成。
◯韓国総選挙で新韓民主党が第一党に。(ただし、276議席中の67)
◯ソ連チェルネンコ書記長が死去。後任にゴルバチョフ。
◯ヴァイツゼッカー西独大統領が、“敗戦記念日”に「歴史を思い起こせ」と演説。
◯メキシコで大地震。
◯ソ連ゴルバチョフ書記長が対米軍縮新提案を発表。
◯コロンビアのネルバドデルルイス火山が大爆発。町がひとつ消え2万5000人が死亡。
◯メキシコで大地震が連発。首都メキシコシティなどでビルが倒壊、5526人が死亡。
◯レーガン、ゴルバチョフの米ソ首脳会談、ジュネーブで開催。
◯AIDSの恐怖が世界に拡大。
◯米英で、アフリカ救援募金ロックコンサート「ライブ・エイド」が開催。
◯中国共産党中央委員会の機関紙「人民日報」が、昭和12年の南京事件の中国人犠牲者は34万人、と発表。

◉石橋社会党委員長が、“ニュー社会党路線”の強化・発展を大会で強調。
◉竹下登を中心とする創政会、40人で初会合。
◉中曽根首相が“建国記念日を祝う会”主催の式典に初めて出席。
◉竹入・佐々木会談で、公明党と民社党の連合政権協議再開を確認。
◉最高裁が現行の議員定数配分規定は違憲と判決。
◉自民党が国家秘密法(スパイ防止法)案を議員立法として衆院に提出。(継続審議→廃案)
◉中曽根首相が防衛庁の中期業務見積もりの政府計画に格上げすることを指示。(防衛費GNP1%枠撤廃検討の具体化)
◉河本敏夫沖縄開発庁長官が、オーナーである三光汽船の倒産で辞任。
◉中曽根首相が戦後で首相で初となる靖国神社参拝。閣僚18人も公式参拝で野党批判強める。
◉国鉄の6分割・民営化を骨子とする「国鉄改革のための基本方針」を政府決定。
◉自民党が両院議員総会で憲法改正検討推進の新政綱を了承。
◉日本電電公社、日本専売公社が民営化。NTT(日本電信電話会社)、日本たばこ産業会社として発足。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。向坂逸郎。石川達三。国分一太郎。中野好夫。藤山愛一郎。藤堂明保。小池朝雄。笠置シズ子。野上弥生子。宮口精二。若山セツ子。今里広記。川口松太郎。谷口雅春。黒沼健。岩切章太郎。天知茂。坂本九。夏目雅子。源氏鶏太。大友柳太朗。入江相政。川上宗薫。永田雅一。白洲次郎。石山透。田中美知太郎。藤原釜足。加藤唐九郎。佐々木更三。立川清登。ユージン・オーマンディ。マルク・シャガール。シモーヌ・シニョレ。ロック・ハドソン。オーソン・ウェルズ。ユル・ブリンナー。フェルナン・ブローデル。

◎東北・上越の新幹線の始発が大宮から上野になる。
◎つくばで科学万博開催。
◎厚生省が国内のAIDS患者1号確認を発表。
◎徳島地裁、刑事事件では初となる死後再審「徳島ラジオ商事件」の富士茂子被告に無罪判決。
◎羽田発大阪行きのボーイング747日航ジャンボ機が、群馬県上野村御巣鷹山山中に墜落。乗客乗員520人が死亡、4人が奇跡的に生存救出。

◎三光汽船、5000億の負債(実質1兆円)で戦後最大の倒産。
◎プロ野球選手の労働組合(中畑清会長)が東京地方労働委員会で正式に認定される。
◎中核派の同時多発ゲリラで国鉄の通信線が各所で切断され、国電がマヒ。
◎新両国国技館落成。横綱北の海引退。
◎警視庁が「いじめ相談コーナー」を開設。横浜市教育委員会は「いじめ110番」を開設。
◎宇宙開発事業団が、日本人の宇宙飛行士3人を決める。TBSからもソ連の宇宙船に乗船させると発表。
◎北海道夕張市の三菱石炭鉱業でガス爆発。62人が死亡。
◎本州四国連絡橋の神戸=鳴門ルートの大鳴門橋が開通。全長1629メートルは“東洋一”。
◎関越自動車道の関越トンネル(全長11キロ弱)が開通。
◎詐欺容疑で取調中の豊田商事の会長が、自宅で2人組に刺殺される。
◎長野市の地滑りで特別養護老人ホームなどが埋没・倒壊。老人ホームの26人が死亡。

◎奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳から大型石室と家型石棺、装飾馬具を発掘。
◎奈良県明日香村の伝飛鳥板蓋宮跡付近から大量の木簡発見。「大津皇子」の文字を確認。
◎セ・リーグで阪神タイガースが21年ぶりに優勝。日本シリーズも制してトラ・フィーバー。
◎東京・青山に「こどもの城」開館。(2015年に閉館となる)
◎キヤノンが5万円を切るワープロを発売。
◎任天堂のファミコン、前年夏から1年間で350万台を販売。ゲームソフト「スーパーマリオブラザーズ」4900円で発売。
◎出版各社の文庫本競争が盛況。
◎CD=ROM(コンパクトディスク型読み取り専用記憶装置)が普及し、初めての情報商品(三修社「最新科学技術用語事典」)も発売される。
◎郵政省電波研究所が、ハワイなど太平洋の島々が1年間に4〜8センチメートルずつ日本に向けて移動している、と発表。
◎環境庁が、日本列島の海岸を調査。この6年間で565キロメートルの自然海岸が消えた、と発表。

■流 行:ファミコン(スーパーマリオ)・焼酎。
■テレビ:ニュースステーション・金曜日の妻たちへ。
■邦 画:杉井ギサブロー/銀河鉄道の夜・市川崑/ビルマの竪琴・黒澤明/乱。
■洋 画:フランシス=フォード=コッポラ/コットンクラブ・ミロス=フォアマン/アマデウス・ウォルフガング=ペーターゼン/ネバーエンディング=ストーリー・デヴィッド=リーン/インドへの道。
■ 歌 :小泉今日子/なんてったってアイドル・大沢誉志幸/そして僕は途方に暮れる・吉幾三/俺ら東京さ行ぐだ・アン・ルイス/六本木心中・中村あゆみ/翼の折れたエンジェル・小林明子/恋におちて -Fall in love-・岩崎良美/タッチ・荻野目洋子/ダンシング=ヒーロー・おニャン子クラブ/セーラー服を脱がさないで。
■ 本 :堺屋太一/豊臣秀長・神坂次郎/元禄御畳奉行の日記。
■ことば:ダッチロール・金妻・パフォーマンス・疑惑・家庭内離婚。
 
❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/22 でんでんむし蛇足の記)
 日経が試験的に開始していたN-MIXは、ちょっと覗いてみるだけであったが、それに続いて初めての商用パソコン通信となるNIFTY-Serveがサービスを開始し、一般から会員を募集し始めた。日商岩井と富士通が合弁会社を起こし、アメリカのCompuServeからのライセンス供与も受けながら始めたこのネットワークは、当然両社の社員があらかじめIDを供与されていたようだが、一般からの会員募集受付が始まった当日ではなく2日目に申し込んだのは、なぜかちょっともたもたしていたからだ。
 そのため、ID番号はPAGの100番をちょっとだけ超えていたが、当時のMacntosh仲間たちは当日に申し込んで13番目だ15番目だと自慢していた。
 この頃のパソコンには、まだモデムが組み込まれてはいなかった。音響カプラはさすがに実用には難があるので、RS-232C端子にモデムを買ってきて外付けする。そのモデムの通信速度は300ボーだった。ピピーガガガー…といいながら接続するモデムを、Macintoshの上に載っけて始めたパソコン通信は、40~50あったフォーラムを中心にした、これまでにないまた新たな世界を開いてくれた。
 もうひとつあったPC-VANは縁がなかったが、どうちらかというとそっちはホビー色・マニア色が強かったようだ。NIFTY-Serveではいくつかのフォーラムに参加していたが、後から思えば当時のフォーラムの書き込み内容は、全般に水準が高かったような気もする。お先走りな…いや、当時としてはある程度先進的な意識を持った人が多く会員になっていたので、ということもあっただろう。
 それでも、書き込みに対する意見の衝突などでもめる(いまでいう炎上まではいかない)ことはあったし、管理人の手腕が期待されるところもあったが、結局見知らぬ人間同士がテキスト画面の上でやりあうことの危うさと限界は感じることはあった。そんな経験から、反省したり学んだりすることも多かった。
 NIFTY-Serveの始まりから隆盛そして停滞までは、10年くらいの歩みがあっただろうか。インターネットが登場したときに、ニフティはこれからどうするんだろうと、心配してあげたりしていたものだが…。
 社長のアイデアで出した漢字の雑学本が売れたので、これに続く漢字もので、今度はもう少しホネのあるものを出したら、もっと売れるのではないかと考えた。
 こう言うととにかく「売れる」ことばかり考えていたように聞こえるが、売れさえすればよいというわけではない。やはり、読者のためになる、読者に喜んでもらえる本をつくることが、常に第一義として念頭にあった。
 中身がないのに誇大な仕掛けをして売らんかな、というのとは一線を画し、地道にコツコツと売れる本を考えていきたい。著者の知名度や、流行やトピックを追いかけていくのではない、もう少しちゃんとしたオリジナルな企画で勝負をしたい。そう考えていた。
 その読者の支持は、やはり売れ部数に表れるわけだから、結果として売れる本を考えることになってしまう、というだけのことだ。
 漢字をネタにした分野では、もっともっといろんな方法ややり方があるはずだ。そう考えて、いろんな著者と会い、打診をしてみたところ、ある著者からおもしろいアイデアが出てきた。
 なるほど! これはいける! 直感でそう思って、思わず手を打った。というのも、国語や漢字に関するいろいろを調べていて、そのテーマについても「これはまだ単行本ではどこの出版社からも出していないのではないか」ということもあらかじめ知っていたからだ。問題はどういう本にするか、だ。
 さっそくその場でその著者に執筆を依頼した。そうか、たくさん集めて辞典にするところからやってみればいいのだ…。
 毎月本社で開かれる役員会に出たのは、8月は世間がお盆の休みに入るところであった。ホテルに帰ると、一時行方不明になっていた日航機が、群馬県と長野県の県境付近の山中に墜落した、と大騒ぎになっていた。大阪からの帰りに、名古屋で降りて、中央本線に乗り換えたのは、木曽福島の別荘で執筆中のその著者と原稿の確認と打合せが予定されていたからで、木曽の山に向かって行く特急列車の車内でラジオを聞いていると、生存者が救出されたというニュースが飛び込んできた。
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1984☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1984mark.jpg昭和59年 甲子(きのえね)
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◯米レーガン大統領が一般教書演説で「強いアメリカ」を強調。
◯ソ連のアンドロポフ書記長が死去。後任にチェルネンコ。
◯アフリカで飢餓が深刻化。各国から救援活動。
◯米レーガン大統領訪中で、4つの近代化政策支持。中国も米の軍事力増強を認める。
◯ソ連がロサンゼルス五輪への不参加を表明。東欧各国も同調。(モスクワ五輪ボイコットへのお返し)
◯インドのガンディー首相が暗殺される。

◉中曽根首相が訪中。胡耀邦共産党総書記、鄧小平党顧問委主任らと会談。日本の対中国経済協力拡大を討議。
◉国鉄の赤字ローカル線に代わる第三セクター「三陸鉄道」が開業。
◉自民党安全保障調査会が、防衛費のGNP比1%枠の見直し作業に。
◉自民党安全保障調査会、スパイ防止法案第3次案を作成。
◉国鉄再建監理委員会第2次緊急提言で、初めて分割・民営化の方向を明示。
◉全斗煥韓国大統領が来日。宮中晩餐会で天皇が「両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾」と表明。
◉日韓首脳会談で「日韓両国関係に新しい章を開く」と共同声明。
◉60年度政府予算案で防衛費は前年比6.9%の増加。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。児玉誉士夫。一万田尚登。三原脩。植村直己。渋沢秀雄。門前眞佐人。山口華楊。伊馬春部。金山次郎。長谷川一夫。霧島昇。林達夫。永野重雄。吉岡隆徳。大島清。森戸辰男。竹山道雄。野田宇太郎。今日出海。大河内一男。有吉佐和子。保富康午。御手洗毅。大川橋蔵。中西悟堂。美濃部亮吉。糸居五郎。カウント・ベイシー。ミシェル・フーコー。フランソワ・トリュフォー。インディラ・ガンジー。サム・ペキンパー。

◎植村直己が世界で初めてのマッキンリー冬季登山に成功。下山途中で消息を絶つ。
◎神奈川県逗子市の池子弾薬庫跡地に米軍家族住宅建設に反対する市民グループの富野暉一郎が市長選挙に当選。
◎週刊文春の記事「疑惑の銃弾」で、ロス疑惑騒動。
◎高松地裁、財田川事件の死刑囚再審裁判で、谷口被告に無罪判決。
◎江崎グリコ社長が短銃を持った2人組に誘拐。グリコ製品に毒物との脅迫状が報道機関に郵送される。スーパーなどグリコ製品の販売一時中止。
◎熊本名産のからしれんこん中毒で11人死亡。
◎中江滋樹主宰の投資コンサルタント業「投資ジャーナル」を警視庁が摘発。
◎グリコ事件犯人「かい人21面相」が森永製菓も脅迫。大阪のスーパーで青酸入りの森永製品を発見。
◎総理府が、調査では国民の9割が中流意識をもっていると発表。
◎長野県中部地震で木曽の王滝町で大規模な山崩れ。29人が死亡。

◎元留学生トルコ人から“トルコ風呂”の呼称を改めるよう厚生大臣に直訴。(その前に新聞に投書が載っていた。)
◎ひとり暮らしの老人が100万人を突破。
◎太平洋各地に大雪。東京では15年ぶりに22センチの積雪。交通機関乱れる。
◎東京中央区の東京国立近代美術館フイルムセンターが火災。貴重なフイルム多数焼失。
◎東京日劇跡にマリオン(有楽町センタービル)がオープン。
◎島根県荒神谷遺跡から358本の銅剣を発見。翌年には銅鐸・銅矛も。
◎人気力士高見山が引退。
◎「FRIDAY」が創刊。「FOCUS」は200万部突破。(F.F戦争)
◎週刊「少年ジャンプ」400万部突破。
 
■流 行:エリマキトカゲ・システム手帳。
■テレビ:くれない族の反乱・
■邦 画:伊丹十三/お葬式・篠田正浩/瀬戸内少年野球団・沢井信一郎/Wの悲劇・小松左京/さよならジュピター・
■洋 画:ジェームス=キャメロン/ターミネーター・マーティン=ブレスト/ビバリーヒルズ=コップ・愛と追憶の日々・ライト=スタッフ。
■ 歌 :わらべ/もしも明日が…。・五木ひろし/長良川艶歌・芦屋雁之助/娘よ・チェッカーズ/涙のリクエスト・中森明菜/飾りじゃないのよ涙は・吉川晃司/モニカ・薬師丸ひろ子/メイン=テーマ・杏里/悲しみがとまらない・小林麻美/雨音はショパンの調べ・テレサ・テン/つぐない・木村友衛/細川たかしなど競作/浪花節だよ人生は・高橋真梨子/桃色吐息・安全地帯/ワインレッドの心・プリンス/パープル=レイン・マドンナ/ライク=ア=ヴァージン・ヴァン=ヘイレン/JUMP。
■ 本 :浅田彰/構造と力・ホイチョイ=プロダクション/見栄講座・小学館/日本大百科全書・平凡社/大百科事典。
■ことば:マル金マルビ・普通のおばさんに。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/18 でんでんむし蛇足の記1984)
 Apple IIやTRS-80にはさわったことがなかったが、PETを買った頃に創刊された「ASCII」などの記事で、Apple Lisa のことは知っていた。それとほぼ同等に近い機能の新しいコンピュータが安くなってAppleから出るというニュースは、よし出たら絶対買うぞと心待ちにさせた。
 ジョージ・オーウェルの「1984年」をもじって「1984年は“1984年”にはならない」という、全米で放映されたTV-CMの話題が日本にも伝わってくる。CMにジョージ・オーウェルとは!と、いやがうえにも期待は高まる。
 北米で産する小ぶりのリンゴ品種の名をとってMacintosh と名付けられた、これまでのマイコンとはまったく別の雰囲気をもった新製品は、1月のアメリカでの発売に続いて、4月に日本でも帝国ホテルで行なわれた発表会と同時に発売になったので、その場ですぐに購入を申し込んだ。当時は、販売代理店が数社あってそれらが皆発表会会場に詰めていたが、たまたまCanon販売から買う形になった。
 それまで何年かBASICマシンをいじってきていたが、初めてのMacintoshが届いたときには、まずその外箱のデザインに感嘆し、開けた箱の中から出てくる付属部品や正方形のマニュアルのセンスの良さに驚いた。
 そして、実際に起動させると、9インチモノクロのスタートアップ画面の中央にニコニコマック(と後にはそう呼ばれるようになる)の起動画面が出てくる。アイコン(これもそれまでほとんどの日本人が使ったことのない言葉だったが、イコン(聖像)からきているとわかってなるほどと思った。)というものが並ぶデスクトップ画面が開いて、標準バンドルされていたMacPaintやMacWriteをマウスで操作したときの感動は、今思い返してみても新鮮だ。
 それまでのコンピュータとは、まったく次元の異なるものが、目の前にあったのだった。それらについて書き始めると、これまたキリがなくなるが、アイコンやマウスやクリックや…といった現在のコンピュータの基本になっているユーザー・インターフェイスを初めて一般化した記念すべきものだった。が、ゼロックスのスターやPARC(パロアルト研究所)とジョブスの話なども、もうだいぶ知られているのでこのくらいにしておいて…。
 とにかく、今日まで30年を超えることになったでんでんむしのAppleやMacintoshとの関わりは、この年から始まったわけである。
 最初のマイコン、社長に直訴して会社で買ってもらったコモドールのPETと、自腹で買った初代128KのMacintoshは、ほぼ同じくらいの値段だった。
 その社長の体調がすぐれず、有馬での企画会議も間隔が開いていた。それがいつだったかは定かではないが、結果的に最後となる東京出張でやってきたときには、投宿していた九段のホテルに呼び出されて食事をともにし、そんな自らの病気についても語ってくれた。
 いささか元気がなさそうなのが気になったが、終始穏やかに仕事の話からカープの野球まで会話を交わし、うちの息子の受験にまで気にかけてくれた。おかげさまでWの理工にはなんとか受かることができましたというと、そうかそうかと我がことのように喜んでくれた。…と、書いてはみたものの、このあたりの時期が合格発表の前だったか後だったか、実は記憶がはっきりしない。いずれにしてもそんな話題が出たことは確かだ。
 そして、社長と直接に話をしたのは、それが最後となった。
 大阪本社の総務部次長からの電話で、突然の訃報を聞いた夜、あれこれ想いをめぐらせていると、自然に涙が溢れてきてとまらなくなった。
 1961年に採用試験で拾ってもらって始まった社長との縁は、四半世紀近くになろうかという前にしてぷっつりと切れ、そしてMacintoshユーザーとしてのその後が始まったのである。1984年は、でんでんむしにとっては非常に大きな意味を持っていた通過点だった。
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1983☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1983mark.jpg昭和58年 癸亥(みずのとい)
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◯米の中距離ミサイル配備に反対して、西独・英・伊・蘭の各地で20万人集会。
◯ウィリアムズバーグで第9回となる先進国首脳会議。
◯フィリピンの有力野党議員アキノ暗殺。反マルコス運動が激化、
◯乗客乗員269人の大韓航空機が、サハリン沖でソ連軍機に撃墜される。ソ連は領空侵犯と発表。
◯ビルマのラングーンで爆弾テロ。韓国閣僚4人を含む16人が死亡。
◯グレナダに米軍が侵攻。

◉中曽根首相が韓国訪問、全斗煥大統領と会談。総額40億ドルの経済協力と教科書問題に決着をつけ、「日韓新時代」を声明。
◉米の要請により政府が武器技術供与を決定。野党が武器輸出三原則に反すると抗議。
◉中曽根首相が訪米、レーガン大統領に「日米は運命共同体」と表明。4海峡封鎖・日本列島浮沈空母化発言が問題化。
◉ロッキード裁判丸紅ルートで田中元首相に受託収賄・外為法違反で懲役5年の求刑。野党が辞職勧告決議案を提出。
◉米原子力空母エンタープライズ15年ぶりに佐世保入港。世界最大の原子力空母カールビンソンも初寄港。
◉シーレーン防衛で日米共同作戦研究開始。
◉第10回統一地方選挙で、北海道と福岡で革新知事。
◉サラリーマン新党(代表・青木茂)結成。
◉社会党大会で石橋委員長・田辺書記長を選出。
◉ロッキード裁判丸紅ルートの田中被告に懲役4年・追徴金5億円の実刑判決。首相が自発的辞職を勧告。
◉米レーガン大統領が訪日。日本の市場開放と防衛努力を要請。
◉総選挙で自民250と前回の衆参同日選挙から34議席減。新自由クラブと連立で第2次中曽根内閣、官房長官藤波孝生。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。中川一郎。里見弴。武井武雄。井上光貞。小林秀雄。森永太平。渋谷天外。片岡千恵蔵。尾崎一雄。高垣眸。中村鴈治郎。中原淳一。伊藤久男。寺山修司。東畑精一。東 龍太郎。羽仁五郎。中村草田男。山本薩夫。小泉文夫。花登筺。堀内敬三。田村泰次郎。金栗四三。安岡正篤。武見太郎。ジョージ・キューカー。カレン・カーペンター。テネシー・ウィリアムズ。アーサー・ケストラー。ベニグノ・アキノ。ジョアン・ミロ。

◎佐々木七恵が東京国際女子マラソンで日本人として初優勝。
◎瀬古利彦が国内最高記録で東京マラソン優勝。福岡国際でも優勝。
◎国鉄が勤務時間内に入浴した組合員1174人に対し、初の減給など処分を通告。
◎中国自動車道が着工17年で全線開通。吹田=下関間542.7キロ。
◎秋田沖を震源とする日本海中部地震。津波でさらわれるなど104人死亡。
◎戸塚ヨットスクールのしごき教育で中学生ら5人が死亡行方不明、戸塚宏校長を逮捕。
◎熊本地裁八代支部、免田事件再審で死刑囚に初の無罪判決。
◎山陰地方に集中豪雨で、死者119人。
◎海上保安白書で、現在の海図より日本列島の位置が北西に470メートルずれていると指摘。
◎三宅島雄岳が21年ぶりの大噴火。溶岩琉で阿古地区の9割400戸を焼失。
◎国鉄の赤字ローカル線廃止第1号となった白糠線でさよなら列車運転。
◎千葉県浦安市に「東京ディズニーランド」開園。
◎旧立川基地に国営昭和記念公園が開園。
◎山形県蔵王温泉のホテルから出火、隣りの旅館など6棟全焼。スキー客ら11人が死亡。
◎東京青山に西友ストアが無印良品の専門店を開店。

◎糸井重里、林真理子など、コピーライターの活躍が注目を集める。
◎NHKテレビの「おしん」が最高視聴率62.9%を記録。翌年にシンガポールに輸出されたのをはじめ、4年間に18か国で放送される。
◎写真週刊誌「FOCUS」が法廷の田中被告の盗み撮り写真を掲載。
◎講談社「ViVi」、平凡社「Free」、集英社「LEE」など女性雑誌の創刊が相次ぐ。
◎パソコンの普及台数が100万台を突破。ワープロも普及し始める。
◎任天堂が「ファミリーコンピュータ」を発売。ファミコンブーム起こる。

■流 行:ファミコン。
■テレビ:世界まるごとHOWマッチ!!・全国高等学校クイズ選手権・オールナイトフジ・おしん・金曜日の妻たちへ・ふぞろいの林檎たち・スチュワーデス物語。
■邦 画:市川崑/細雪・小林正樹/東京裁判・大島渚/戦場のメリークリスマス・森崎東/時代屋の女房・今村昌平/楢山節考。
■洋 画:アラン=J=パクラ/ソフィーの選択・エイドリアン=ライン/フラッシュダンス・ウォルター=ヒル/48時間。
■ 歌 :ちあきなおみ/細川たかし/瀬川瑛子など競作/矢切の渡し・ALFEE/メリーアン・YMO/君に、胸キュン。・EPO/う、ふ、ふ、ふ、・村下孝蔵/初恋・欧陽菲菲/ラヴ=イズ=オーヴァー・RATS&STAR/め組のひと・原田知世/時をかける少女・大川栄策/さざんかの宿・梅沢富美男/夢芝居・山明生/日野美歌/箱崎晋一郎など競作/氷雨・五木ひろし&木の実ナナ/居酒屋・森昌子/越冬つばめ・柳ジョージ/ランナウェイ・麻倉未稀/What a Feeling・尾崎豊/15の夜・カルチャー=クラブ/君は完璧さ・マイケル=ジャクソン/今夜はビート=イット。
■ 本 :大江健三郎/新しいよ人眼ざめよ・唐十郎/佐川君からの手紙・赤川次郎/探偵物語・浅田彰/構造と力―記号論を超えて。
■ことば:愛人バンク・にゃんにゃん・おしん・フォーカス・リフォーム。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/14 でんでんむし蛇足の記1983)
 前年に公開された洋画では、でんでんむし的注目作がたくさん並んでいた。スピルバーグの「E.T.」は、もうこの頃になるとSFとかいう意識で見る人はほとんどいなかったのではないかと思うが、「ブレードランナー」となると、ちょっとついて行けないという人が増える。「トロン」に至っては、見たという人もあまり多くはないのではないか。アカデミー賞の審査でも、まともな映画扱いをされなかったというくらいだ。
 コンピュータ・グラフィックスを駆使し、ストーリーもコンピュータ内部の話というわけで、なかなかの意欲作であったが、やっぱり見せ所は初めてのCG駆使というくらいで一般受けはしない。けれども、この映画の題名は、後にまたまったく別な日本独自のOSの名前として、インパクトをもたらし、その一端にかかわっることになるという点で、印象深い。
 もうひとつ、前年には中国旅行にも出かけていた。これも社長の指示だったが、それには彼自身の個人的な想いが背景にあったからで、それをかみしめながら日本人と縁の深い大陸の町を歩いてきた。
 旅行自体は出版や仕事とは、直接的なかかわりはなく、北京・南京・上海を回ってきただけだが、この頃はもう外国人の旅行が解禁されて何年かは経っていた。ただ、まだ人民元は使えず、外国人旅行者には兌換券というもので、ずっと張り付いたガイドら(監視役?)に連れて行かれる決まった場所でしか使えなかった。 だが、まったく自由時間がなかったわけではないので、南京では昔絵はがきなどで見た覚えのある門のある城壁の上まで登ってみた。そこで出会った小さな女の子に日本からもっていった千代紙をあげたら、それをもってすっ飛んで近くにあるらしい家のほうに駆けて行った。家に帰った彼女は、どう親に報告したのだろう。
 南京のホテルには、アメリカの高校生?の一団も泊まっていたが、彼らが連れて行かれるのは当時すでにできていた南京事件の記念館のようなものだったはずだが、われわれが案内されたコースにそれは入っていなかった。
 考えてみれば、でんでんむしの海外旅行経験は、すべて会社から派遣されたヨーロッパとアメリカとこの中国とくらいだ。個人で海外旅行に行ったことがないのは、お金がないこともさることながら、それ以上に積極的に行きたいというモチベーションがないからだ。
 唯一、父が戦死したというソロモン諸島のブカ島には行ってみたいという気はあった。遺骨も帰ってこないので、今もそこの土になっているはずだ。が、そこはなかなか旅行者が行けない場所らしい。
 戦後70年となる2015年には、天皇陛下がパラオを戦没者慰霊のため訪問されることが決まっている。パラオからソロモンまではまたさらに南東に赤道を越えて3000キロも離れているのではあるが、それでせめていっしょに慰霊ということにさせてもらったほうがよかろうか。
 それにしても、でんでんむしの父のように、大勢の日本人が兵隊として赤道を越えたはるか南の島まで行って、そこで死ななければならなかったのだろうか。
 それを知りたいと思う。そう思っていろいろな本も読んでいるが、最近読み始めた鳥居民の「昭和二十年」(草思社文庫 全13巻)は、なかなかに興味深い。
 ともかく、外国よりもなによりも、日本国内に知らないところ行ったことのない地域や場所がたくさんあるのに、わざに海外まで行く気にならない。岬めぐりだって、まだまだ終わらないのに…。
 たとえば、同じ東京にいても、通勤途上で見る風景にしても、自分で歩いた線はほんの限られた、か細い線でしかなく、それもだいたいは同じ所をぐるぐる回っているだけだ。
 お茶の水から水道橋の間の車窓には、神田川の深い谷が切れ込み、その向こう側は台地になっている。そこには順天堂大学と東京医科歯科大学の大きな病院がふたつ並んでいるが、いつもその前の道を少なからぬ人がお茶の水橋を渡って行くのを眺めながら、不思議に思っていた。あの人たちは、みんながみんな病院へ行くわけではなかろう。いったいどこへ行くのだろう。
 会社が三崎町から本郷へ移転することになって、気がついてみれば、自分もその道を歩いているのだった。病院の間の坂道を登っていくと本郷通りと蔵前橋通りが始まり、こうしてこれまであまり知らなかった本郷台地と縁ができた。
 だが、実を言えば、でんでんむしのBASICの先生であった理工志望の息子が、前年もこの年もこの丘の上にある大学を受験していたので、その前からすでに何度かうろうろしてはいた。塾にも行ったことがなかった息子のほうは結局準備不足で本郷には縁がなかったが、でんでんむしのほうは、これから十何年か後にその台地の南片隅に棲息することになって、お茶の水橋で駿河台と本郷台地を結びながらくまなく歩き回ることになった。けれども、それも準備計画していたというわけでもない。
 人と土地、地域とのかかわり方も、偶然や成り行きがその行方を決めるとはいいながら、またおもしろいものだ。
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1982☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1982mark.jpg昭和57年 壬戌(みずのえいぬ)
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◯ポーランド問題でNATO外相会議が対ソ制裁宣言。
◯アルゼンチン軍がフォークランド諸島を占領。
◯西独で反核大行進。欧米各都市で反核運動。
◯イスラエル、シナイ半島をエジプトに返還。
◯英軍が、アルゼンチン軍を攻撃しフォークランドを奪回。
◯イスラエル、ベイルートを包囲。PLOの西ベイルート退去で合意成立後退去。
◯イスラエル軍によるパレスチナ難民キャンプ虐殺事件。
◯ソ連のブレジネフ書記長が死去。後任にアンドロポフ元KGB長官が就任。
◯ポーランド、ワレサ(議長)を釈放。
◯米、上院外交委員会が日本に対する防衛力増強決議案を可決。
◯韓国の金大中、米国へ出国。

◉日米安保協議委員会、極東有事研究に着手で合意。
◉東京地裁、ロッキード事件全日空ルートで若狭会長、渡辺元副社長らに執行猶予付き有罪判決。
◉政府が8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と決定。
◉鈴木首相は、従来の首相が「私人」としてきた靖国参拝について、公人か私人かの区別を明確にしない方針を示す。
◉反核・軍縮の「平和のための東京行動」。
◉215品目の関税率引き下げなど、政府が市場開放措置。
◉国連軍縮特別総会に向けた反核署名、国民運動推進連絡会議が2753万余人分を集めて国連事務総長に提出。
◉東京地裁、ロッキード事件全日空ルートの橋本元運輸相佐藤元運輸政務次官に有罪判決。
◉文部省の教科書検定が統制色を強め、中国への「侵略」を「進出」と変える。これに対し、中国政府が非難。
◉韓国政府も教科書の日本植民地支配の記述に抗議、是正を要求。
◉第3次臨調答申で、国鉄・電電・専売の三公社の分割民営化と省庁統廃合などを提言。
◉公職選挙法改正。参院全国区に拘束名簿式比例代表制度導入。
◉鈴木首相が中国・韓国などアジア諸国からの教科書批判に対し、政府の責任で是正することを決定。来日中の趙紫陽中国首相に説明。
◉派閥間の調整が不成立で、自民党総裁候補決定選挙。1位の中曽根康弘が組閣。官房長官後藤田正晴。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。北村寿夫。堀越二郎。三益愛子。志村喬。江利チエミ。衣笠貞之助。水原茂。大中寅二。西脇順三郎。池田弥三郎。坪田譲治。中田ダイマル。佐分利信。灰田勝彦。石本秀一。諸橋轍次。三波伸介。フィリップ・K・ディック。イングリッド・バーグマン。グレース・ケリー。グレン・グールド。マリオ・デル・モナコ。レオニード・ブレジネフ。アルトゥール・ルービンシュタイン。ロイ・ジェームス。

◎底引き網漁船第28あけぼの丸がベーリング海で転覆。死者32人。
◎東京永田町のホテルニュージャパンで火災。死者33人。防火設備の不備欠陥に非難。横井英樹社長逮捕。
◎日航福岡発羽田行きDC-8型機が羽田空港着陸寸前で海中に墜落。24人死亡、150人が負傷。機長の心身症が原因。
◎桂離宮の大修理が終了。
◎東北新幹線が盛岡まで開業。新潟への上越新幹線も開業。
◎教科書検定で「侵略」が「進出」と書き換えられ問題化。
◎右翼の妨害を恐れた島原市議会が日教組大会の開催に反対、ホテルで分散開催。
◎九州北西部、山口県などで豪雨被害。長崎市の死者不明者は299人に。重文の眼鏡橋も壊れる。
◎大型台風10号が、本州中部を横断、富士川鉄橋や中央自動車道に被害。80人が死亡・行方不明。
◎三越本店の“古代ペルシャ秘宝展”の展示物のほとんどが偽物と判明。
◎三越岡田茂社長を取締役会が解任。腹心の裏切りに「なぜだ!」。
◎三越岡田元社長と納入業者の竹久みちが脱税容疑で逮捕。元社長の特別背任容疑で再逮捕。
◎教科書検定で削除された日本軍の沖縄戦での住民虐殺の記述回復を求める決議案を沖縄県議会が採択。
◎北炭夕張炭鉱が閉山。
◎500円硬貨発行。
◎東京の葛飾・足立・江戸川の3区長が建設省に下水道整備促進を陳情。3区の普及率は25%、都内の平均は74%。
◎資生堂が「薬用不老林」を発売。他社からも新製品が続出し養毛剤ブームとなる。従来禁句とされていた表現がCMなどで使われ、この年から“ハゲ”のマイナスイメージが転換し養毛剤もネアカ商品に。
◎学校側の要請で、卒業式に警官を派遣した中学・高校は、全国で1528校。
◎ユニチャームの使い捨ておむつ「ムーニー」が大ヒット。前年比20.6倍の売上げに。

◎東京浅草の国際劇場、SKD公演を最後に閉館。
◎「岩波ブックレット」、「新潮45+」、「大活字本」刊行。
◎3.10に9惑星が太陽から見て95どの角度内に納まる惑星大直列を1050年ぶりに観測。
◎電電公社がカード式公衆電話を設置を開始。テレホンカード利用開始。
◎電電公社がわが国初の携帯用文書作成機を開発。(ワープロ)
◎東京地裁、コンピュータ・プログラムも著作権法で保護される著作物と判決。
◎第一勧銀がパーソナル・コンピュータを使った家計・ローンの相談サービスを開始。

■流 行:国鉄のフルムーン・エアロビクス・ゲートボール・テレカ・養毛剤。
■テレビ:笑っていいとも!。
■邦 画:深作欣二/蒲田行進曲・大林宣彦/転校生。
■洋 画:スティーブン=リズバーガー/トロン・スティーヴン=スピルバーグ/E.T.・テッド=コッチェフ/ランボー・クリント=イーストウッド/ファイヤーフォックス・ヒュー=ハドソン/炎のランナー・ジャミー=ユイス/ミラクル=ワールド ブッシュマン・リドリー=スコット/ブレードランナー
■ 歌 :細川たかし/北酒場・あみん/待つわ・岩崎宏美/聖母たちのララバイ・松田聖子/赤いスイートピー・渚のバルコニー・中森明菜/少女A・山下久美子/赤道小町ドキッ・一風堂/すみれ September Love・シュガー/ウエディング=ベル・上田正樹/悲しい色やね・オフコース/YES-YES-YES・わらべ/めだかの兄妹・研ナオコ/夏をあきらめて・三好鉄生/涙をふいて・高樹澪/ダンスはうまく踊れない。
■ 本 :鈴木健二/気くばりのすすめ・穂積隆信/積木くずし・江本孟紀/プロ野球を10倍楽しく見る方法・小学館/日本国憲法。
■ことば:んちゃ・るんるん・ネクラ・ネアカ・心身症・逆噴射。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/10 でんでんむし蛇足の記1982)
 あれはお前さんの言うとおりだったなあ…。そんなふうに社長が述懐したのは、江本孟紀の本がベストセラーになって騒がれたときだった。実はその前から、テレビ野球を観戦するためのガイドブックを出したらどうかという提案をしていたのだが、いまひとつピンとこなかったらしく、時期尚早と見送りになっていた経緯があったからだ。
 だが、考えただけでは企画とも言えず、実現しなければ、意味もない。
 ビジネス書からジャンルを広げて一般書へも挑戦していくという社長の意思は、数学分野での小さな成功の積み重ねで徐々に確かになっていったようだ。数学の苦手なでんでんむしも、数学のおもしろさはわかる。そういうレベルで出した雑学本的なものが売れて、今度はもう少し突っ込んだものもやろう。営業がもってきたのは微分積分の本を出して欲しいという注文だった。なんで微積なの?とそのことはちょっと意外だったが、なるほどデータをみるとこれがよく売れている。といっても、当時は数学のやさしい本もなく、講談社のブルーバックスを指標にするくらいだったが、そこに読者のニーズがあることがわかった。これも数学の専門書ではなく、うち流にもっとくだいてやろう。
 するとこれがまた、ビジネスマン以外の読者層にもよく売れていた。今でこそ、微積の入門書はたくさん出ているが、その最初はこの本がだったろう。これに気をよくして、営業からはもっと理工関係の入門書を増やしてくれと言う。
 確かに、理工書は専門の版元があり、ポッと出の出版社がちょっとくらいつついても、うまくはいかないだろうが、入門の本レベルであれば、なんとでもやりようがある。そう考えて数学や計算、電気の基礎知識に関する本などを次々に企画して出していた。
 しかし、版元が自分の枠を越えて異分野に進出するのはなかなかむずかしい。点数も本線のビジネス書が主流で、その合間にやる入門理工書は出す点数も限られるから、どうしても余技の域を出ない。理工書は、むずかしい専門的なテーマでも、これを素人でもわかるようにという手法がまだ成り立ったから、多少はなんとかなった。けれども、一般書となるとまた別だ…。
 漢字の本を出すようにというのは、社長から出たアイデアだった。そうか、そういう分野に手を広げてもいいのか。そこで、これを手始めに一般書に近いものは新書判でスタイルを変えてやることにした。この本も漢字が楽しくなるようなごく肩の凝らないものだったが、読者からの反響も大きくあって版を重ねることができた。社長のためにも、これはおおいに喜ばしいことだった。
 この年の年表資料には、「電電公社がわが国初の携帯用文書作成機を開発。(ワープロ)」という項目があったので、そのままあげておいた。これが具体的にどういうものだったか、記憶が定かではない。
 けれども、日本語が使えて漢字が扱えるワープロというものが世の中に現れてきた最初は、1978年発表の東芝の日本語ワードプロセッサJW-10であったはずだ。ただ、これは価格が600万円を超えていた。ペンタッチのシャープ書院とかもあったが、1980年に富士通が発表した「日本語電子タイプライタ OASYS 100」あたりから徐々に本格化し一般化していく。
 富士通は、この新製品開発に当たって、名前の公募などまでやっていたような気がする。このときから親指シフトを備え、長い間ワープロといえばこの人というくらい、当時開発技術部長だった神田泰典氏が、あちこちに登場していた。神田氏にも会いに行ったことがあるが、そのときは執筆依頼が実現せず、OASYSとも縁がなくて、でんでんむしが初めてワープロを使ってみたのは、価格が初めて100万円くらいまで下がったときに日立のワープロを会社で導入したときだった。
 あれも、この年くらいのことではなかっただろうか。
 素人のくせに知りたがり屋のでんでんむしは、BASICで遊んでいるうちに、マイコンとマイコンをつないでデータをやりとりすることができるのではないかと考えた。
 マイコンにはRS232Cポートというものがついている。これを使えばいいんじゃないか。音響カプラというものもでてきて、電話の受話器をこれに置けば電話回線を使った通信もできる…。その方法は、もっとみんなが知りたいことじゃなかろうか。
 そう考えて、最初にマイコンの本を書いてもらった防大の先生を研究室に訪ねた。すると、先生の研究室では部屋中にケーブルが張り巡らせてあって、マイコンがつながっている。
 これだ!、これを取材して書かせてくださいとお願いして、日本で初めて(のはずである)のマイコンをつないでデータをやりとりする方法の本を出した。
 その検証を全部編集部でやらせることにして、これはなかなかおもしろかった。ケーブルなど必要な材料も、編集担当者に秋葉原まで買いに行かせ、ビルの窓からケーブルをたらして下の階にあるマイコンとつなぐ。
 BASICで簡単なプログラムを書いて、片方のマイコンのキーボードから「A」と入力すると、もう片方の画面に「A」という文字が現れる…!
 高柳健次郎の「イ」にも匹敵する…というようなたいしたことでは、もちろんないのだが…。音響カプラで、自宅と会社を電話でつなぐ実験もやってみたが、これも成功した。やっぱり、マイコンはひとつだけではなく、つながって意味がある…。
 日立のワープロにもRS232Cポートがついていた。これを活用できれば、日本語のやりとりもできるはずだ。そう言って、メーカーに掛けあってみたりしたが、漢字コードは公開できないとか何とかでまったく話が通じなかった。
 「パソコン通信」とかいう言葉が登場するのは、まだ何年も先の話だったので、ちょっと先走り過ぎの企画だったのかもしれない。本の売れ行きも、そこそこという程度で、あまり大きくは広がらなかったが、マニアックな人の間では評判がよかったらしい。
 後に、1980年代後半になってパソコン通信ブームが起こった頃、関連の仕事をしている出会った何人かの人から、「あの本、わたしも買って読みましたよ」と言われて、とてもうれしかったという記憶がある。
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1981☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1981mark.jpg昭和56年 辛酉(かのととり)
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◯エルサルバドルで内戦激化。
◯イラン、米大使館人質444日ぶりに解放。
◯中国四人組の裁判で、江青らに死刑判決。
◯ポーランド、ヤルゼルスキー国防相が首相に。
◯米下院に日本車の輸入制限法案が提出される。
◯EC首脳会議で対日貿易摩擦を討議。
◯仏大統領選でミッテランが当選。
◯中国共産党が文化大革命を批判的に総括。
◯レーガン米大統領が中性子爆弾の製造再開を許可。
◯エジプト、サダト大統領が暗殺される。ムバラクが後任。
◯ポーランドに戒厳令。ワレサ「連帯」議長を軟禁。
◯オタワの先進国首脳会議で、ソ連の「脅威」について議論。

◉政府が2月7日を「北方領土の日」と決定。
◉鈴木首相がASEAN5か国訪問。フィリピンに420億円の円借款インドネシアに189億円を追加資金供与などを約束。
◉民社党佐々木委員長が「自衛隊合憲確認のための国民会議」を提唱。
◉国鉄経営再建特別措置法施行令を公布。赤字ローカル線77路線の廃止。
◉土光会長の臨時行政調査会が初会合。第1次で「小さな政府」を答申。
◉対米乗用車輸出自主規制、168万台で合意。
◉鈴木首相訪米。レーガン大統領と共同声明で日米「同盟関係」を謳う。
◉「同盟関係」には、軍事的側面は含まないと外交当局との間で軋轢に。
◉伊東外相と高島外務次官が責任を取り辞任。
◉飛鳥田社会党委員長、社公合意について事実上の凍結宣言。
◉新自由クラブと社会民主連合が衆議院に統一会派を結成。
◉鈴木首相、租税特別措置法の見直しなど増税を示唆。財界反発。
◉中道4党の幹事長書記長会談で合同の国会対策委員会設置など検討。
◉中国残留日本人孤児、初の正式来日。47人のうち26人の身元が判明。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。前尾繁三郎。福原麟太郎。谷内六郎。宮本常一。市川房枝。蜷川虎三。荒畑寒村。出光佐三。堀口大學。佐伯孝夫。水戸光子。五所平之助。大塚博堂。吉野源三郎。水原秋桜子。神近市子。向田邦子。湯川秀樹。石井光次郎。西尾末広。十河信二。伴淳三郎。芥川比呂志。小林勇。田辺茂一。横溝正史。ビル・ヘイリー。ルネ・クレール。ボブ・マーリー。宋慶齢。ウィリアム・ワイラー。カール・ベーム。ウィリアム・ホールデン。ナタリー・ウッド。

◎ローマ法王、マザー・テレサ、ワレサ「連帯」議長がそれぞれ来日。
◎「サヨナラ日劇」フェスティバル閉幕。日劇は48年の歴史に幕。
◎台湾で旅客機が墜落。向田邦子ら日本人18人も死亡。
◎三和銀行茨木支店の女子行員が、1億3000万円をオンライン悪用詐取。マニラで逮捕。
◎北炭夕張新鉱でガス突出事故。救援隊の10人を含む93人が死亡。火災発生で59遺体を収容できず注水。
◎ロッキード裁判丸紅ルート公判で榎本被告の元妻が、被告が5億円受領を認める発言をしていたと証言。「蜂の一刺し」発言。
◎食糧管理法改正、29年続いた米穀通帳が廃止される。
◎秋田市が空き瓶空き缶の改修事業を開始。京都市議会も初の空き缶条例を可決。全国で空き缶空き瓶の散乱と再資源化が問題に。
◎大蔵省が紙幣の全面デザイン変更。1万円札が福沢諭吉、5000円札が新渡戸稲造、1000円札は夏目漱石に。
◎宅配便の扱い量が1億個。郵便小包を抜く。
◎昭和55年の企業倒産件数が1万8212件で過去最高。
◎鳥取県の皆生温泉でわが国初のトライアスロン大会を開催。
◎東京銀座の昭和通りでトラック運転手が1億円入りの風呂敷包みを拾得。持ち主現れず、拾得者の所有に。
◎神戸の博覧会「ポートピア'81」開幕。
◎神戸市にわが国初となる新交通システム「ポートライナー」開通。

◎京大福井謙一教授が、フロンティア電子理論によってノーベル化学賞。
◎レコード大手13社が貸しレコード店など4社を著作権侵害で提訴。
◎山階鳥類研究所が沖縄本島山原8やんばる)地区で国内では62年ぶりとなる新種の鳥を発見。「ヤンバルクイナ」と命名。翌年天然記念物に指定。
◎教育社「ニュートン」創刊。科学誌ブームの先がけ。
◎常用漢字1945字を決定。昭和21年の制定以来、35年ぶりに改定。
◎奈良県明日香村の水落遺跡から、漏刻台の遺構を発見。
◎大型実用静止気象衛星、「ひまわり2号」初の自力打ち上げに成功。
◎東京神田の三省堂書店が改築開店。

■流 行:ノーパン喫茶・なめネコ・アラレちゃんなどのキャラクター玩具。
■テレビ:クイズ面白ゼミナール・北の国から・おれたちひょうきん族・放送回数6417回の『スター千一夜』が22年半の歴史に幕。
■邦 画:齋藤貞郎/子どものころ戦争があった・富野喜幸/機動戦士ガンダム・小栗康平/泥の河・相米慎二/セーラー服と機関銃。
■洋 画:デヴィッド=リンチ/エレファント=マン・フォルカー=シュレンドルフ/ブリキの太鼓・アンジェイ=ワイダ/約束の土地・スティーヴン=スピルバーグ/レイダース=失われたアーク《聖櫃》。
■ 歌 :寺尾聰/ルビーの指環・近藤真彦/ギンギラギンにさりげなく・松田聖子/風立ちぬ・竜鉄也/奥飛騨慕情・五輪真弓/恋人よ・山本譲二/みちのくひとり旅・都はるみ/大阪しぐれ・松任谷由実/守ってあげたい・松村和子/帰ってこいよ・西田敏行/もしもピアノが弾けたなら・杉田かおる/鳥の詩』南佳孝/スローなブギにしてくれ・中島みゆき/ひとり上手・矢野顕子/春咲小紅・薬師丸ひろ子/セーラー服と機関銃・来生たかお/夢の途中・石川ひとみ/まちぶせ・チャゲ&飛鳥/万里の河。
■ 本 :井上ひさし/吉里吉里人・黒柳徹子/窓ぎわのトットちゃん・田中康夫/なんとなく、クリスタル・安岡章太郎/流離潭・青島幸男/人間万事塞翁が丙午。
■ことば:校内暴力・ハチの一刺し・なめんなよ・ブリッ子・クリスタル・熟年。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/06 でんでんむし蛇足の記1981)
 BASICマシンが出たときに、“マイコンで株”というのが宣伝に使われた。自分で株価を入力していけば、ローソク足を描いてくれるというので、この手のソフトもいくつか出た。けれども、BASICで会社の実務に使えるプログラムをつくるのは大変である。
 そこへ登場したのがPIPS IIという、コマンドを組み合わせて、ある程度実用的な事務処理ができるようにしたシステムで、SORDといういまでいうベンチャー企業が売り出した。試しに使ってみたら、なるほどこれはこれでおもしろい。
 SORDの商売は、後にAppleがやることになるハードとソフトをセットで売る方式なので、会社でも一台入れて、実際に編集の事務的業務に使えるようにやってみた。本も出したりして、社長とも会ったりしていたが、結果的にはあまり一般的に広がらず、長続きしなかった。PIPS自体はその後もCP/M版やDOS版からWindows版まで、なんとか命脈は保ってはいたらしいが、そこまではおつきあいできなかった。
 1981年の夏には、アメリカではIBM PCが発表された。やはり、IBMが動くのとベンチャーがやるのとでは影響力がまったく違う。これの普及によって、Personal Computerもいよいよ実用の世界に入っていくことになるが、それはまだアメリカでの話。
 日本では、漢字が使えないと、やはり実用にはならない。それでも日立・シャープ・日本電気・沖・三菱・東芝・富士通・そしてソニー…と各電機メーカーがこぞってBASICマシンを出していた時代があった。雑誌も何種類も出ていて、それに載っていた広告や、ショウなどで配布されるパンフレットでは、各社がそれぞれに若い女性タレントを起用して宣伝にこれ努めていた。比較的後発だったソニーは松田聖子、富士通はなぜかタモリだった。それも今ではとても信じられないような時代であった、と言えるだろう。
 コンピュータももちろん素人のでんでんむしには、技術的なことなど詳しいことはさっぱりわからないのだが、ひょっとしたらこの時期に、将来の日の丸コンピュータを見据えた政策と企業マインドを合致させる可能性はあったのではないか、と今でも思うことがある。夢に過ぎない、といえばそれもあたっていよう。だが、この時期に夢見る日本人が、ひとりもこの世界に現れなかったことが、将来ともに情報機器分野でも完全にアメリカの支配下におかれることになってしまうのだ。これは素人の夢であった。
 価格も、だんだん安くなり、個人でコモドール・ジャパンのVIC-1001やHPのハンドヘルド機、そして最後には16ビットでカラー画面の富士通のFM-Vを買ったりして、あいかわらず遊んでいた。そういう状況がこれからまだ数年続くのだ。
 ビジネス書だけでなく、もっと多くの読者を引きつけられるような企画を、いろいろ考えなくてはならないが、やはり借り物や付け焼き刃ではうまくはいかない。自分自身のニーズを拡大して、またそれを絞り込み、普遍化する…。そういう作業が必要であった。
 いわゆる自己啓発書の分野でも、従来にない新しい切り口でノウハウを提供するという試み、たとえば人脈とか根回しとか…の本もなんとか成功した。会社のつくりかたの本も売れたが、朝日の広告で効果があるはずの、もっと一般書に寄った分野の企画が必要だろうと考えていた。
 それとても、自分でも興味があるところを、うまくピックアップしていかなければ売れる本にはならないだろう。
 そこで、地図がある。だが、これもまともに考えたのではごくマニアックな狭い本にしかならない。そういうのもあるが、ここはもう少し広げていきたい。ビジネスマンの一般常識科目としては、グローバル化という言葉はまだその頃にはなくて、せいぜいが国際化だったが、それがどんどん進もうというなか、世界情勢を知るネタを世界地図から拾ってみる、というのはどうだろうか。世界地図から、世界を知ろうというわけである。
 特別な発想ではないが、まだそういう本はどこからも出ていない。
 たまたま会員制の情報誌を出していた人がいたので、この人ならとアタリをつけて会いに行った。このケースも、著者とのノリもよくてたいした齟齬もなく原稿ができ、出してみるとこれがまたよく売れた。
 今でこそ、地図からなんとかといった類いの本はごまんと出ているが、この本はその先鞭をつけたとも言えるのではないか。
 世界地図があれば日本地図もある。それも当然考えていたが、そちらのほうは著者とのノリが悪くて、結局実現しなかった。
 編集者の苦労は、企画は考えても自分で書くわけではないから、それに関心があり書く力がある著者をいかに見つけてきてうまく実現させるかにかかっている。その点、企画も著者任せの編集にはない苦労が、「創作出版」にはよけいにあるのだ。
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1980☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1980mark.jpg昭和55年 庚申(かのえさる)
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◯米カーター大統領がソ連のアフガニスタン侵攻に対し、穀物輸出制限。
◯米、モスクワ五輪のボイコットを提唱。
◯胡耀邦が中国共産党総書記に就任。劉少奇が名誉回復。
◯米がイランの駐米大使館の人質救出作戦に失敗。
◯ユーゴスラビアのチトー大統領死去。
◯韓国全土に非常戒厳令。光州市のデモ隊を戒厳軍が鎮圧。
◯モスクワオリンピック開催。米・日・西独・中国などが不参加。
◯ポーランドのグダニスクで造船労働者のスト。自主労組「連帯」を結成。
◯韓国、全斗煥大統領が就任。
◯イラン・イラク戦争勃発。
◯米、レーガン大統領が就任。

◉社会党・公明党が連合政権構想で正式合意。
◉共産党が社・公合意を批判。社共対決。
◉自民党の浜田幸一議員、ラスベガス賭博疑惑発覚。議員辞職。
◉社会党が提出した、内閣不信任案に自民党非主流派が欠席で可決。
◉大平首相が急死。首相代理伊東正義。
◉衆参同日選挙の結果、自民党の圧勝に終わる。
◉鈴木善幸内閣誕生。外相に伊東正義。
◉鈴木内閣の閣僚18人が、いっせいに靖国神社参拝。
◉公明・民社・社民連・新自クの中道4党の首脳が、野党混迷状況の打破について会談。
◉政府が「閣僚の靖国神社公式参拝は憲法20条との関係で問題がある」との答弁書。閣内から反発。
◉ECとの貿易摩擦問題について、外相が豪雨型輸出回避に努めると声明。
◉防衛首脳の定期協議で、日本の防衛力増強を米が強く要請。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。江崎利一。新田次郎。大屋晋三。伊藤雄之助。梅根悟。五味康祐。吉川幸次郎。中山伊知郎。土岐善麿。大内兵衛。東山千栄子。沢田美喜。大平正芳。早川徳次。江上トミ。林家三平。河上徹太郎。嵐寛寿郎。越路吹雪。梅田晴夫。ジャン=ポール・サルトル。アルフレッド・ヒッチコック。スティーブ・マックイーン。ジョン・レノン。カーネル・サンダース。マーシャル・マクルーハン。

◎家元制度に反対する前衛舞踊家が国立劇場で家元花柳寿輔に刃傷。
◎山口百恵の婚約発表。引退へ。
◎京都の冷泉家が藤原定家の「明月記」など秘蔵の古文書を公開。
◎トラック運転手が銀座で現金1億円入りの風呂敷包みを拾得し届け出。時効までに所有者が現れず所有者となる。
◎「イエスの方舟」の教祖逮捕。(女性多数と2年にわたる集団失踪事件)
◎牛丼の吉野家が倒産。
◎富士山砂走りの登山道で落石。死者12人。
◎国鉄静岡駅地下街でガス爆発事故。死者14人。
◎30年間行方が不明だった元共産党政治局員伊藤律が北京から帰国。
◎奈良東大寺大仏殿の昭和の大修理が完了し、落慶法要。
◎長嶋茂雄読売監督が辞任。王貞治が引退し助監督に就任。
◎栃木県川治温泉の川治プリンスホテルが全焼。45人死亡。
◎2浪中の予備校生が川崎市内の自宅で両親を金属バットで撲殺。
◎米セントへレンズ火山が大噴火。噴煙が北半球に拡散。日本では明治38年以来の記録的冷夏に。
◎東陶が「ウォシュレット」を発売。
◎日本の自動車の生産台数が初めて1000万台を超え世界一に。
◎大和運輸の宅急便の荷扱い量が急増。(昭和51年に170万個→55年には3300万個)一方で国鉄の小荷物は49年7600万個→55年3900万個と半減。
◎東京で「ぼけ老人を支える家族の会」発足。

◎富士通が日本語電子タイプライタを発表。
 
■流 行:ルービックキューブ・漫才ブーム。
■テレビ:シルクロード・クイズ番組。
■邦 画:熊井啓/天平の甍・黒澤明/影武者・鈴木清順/ツィゴイネルワイゼン。
■洋 画:地獄の黙示録・クレイマークレイマー。
■ 歌 :もんた&ブラザーズ/ダンシング・オールナイト・クリスタルキング/大都会・ロス・インディオス&シルビア/別れても好きな人・オフコース/さよなら・シャネルズ/ランナウェイ・松田聖子/青い珊瑚礁・谷村新司/昴・竹内まりや/不思議なピーチパイ・ジューシー・フルーツ/ジェニーはご機嫌ななめ・五輪真弓/恋人よ・八神純子/パープルタウン・山口百恵/さよならの向う側・沢田研二/TOKIO・八代亜紀/雨の慕情・都はるみ/大阪しぐれ・RCサクセション/雨上がりの夜空に・北島三郎/風雪ながれ旅・川中美幸/ふたり酒・松村和子/帰ってこいよ・チャゲ&飛鳥/万里の河。
■ 本 :向田邦子/思い出トランプ・山口百恵/蒼い時・大岡信/折々のうた。
■ことば:それなりに・カラスの勝手でしょ・ビニ本。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/03/02 でんでんむし蛇足の記1980)
 五年前に購入して当初観音崎に置いていたヨットは、三浦半島の西海岸の秋谷に一時期置いていた。仕事が忙しくて、乗る時間もそうそう取ることができなかったが、より近くて浜から出し入れに便利な森戸海岸に移した。これもただ海岸に転がしておくことはできないので、ちゃんと置き場を確保しなければならない。
 まだ裕次郎灯台などというものができる前の森戸の海では、地元の漁師さんの浜小屋に置かせてもらうことができたが、この頃になると、マストを立て帆を上げて帆走することよりも、オールで漕ぎだして五目釣りを楽しむことのほうが主になっていた。森戸神社の沖にある名島という岩島の周辺では、ベラやキスが釣れるくらいで、まったくの遊びだったが、その時間は貴重で、その効果もいつまでも持続できる。人様に言える道楽といえば、それくらいのことだった。
 仕事では、新刊の点数や目標となる売上高のハードルは年々高くなっていた。制作は各編集長ごとに責任分野を決めて、役員になってからは、企画専従度をできるだけ高めたいと思っていた。もともと「三角の本」などということを考える社長は、単行本の企画業務にもできるだけ関わりたいようであった。自身は大阪の本社にいて、書籍部門は東京にある。そこで、その橋渡し、つなぎ役をやらされることになるのも、自然な成り行きであっただろう。
 3か月に一度くらいの割合で、社長と二人だけで有馬温泉に二泊か三泊くらいこもって、企画の検討だけをすることになった。企画を決めるのにそんなに時間はかからんじゃろと思われるだろうが、社長にしてみれば、その時間こそが書籍部門のすべてを考えるために必要な時間であった。秘書に全商品の売れ行きの実績数字を独自に記録させた資料をもっていて、それをめくりながら、この本はどうして売れないのか、これはなぜ売れたのか、自分で納得のいくまでチェックしながら、新企画も審議する。
 そのためには、事前に編集部員からの提案企画も集めて、自分がやりたい企画と会社として出すべき本の企画を考えて、リストアップして資料を整えておかなければならない。
 二人だけのやりとりだから、気も張るし疲れるが、企画を考えながら検討していくという作業は、結果的には実りも大きかった。このような態勢で企画を決定していくという方法は、社長が体調を崩すことになるまで数年間続いた。
 この間、多くのユニーク企画を決めることができたし、そのなかから多くの読者の支持を得た本もたくさん生まれた。ビジネス書の枠をできるだけ広げていくという作業も、マンツーマンで忌憚のない意見交換をする過程で、トップの理解を得ながら進めることができた。朝日全五の書籍広告を続けていくにもふさわしい商品のラインの積み重ねが、そうしてできていった。
 社長自身も、企画を考えるのを楽しんでいたようで、自分でも手帳にメモしていたアイデアを披露したりする。そのアイデアもできるだけ本になるように話をうまく膨らましたり、まとめたりする。そうしてできた本のなかでも売れるものがある。
 こういう企画まで踏み出してよいのかどうか、方針の確認もできて、こちらとしても都合がよいこともあった。
 漢字の本をやろうというのは、社長が言い出したことだし、仏教入門書として主要なお経を知ることができるような本を出したいというと、それもOKしてくれた。それだけでなく、それならいろんなお経をやるのではなく、やるなら般若心経だけにしてやったほうがよい、などと言う。ちょっと狙いは変わってしまうのだが、まあそれでもよかろうとやってみると、これがまた非常によく売れたりした。
 そんな日の夕食の席で、「なあ、書籍の出版というのはおもしろいなあ。ワシもほかのことはしなくて済めば、こればっかりやっていたいくらいだが…」と洩らしたのは、本音だったのだろう。
 そんな社長の、出版人らしい気分を少しは味わうことができたのであろう時間を一緒させてもらって、いい孝行ができたのではないかと、後になって思ったものだ。
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1979☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1979mark.jpg昭和54年 己未(つちのとひつじ)
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◯米中国交回復。台湾とは断交。
◯カンボジアのポルポト政権崩壊。ベトナムの支援によりヘンサムリン政権。
◯ホメイニ師主導によるイラン革命。
◯エジプトとイスラエルが平和条約に調印。
◯米スリーマイル島原発で放射能漏れ事故。
◯英総選挙で保守党が勝利、サッチャー政権が誕生。
◯米ソが第2次戦略兵器制限条約(SALT2)に調印。
◯西独、ナチスを含む殺人罪の時効を撤廃。
◯韓国釜山で反政府暴動。
◯朴大統領が暗殺される。
◯イランで学生が米大使館を占拠。
◯韓国、粛軍クーデター。
◯ソ連、アフガニスタンに侵攻。

◉国際石油資本が対日原油供給の削減を通告。(第2次石油ショック)
◉統一地方選挙で「地方の時代」のフレーズが氾濫。
◉第5回先進国首脳会議が、東京で開催。各国別の石油輸入抑制目標を決めた東京宣言。
◉第35回総選挙。自民248、社会107、公明57、共産39、民社35、新自ク4、社民連2、無所属19で、自民「安定多数」に届かず。
◉宮本共産党委員長が社会党の右傾化を批判。
◉飛鳥田社会党委員長、全野党共闘を維持しつつ社公中軸志向を表明。
◉竹入公明・佐々木民社の両委員長が中道政権構想協議会の発足を決定。
◉東条英機などA級戦犯14人が、ひそかに靖国神社に合祀されていたことが判明。
◉大蔵省が土地取得融資の自粛を金融機関に要請。
◉政府が省エネ運動。ノーネクタイを提唱。半袖スーツの省エネルックは売れず。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。大田黒元雄。保利茂。成田知巳。藤浦洸。近藤日出造。安藝ノ海節男。小畑実。蕗谷虹児。巌本真理。藤本真澄。大下弘。荒正人。中島健蔵。朝永振一郎。猪俣勝人。瀬田貞二。中野重治。竹鶴政孝。石田退三。椎名悦三郎。初代水谷八重子。平櫛 田中。初代引田天功。ニーノ・ロータ。朴正煕。

◎東京で第1回国際女子マラソン開催。(公式フルマラソン)
◎初の国公立大学共通1次試験実施。
◎奈良田原町で、太安万侶の墓誌が発見される。
◎江川卓が阪神入団の即日に小林繁とトレードで読売へ移籍。(コミッショナー要望)世論が沸騰する。(“江川る”の新語も)
◎ビル暖房は19度以下にするなど、石油消費削減対策を政府が発表。
◎ECの対日基本文書で「ウサギ小屋に住む働ききちがい」と日本人を表現していることが判明。
◎ガソリンスタンドも日曜祝日の全面休業。
◎環境庁のカラ出張が問題に、郵政省や総理府でも。
◎木曽の御岳山が初の噴火。
◎ソニーがヘッドフォンステレオ「ウオークマン」発売。
◎スギ花粉症患者が友の会を結成。
◎松下電子が真空管の製造を中止し、日本での生産はなくなる。(IC時代へ)
◎喫茶店のインベーダーゲームが全国で28万台
◎日本電気がパーソナルコンピュータPC8001を発売。?
◎滋賀県議会が琵琶湖富栄養化防止条例を可決。
◎ティッシュペーパーの生産量がチリ紙を上回る。

■流 行:天中殺・激写。
■テレビ:3年B組金八先生・必殺仕事人・西部警察・ズームイン!!朝!。
■邦 画:今村昌平/復讐するは我にあり・りんたろう/銀河鉄道999。
■洋 画:マイケル=チミノ/ディアハンター・フランシス=コッポラ/地獄の黙示録。
■ 歌 :渥美二郎/夢追い酒・ジュディ・オング/魅せられて・さだまさし/関白宣言・八代亜紀/舟唄西城秀樹/YOUNG MAN (Y.M.C.A.)・小林幸子/おもいで酒・サザンオールスターズ/いとしのエリー・甲斐バンド/HERO・海援隊/贈る言葉・松坂慶子/愛の水中花・沢田研二/カサブランカ・ダンディ・ゴダイゴ/銀河鉄道999・アリス/チャンピオン・千昌夫/北国の春・BORO/大阪で生まれた女・オフコース/愛を止めないで・円広志/夢想花・牧村三枝子/みちづれ・チューリップ/虹とスニーカーの頃・久保田早紀/異邦人。
■ 本 :加賀乙彦/宣告・五木寛之/四季=奈津子・和泉宗章/天中殺入門・エズラ=F=ヴォーゲル/ジャパン=アズ=ナンバーワン・講談社/昭和万葉集。
■ことば:ナウい・ダさい・ウサギ小屋。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/26 でんでんむし蛇足の記1979)
 今となっては正確な日付がわからないのだが、ある研究所を訪問してコモドールのPETと初めて出会ったのは、この前年1978年の秋頃だったろうか。一目見るなり、「これだ!」と思ったのは、デモ用に画面に描かれていた縦棒グラフに惹かれたのかもしれない。こんなことができる機械こそ、自分が中学生の頃からぼんやりと夢にみ、そろばん実務に音を上げながら待ち望んでいたものであり、これからのビジネス業務を大きく変えるのではないか。そう直感した。
 輸入品で当時のお金で80万円を超えていたので、とても個人では買えない。理由やらなにやら説明して、それをわかってもらうのはむずかしい。まして社内稟議して物品購入の手続きを踏んでいては、とても買えない。そこで一計を案じた。「とにかく、何も言わずに80万円わたしにください!」と社長に直訴したのだ。社長がえらいと思ったのは、ほんとうに何も言わず何も聞かず、それを承知してくれたことだ。
 そんなことが社長に言えたのも、この年から取締役の端くれに加えられ、役員会などなにかと社長と直接話ができる機会も増えていたからだ。
 コモドールのPET 2001の「PET」は、Personal Electronic Transactor(個人用電子実行機)の略で、パーソナルコンピュータとしては世界初のものとされている。カナダやアメリカの教育市場でよく売れたらしい。
 キーボードは四角いマス目になっていて、その横にカセットレコーダが組み込まれていて、モノクロディスプレイの黒い画面には40桁×25行でキャラクタが薄い青文字で表示。全体が鉄製のカバーですっぽりと覆われていて、まるで“白いダースベーダー”のような格好をしていた。
 OSは Commodore BASIC であったから、まずはBASICの勉強から始めなければならない。「トラ技」の定期購読者で、秋葉原へ行って部品を買ってきてテレビでピンポンゲームを作ったりしていた中学生の息子に、コマンドを教わりながら、創刊された「ASCCII」にまるまるその画面が掲載されていたプログラムを写しながら入力して、カセットテープに記憶させる。
 そんな作業を繰り返しながら、なんとか BASICによるプログラムづくりを覚えていった。
 コンピュータというものがぼつぼつ一般に意識されるようになってきた1979年はそのようにして始まり、初めてのコンピュータ入門書も出した。だが、この頃のコンピュータは、実際に触ったていた人はごく少数の専門家やマニアだけで、一般にはまだ単にお話だけの世界だった。
 この頃のBASICマシンには、コモドールだけでなくタンディ・ラジオシャック社のTRS-80やアップルのApple IIもあったのだが、たまたまPETから入ったのも、不思議な縁があった。東洋工業で広島カープの王シフトをコンピュータで計算したとW氏が書いた本で知っていたが、その人がカタカナを載せたPETを販売する会社を始めていたのだ。
 1978年から、日立のベーシックマスターやシャープのMZ-40Kという4ビットマイコンのトレーニングキットなど、BASICマシンは国産でもいくつか発売が始まっていたが、まだまだ一般には広がっていない。
 実は、「国産マイコン」としては、さらに遡ることができる。1976年には日本電気取締役だった大内淳義が書いた確か新書判スタイルの本が廣済堂から出ていて、一部ですごく売れて話題になったことがあった。それがTK-80という8080マイクロプロセッサのトレーニングキットの解説書だったのだが、このときにはBASICではなくマシン語だけで、マニアの間で売れただけだった。画面もなく、8つか6つくらいの数字が出る窓(まだ液晶ではなく赤く光る線)があるだけだった。
 その日本電気も、PETを買った1年後にあたる1978年の秋になって、8ビットのNEC PC8000を発売する。この頃になると、ずっと他社の動向をみて量産量販に自信がついたか、価格もずっと下がって定価は168,000円に設定されていた。
 最初にその言葉を使い始めたのは日立のベーシックマスターだったが、「パーソナルコンピュータ」という言いかたがぼつぼつ普及し始めたのもこの頃のことである。
 さて、それでなにができるか、となると、少ないメモリとBASICでは、たいしたことはできない。簡単なゲームを入力しては遊んでいるくらいだった。
 だが、これを何か仕事に役立てなくては、何も聞かず何も言わずに80万出してくれた社長にも申し訳がたたない。
 BASICで実用的なプログラムをつくることを目的とした本を企画して、お話から一歩も二歩も踏み込んだ内容の本をつくることにした。
 幸い防大の先生で、当時まだ少なかったBASICに詳しい人があったので、横須賀は走水の丘に訪ねては打合せを重ね、執筆してしてもらった。
 出版できたのは1980年になったが、これが日本では二番目のマイコンビジネス書となった。一番目になれなかったのは、その十日ほど前にマイコン入門の本が別の版元から出てしまったからだ。その本は、すぐに店頭では見なくなったが、「くわしくなる本」と銘打ったこちらの本は、大方の外野予想に反して増刷に次ぐ増刷を重ねた。
 BASICでの簡単なデータの入力、計算処理、出力、記録保存といった一連の事務的な処理ができるようにした基本プログラムがついているので、読者がこれを参考にして自分である程度実用的なプログラムができるようにしてあるのが、その後しばらく間を置いて続々出てくることになる、後続のありきたりの入門書とはちょっとひと味違うところだった。
 自分でも、この原稿をチェックする意味も兼ねて、住所録のデータベースプログラムをつくってみた。
 カタカナだけど、宛名の印刷もできるようにした。この頃定期購読で送られてくる雑誌の宛名は、カタカナだった。つまり、まだ漢字が使えなかったのだ。DMなども、カタカナで印字したラベルを貼り付けて出しているのが普通になっていた。
 年賀状は、PETでキー入力できるキャラクタだけを細かく並べて、アラレちゃんの顔を描いてつくった。宛名はもちろんカタカナでコンピュータにつくった住所録から印字。これ以降、毎年の年賀状では、その年ごとに新しく出た機種や機能やソフトなどを使って表現していたのだが、受け取るほうにはその意味がわからない。ヘンなヤツのヘンな賀状だと思われていたのだろう。
 この年に出した用語事典には「意味がわかる」というタイトルをつけた。これもタイトルとしてはまだどこにもないユニークなものだったが、別に奇をてらったわけでもなく、素朴にその本の用途・効用をそのまま表したつもりだった。
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1978☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1978mark.jpg昭和53年 戊午(つちのえうま)
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◯伊、モロ首相誘拐、後遺体で発見。
◯西独のボンで先進国会議。
◯米キャンプデービッドにエジプト・イスラエル首脳を招いて会談。
◯米中国交正常化を発表。
◯ソ連の有人宇宙船、ソユーズ26号が宇宙ステーションと初の宇宙三連結。

◯ベトナム・カンボジアの国境紛争。
◯イランで反政府デモ。(イスラム革命の始まり)
◯アフガニスタンで軍事クーデター。
◯ベトナム、カンボジアに侵攻。
◯イランの首都テヘランで王制打倒デモ、戒厳令布告。

◉社会民主連合結成、代表田英夫。
◉長洲一二らの発起で、中道革新勢力結集を目指す超党派政策集団「21世紀クラブ」発足。
◉栗栖倒幕議長の超法規的発言で更迭。
◉福田首相が有事立法研究の促進を指示。
◉日中平和友好条約調印。
◉中国副首相鄧小平が来日。天皇と田中元首相(井戸を掘った人を忘れない)を訪問。
◉円高で1ドル=175円50銭を記録。
◉自民党総裁予備選挙で大平幹事長が1位。
◉第1次大平内閣。
◉総理府が建国記念奉祝運営委員会主催の式典を後援。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。濱田庄司。花森安治。岡潔。長谷川才次。山手樹一郎。五島美代子。東郷青児。岡鹿之助。安田靫彦。片山哲。柴田錬三郎。水原弘。古賀政男。石田禮助。山岡荘八。大松博文。渡辺紳一郎。田宮二郎。クルト・ゲーデル。ダミア。アラム・ハチャトゥリアン。郭沫若。ウィリアム・ユージン・スミス。ジョルジョ・デ・キリコ。

◎成田空港第二期工事、反対派の鉄塔要塞を強制撤去。機動隊と衝突41人逮捕。
◎嫌煙権確立をめざす人びとの会結成。
◎成田空港管理棟に過激派が乱入し機器類を破壊。開港予定日が延期。
◎機動隊1万人で厳戒のなかで成田空港開港式。
◎ネズミ講防止法。警視庁はサラ金の実態調査。
◎サラ金地獄が社会問題に。大蔵省が銀行生保にたいし、サラ金への融資を自粛するように要望。
◎東京原宿に「ブティック竹の子」開店。(竹の子族)
◎永大産業が倒産。負債総額1800億円。
◎ヴァンジャケットが倒産。負債500億円はアパレル業界最大。
◎伊豆大島近海地震M7。宮城沖地震M7.4。
◎中央大学が理工学部を除き、駿河台から八王子へ移転。(大学の郊外移転)
◎東京池袋に60Fの超高層ビル、サンシャイン60が完成。240メートル。
◎福井県敦賀で初の発電用原子炉ふげんが臨界。世界で8番目の送電開始。
◎沖縄県で「車は左・人は右」の交通ルール適用開始。

◎喫茶店などにテーブル型のインベーダーゲーム機が置かれ大人気に。
◎古賀政男に国民栄誉賞。
◎キャンディース、後楽園球場でさよなら公演。
◎東京で国内初となる女子のフルマラソン大会開催。
◎隅田川で早慶レガッタと両国の花火大会が17年ぶりに復活。
◎ドラフト会議で阪神が江川を指名するも、前日に読売と契約していたことが判明。(空白の一日で混乱)
◎西武ライオンズの誕生。(クラウンライターズを買収)
◎横浜スタジアム完成。
◎少年マンガ週刊誌主要五誌の発行部数が1000万部を超える。
◎筑摩書房、会社更生法の適用を申請。負債は53億だが出版業界では過去最大。
◎東京駅八重洲南口前に八重洲ブックセンター開店。売り場面積最大。

■流 行:女性のブーツ・タンクトップ・ディスコブーム・郊外レストラン・インベーダーゲーム。
■テレビ:おていちゃん・24時間テレビ・ザ=ベストテン。
■邦 画:曾根崎心中/増村保造・野村芳太郎/事件。
■洋 画:スティーヴン=スピルバーグ/未知との遭遇・ジョージ=ルーカス/スター=ウォーズ・ジョン=バダム/サタデーナイトフィーバー。
■ 歌 :ピンク・レディー/サウスポー・甲斐バンド/HERO・堀内孝雄君/のひとみは10000ボルト・中島みゆき/わかれうた・キャンディーズ/微笑がえし・サザンオールスターズ/勝手にシンドバッド・矢沢永吉/時間よ止まれ・山口百恵/プレイバックPart2・いい日旅立ち・渡辺真知子/かもめが翔んだ日・庄野真代/飛んでイスタンブール・松山千春/季節の中で・平尾昌晃&畑中葉子/カナダからの手紙・郷ひろみ&樹木希林林/檎殺人事件・八神純子/みずいろの雨・円広志/夢想花・北島三郎/与作。
■ 本 :有吉佐和子/和宮様御留・中沢けい/海を感じる時・森村誠一/野生の証明・ガルブレイス/不確実性の時代。
■ことば:あーうー・なんちゃって・窓際族・嫌煙権・家庭内暴力・口裂け女・サラ金。
 
❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/22 でんでんむし蛇足の記1978)
 街にはピンク・レディーの「UFO」が流れ、インベーダーゲームが人気となってあっという間に全国に広まったこの年には、スピルバーグの「未知との遭遇」やルーカスの「スター・ウォーズ」が日本でも公開され、多くの観客を動員した。
 まさに昔からのSFファンとしては、「ついにここまできたか!」という感慨がひとしおであったが、「スター・ウォーズ」については、格別の思い出もある。この情報も早くから伝わっていて、たまたまこの年の始めにアメリカの出版事情視察旅行に会社から派遣されて行ったので、その訪米中にどこかで早く観たいと思っていた。
 ところが、日本生産性本部が主催したこのアメリカ視察旅行は、東海岸と西海岸でそれぞれ出版社訪問などの予定がぎっしりと詰まっていて、どうにか自由な時間が取れたのは、帰途に寄ったハワイのホノルルだった。そこでやっと観ることができたのだが、帰ってきて「アメリカでもう観てきたぞ」と自慢できたのは、ほんの数か月の短い間だけのことでしかなかった。
 スペース・オペラというのは、それまで日本人にはあまりなじがないジャンルだっただろうが、アメリカでは昔から人気のあるもので、ペーパーバックなどがたくさん出ていた。その一部は東京創元社が文庫で出していたので、バロースの火星シリーズや金星シリーズなども手当たり次第読んでいたものだ。
 アメリカで訪れた出版社も、社内の応接室でのレクチャーだけでなく、編集の現場なども見せてくれたところもあり、それぞれ印象が深かった。なかでも、お土産に分厚い大判の全米ロードマップをくれたニューヨークのランド・マクナリー社は、ここが出していた地図帳や地球儀などは、平凡社などを通じてもっていたので、なにかしら親近感があった。
 なんとなく、アメリカはハウツウの先進国であるような、そういう勝手な先入観があったのだが、この視察では、訪問出版社にそういうところがなかったためか、また書店を歩いても当初期待していたような「HOW TO」の極意に迫るというようなことは、できなかった。やっぱり、それは自分で考えて実践するしかない。
 一般にもそうだが、日本の出版界でも「ハウツウもの」は、数段低く見られていた。へそまがりは、そういうところにもおおいに反発していたのである。
 「ハウツウもの」上等じゃあねえか! そういう啖呵のひとつもきりたいところで、そんな気持ちで次々と企画を考えていた。
 ビジネスマンの幅広い教養や知識を身につける本や、その導入まで入口までをガイドする入門書というジャンルは、当初はまだほとんど類書がなかったので、常に新たな挑戦であった。
 その点では、この年に出した数学のごくやさしい、むずかしいと敬遠されている数学のおもしろさを伝える、という狙いの本は一歩これまでの範疇を超えるものだったが、これがまた広い読者の支持を得ることができた。
 でんでんむしは、数学は苦手である。同じように、苦手だからなんとか知りたいという人も多いのではないか、という発想から生まれた。現在では、この手の本もたくさん出ているが、当時はほとんどなかった。
 アメリカ旅行とは直接関係はなかったが、全米のヒット・チャートを紹介するテレビの番組が始まっていて、これを見るのも楽しみにしていた。その番組をせっせとベータに録画していたのだが、それも今では再生して見ることができなくなって、数年前に処分してしまった。
 あ、念のために言っておきますけど、でんでんむしは数学だけでなく英語もだめなので、別に歌の意味がわかって聞いているわけではない。わからなくても聞ける、見ておもしろい。これは、すばらしいことだ。
 ビデオ・クリップというのは、映像がなかなかそれぞれ凝っていて、後には有名な映画監督などが手がけたりするようにもなるのだが、そのハシリの頃から録画していた。でも、ベータが見られなくなっても、今ではABBAもシーナ・イーストンも、カルチャー・クラブもデュラン・デュランもホール&オーツも…。それが全部 You Tube で見られる。それも、なんだかなあ。それにしてもベータって、いったいなんだったんでしょうね。
 一冊の本で生まれる一人の著者とのふれあいは、たいていの場合はお互いビジネスだからそれだけで終わってしまう。それでいいのであって、それ以上のことを望むこともないが、たまにはそれ以上に関わり方が広がっていくこともある。
 S氏ともSFなどの話から盛り上がって、彼が余技としてやっていたマイナーな書評誌への寄稿を依頼されたのも、この頃だった。SFの書き手はたくさんいるので、できるだけそれ以外の分野の本を取りあげて書いてほしい、とのことで、しばらく毎号勝手な雑文を書かせてもらっていたのも、楽しい思い出となった。
 「大阪の出版社から石井ひさいちという新進の漫画家と組んで本を出す」という話を聞いたときには、自分がやっている出版とは畑違いということであまりピンとこなかったので、あとから同じ編集者としてその不明を恥じることになる。だが、驚いたのはそれからS氏はどんどん本を書いて著者として大成し、マイナーだったその書評誌も、結構メジャーになっていったことだった。
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1977☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1977mark.jpg昭和52年 丁巳(ひのとみ)
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◯ECが200海里水域宣言。
◯米でジミー・カーター大統領就任。
◯米・ソ2大国が200海里漁業専管水域を実施。
◯ボイジャー1号の打ち上げ。
◯ニューヨーク大停電。
◯ルフトハンザ航空181便ハイジャック事件。
◯パキスタンで軍事クーデター。

◯中国共産党3中全会で、鄧小平が副主席に復活
◯中国共産党11全大会で、文革終結宣言と4つの近代化新党規約決定。
◯エジプトのサダト大統領がイスラエルを訪問(アラブ諸国の元首として初のイスラエル訪問。後にイスラエル承認)。

◉ロッキード事件丸紅ルート初公判。31日全日空ルート初公判。
◉日米漁業協定調印。200海里経済水域規定に基づく初の漁業協定。
◉社会党全副委員長江田三郎が離党、社会市民連合結成を表明するも急死。
◉中山千夏らを代表とする「革新自由連合」が発足。
◉ソ連が日ソ漁業条約の破棄を通告。領土問題を棚上げして日ソ漁業暫定協定に調印。
◉日本の領海を海岸から12海里(従来は3海里)と定める領海法と200海里漁業水域法施行。
◉社会党の成田委員長が反自民の全野党政権構想を提唱。
◉共産党の宮本委員長が社会党に革新統一戦線を提唱。
◉公明党と民社党が連合政府樹立をめざす合意書。
◉社会党、楢崎弥之助、田英夫、秦豊が離党、新しい流れの会を結成。
◉社会党、横浜市の飛鳥田一雄市長の委員長就任。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。高橋亀吉。末川博。竹内好。木川田一隆。田中絹代。村山知義。木戸幸一。清水善造。賀屋興宣。 奈良光枝。江田三郎。小西得郎。熊谷守一。村山長挙。山田かまち。今東光。前田青邨。秋田實。海音寺潮五郎。望月優子。
ジョン・ディクスン・カー。ロベルト・ロッセリーニ。ヴェルナー・フォン・ブラウン。エルヴィス・プレスリー。レオポルド・ストコフスキー。マリア・カラス。ビング・クロスビー。チャールズ・チャップリン。

◎東京港区で拾ったコーラを飲んで2人死亡。(青酸コーラ無差別殺人事件)
◎警視庁が23年ぶりに覚醒剤取締本部を設置。研ナオコ、内藤やす子、美川憲一、井上陽水らが逮捕される芸能界マリファナ汚染事件。
◎共通1次試験のため大学入試センターが発足。
◎日本初の静止気象衛星となる「ひまわり1号」打ち上げに成功。
◎文部省、小中学校の指導要領を改定。{ゆとりの教育・国歌の規定)
◎読売の王貞治がホームラン世界新記録の756号を達成(対ヤクルト戦)。
◎国民栄誉賞が創設され、王貞治が第1回目の受賞者に。
◎台風9号(沖永良部台風)が日本の観測史上1位となる最低気圧907.3hPaを記録。
◎パリ発東京行きの日航機が日本赤軍にハイジャックされる。ダッカ空港に着陸。犯人の要求を飲んで同志9人を釈放し身代金を払う。
◎福岡地裁、カネミ油症事件判決で被害者側全面勝訴。
◎ハイジャック防止法が成立。
◎山梨県、ミレーの「種まく人」など3点の絵画作品を3億1500万円で購入。(翌年開館の山梨県立美術館で公開)
◎北海道洞爺湖畔の有珠山が32年ぶりに噴火活動を開始。
◎東京新宿の歌声喫茶「灯」が閉店。
◎国鉄のリニアモーターカー走行実験、世界初の浮上走行に成功。
◎200海里問題で漁獲量が2割減、価格も上昇し魚ころがしなどの言葉も。魚離れムードが起こる。

◎プロ野球の大洋球団が建設中の横浜スタジアムへ移転することを川崎市へ通達。このシーズン終了後、横浜大洋ホエールズに改称。
◎キャンディーズが日比谷野外音楽堂のコンサートで「普通の女の子に戻りたい」と解散宣言。
◎白黒テレビ放送が例外を除いて廃止され、完全カラー放送へ移行。
◎全米女子プロゴルフ選手権で樋口久子が優勝。(日本人初の世界タイトル)
◎小学館『コロコロコミック』を創刊。

■流 行:カラオケ・ディスカウントショップ。
■テレビ:男たちの旅路・岸辺のアルバム・ROOTS。
■邦 画:森谷司郎/八甲田山・山田洋次/幸福の黄色いハンカチ・舛田利雄/宇宙戦艦ヤマト。
■洋 画:ロッキー・スター=ウォーズ(日本での公開は1978年)
■ 歌 :沢田研二/勝手にしやがれ・ピンク・レディー/UFO・ウォンテッド・キャンディーズ/やさしい悪魔・暑中お見舞い申し上げます・小林旭/昔の名前で出ています・千昌夫/北国の春・八代亜紀/おんな港町・石川さゆり/津軽海峡=冬景色・さだまさし/雨やどり・山口百恵/秋桜・ハイ=ファイ=セット/フィーリング・渡辺真知子/迷い道・アリス/冬の稲妻・狩人/あずさ2号・高田みづえ/硝子坂・紙ふうせん/冬が来る前に・河島英五/酒と泪と男と女・岩崎宏美/思秋期・イーグルス/ホテル=カリフォルニア・ABBA/ダンシング=クイーン。
■ 本 :大岡昇平/事件・新田次郎/八甲田山死の彷徨・五木寛之/戒厳令の夜・丸谷才一/文章読本・アーサー=ヘイリー/ルーツ。
■ことば:よっしゃよっしゃ・普通の女の子に戻りたい。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/18 でんでんむし蛇足の記1977)
 でんでんむし流儀の本づくりでは、具体的にはいくつものポイントがあるが、その基本はまず「わかりやすい」ということに置いていた。自分自身が読みたいと思う本、自分という読者のために自分がわかる本をつくるということは、結果として編集者のレベル以上のものはつくることができない、ということになる。もちろん、多少は背伸びしたとしても、基本はそうならざるを得ないわけである。
 学歴も学識もないでんでんむしだが、想像力はそれなりにあるつもりだから、自分の興味と関心を最大限に広げて、企画を広げていくしかない。
 そんななかで、この年にはたまたま、後々までロングセラーになる数点の新刊が出せた。それは、経理の知識を事典として1項目1ページにまとめたものや、バランスシートをどう読むかというものや、文書の書き方などの本であった。
 こう書くと何の変哲もない企画のようだが、そこがタイトルやつくりや書き方で、まったく売れ方も違ってくる。そこがおもしろいし、そこが編集のノウハウとでもいうものであろう。これらはいずれも版を重ねてそれぞれが何十万部という結果をもたらすことになる。
 これは、時期的にも非常にラッキーなことだった。
 「わかる」と「事典」を組み合わせたタイトルは、今でもたくさんありそうだが、この年に出したこの本が最初だった。人が本を読む目的はさまざまだが、「わかる」というのは本を買う・読みたいという動機づけの最たるものと言える。とくに経理のようなある程度専門の分野で、しかもそれを知っておかなければならない人の裾野が広いような場合、潜在的な読者は少なからずある、それも確かなニーズを持つ固定層があるはずだ。
 そう考えて企画したのが、これともうひとつが「バランスシート」だった。これは経済記事をやっていたときからあまたにあったもので、新聞の決算公告をどう読み取るかというもので、こうなるとただ経理を仕事にしている人だけでなく、一般のビジネスマンにも必要な本になる。
 経理のほうは、机の上に置いて何かのときにぱらぱら見ればいい、“経理マンの手帖”のようなイメージで考えていたものが、いろいろひねくりまわした結果、1ページでひとつのポイントがわかる、という形にするのに苦労した。つまり、単なる経理用語事典にはしたくなかったからだ。
 少し厚手の本でほかの本より定価も高めで、初版も4000部と押さえてのスタートだったが、じわじわと売れた。
 バランスシートのほうは、出したとたんにある程度の手応えもあったので、これも読み通りだったが、内容的にもただのB/Sの解説書にはなっていないところがよかったと思う。
 文書の書き方というのは、これは営業が「“始末書の書き方の本はないか”と聞いてくるお客さんがあるんだが…」と書店さんからの声を届けてくれたところから始まった。
 う〜ん始末書ねえ!? これもわからんではないが本にまとめるのは単独ではむずかしい。束にして勝負だな。退職届とか、そういう“普通でない”文書の書き方を入れたらいいんだ。
 しかし、タイトルには困った。何日も考えあぐねたすえに、ある晩ふとひらめいたのが「他人に聞けない」というフレーズだった。同僚や上司に書き方を聞くわけにもいかん…そうかそれならコレだ!
 これも、ただの文書の書き方ではこうはいかなかった。ロングで版を重ねたうえに、このタイトルはその後あちこちで真似られた。
 なるほど、これが経営者の決断であり会社を動かすということなんだなあ、とつくづく感じた。新しい書籍出版部の態勢を自らリードしていこう、そういう社長の気概を痛切に感じた。この年にはそういうできごとがあった。
 編集と営業の管理職全員を東京に近い温泉地のホテルに数日間カンヅメにして、大方針決定会議を開いたのだが、これが社長の考えをみんなが理解し、その後の出版活動に指針を与え、目標を共有することにつながった。
 路線の変更はないが、さらなる拡充と新展開への挑戦である。なかでもみんなが驚いたのは、書籍広告を毎月一回、朝日新聞の全五段でうつ新施策であった。それまで、日本経済新聞には広告も出していたが、「朝日」ときた。当時、朝日の全五段の書籍広告を出しているのは、超大手の文芸書などの出版物だけで、中小の版元でしかもビジネス書でそんなことを考える者は誰もいなかった。
 それだけに、画期的には違いない。しかし、編集にしてみれば、朝日の全五段広告に耐えられるだけの出し物を揃えなければならない。それを続けていかなければならない。これはまた、大変である。
 たまたま、そういった新刊があったので、この戦略はある程度うまくいったように思う。ならんだタイトルからして、これまでにはなかった本だ。朝日新聞の読者にしてみれば、あまり聞いたこともない出版社が、突然出てきたような印象もあったかも知れない。
 この年の新刊で目だって売れた三点にしても、朝日の全五広告が後押ししたことは確かだろう。ただ、それにかける広告費と本の売上額がバランスするかどうかは、疑問である。まあ、はっきり言ってしまえば「広告して本が売れるのなら苦労はない」のである。
 広告には多分に先行投資的な意味もあるし、なにしろそんな出版社なんか知らないよという人のほうがまだまだ圧倒的に多いなかで、知名度をあげるためという効果のほうが大きい。対取次・書店に対しても、そしてもちろん読者にも…。
 思いっきり背伸びしてのことには間違いがなく、分相応とはいえない広告政策だったが、チャレンジの錦の御旗でもあった。
 この会議では、かねてから考えてきた路線は再確認され、おりからだんだんと認識され始めていたビジネス書の範疇をさらに押し広げることも決められた。その方針にしたがって、もっともっと背伸びをしなければならない。
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1976☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1976mark.jpg昭和51年 丙辰(ひのえたつ)
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◯米、バイキング1号が火星に軟着陸。
◯米ソ地下核実験制限条約に調印。
◯ベトナム、南北統一のための総選挙。
◯ベトナム統一国会をハノイで開催、国名をベトナム社会主義共和国とする。(南北ベトナム統一)
◯シリア軍が侵攻、レバノンで戦闘再開。5か月で終結へ。
◯南アフリカで黒人高校生のデモに警官隊が発砲。暴動が全国に拡大。
◯カンボジア、シアヌーク殿下が元首に就任。
◯周恩来中国首相が死去。
◯韓国金大中らが民主救国宣言。金大中逮捕。
◯北京の天安門広場で、群衆の暴動。
◯中国共産党中央委員会が鄧小平を解任。
◯カンボジアでポルポト政権。大虐殺の始まり。
◯インドネシア、東チモールを統合。
◯中国毛沢東主席が死去。後任に華国縫主席就任。
◯中国で文革を主導した四人組逮捕。(江青、王洪文、張春橋、姚文元)
◯第21回オリンピック、モントリオールで開催。

◉民間調査会社が、前年の企業倒産は1万2606件、負債総額は1兆9146億円で、史上最高と発表。
◉米上院の公聴会で、ロッキード社コーチャン副会長が日本政府高官に8億5000万円を贈与したと証言。
◉衆議院予算委員会でロッキード事件の小佐野賢治、若狭得治、渡辺尚次、檜山広ら証人喚問。
◉児玉誉士夫を臨床取り調べ。脱税で起訴。 
◉河野洋平、田川誠一ら6名が自民党を離党。新自由クラブを結成。
◉東京地検ロッキード事件で丸紅前専務大久保利春、全日空専務沢雄次らを逮捕。続いて、丸紅前専務伊藤宏、全日空社長若狭得治、丸紅前会長檜山広を逮捕。
◉東京地検が田中前首相を逮捕。受託収賄罪と外為法違反で起訴。
◉佐藤孝行、橋本登美三郎を受託収賄容疑で逮捕。
◉福田・大平・田中の反主流派がロッキード事件の解明に積極的な三木首相の退陣をはかる挙党体制確立協議会を結成。(三木おろし)
◉法務省が衆院特別委員会で、灰色高官として二階堂進、佐々木秀世、福永一臣、加藤睦月の氏名を公表。
◉ソ連の最新鋭戦闘機ミグ25が函館空港に強行着陸。ベレンコ中尉米亡命。
◉天皇在位50年式典。
◉第34回総選挙で、前回比22議席減の249議席で、自民が結党以来初めて過半数を割り、衆院委員長の与党独占が18年ぶりに崩れる。
◉三木内閣総辞職。福田内閣発足。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。檀一雄。舟橋聖一。大濱信泉。藤原義江。林語堂。福島正実。武者小路実篤。安川第五郎。石橋正二郎。武田泰淳。福田蘭堂。北條誠。周恩来。アガサ・クリスティ。パーシー・フェイス。ルキノ・ヴィスコンティ。マックス・エルンスト。ハワード・ヒューズ。キャロル・リード。マルティン・ハイデッガー。毛沢東。アンドレ・マルロー。ロザリンド・ラッセル。

◎鹿児島で国内初の5つ子誕生。(排卵誘発剤論議起こる)
◎東京地裁、雑誌「面白半分」掲載の野坂昭如「四畳半襖の下張り」をわいせつ文書として有罪判決。
◎山形県酒田市で大火。1774戸を焼失。
◎東海道新幹線の延べ乗客が10億人を突破。「こだま」16号車が初めて禁煙車両に指定。
◎東京高裁、マッド・アマノのモンタージュ(白川義員の写真を合成)は、オリジナルな作品と認める。
◎大和運輸が「クロネコヤマト」の宅急便を開始。
◎戦後最大の雨台風17号が長崎から日本海へ。西日本中心に169人が犠牲。
◎国鉄総武・横須賀線の東京=品川間の地下線が開通。
◎総理府統計局、総人口の8.1%が65以上と発表。高齢化社会への加速を示唆。
◎戦後生まれが総人口の半数を超える。
◎具志堅用高がWBA世界ジュニアフライ級チャンピオンに。
◎平凡出版(現マガジンハウス)が「POPEYE」を創刊。
◎神奈川県藤沢市に「東急ハンズ」第1号店が開店。
◎できたての弁当を売る「ほっかほっか亭」第1号店が埼玉県草加市に開店。
◎1等1000万円が40本のジャンボ宝くじ発売。各地の売り場に客が殺到し、混乱で死者が出る騒ぎに。

■流 行:ジョギング・サーフィン。
■テレビ:となりの芝生・落日燃ゆ・徹子の部屋・プロ野球ニュース。
■邦 画:市川崑/犬神家の一族・大島渚/愛のコリーダ。
■洋 画:ミロス=フォアマン/カッコーの巣の上で・シドニー=ルメット/狼たちの午後。
■ 歌 :都はるみ/北の宿から・二葉百合子/岸壁の母・キャンディーズ/春一番・ピンク=レディー/ペッパー警部・因幡晃/わかって下さい・荒井由実/あの日にかえりたい・太田裕美/木綿のハンカチーフ・山口百恵/横須賀ストーリー・川橋啓史と斎藤こず恵/山口さんちのツトム君・内山田洋とクール=ファイブ/東京砂漠・新沼謙治/嫁に来ないか・丸山圭子/どうぞこのまま・森田公一とトップギャラン/青春時代。
■ 本 :森村誠一/人間の証明・村上龍/限りなく透明に近いブルー・山崎豊子/不毛地帯・徳大寺有恒/間違いだらけのクルマ選び・城山三郎・毎日が日曜日・渡部昇一/知的生活の方法。
■ことば:ピーナッツ・記憶にございません・灰色高官・み〜んな悩んで大きくなった。

❖年表の元ネタ主な参考資料河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/14 でんでんむし蛇足の記1976)
 実務書では、失敗もあったが全体的にはそこそこ売れる本を、なんとかかんとか続けて出していた。ところが、この年に先輩の編集長が別の出版社をつくるというので退社することになった。そのため、一人残ったでんでんむし編集長が実務書だけでなく、経営・自己啓発書を中心にやっていた部門を含めて、書籍編集部全体をまとめていかなければならなくなってしまった。
 出版社や編集者の世界では、独立したり分かれたりは、よくあることで、そうめずらしいことではない。新しい出版社ができると、それはたいていどこそこの出版社にいただれそれがやっているといった噂話がすぐに広まる。
 また、出版社に勤めている者が別の出版社に移るということもあったが、社長の方針でいっさいの引き抜きスカウト人事などはやってこなかった。新卒も中途採用もあるが、全部自前の社員を育てていこうというのでやってきた。そのために、まったく経験のない素人集団で始めた書籍部門の黒字化にも、随分時間がかかったとも言えたのかも知れない。
 そんなわけで、さあ後をどうするか、これが問題だ。社長にもいろいろ不安もあったはずだろうが、残った編集長にすべてを託すしか仕方がなかったのだろう。一挙に責任が広く大きくなってしまったが、経営・自己啓発書のスタッフがちゃんと機能しているので、たちまち本を出すのに困るようなことはないものの、書籍部門全体の売上計画などをどう達成していくかが大きな問題であった。
 そのためには、どうしても実務書の枠からはみ出したところで挑戦してみないと普通の数字ばかりでは厳しい。なにか、おや!?というような企画が必要で、それこそある程度三角にとんがっていないと、インパクトは与えられない。
 そういう意識は、最初の経済入門書が成功して以来、ずっとあったので、いろいろな仕掛けを考えていた。
 そんなもののなかから、この年のヒットとなったのは、会社の数字に強くなるといったテーマの本だった。一般の会社に勤めている人であれば、経理部門でなくても、どこにいてどんな仕事をしていても、ある程度の経営数字が読めなければならない。そういう読者層を広げる狙いで企画していた。
 これもまた無名の若手著者で、タイトルこそ以前カッパブックスの大ベストセラーにあったものの借用だったが、それももう広く一般に使われるようになっていた言葉なので、誰が使ってもおかしくない。経理とか経営ではなく、“会社の数字”としたところが、新しいオリジナルの着眼点である。
 文章は要点だけで少なくして、ただページを広げて見開きで図版を眺めているうちになんとなくわかる、そういう本にしたかった。著者も意欲的に取り組んでくれて、図を描く方策もなんとかなって、これまでにはどこにもなかったようなユニークな本ができた。
 数字にはいたって強くないでんでんむしが、こんな本をつくるのもおかしいが、こういうものはむしろ読者に近い人間がつくるほうが案外にいいものだ。
 考えてみると、でんでんむし流儀の基本は、まず自分がほしい本、あったらいいだろうなと思う本をつくる、ということにあった。
 振り返ってみると、いちおう成功したと思える本の企画は、だいたい例外なくその類いのものだった。
 この場合も、そんな思惑がうまく当たって、実務書の枠を大きく超える大ヒット作になった。この本があったおかげで、書籍部門の編集長が抜けてしまうという緊急事態から予想された問題が顕在化することもなかった、とも言える。
 東京駅の北側では開通していた地下の総武本線が、南の東京=品川間も地下路線が開通し、横須賀線も地下駅に乗り入れ、総武線と乗り入れることになった。このため、横須賀線も東京駅が終始初駅ではなくなったが、総武選できてそのまま横須賀線に乗っていくという人は少なかったので、相変わらず東京駅からも座って通うことができた。
 東京駅の地下ホームは、ビルでいうと地下5階くらいにも相当するといわれていた。やはり、最初のうちはなんとなく不気味な感じもしたが、毎日乗り降りしていれば、だんだんそれにも慣れていく。それでも、新橋の地下ホームで線路の向こうの壁の間から、水が勢いよく流れているのを見たりすると、やっぱり不安になったりする。
 通勤の車内も、本を読んだりゲラを読んだりするのに適した、貴重な一人の時間であった。だからその環境は非常に重要なので、横須賀線が全面車内禁煙になったときには、とてもうれしかった。
 1970(昭和45)年の項目では、たばこの煙のことを書いていながら、そのことを書いていなかった。実はちょうどその年の終わり頃から、車内禁煙になったのではないかと思う。
 これも、どうも記憶がはっきりしないが、この頃から週休2日制になっていたのかも知れない。
 このブログを読んでいるというある人から、「よく覚えているね。記憶力がいいね」などと言われるといささか具合が悪い。記憶力はさっぱりよくないし、ほとんど忘れかけているからだ。日記でもきちんとつけていれば、いつどういうことがあったかも、振り返ってみることができるが、それもない。
 だから、このさい残っている記憶と、記録されている事実とを照合し、それらを整理して残しておくのが目的で、思い返しながら自分語りを続けている。
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1975☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1975mark.jpg昭和50年 乙卯(きのとう)
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◯ギリシャ・トルコ両国首相がキプロス平和解決で合意。
◯英、EC残留か否かを問う初の国民投票実施。結果残留。
◯ヘルシンキで全ヨーロッパ安保首脳会議。共存体制確認。
◯パリ郊外ランブイエで先進六か国首脳会議。
◯ポルトガル、軍部右派のクーデターが失敗。政権議会選挙が行なわれるも、政変が続く。
◯ペルーで無血クーデター。ベラスコ大統領を解任。
◯スペイン反政府テロリスト5人を処刑。マドリッドで抗議デモ。フランコ支持の集会も。
◯EC9か国外相がスペインとの経済交渉の中止を表明。
◯スペイン、フランコ総統が死去。カルロス王子が国王に即位。
◯カルロス国王への抗議スト。アリアス内閣が自由化を掲げて発足。

◯南ベトナム中部高原で解放戦線が集中攻撃。
◯南ベトナム、ブレーク、コンツム二省を放棄。
◯クアンチン省陥落、ユエに続いてダナンも陥落。
◯エチオピア、帝政の廃止。
◯サウジアラビア、ファイサル国王が暗殺され、ハリド新国王。
◯南ベトナム、解放戦線の攻勢が続き、ニャチャンが陥落。内閣総辞職、大統領が辞任。後任のフォン大統領がズオン・バン・ミン将軍に全権委譲。
◯南ベトナム、サイゴン政権が無条件降伏。革命政府樹立。
◯カンボジア、ロンノル大統領が亡命。プノンペン陥落。政府軍降伏。
◯国府、蒋介石総統が死去。
◯ラオス、プーマ首相が内戦終結を宣言。
◯韓国朴大統領が緊急措置令を発動し、反政府活動を厳禁。
◯エジプト、8年ぶりにスエズ運河を再開。
◯フィリピン、タイが中国との国交を回復。
◯バングラデシュで、軍部がクーデター。ラーマン大統領を殺害。(再クーデター)
◯カンボジア、シアヌーク元首が5年半ぶりに帰国。
◯アンゴラ、独立を宣言するも内戦が激化。
◯ラオス、王制を廃し、人民民主共和国に。
◯東チモールの親インドネシア派が首都ディリを占拠。

◉マラッカ海峡でタンカー祥和丸が座礁。大量の原油が流出。
◉ソニーが8000人の一時帰休。日立製作所が4000人の賃金カット。
◉私立大学連盟調査で、大卒採用予定者の取り消し・自宅待機が53社と発表。
◉公示価格が対前年で戦後初の低下。
◉経済企画庁が昨年の実質GPNは前年比で1.8%低下と発表。
◉統一地方選挙。首長では、美濃部三選・黒田再選、神奈川長洲。自民単独の退潮と革新分裂。自・民連合の圧勝。
◉英女王夫妻が来日。
◉興人が倒産。負債1500億円。
◉日本赤軍がクアラルンプールの米・スエーデン大使館を占拠。
◉天皇皇后両陛下、アメリカを訪問。帰国後、初の公式記者会見。
◉ランブイエの主要先進国会議に三木首相が出席。
◉公労協スト権スト、192時間の新記録。
◉大阪空港公害訴訟で、大阪高裁が住民勝訴の判決。
◉財政特例法案が成立。2兆3000億円の赤字国債発行。
◉金大中事件で中断していた日韓定期閣僚会議が、1年9か月ぶりに開かれる。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。荻野久作。香山滋。南部僑一郎。石坂泰三。戒能通孝。中川善之助。古畑種基。渡辺一夫。梶山季之。佐藤栄作。林武。金子光晴。きだみのる。加東大介。堂本印象。棟方志功。林房雄。角川源義。鹿島守之助。正木ひろし。井上成美。深代惇郎。辻木谷實。蒋介石。ジョゼフィン・ベーカー。ドミトリ・ショスタコーヴィチ。アーノルド・J・トインビー。ハンナ・アレント。

◎山陽新幹線、岡山=博多間が開通。東京=博多が6時間56分。
◎自動車の50年度排ガス規制が発効。
◎沖縄海洋博覧会、開催。
◎台湾との空路再開で合意。
◎不況が深刻化。完全失業者は100万人を突破。49年度の倒産件数は1万1600件で戦後最高。
◎カシオ計算機4500円の電卓を発売。
◎ソニー・ベータとビクター・VHSがそれぞれ別規格の家庭用YTR機を発売。
◎昭和49年の1億円以上の高額所得者は1320人で、前年比の8割減。
◎国鉄室蘭線のSL列車が廃止になり、鉄道開通以来103年の歴史に幕。
◎歌舞伎俳優で人間国宝の坂東三津五郎、フグ中毒死。
◎広島カープ、球団創設以来26年目でセ・リーグ初優勝!。読売ジャイアンツは初の最下位。

◎エポック社が「テレビテニス」。テレビゲームの第1号。
◎総広告費は1兆2375億円。媒体別でテレビが新聞を抜いて、4208億円で首位に。
◎第2次大戦中のヨーロッパ戦線で流行った「リリー・マルレーン」が流行。女性歌手7人がレコードを出す。
◎全英オープン大会女子ダブルスで、沢松和子:アン・キヨムラ組が優勝。日本人初。
◎高校野球に金属バット導入。プロ野球パ・リーグでは指名打者制導入。
◎中沢啓治「はだしのゲン」(汐文社)刊行。
◎マンガ同人誌約30のサークルが集まって即売会を開始。
◎日本リクルートセンター「就職情報」を発刊。
◎講談社駅売り夕刊紙「日刊ゲンダイ」発行。

■流 行:紅茶キノコ。
■テレビ:欽ちゃんのドンとやってみよう!・テレビ三面記事ウイークエンダー。
■邦 画:浦山桐郎/青春の門・山本薩夫/金環蝕。
■洋 画:ジョン・ギラーミン/タワーリング=インフェルノ・スティーヴン=スピルバーグ/ジョーズ。
■ 歌 :布施明/シクラメンのかほり・さくらと一郎/昭和枯れすゝき・ダウン・タウン・ブギウギ・バンド/港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ・沢田研二/時の過ぎゆくままに・バンバン/『いちご白書』をもう一度・キャンディーズ/年下の男の子・ハートのエースが出てこない・風/22才の別れ・野口五郎/私鉄沿線・子門真人/およげ! たいやきくん・細川たかし/心のこり・岩崎宏美/ロマンス・アリス/今はもう誰も・小坂恭子/想い出まくら・中島みゆき/アザミ嬢のララバイ・時代・荒井由実/ルージュの伝言・あの日にかえりたい・かまやつひろし/我が良き友よ・イルカ/なごり雪・チューリップ/サボテンの花・甲斐バンド/裏切りの街角・塩見大治郎/それ行けカープ。
■ 本 :有吉佐和子/複合汚染・司馬遼太郎/播磨灘物語・檀一雄/火宅の人・深田裕介/新西洋事情。
■ことば:赤ヘル・わたしつくる人ぼく食べる人・ひかりは西へ。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/10 でんでんむし蛇足の記1975)
 高度経済成長だと世の中で言われているうちでは、そういう実感を持つことがなにもなかったが、経済指標が不況を示しだしたこの頃になって、やっとそのおこぼれが回ってきた。
 まず、わが広島カープがルーツの後を受けた古葉竹識監督の下で念願の初優勝を果たし、赤ヘルブームが起こる。「一度でいいから優勝してくれ!」と長年思い続けていたことが、ついに実現したのだ。
(カープのことはあちこちでふれているが、でんでんむしのカープへの想いについてはこちらなどを…。)
  □29:ふるさとは遠きにありて思ふものそして… [ある編集者の記憶遺産]
 当然、その優勝決定の瞬間には、現場に立ち会いたいと願っていたが、それは会社からほど近い後楽園球場になった。そのスタンドを埋めたカープファンのどよめきが、水道橋駅と線路を越えて会社まで伝わってきたと、後から聞いたが、その数日前から日本にいなかったのだ。
 初めての体験となる海外旅行で、ヨーロッパをめぐっていたので、カープV1のニュースはスイスで知った。この旅行は、各出版社から乗り合いで参加するブックフェア視察と銘打ったツアーにすぎないのだが、それに会社から派遣されていた。
 どういうわけか、その一行のなかには、アンパンマンで大ブレークするずっと前のやなせたかし氏も参加していて、こどものためにといってサインをもらったり、ミーハー旅行をしてきた。
 いちおう湘南と呼ばれる地方に住んでいて、瀬戸内海とはまたまったく違う海に接していると、この海をヨットで走ってみたくなる。どんなきっかけだったのか忘れているが、YAMAHAのヨットを買ってしまった。…というといかにもだが、ヨットといっても日本で言うのはセールボートのことで、当時はシーホッパーという薄っぺらい船体で、すぐにチン(沈)するのが全盛だったが、それは向きではない。いちばん安い、小さなこどもの練習用のずんぐりFRP胴体の9フィートのを選んだ。これはボートにもなるようオールがついているシロモノだったが、これくらいがちょうどいい。
 思えば、これがでんでんむしのバブル期だったんだなぁ。
 会社も大阪に本社ビルを建てたし、創業25周年の祝いは全社員が有馬温泉に大集合して盛大に行なわれた。ちょうどその週末に広島市民球場にパ・リーグの覇者阪急ブレーブスを迎えて日本シリーズが始まるので、後楽園に行けなかった分もと、現地解散になったその足で広島へ向かった。この年から、新幹線が博多まで延伸され、まさに「ひかりは西へ」で広島へも行きやすくなっていたが、山陽新幹線はトンネルばかり多くて、“さよう感心せん”。
 ただ、中国山地の特徴とも言うべき、ぽこぽこした山が連続する間を、突き抜けていくそのトンネルにも、独特の個人的感慨があった。
 「ある編集者の記憶遺産」のほうでは、年少期の記憶を整理していたが、そこにも書いたように、その昔走り回って遊んでいた山の多くが宅地開発されていた。わずかに残った北寄りの山地の下を、新幹線はトンネルで抜けていく。トンネルをパッと出ると、左手に広島の街並みが展開し、右手には懐かしい呉娑々宇の山が聳えている。
 カープの日本シリーズを観に、新幹線で安芸トンネル、そして府中トンネルを抜けて広島に帰ってこようとは…。(感激の涙!)
 日本シリーズの広島市民球場は、赤い帽子で埋まって(今のような赤Tシャツやユニはなかった)、外野レフトスタンドの一角だけ、赤い封筒に貼った切手のように色が違っていた。結果は、元広島にいた上田監督が率いエース山口が投げた阪急に歯が立たなかったが、みんなセ・リーグのV1だけで充分に満足していて、街中にそういう雰囲気があった。
 「それ行けカープ〜若き鯉たち〜」の歌が、そこらじゅうに流れていたが、この歌は当時カープフアンを代表する名物おばさんだった雑誌「酒」編集者の佐々木久子(いつだったか、神宮球場のネット裏内野席でおみかけしました)が主宰していた「カープを優勝させる会」のメンバーだった作詞家の有馬三恵子と作曲家の宮崎尚志の作品である。1975年の発表である塩見大治郎が歌っていたオリジナルのレコードは、この8月にリリースされたばかりであった。(ちょっと気恥ずかしい感じがしていたが、改めてよく味わって聴くと、なかなかいい歌である。昨年マツダスタジアムで流されていた、こういうのも出た(音程外しているのもあるが)ので、このブログではめったにやらないが貼り付けておく。カープファン限定クリックを推奨!!

 カープもそうだが、創業25年という中小企業はこの頃たくさんあった。高度成長というのは、そういう企業が揃って、なにがしかの成果を得た時期ということができる。
 東京から帰ってきた広島で、縁あってこの会社に入社してから、大阪を経てまた東京へと異動しながら、その間に15年という歳月が経っていた。
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1974☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1974mark.jpg昭和49年 甲寅(きのえとら)
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◯キッシンジャー米国務長官訪ソ、ブレジネフとの会談でSALT問題で共同声明。
◯米ワシントンでニクソン弾劾のデモ。
◯仏ポンピドー大統領急死による大統領選。ミッテランが決選投票で敗れ後任はジスカールデスタンに。
◯ニクソン大統領訪ソ。
◯キプロス国防軍のクーデター。トルコがキプロス派兵。
◯米最高裁がニクソンのテープ提出を決定。下院司法委員会が弾劾訴追「司法妨害」を可決。(ウオーターゲート事件)
◯ニクソンが全国放送で大統領辞任を表明。フォードが昇任。
◯ポルトガルがギニア=ビサウ、モザンビークの独立を承認。
◯国連総会、キプロスからの外国軍隊の完全撤退決議案を採択。
◯フォード米大統領が訪日、韓国訪問後、ウラジオストックでソ連のブレジネフと会談。
◯PLOに国連の常駐オブザーバー資格を認める。

◯カンボジア解放勢力のプノンペン攻撃が激化。
◯パキスタン、ブット首相がバングラデシュを承認。
◯ラオスでプーマ首班の連合政府。
◯韓国朴大統領が改憲運動禁止、民青学連事件で緊急措置権発動。大統領狙撃事件、夫人死亡。
◯インドが地下核実験、6番目の核保有国になる。
◯エチオピアで軍事臨時政権、皇帝廃位、閣僚処刑。
◯キプロスでクーデター、トルコ軍再び上陸。和平会談も決裂、戦闘再開、停戦。
◯ビルマで反政府運動激化、戒厳令。

◉田中首相の東南アジア訪問でバンコク、ジャカルタで反日デモにあう。
◉春闘共闘委81単産、600万人が交通中心のゼネスト。
◉北京で日中航空協定に調印、台湾は日台空路停止を声明。
◉経団連会長に土光敏夫を選出。
◉参議院選挙で保革接近。
◉三木副総理が首相の政治姿勢を批判して辞任。福田蔵相、保利行官長も辞任。
◉土光経団連会長が国民協会との縁切りを表明。
◉三菱重工、三井物産、大成建設で企業爆破事件が連続して起こる。
◉実験航海中の原子力船「むつ」で放射能漏れ。
◉東洋紡績が3000人の希望退職者を募集。繊維不況深刻化。
◉「文藝春秋」11月号で立花隆の「田中角栄研究--その金脈と人脈」を特集掲載。
◉金脈問題が政治問題化。田中首相が辞意表明。
◉自民党実力者会談で椎名裁定、三木武夫を次期総裁に推す。
◉三木内閣発足。福田副総理、大平蔵相、永井文相。
◉佐藤元首相にノーベル平和賞。
◉三木首相が、総裁選、政治資金、選挙について党近代化の試案を提示。
◉昭和48年度のGNP(国民総生産)が115兆6752億円と初めて100兆円を超える。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。山本有三。岩田専太郎。田中耕太郎。香月泰男。福田平八郎。吉田五十八。清水崑。深尾須磨子。高田敏子。曾我廼家十吾。南原繁。木村伊兵衛。小唄勝太郎。務台理作。花菱アチャコ。いわさきちひろ。山本嘉次郎。花田清輝。宮本三郎。田坂具隆。堀久作。池田敏雄。三島海雲。デューク・エリントン。ヴァネヴァー・ブッシュ。エーリッヒ・ケストナー。チャールズ・リンドバーグ。オスカー・シンドラー。ダヴィッド・オイストラフ。ヴィットリオ・デ・シーカ。ウォルター・リップマン。

◎ルバング島で30年間戦争を続けていた小野田寛郎少尉と接触に成功。元上官の“武装解除して帰国せよ”との命令により帰国。後にブラジル永住を表明。
◎東京上野の国立博物館で、モナリザ展開催。期間中160万人が入場。
◎日本女性隊がマナスル登頂に成功。(女性初の8000メートル級登頂)
◎北の海が史上最年少で55代横綱に。
◎インドネシアのモロタイ島で台湾高砂族出身の元日本兵中村輝夫が発見される。
◎米、国鉄、地下鉄、バス、郵便小包など公共料金の一斉値上げ。
◎三菱石油水島製油所から重油4万キロリットルが流出。瀬戸内海東部から紀伊水道まで汚染。
◎国土庁が地価公示価格の上昇率が年32.4%で過去最高と発表。48年度中の全国平均地価上昇率は22.4%。
◎全国消費者物価、対前年26.3%の暴騰。
◎東京西新宿に新宿住友ビル完成。52階200メートル。三井ビル55階212メートル。
◎世界2位となる山陽新幹線関門トンネル貫通。1万8713メートル。
◎高校進学率が90%を超え、集団就職列車も姿を消す。
◎週休2日を民間企業の50%が実施。
◎コンビニエンスストア第1号店「セブンイレブン」が東京台東区に開店。
◎伊豆半島地震、M6.8死者不明者29人、家屋全半壊171戸。
◎台風8号で九州北部から瀬戸内海、東海にかけて豪雨被害。死者不明者90人。

◎NHKテレビ放送を夜11時までに自粛。石油・電力節減のためで、民放も放送時間を短縮。
◎プロ野球読売ジャイアンツの長嶋茂雄が現役引退。
◎NHK「ニュースセンター9時」キャスター磯村尚徳放送開始。
◎藤子不二雄の「ドラえもん」(小学館)刊行。
◎大手出版社による文庫競争。

■流 行:超能力ブーム・オカルトブーム・カイト(洋ダコ)。
■テレビ:ニュースセンター9時・寺内貫太郎一家・宇宙戦艦ヤマト・パンチDEデート。
■邦 画:山本薩夫/華麗なる一族・野村芳太郎/砂の器。
■洋 画:ジョージ=ロイ=ヒル/スティング・デイヴィッド=ミラー/ダラスの熱い日・ウィリアム=フリードキン/エクソシスト・ジュスト=ジャカン/エマニュエル夫人。
■ 歌 :山口百恵/ひと夏の経験・森昌子/おかあさん・伊藤咲子/ひまわり娘・梓みちよ/二人でお酒を・森進一/襟裳岬・グレープ/精霊流し・りりィ/私は泣いています・西城秀樹/傷だらけのローラ・野口五郎/甘い生活・海援隊/母に捧げるバラード・山本コウタローとウィークエンド/岬めぐり・八代亜紀/しのび恋・殿さまキングス/なみだの操・さくらと一郎/昭和枯れすすき・中条きよし/うそ・フィンガー5・学園天国・敏いとうとハッピー&ブルー/わたし祈ってます・テレサ・テン/空港。
■ 本 :森敦/月山・リチャード=バック/五木寛之訳/かもめのジョナサン。
■ことば:便乗値上げ・狂乱物価・金脈・青天の霹靂・内ゲバ。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/06 でんでんむし蛇足の記1974)
 実務書の企画を考えること自体は、そうむずかしいことではない。各企業に共通の法的な規制に基づく手続きやそれらに伴う業務があるので、そういった仕事に初めて携わる人が、これは便利だ!役に立つ!と思ってもらえるような情報提供をするところから順に考えていった。
 ただ、そういうテーマの取り出し方をしても、読者からの手応えにはばらつきがあって、売れるものと売れないものがでてくるのはしかたがない。だがその違いが、テーマにあるのか、内容のつくりかたにあるのか、となるとにわかに判断し難いところもある。
 社会保険の実務手引き書をつくったのは、どんな企業にも必ずある業務で、むずかしいとは言えないが、毎月の保険料を徴収して納めなければならず、めんどうな業務だからである。これを、一年を通じて、従業員の各種異動に伴って必要になる届け出や手続きをまとめるという企画は、社会保険労務士の資格を持つある会社の総務部長に書いてもらった。
 これも着実に売れ続け、大ロングセラーになって、増刷と改定を繰り返していた。後年、社長がよく言っていた感想は、「こんな本でも売れるんだなあ」というものだった。それは、本がひどいのにという意味ではなく、こんなどうということはないやさしいことなのに…というつもりだったのだ。もちろん、内容も誰にでもできるように手取り足取りで懇切ていねいに、届け出書式はきちんとその書き方を解説した。そのばかばかしいくらいの当たり前さが、社長の感想の元になったのだろう。
 これは、ある意味で実務書の強みをいかんなく発揮した象徴的な本だったと言えるのだろう。そういう本がだんだん増えていけば、業績にはおおいに貢献できる。
 だが、地味な本ばかりつくっていると、少しはもっと派手にパアッと売れそうな本もつくってみたいよね。
 実務の手引き書から少し読者の幅を広げようと挑戦したのが、経済知識の入門書だった。これは、実務家だけでなくビジネスマン一般に誰でも必要なものではないか。そういうことを常々考えてもやもやしていたのだが、それだけでは企画にならない。
 だからこの本の企画が生まれたのも偶然ではないが、そのきっかけとひらめきは偶然にやってきた。
 横須賀線での通勤は、もくろみ通り毎日座って通える。そのうち座れなくなったらそのときはグリーン車に乗ればよい。最初からそう思っていたのだが、グリーン車に乗るのは随分後になってから、もう現役を引退してからのことになった。
 座っていての1時間は立っての30分よりは楽で、本や新聞を読んだり、ゲラを読んだりして過ごすのだが、当時の横須賀線は全車両がボックス型で、今のように横長になっているのではない、4人掛けの座席が中心であった。
 ある朝のこと、座って日経新聞をたたんで読んでいると、途中駅から乗ってきたおじさんたちが座る。しばらくして、ハッと気がついた。
 なんと、自分がいるボックス席では自分も含めて4人のおじさんが、揃って日本経済新聞を開いている…。
 そうだ!これだ!…と、新聞記事をネタにした経済入門書の企画は、ここでひらめいた。これならいける!
 2ページの見開きで1項目の解説を積み重ねていくという手法は、当時すでにあったのでオリジナルな発明ではなかったが、新聞の経済面の記事を取りあげて展開するという本はまだなかった。これで企画が決まった。
 この本ではまず最初に、著者を誰にするかという問題もあった。実務書であれば無名でも初めて原稿を書く人でも、実務家であればよかったが、経済知識の入門書となると、ある程度著者の知名度も必要なのではないか。経済となれば、有名な著者も結構いる。
 それも当然考えたが、著者にとって名前も聞いたことのないような実績のない出版社から頼まれても、引き受けてはくれない。どうせそうなら、いっそこういう分野でも無名の著者でも売れる本はできるんだ、ということを証明してやればよい。
 実は、現在でもそうなのだが、出版社の営業や編集者だけでなく、書店においても、著名な著者なら売れるという神話が根強くはびこっていた。とにかく、すべてをそこへもっていく。へそまがりだから、そりゃ違うんじゃないかな、とずっと思っていた。
 だってそうでしょ。有名な著者なら売れるというのだったら、だからみんな有名な著者ばかり追いかけるというのなら、新しい著者は出てくる余地がないじゃありませんか。最初から有名な人なんて…。
 とあるシンクタンクの、若手のスタッフが執筆を引き受けてくれた。当然、無名である。幸い、こちらのアイデアを理解してくれたので、本もよく売れて版を重ね、後に続くシリーズの記念すべき最初の一冊にもなった。
 タイトルを決めるにさいしては、先輩編集長の一言が、それまでの実務書感覚から一歩を踏み出す後押しをしてくれた。
 この本が売れてから、似たようなテーマ、タイトル、新聞記事をネタにするという手法が、あちこちで使われた。本のタイトルや編集技法には、著作権がない。マネシホーダイなのだ。これでいちばん驚いたのは当の新聞社だったのかもしれない。狙いは同じだが本格的な本を年度版で出し始めたし、その後何年か経って全面改訂版をつくろうとしたときには、新聞記事の掲載について版面権を主張してきた。
 この年の物故者のなかに、池田敏雄の名があるが、この頃はまだなんにも知らずにいた。
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1973☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1973mark.jpg昭和48年 癸丑(みずのとうし)
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◯拡大EC、イギリス・アイルランド・デンマークが加盟。
◯ニクソン米大統領が、北ベトナム全土への米軍の攻撃中止を指令。
◯パリ会談再開、ベトナム和平協議に調印。
◯欧州通貨危機。米、ドル10%切り下げ。
◯北アイルランド・アルスター住民投票で98%が英領に留まるを支持。
◯米盗聴事件。FBIがホワイトハウスに立ち入り調査。
◯ギリシャ王制を廃止、大統領制共和国へ。軍事クーデター。
◯ソ連、ソルジェニーツィン、サハロフ批判キャンペーン開始。
◯チリ軍部のクーデター、アジェンデ大統領自殺。ソ連断交。
◯アルゼンチンでペロン政権。
◯第四次中東戦争。国連安保理、停戦決議案を採択。
◯OAPECが原油生産量の25%削減と年末以降の追加削減。
◯スペイン、ブランコ首相が暗殺される。
◯ジュネーブで中東和平会議。
◯キッシンジャー米国務長官と北ベトナム労働党レ・ドク・ト政治局員にノーベル平和賞。レ・ドク・トは辞退。

◯ベトナム和平協定にもとづく捕虜釈放始まる。
◯ラオス、ビエンチャン政府と愛国戦線が和平協定。
◯在南ベトナムの米軍、最終撤退が完了。
◯韓国で反政府運動拡大。
◯エジプトとイスラエルが停戦協定に調印。

◉円の変動相場制に移行。
◉動労の順法闘争。高崎線上尾駅で乗客占拠騒乱。都内国電32駅でも騒乱が波及。
◉熊本地裁、水俣病訴訟判決でチッソに9億円の損害賠償を命じる。
◉政府が小選挙区制など選挙制度改正方針を決定。野党が反発して審議拒否。
◉社公共三党の主催で32万人が統一抗議行動。
◉アラブゲリラ5人がアムステルダム離陸の日航機を乗っ取り。ドバイ、ダマスクスを経てリビアのベンガジで乗客解放後、機体爆破。
◉韓国元大統領候補の金大中が、東京九段のホテルから、韓国人5人に連行される。後にソウルの自宅に戻る。
◉外務次官が駐日韓国大使に金東雲一等書記官の出頭を要請。
◉札幌地裁が長沼ナイキ訴訟で自衛隊違憲の判決。
◉米空母ミッドウエー、横須賀を母港として入港。
◉エクソン、シェルが原油価格の30%引き上げを発表。追って10%の供給削減を通告。(石油ショック)
◉ベトナム民主共和国との国交樹立。
◉神戸市長選挙の結果、六大都市の首長が全部革新首長になる。
◉三木特使がアラブ諸国歴訪。
◉田中改造内閣、急死した愛知蔵相に代わって福田赳夫。
◉石油需給適正化、国民生活安定緊急措置法成立。
◉OAPECが、日本を友好国と認定。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。円谷一。島田啓三。初山滋。池島信平。南都雄二。椎名麟三。菊田一夫。石橋湛山。大佛次郎。美土路昌一。大辻伺郎。近衛秀麿。吉屋信子。時実利彦。倉金章介。5代目古今亭志ん生。我妻栄。サトウハチロー。浜田廣介。早川雪洲。愛知揆一。浪花千栄子。パール・バック。ノエル・カワード。パブロ・ピカソ。ジョン・フォード。J・R・R・トールキン。パブロ・カザルス。

◎東京ごみ戦争、江東区が杉並区のごみ搬入を阻止。
◎出光石油徳山工場で、コンビナートが爆発。
◎国鉄・中央線の「婦人子供専用車」を廃止。「シルバーシート」登場。
◎関門橋が開通。全長1068メートルで東洋一。
◎熊本の大洋デパートで昼火事。3階以上が猛火、客ら103人が死亡。
◎京成スカイライナー、上野=成田空港間で運転開始。
◎東京都が都営ギャンブルを全廃。
◎北海道夕張鉱業所でガス爆発。61人死亡。
◎国税庁が昭和47年度の高額所得者を公表。上位100人のうち94人が“土地成金”。
◎鉄道弘済会の駅売店が「キヨスク」となる。(便利で小さな売店)
◎環境週間に、7道県でノーカーデー。
◎物価急上昇。
◎エネルギー危機で、省資源・省エネ・節約志向強まる。

◎フィリップスがわが国初となるコーヒーメーカーを発売。
◎アース製薬「ごきぶりホイホイ」を発売。
◎アリコ・ジャパン、戦後初の外国生命保険会社営業開始。
◎大阪梅田地下街拡張で阪急三番街完成。梅田地下街は日本最大に。
◎各地でトイレットペーパーや洗剤などの買い溜め騒動。
◎川上監督の読売ジャイアンツが日本シリーズ9連覇。
◎東京都内のちり紙交換業者は2000軒と大幅に増加。
◎NHKテレビで「刑事コロンボ」放送開始。人気。
◎海外渡航者が200万人突破。うち女性が51万人。
◎「るるぶ」「旅に出ようよ」「旅行ホリデー」など旅行関係の雑誌・情報誌も創刊。
◎祝日法の改正で、祝日と日曜日が重なった場合、翌日が振替休日に。

■流 行:終末論・オセロゲーム・ゴルフブーム・フォークソング。
■テレビ:刑事コロンボ・国盗り物語・子連れ狼。
■邦 画:斎藤耕一/津軽じょんがら節・深作欣二/仁義なき戦い・森谷司郎/日本沈没。
■洋 画:ジョージ=ロイ=ヒル/スティング・ジョージ=ルーカス/アメリカン=グラフィティ・ウィリアム=フリードキン/エクソシスト・フレッド=ジンネマン/ジャッカルの日・ドルトン=トランボ/ジョニーは戦場へ行った。
■ 歌 :沢田研二/危険なふたり・宮史郎とぴんからトリオ/女のみち・内山田洋とクール=ファイブ/そして、神戸・五木ひろし/ふるさと・夜空・かぐや姫/神田川・井上陽水/傘がない・夢の中へ・心もよう・天地真理/恋する夏の日・アグネス・チャン/草原の輝き・チューリップ/心の旅・ペドロ&カプリシャス/ジョニィへの伝言・浅田美代子/赤い風船・八代亜紀/なみだ恋・麻丘めぐみ/わたしの彼は左きき・桜田淳子/わたしの青い鳥・森昌子/中学三年生・山口百恵/青い果実・あべ静江/みずいろの手紙・赤い鳥/紙風船・フィンガー5/個人授業・チェリッシュ/てんとう虫のサンバ・山本リンダ/狙いうち・美川憲一/さそり座の女・小坂明子/あなた。
■ 本 :司馬遼太郎/国盗り物語・五島勉/ノストラダムスの大予言・宮尾登美子/櫂・山崎豊子/華麗なる一族・フレデリック=フォーサイス/ジャッカルの日。
■ことば:石油ショック・省エネ・じっと我慢の子であった・ちょっとだけよ。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/04 でんでんむし蛇足の記)
 それまでやってきた雑誌は直販であったため、毎号の企画や内容の善し悪しで売れるわけでは、必ずしもないので、読者の反応はつかみにくかった。だが、書店売りの単行本となると、事情は一気に変わる。企画・タイトル・狙い・原稿の善し悪しなどは、すぐに売れる・売れないという明確な形で突きつけられる。
 編集者にとっては厳しいけれど、それはそれでおもしろいし、やりがいがある。
 編集者もピンからキリまで…と書いていたが、同じ名称でくくられていても、実際にやっていることは、出版社や出版物の性格などによって、実にさまざまで大きく異なるだろう。
 原稿など書いたことがないというような実務家を起用して、本づくりをするということは、原稿の書き方からリードしながら、いちおう書き上がった原稿にも多くの注文をつけたり、書き直しを依頼したりしなければならない。ときには、原稿に編集者が大幅に手を加えなくてはならないような場合も起こりうる。それは、その人が持っているノウハウや知識があれば、それを伝える技術がなくてもそこを編集者がカバーしてあげれば、より多くの人の役に立てることができるからだ、と割り切っていた。
 いわゆる文芸書や大先生の玉稿をいただいてくる大出版社の大編集者のみなさんとは、まずこの扱っている原稿のレベルというか、完成度からして状況がまったく違うのである。
 いわば、原稿づくりからして、著者と編集者の二人三脚のような形にならざるを得ないことも多い。本当は、締切にはきちんと完成原稿が貰えれば、それに越したことはないので、それを理想としていることは言うまでもない。
 順序が逆になってしまうが、企画も編集者が考えなくてはならない。
 どんな原稿をどのように書くかは、ほとんど作家・著者の胸三寸・筆先三寸次第という出版・編集とは、ここがまた大違いになる。
 どんなテーマ・タイトルで、どんな人にお願いして、どのように書いてもらうか、はほぼ一体化してしまうので、企画とはこれらをひっくるめてのことと考えたほうがよい。売れる本になるか売れない本になるかも、ここである程度決まってくると言える。
 しかし、売れた売れなかったは結果論。本を出してみなければ、それはまずわからない。また、編集の技法として、こうすればこう考えれば売れる本になるといったことは、どこにもないし誰にもわからない。
 そういうなかで、出版活動をやらなければならない編集者には、なかなか苦労が多いものだった。
 ところで、「売れる売れない」という言葉の意味や解釈も、出版社によって基準が異なる。ご近所だったマンガ雑誌などを出している出版社では“100万部”などというおそろしい数字がごく普通に使われていたのかも知れないが、こちらはせいぜい初版部数が4000とか5000部で、1000という増刷がそれに続いていければまず一安心。トータルで3万部にもなれば、大いばりできるといった程度ではあった。
 売れるスピードにも、本によって差がある。一般にベストセラーといわれるようなものになると、毎日増刷を決めたり、初版部数の何倍もの増刷になったりすることもあるが、経理や総務関係の実務解説書では、そんなことはあり得ない。
 そのかわり、何年も増刷を重ねて、初版4000部で始めた本が、何年かかけて数十万部に達するということもあり得るのだ。ウサギとカメの競争ではないが、一見派手で速そうなウサギよりも、鈍くさい明らかに走るのは速くないのろカメのほうが、最終的に勝利を得ることがある。
 そういうことを、自身の体験として実感できるようになるのは、まだもう少し先の話で、とにかく少しでも読者の役に立つ一点一点の新刊を、地道に積み重ねていくことに懸命だった。
 こどもの頃から好きだった模型づくりは、プラモデルが登場してからこれも大きく変わった。木を削ることから始めなければならないソリッドモデルと違って、半完成品のプラスチックのパーツを貼り合わせて組み立てればよいプラモデルは、簡単で速く仕上がる。
 それはそれで楽しいのだが、こうなると逆に、もっと手間暇のかかる模型づくりに興味が戻っていく。銀座の伊東屋でロープの会という集まりが帆船模型の展覧会を開いているのをみて、むしょうにやりたくなってしまったのもこの頃だった。
 輸入品の帆船模型のキットは、国産のプラモのようにきめ細かくなく、万事おおまかであったが、値段は高い。船の胴体も舷側の板を曲げながら細い釘で打ち込んでいかなければならない。そう次から次へできるものではないが、何か月もかけるその工程が楽しめる。
 実務書づくりも、面倒だし手間はかかってやっかいだけれど、その過程を楽しめるようになりたいものだと思っていた。
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1972☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1972mark.jpg昭和47年 壬子(みずのえね)
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◯北アイルランド、ロンドンデリーでカトリック系住民と英軍衝突。市民13人死亡。
◯米、ニクソン大統領が中国訪問。北京に到着、米中共同宣言。平和五原則に合意。
◯北アイルランドのテロ頻発し、英が一年間の直接統治を発表。
◯米ソを含む47か国が、モスクワで生物兵器禁止条約に調印。
◯キッシンジャー補佐官が訪ソ。パリで北ベトナム特別顧問と秘密会談。
◯パリ会談中断。2か月後に再開。
◯米、ニクソン大統領が北ベトナムの全港湾喜来封鎖の強硬措置。
◯米、ニクソン大統領が訪ソ。米ソ共同声明。
◯ワシントン・ポスト紙が対北ベトナム外交交渉の秘密文書を暴露。
◯西独ミュンヘンのオリンピックでアラブゲリラがイスラエル選手村を銃撃事件起こり、警官隊と銃撃戦で15人死亡。
◯西独・ポーランドが33年ぶりに外交関係樹立。
◯米ソ、SALT(戦略兵器制限交渉)条約を批准。
◯米大統領選挙でニクソンが大勝。
◯北爆を北緯20度以北に拡大。

◯パキスタンが英連邦を脱退。ブット大統領が中国訪問。
◯インドとバングラデシュが友好協力平和条約に調印。
◯北ベトナム軍が全土に渡る大攻勢。ミグ戦闘機がトンキン湾の米艦隊を初攻撃。米軍もハノイ、ハイフォンを爆撃。
◯セイロンが新憲法、国名をスリランカと改称。
◯イスラエルテルアビブ空港で、日本人ゲリラ3人による乱射事件。26人死亡。
◯中国が前年の林彪事件を公表。
◯ニクソンが対北ベトナム和平協定案に同意。
◯南ベトナム大統領、解放戦線と直接交渉の用意があると声明。

◉佐藤首相がワシントンを訪問、ニクソン大統領と沖縄返還を5/15とする共同声明発表。
◉第11回冬季オリンピックが札幌で開催。
◉連合赤軍5人が、軽井沢浅間山荘に立て篭もり銃撃戦。逮捕後、自供により14人のリンチ殺害も判明。
◉沖縄返還交渉の公電を洩らした外務省蓮見事務官と毎日新聞西山記者を逮捕。
◉沖縄の施政権が返還される。沖縄県が発足。
◉田中通産相が「日本列島改造論」を発表。
◉佐藤首相が引退表明。
◉自民党臨時党大会で、決選投票で福田赳夫を破った田中角栄が総裁に。
◉連続2797日の記録を立てた佐藤内閣が総辞職。
◉田中角栄内閣の成立。三木、大平、中曽根らが入閣。
◉田中首相が中国訪問。共同声明で日中国交正常化。
◉国府が対日外交関係を断絶宣言。
◉第二次田中内閣、福田内務相で入閣。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。平林たい子。鏑木清方。広瀬正。霧立のぼる。川端康成。水野成夫。伊東深水。中村雨紅。小汀利得。川上澄生。東海林太郎。柳家金語楼。飯田蝶子。杉本京太。モーリス・シュヴァリエ。エドガー・スノー。フレドリック・ブラウン。マウリッツ・エッシャー。ジョン・エドガー・フーヴァー。ハリー・S・トルーマン。

◎グアム島のジャングルから元日本兵横井庄一帰還。
◎住友金属鉱山が別子銅山の閉鎖を発表。
◎古河鉱業が足尾銅山の閉鎖を発表。
◎北陸トンネル内で急行列車が火災。死者29人、重軽傷者719人。
◎全購連と全販連が合併して、全国農業協同組合連合会が発足。
◎大阪千日前、千日デパートのビル火災で118人が死亡。
◎三井物産と三菱商事が日中貿易四条件の受入を表明。
◎名古屋地裁四日市支部が四日市ぜんそく訴訟判決で、6社に損害賠償を命じる。
◎森永ヒ素ミルク事件で、森永乳業が後遺症との因果関係を認める。
◎東京・神奈川・千葉の一都二県が、“東京湾は死の海”との調査結果を発表。
◎東京内幸町のNHK放送会館を三菱地所が354億円で落札。(坪1111万円)
◎内海魚から高濃度のPCBが検出されたと政府が公表。
◎筑波研究学園都市への各機関などの移転が開始。
◎台風並み低気圧通過の春山富士山で遭難。死者24人。
◎昭和13年に樺太国境を越えてソ連に亡命した岡田嘉子が34年ぶりの帰国。
◎ダイエーが売上高で三越を抜き、小売業1位に。
◎大蔵省が海外渡航時の外貨持ち出し制限を撤廃。
◎国鉄東京駅に総武・横須賀線の地下ホーム開設。総武地下新線の東京=錦糸町間も開通。横須賀線と総武線の乗り入れ直通運転。
◎新幹線、新大阪=岡山間も開業、延伸。
◎フィリピンのルバンで元日本兵3人の生存が確認、1人射殺される。
◎次期主力機に日航がボーイング747SR、全日空がロッキードL1010の導入を決定。
◎封書20円、はがき10円に郵便料金値上げ。
◎カシオ計算機、パーソナル電卓「カシオミニ」発売。1万2800円で飛ぶように売れる。10か月で100万台突破。
◎中国から贈られたパンダが上野動物園に到着。
◎パンダ公開の上野動物園、初日に1万5000人が殺到。押し合いへし合いしながら進む大行列に「立ち止まらないで進んでください」と。
◎奈良明日香村の高松塚古墳で、極彩色の壁画発見。
◎川端康成が神奈川県逗子の仕事場マンションでガス自殺。
◎映画・演劇・タウン情報誌「ぴあ」創刊。

■流 行:列島改造論で土地ブーム・ベルばら・パンダ。
■テレビ:木枯らし紋次郎。
■邦 画:熊井啓/忍ぶ川・深作欣二/軍旗はためく下に・山田洋次/故郷。
■洋 画:フランシス=フォード=コッポラ/ゴッドファーザー・ボブ=フォッシー/キャバレー・ロナルド=ニーム/ポセイドン=アドベンチャー・サム=ペキンパー/ゲッタウェイ。
■ 歌 :ちあきなおみ/喝采・古井戸/さなえちゃん・遠藤賢司/カレーライス・宮史郎とぴんからトリオ/女のみち・小柳ルミ子/瀬戸の花嫁・よしだたくろう/旅の宿・結婚しようよ・天地真理/ひとりじゃないの・山本リンダ/どうにもとまらない・青い三角定規/太陽がくれた季節・和田アキ子/あの鐘を鳴らすのはあなた・トワ=エ=モワ/虹と雪のバラード・橋幸夫/子連れ狼・奥村チヨ/終着駅・麻丘めぐみ/芽ばえ・ペドロ&カプリシャス/別れの朝・郷ひろみ/男の子女の子・三善英史/雨・森昌子/せんせい・ガロ/学生街の喫茶店・あがた森魚/赤色エレジー・アグネス=チャン/ひなげしの花・朱里エイコ/北国行きで。
■ 本 :有吉佐和子/恍惚の人・山崎豊子/サンダカン八番娼館・遠藤周作/ぐうたら人間学。
■ことば:恥ずかしながら帰ってまいりました・あっしにはかかわりのねえことで・未婚の母・同棲時代・恍惚・総括・三角大福。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/02/02 でんでんむし蛇足の記1972)
 グアム島の元日本兵が帰還したというこの年のニュースは、もう戦争の記憶も薄れかけていて、経済成長という言葉に浮き足立って土地ブームに踊らされ始めていた日本人をおおいに驚かせた。
 国連の中国招請の決議にさいしては、重要事項指定決議の提案国になってなんとか国府の追放を防ごうと努力してきた日本政府も、佐藤に変わった田中首相の訪中で、世界の大勢に従うことになる。
 しかし、へそまがりでんでんむしは、中国と仲良くなるに越したことはないが、そんなに急にうまくいくものだろうかと疑念があった。相手の国の体制が少しでも変わればともかく…。
 さて、新たな使命をもって始めた実務書編集だが、経理・税務・総務・人事といった会社のいわゆる実務の指針になるような情報は、それまで主として雑誌などが多く、単行本では専門書ばかりで類似の出版物は少なかった。
 そういうその道では名の通った専門家に執筆を依頼するには、あまりにも敷居が高すぎた。こういう本というモデルがないうえに、聞いたこともないような出版社がいろいろ注文をつけようとしたところで、まず話も聞いてもらえない。
 そこで、直接販売ルートでやっている雑誌の経験を活かして、できるだけ実務家のかかえる問題点にいちばん近いところにいる実務家その人に執筆してもらおうと考えた。実務家というのは、現実に会社で現場でその仕事に携わっている、あるいはそういう経験をもつ人だから、読者にもいちばん近い人のことである。
 だが、そういう人は毎日の業務が多忙で、一冊の単行本の原稿を書く時間となると、日曜休日と夜しかない。おまけに、ほとんどの人が原稿を書くという経験はまずない。生まれて初めてという人に、原稿を書いてもらうというのも大変なことだ。あるいは“むちゃ”というべきかも知れない。
 しかし、そこは著者の意欲に期待しながら、できる限りのサポートを編集者がしてあげなければならない。
 最初に出したのは経理実務の入門書で、著者はある上場会社で経理係長をしている人だった。中小企業ではなかったが、経理の基本の入門については同じだから問題はない。
 幸い、書くことにも興味があり、意欲も充分だったので、比較的進行もどうにかうまくいって、原稿の内容もよいできだった。
 そうしてやっと初めての単行本を送り出してみると、今度は不安がよぎる。もしかして、読者がまったくいなかったらどうしよう。1冊も売れないということはないだろうが、ほとんど売れないで返品の山になったらどうしよう…。
 日本の出版の基本は、委託販売という返品許容の制度で成り立っている。書店に並んでいる新刊本は、原則として出版社が預けたような形になっていて、売れれば追加の注文もあり得るが、売れなければどしどし返品されてくる。
 返品になって出版社に帰ってきた本は、一冊何百円という原価がかかっているので、そのまま棄てるわけにはいかない。汚れやすい傷みやすいカバーを取り替え、小口や天地と呼ばれる本のページ切断面に紙やすりをかけて汚れを落としきれいにして再出荷する。その作業が、前の項目でも出てきた再生作業なのだ。
 返品をゼロにすることはできないが、売れ行きが堅調であれば、返品も再出荷して消化でき、それでも足りなければ増刷しなければならない。
 編集者としては、この「増刷」の声を聞くと、とりあえずやっとほっとする。
 毎日、営業の部屋へ降りて行って、取次からもらってくる短冊の束を1枚1枚めくるのが日課となった。短冊と呼ばれる紙片は、本の間に挟まっているもので、これに書店や取次がハンコを押して部数を記入して返してくれれば、それが注文書になる。
 自分が担当してつくった本が、どこそこの書店から1冊、あるいは10冊と注文が来る。こんなうれしいことはない。直接、読者と接触できない編集者は、そうした注文書のむこうに、一人一人の買ってくれた読者を思い浮かべ、感謝する。
 もちろん、注文はそれだけではないが、その短冊のなかに具体的な手応えを感じることができた。
 幸い、最初の単行本はしばらくして増刷の声がかかった。
 この頃では、この辺りの事情も取次・書店のコンピュータ化が進んでいて、パブラインなどネット上で即数字が上がってきたりするのだが、こういうのって編集としてはどうなんだろうと思う。が、幸か不幸か自分には経験がないのでよくわからない。古い人間としては、何人もの人の手を経て、時間をおいて送られてきたスリップを、1枚1枚めくるのとはまったく違うのだろう。
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1971☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 
 
1971mark.jpg昭和46年 辛亥(かのと いのしし)
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◯米ワシントンで統一反戦大集会。50万人参加。
◯英、貨幣制度を十進法に移行。
◯エドガー・スノー、毛沢東がニクソンと会談する用意ありとする記事を「LIFE」誌に発表。
◯西独が外為市場を閉鎖、通貨不安が西欧州に拡大。
◯拡大パリ会談で、南臨時政府代表が7項目提案。
◯キッシンジャー大統領補佐官が、秘密裏に北京を訪問。
◯ニクソン米大統領が、翌年5月までに訪中すると発表。
◯北アイルランドで、英駐留軍とカトリック系住民が衝突。
◯仏、南太平洋ムルロア環礁で水爆実験。
◯ニクソン米大統領の、訪ソを発表。
◯国連で日本などが提案した逆重要事項決議案が否決され、中国招請・国府追放のアルバニア案が可決。国府は国連を脱退。ユネスコも中国招請・国府追放を決定。
◯米史上最大の5メガトン級地下核実験をアムチトカ島で実施。
◯10か国蔵相会議、金1オンス=38ドルを決定。スミソニアン体制発足。

◯南ベトナム政府軍のラオス侵攻作戦。失敗に終わる。
◯パキスタンのヤヒヤ大統領・アワミ連盟ラーマン総裁・ブット人民党党首の三者会談が決裂。内戦状態に。ラーマンはバングラデシュ独立を宣言。
◯米軍事法会議が南ベトナムソンミ村虐殺事件のカリー注意に終身重労働の刑を判決。
◯林彪副主席らの毛沢東暗殺計画が失敗し、林彪はソ連脱出を計って墜死。
◯カンボジア、ロン・ノル軍事独裁体制。
◯中国が大気圏内で核実験。
◯インド軍が、東パキスタンへ全面攻撃。戦火は西パキスタンへも拡大、全面戦争に。
◯パキスタンが国連の即時停戦撤退案を受入。インドがバングラデシュの独立を承認。

◉18都道府県の知事選挙で、東京都では美濃部都知事が再選。大阪府では社共両党が推す黒田了一が当選。
◉沖縄返還協定の調印式。東京とワシントンで宇宙中継。屋良主席は出席を辞退。
◉富山地裁がイタイイタイ病の原因はカドミウムと判決。住民側の勝訴。三井金属が控訴。
◉第三次改造佐藤内閣。福田外相、田中通産相。
◉ニクソンの“頭越し訪中”に、政府は衝撃。
◉ニクソンのドル防衛策で、東証株価が史上最大の暴落。ニクソンショック、ドルショック。
◉政府が変動相場制への移行を決定。
◉新潟地裁が阿賀野川有機水銀中毒の原因は昭和電工と判決。
◉成田空港公団が1坪地主らの土地第1次強制執行。
◉天皇皇后両陛下が初めて広島の原爆慰霊碑に参拝。

◉佐藤首相が現職首相として初めて広島平和記念式典に出席。
◉沖縄県祖国復帰協議会など10万余が沖縄返還協定の批准に反対スト。
◉返還協定に反対の集会やデモが32都道府県で実施。
◉協定の強行採決に反対する抗議行動が全国883か所で行なわれ、1800人が逮捕。
◉関西・関東の財界が訪中使節団を派遣。
◉10か国蔵相会議をうけ、政府は1ドル=308円の基準レートを告示。
◉衆議院で、自民党の単独採決で沖縄関連四法案を可決。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。横山エンタツ。深田久弥。内田百閒。高橋和巳。平塚らいてう。左卜全。山口蓬春。松永安左エ門。山下清。徳川夢声。大川博。松村謙三。志賀直哉。金田一京助。8代目桂文楽。ココ・シャネル。イーゴリ・ストラヴィンスキー。ルイ・アームストロング。フルシチョフ。

◎三菱重工とクライスラーが自動車部門で資本提携。
◎横綱・大鵬が引退。在位58場所、優勝32回。
◎日本国内航空と東亜航空が合併し、東亜国内航空に。
◎第一銀行と日本勧業銀行が合併し、第一勧業銀行に。
◎群馬県の女性誘拐薩事件の容疑者・大久保清を逮捕。
◎ラルフ・ネーダーが来日。
◎奈良の飛鳥地方が歴史的風土特別保存地区に指定。
◎東名高速の東京=神戸間に国鉄バスの夜行ドリーム号誕生。
◎東亜国内航空のYS-11機ばんだい号が函館郊外に墜落。68人全員死亡。
◎岩手県雫石町で全日空機と自衛隊機が空中衝突。全日空機の162人全員死亡。
◎名古屋で開催の世界卓球選手権大会に中国チームを招請。(ピンポン外交)
◎神奈川県葉山御用邸が放火により全焼。
◎日清食品がカップヌードル発売。
◎東京八王子市で全国初のノーカーデー実施。
◎西新宿に京王プラザホテル開業。
◎日本マクドナルド、銀座三越内にハンバーガー店1号店開店。
◎ミスタードーナッツが大阪箕面市で1号店。

◎映画5社のひとつ大映が倒産。
◎高島屋が東京12ch(現テレ東)で、テレビ通販を開始。
◎日本テレビ「スター誕生」第1回放送で森昌子が合格第1号に。
◎毎日新聞に連載の横山隆一「フクちゃん」が5,534回で終了。さすがに「角帽にゲタ・絣の着物」ではねえ。
◎「少年マガジン」などの売れ行きが減少。「少年画報」などが休刊。
◎ベアトリス・ポター「ピーター・ラビットのおはなし」を福音館書店が刊行。

■流 行:ボウリング・Tシャツとジーパン・アメリカンクラッカー。
■テレビ:スター誕生・仮面ライダー。
■邦 画:西村昭五郎/団地妻 昼下りの情事(日活ロマンポルノ第1作。)
■洋 画:ノーマン・ジュイソン/屋根の上のバイオリン弾き・ガイ・ハミルトン/007 ダイヤモンドは永遠に・デヴィッド・リーン/ライアンの娘。
■ 歌 :尾崎紀世彦/また逢う日まで・小柳ルミ子/わたしの城下町・加藤和彦と北山修/あの素晴しい愛をもう一度・南沙織/17才・欧陽菲菲/雨の御堂筋・鶴田浩二/傷だらけの人生・五木ひろし/よこはま=たそがれ・加藤登紀子/知床旅情・森進一/おふくろさん・渚ゆう子/京都慕情・上條恒彦と六文銭/出発の歌・ジローズ/戦争を知らない子供たち・朝丘雪路/雨がやんだら・シモンズ/恋人もいないのに・にしきのあきら/空に太陽がある限り。
■ 本 :大岡昇平/レイテ戦記・高野悦子/二十歳の原点・陳舜臣/阿片戦争・大原富枝/椀という女。
■ことば:脱サラ・がんばらなくっちゃ・シラケ・ごみ戦争。
 
❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/01/25 でんでんむし蛇足の記1971)
  少しずつ体調も戻ってきたところで、久しく行っていなかった山に行きたいと考えた。リハビリのつもりで、秋田の駒ヶ岳に登ったのは、行ったことのないところ東京からもできるだけ遠いところ、あまりたくさん歩かなくても済むところと、たくさんの条件をクリアできるところだったからだ。
 そのコースで帰りに泊まった雫石で、その直後に自衛隊機と民間機の空中衝突事故が起こったのには驚いた。飛行機と飛行機が空中で鉢合わせするなどということが、どうして起こるのだろう。
 そんなふうに思ってしまうが、飛行機も決められた航空路を飛んでいるわけで、なにもない大空を勝手気ままに飛んでいるわけではない。
 出版も何でもいいから出す、という出版社はまずない。それぞれ、自分たちで選んで引いた航路に沿って飛ぼうとしている。
 久し振りに社長に呼ばれて、書籍出版部の副編集長を命じられたのは、実務関係の単行本を出したいという方針があってのことだった。大阪からいっしょに転勤していた編集長のもとで進めていた、経営・自己啓発関係の単行本の編集体制も、どうにか軌道に乗りかけてきたと判断されたのだろう。それを拡充するために、雑誌のもう一方の本線である、経理・税務関係の単行本を出すというのは、社長の長年の念願でもあったらしい。それをやれと言われたのである。
 大阪に本社が移転してまだ間がない頃だったと思うが、東京で単行本を始めたときに、社長が本社員を集めて話をしたことがある。
 そのときに語られた社長の言葉で、深く心に残っていたのが「世の中の本はみんな四角の本ばかりだ。三角の本をつくりたい。」という意味のことだった。
 なるほど! それはいいなあ。「三角の本」かあ。いいこと言うなあ!
 素直にそう思って、その場でもおおいに賛同した記憶がある。どうやら、それを覚えていたらしい。
 中小企業のために、実務家に役に立つ必要な情報を届けるという、会社の拠って立つ理念を、単行本で具現化するという新たな使命を与えられた。
 書店の店頭も、時代とともに眼にもわかるかわからないかという変化を、常に続けて動いている。1971年当時の店頭状況を想像してもらうのはむずかしいが、この頃はまだ実務書とかビジネス書とかいう名前もなく、もちろんそういう分類や棚も売場もなかった。
 大きな本屋では「法律」と「経済・経営」といった表札のついた棚区分はあって、こういう分野をひっくるめて「ホーケー書」などと呼ばれていたのである。なんか、あまりいい語感とは思えない。「会計」という棚もあったが、「経理」はない。そこに並んでいる本は、どれもこれもみんながちがちの専門書で、ページ数も多くて定価も高い、ハードカバーや箱入りの本が多かった。
 そういう店頭を経由して、自分が読者にどんな本を届けるべきなのか。
 比喩や喩えというものは、ものごとの本質を表現するのには便利なことが多いが、それでは具体的にどうするかという方法を示してくれるわけではない。それを示すことまでは、社長の仕事ではない。
 「三角の本」は、精神としてはある方向を示してはくれるが、実際それをどうつくっていくかは、編集者が自分で考えなければならない。
 “ピンからキリまで”というのは、言葉の意味としては最高と最低の上下関係を意味するので、編集者の多様性にあてはめるには、あまり適当ではないかも知れない。むしろ、編集という仕事の幅や違いが生じるのは、出版社にはそれぞれ独自のカラーがあり、それをつくっているのが会社の方針や理念であり、そこで仕事をする編集者のセンスや考え方にも違いがあることで、当然なのだ。
 “同文同軌”という四字熟語の本来の意味は、同じ文化と文字をもち道路の轍(わだち)の幅も統一されている、つまり天下を統べるということだ。出版の世界では、天下統一はあり得ないことであるし、またそれは望ましいことでもなかった。戦国時代さながらに、それぞれに旗印を掲げて、微妙に幅の違った独自規格の轍を、自分たちの領土に刻みこむことによって領域の主張をしようとして走り回っている。
 会社の方針に従って、編集者が考え工夫することで、独自の轍の跡を大地に広く深く刻んでいくことになり、大空に航空路を設定していくことになると言ってもよいのだろう。(ちょっと苦しい喩えかな。)
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1970☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 
 
2015年は「戦後70年」…。さまざまにやかましくにぎやかになりそうだが、
やはりそういうくくりでは、どのようにして戦争の道へ入っていったかが
またしても曖昧になってしまう。
 100年のまとめて通して理解すべきではないか。
この年表を始めたのは、そういう思いもあったからなのだが…。
 
1970mark.jpg昭和45年 庚戌(かのえいぬ)
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◯米中、ワルシャワ会談再開。
◯東西両独首相が初めて会談。西独が東独の承認を拒否。
◯米英仏ソ、ベルリン問題で11年ぶりに会談。
◯米軍、南ベトナム軍とともにカンボジアに侵攻。米国内で侵攻反対の反戦デモが激化。
◯米ワシントンで平和大集会開催。
◯英総選挙で保守党が勝利。ヒース内閣。
◯英、EC加盟交渉を開始。
◯チェコ共産党が、ドプチェク前第一書記を除名。
◯ブラジルとウルグアイで、都市ゲリラが西独大使、米大使館員を誘拐する事件が続発。
◯伊が中国との国交樹立を声明。
◯国連総会で中国代表権問題を表決。中国招請・国府追放のアルバニア案が過半数を得る。
◯ノーベル文学賞に、ソ連のソルジェニーツィン(「収容所群島」など)。

◯イスラエル機がスエズ地区を爆撃。カイロを無差別爆撃。
◯米、中東停戦四大国会議を提案。
◯アラブ連合とイスラエルが米提案を受諾。90日間の停戦。ニューヨークで和平協議開始。
◯米軍がベトナム北爆を再開。
◯カンボジア、シアヌーク殿下が王国民族連合政府の樹立を発表。
◯カンボジア、民族統一戦線がアンコールワットを占領。
◯ヨルダンで軍事政権、シリアが内線に介入。
◯アラブ連合、ナセル大統領が急死。サダトが後任。
◯ニクソン米大統領がインドシナ和平五項目を提案。北ベトナムは拒否。
◯カナダが中国と国交。国府はカナダと断交。
◯米軍がハノイ近郊の捕虜収容所で救出作戦。失敗。

◉第三次佐藤内閣。防衛庁長官に中曽根康弘。
◉繊維対米輸出自主規制。日米繊維交渉は決裂。
◉自動車の排気ガス(一酸化炭素)規制拡大を閣議で了承。
◉沖縄復帰準備委員会が発足。
◉日本万国博覧会が大阪千里丘陵で開催。77か国が参加、期間中に6421万人が入場の史上最高。
◉羽田発福岡行きの日航機よど号が、赤軍派にハイジャックされ金浦経由で平壌へ。
◉松村健三が中国周恩来首相と会見。
◉日米安保条約、自動延長へ。
◉佐藤首相を本部長とする中央公害対策本部が発足。
◉汚水排出の届出義務など河川法施行令の強化を閣議決定。
◉戦後初めて沖縄を含む国勢調査。人口1億466万人。
◉日中国交回復促進議員連盟、379人が参加して発足。
◉新華社通信が尖閣列島は中国領と報道。
◉沖縄コザ市でMPの交通事故処理に怒る市民5000人が米憲兵隊と衝突。
◉愛知外相が米石油会社の尖閣列島油田調査に国民政府が許可したことに抗議したと答弁。
◉公害対策基本法、“経済との調和”条項を削除して成立。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。榎本健一。2世花柳壽輔。円谷英二。鈴木茂三郎。小桜葉子。岡晴夫。内田吐夢。西條八十。月形龍之介。川島正次郎。大宅壮一。三島由紀夫。2代目桐竹紋十郎。バートランド・ラッセル。ジミ・ヘンドリックス。ジャニス・ジョプリン。シャルル・ド・ゴール。

◎東大宇宙航空研究所、ラムダ4S型5号機の打ち上げに成功。「おおすみ」と命名される初の人工衛星。
◎山陽新幹線の六甲トンネル(16250m、日本最長、世界3位)の開通式。
◎銀座・新宿・浅草・池袋で歩行者天国の試行。
◎八幡製鉄と富士製鉄が合併し、新日本製鐵に。
◎三島由紀夫が盾の会と市ヶ谷の陸上自衛隊総監部でクーデターをアジって割腹自殺。
◎都心の主要交差点でスクランブル方式採用。
◎シャープが液晶LSIの電卓を発売。この年、電卓の生産100万台突破。
◎政府が日本の呼称を「ニッポン」に統一。
◎大阪天六の地下鉄工事現場でガス爆発。79人死亡。
◎米の生産調整開始。150万トンを減産。
◎学校給食に米飯提供の実験を開始。
◎交通事故死者が1万6765人で史上最悪を記録。1日平均で死者49.5人。
◎住宅ローン緩和、住宅金融専門会社も。金融公庫は民間マンションにも適用。
◎東京晴海で初の住宅産業展「グッドリビングショー」開催。
◎建設省第1回の地価公示価格発表。全国最高は銀座と新宿東口の1平方m220万円。

◎米ぬか油中毒事件でカネミ社長らを福岡地検が起訴。
◎東京都が光化学スモッグ警戒発令体制。
◎厚生省がスモン病発病の疑いでキノホルムの使用と販売中止を通達。
◎チッソの株主総会で一株株主が企業の責任を追及し混乱。
◎静岡県田子の浦港でヘドロ追放の住民大会。
◎家永教科書裁判で東京地裁が教科書検定は教育への国の不当介入で違憲と判断。
◎藤原弘達の「創価学会を斬る」への創価学会による出版妨害表面化。
◎公明党、出版妨害事件を受けて政教分離を決定。
◎ケンタッキー・フライドチキン、万博で日本初登場。
◎東京で唯一の畳敷き寄席末広亭が経営難で閉場。
◎「あしたのジョー」主人公の死を悼む読者からの投書が多数。講談社で追悼式。
◎NHKのテレビ契約者が2200万突破。うち400万弱がカラー契約。
◎国鉄が「ディスカバー・ジャパン」の観光キャンペーン。
◎キヤノンが初めてとなる普通紙コピーPPC複写機を発売。
◎三和銀行が、預金の受入・払出できる現金預け払い機を設置。

◎「anan」「non・no」が創刊。アンノン族。

■流 行:SLブーム・ちり紙交換屋・自然食。
■テレビ:樅の木は残った・時間ですよ・日本史探訪・細うで繁盛記。
■邦 画:山本薩夫/戦争と人間・山田洋次/家族。
■洋 画:イージーライダー・明日に向かって撃て。
■ 歌 :菅原洋一/今日でお別れ・藤圭子/圭子の夢は夜ひらく・ザ・ドリフターズ/ドリフのズントコ節・由紀さおり/手紙・・ベッツィ&クリス/白い色は恋人の色・ちあきなおみ/四つのお願い・いしだあゆみ/あなたならどうする・渚ゆう子/京都の恋・ヒデとロザンナ/愛は傷つきやすく・トワ・エ・モワ/空よ/誰もいない海・岸洋子/希望・和田アキ子/笑って許して・長谷川きよし/別れのサンバ・ソルティー・シュガー/走れコウタロー・加藤登紀子/知床旅情。
■ 本 :イザヤベンダサン/日本人とユダヤ人・塩月弥栄子/冠婚葬祭入門・石牟礼道子/苦海浄土。
■ことば:ハイジャック・ウーマンリブ・ヘドロ・鼻血ブー・スキンシップ。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/01/21 でんでんむし蛇足の記)
 築地のはずれのビルにあった東京事務所への通勤は、越谷からだと日比谷線の築地で降りればすぐだった。しかし、横須賀線で通勤となると、新橋で乗り換えて有楽町から歩かないといけない。会社の規定では地下鉄は通勤費が出ないのである。銀座通りと昭和通りを横切って、築地二丁目から築地橋まで往復2.5キロくらいを毎日歩いて通っていた。
 その当時はまだ築地橋の通りには、晴海通りの京橋郵便局の前から水天宮行きの都電が走っていて、前々年には爆破事件があった横須賀線も当然現在のように地下ではなく、一部で東海道線と同じ線路を分け合いながら地上を走っていた。
 当初の住居地選定のもくろみ通り、座って通勤できるので本も読めてよかったのだが、車内禁煙でもなくご丁寧に座席の壁側には吸い殻入れまでついていたので、混雑にも構わずに煙を盛大に吐き出す人も多かった。
 当時定期購読していた「暮しの手帖」が、70年4月刊行の「2世紀5号」に「たばこをのみはじめた息子に与える手紙」という特集記事を掲載した。これは、喫煙の健康被害をデータで示していたが、同時に受動喫煙の害にふれた初めての一般的な記事だったのではないかと思ったが、ほかにもあって知らなかっただけだろう。
 当時、小さな所帯だった東京では、みんな一部屋に集まっていて、一日中たばこの煙にいぶされていてくんせいにになっているタラのようだったので、この記事をコピーして社内に回覧した。なにしろ、家に帰って風呂に入るとき下着に染みこんだニオイがものすごかった。
 あまり感心した用語とは思えないが、「嫌煙権」という言葉が使われ始めるのは、このときからまだ8年も後のことになる。
 築地には電通もあって有名なうなぎ屋もあって、ごくたまにそこへ行くと、それらしい人がいたりした。銀座を横切って通う通勤路は、ただ通り過ぎるだけだったが、それでもいろいろ観察するのがおもしろい。
 後にApple Store Ginza ができるサエグサビルの裏には、文祥堂のショウウィンドウがあった。おそらくそこでも見ていたような気もするのだが、この頃タイプライターで遊んでいた。英語はダメだからカナタイプである。
 おそらく、イタリアの本社はその当時経営の苦境にあったはずなので、日本法人のオリジナル企画だったのかも知れないが、オリベッティのolivetti Lettera32というものである。英文タイプのこの型は1963年に発売されていたが、カタカナで使いたいというニーズは、そう多くはなかったはずであろう。日本人でもこんなものを買うのは、よほどヘンである。
 タイプライターで原稿を書くというのに憧れていたというだけで、これを買ってしまった。電動ではない旧式の手動なので、下手に早く打とうとするとアームがからまってしまうヤツである。もちろん、なんの実用にもならなかったが、タイプを打つという体験はできた。この機械はデザインが洒落ていて、スタイルとして完成していると思った。
 今でも、そこらに置いとけばインテリアになるくらいのものだが、未だにそういうのが似合う住環境にないので、ケースに入ってホコリをかむっている。
 実用になっていた日本語のタイプと言えば、邦文タイプがあった。その発明者・杉本京太が亡くなるのは、この翌年になる。そういえば、中央線が万世橋の上を過ぎるとき、いつも向かいのビルの窓に「和文タイプ」の看板文字があったが、あれはタイピスト学校だったのだろう。邦文タイプは、大企業の社長室や秘書室の近くにあって専門の技能を持ったタイピストが、要するに文書の清書をする役割を担っていた。
 東京事務所は東京支社になって、築地から三崎町へ引っ越すことになった。やっと、ビルの1階に倉庫と出荷と返品受入の作業場が持てることになったが、商品管理・総務経理はもうお役ご免になってしまっていて、税法法令集を手伝いながら霞ヶ関回りをしたり、耐用年数表の単行本を手がけたりしていた。
 新しい通勤経路は、東京駅で横須賀線から中央線に乗り換え、お茶の水から総武線で水道橋まで行く。その頃も横須賀線は東京駅の13番線だったかどうか、はっきり覚えていないのだが、松本清張がトリックに使った時よりははるかに列車の本数も増え、もうホーム越しに15番線の「あさかぜ」を見ることもできなくなっていたのではないか。
 大阪の万博にも、全社員が行くことになっていた。ところが、その頃はまだ体調が戻らず、横須賀線の電車に乗っていることができなくなってしまう。戸塚くらいまでが限界で、心臓があえぐようにどきどきして、気分が悪くなる。とても満員の車内に座っていられなくなり、途中で降りてしまうようなことがしばしばだった。退院後日赤で診てもらうと胆嚢炎ではないという。倒れた病因はよくわからないままだったが、自律神経失調だろうといわれていた。
 そんな状況で、万博へ行くというその当日も、横須賀線で横浜まで行けないで降りてしまい、万博には行けなかった。こうして、大阪の万博に行っていない数少ない?日本人の一人となった。
 水道橋には、少年画報社や秋田書店、それに線路の向こうには芳文社があった。「少年画報」には、忘れられない思い出もある。こどもの頃、盆と正月に入るこずかいでこの雑誌を買っていたのは、付録がおもしろいのが多かったからで、法隆寺のパノラマなどをつくっていたのをよく覚えていた。
 ご近所さんともいえたあちらはみなマンガ雑誌が受けに入っていて大儲け、こちらはあいかわらず地道に赤字を積みあげているという状態で、同じ出版社とはいええらい違いだった。(ところが、さしものマンガブームにも陰りが見えはじめており、「少年画報」はこの翌年には休刊となってしまうが…。)
 だが、もともと出版という世界は格差世界なのである。この年、山本書店という小さな個人出版社が出した本が、あれよあれよという間に数百万部のベストセラーになっていく。そんな意味では、この格差はあっという間に逆転できるくらいの格差とも言えるが、それはほんの一時のことに過ぎないので、少々のことでは格差は変わらない。
 そんな世界で同じ編集者といっても、まさにさまざまでピンからキリまで…というのはちょっと当たらないのだが…。
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1969☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 
 
2015年は「戦後70年」…。さまざまにやかましくにぎやかになりそうだが、
やはりそういうくくりでは、どのようにして戦争の道へ入っていったかが
またしても曖昧になってしまう。
 100年のまとめて通して理解すべきではないか。
この年表を始めたのは、そういう思いもあったからなのだが…。
 
1969mark.jpg昭和44年 己酉(つちのととり)
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◯拡大パリ会談、席の配置で合意。
◯米大統領にニクソン就任。
◯伊、中華人民共和国の承認を決定。
◯ワルシャワ条約加盟国軍が東独・チェコ領内で合同軍事演習。
◯チェコ、ドプチェク第一書記を解任。新聞・雑誌の事前検閲を復活。
◯英、北アイルランドで暴動。鎮圧に軍隊の派遣を決定。
◯仏、ドゴールが大統領辞任。ポンピドー前首相が当選。
◯アポロ11号が月面着陸。人類が初めて月面に立つ。
◯チェコ共産党中央委総会で、ドプチェク連邦議会議長を解任。ソ連介入を正当化。
◯米国内各地でベトナム反戦統一行動デモ。欧州にも波及。
◯ニューズ・ウィークが南ベトナム米軍の大量殺戮事件を報道。
◯国連総会で、地下爆発を含む核実験停止を決議。
◯米ニクソン大統領が南ベトナム第三次撤兵計画(5万人)を発表。

◯ベトナム和平のための拡大パリ会談開催。
◯イスラエル・アラブ両軍がスエズ運河地帯で砲撃戦。
◯中ソ東部国境で二度にわたり武力衝突。(ウスリー川珍宝島)
◯中共九全大会中間報告で、林彪副主席を毛沢東の後継者と規定。
◯中ソ軍が黒竜江ゴルジンスキー島、新疆ウィグル自治区で武力衝突。
◯北ベトナム、ホー・チ・ミン大統領が死去。

◉東大闘争支援の学生らが御茶ノ水駅・明大・中大付近にバリケード占拠。
◉機動隊員8500人を導入して、東大安田講堂の封鎖解除。374人逮捕。
◉加藤東大総長と坂田文相の会談で、東大の入試中止を決定。
◉衆院運輸委員会で国鉄運賃値上げを強行採決。
◉衆院内務委員会で国家公務員の総定員法案を強行採決。
◉社共両党主催の沖縄デー中央集会に13万人参加。学生デモ隊が線路内に入り新幹線・国電が一時止まる。
◉政府が自主流通米制度の実施を決定。
◉ASPACが伊豆の川奈で開催。反対の学生デモが機動隊と衝突。
◉昭和43年の国民総生産は51兆円で資本主義国第2位と経済企画庁が発表。
◉参院本会議で防衛二法案を強行採決。
◉参院本会議での抜き打ち採決で大学運営臨時措置法案成立。
◉国際反戦デーで各地に学生ゲリラ、1505人逮捕。
◉警視庁が大菩薩峠で武闘訓練中の赤軍派53人を逮捕。
◉名古屋地裁が大須事件に騒乱罪成立と判断、100人に有罪。
◉佐藤首相訪米阻止のゲリラが蒲田などで続発し、逮捕者2093人。
◉佐藤=ニクソン会談、共同声明で安保堅持と72年中の“核抜き本土並み”沖縄施政権返還。
◉第32回総選挙。師走選挙で野党第1党の社会党が、140から90に減少の大敗し、公明党が25から47に躍進。
◉東京証券取引所の大納会で、ダウ平均株価2358円の史上最高を記録。
◉繊維輸出に米からの規制要求。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。東くめ。成瀬巳喜男。坂本繁二郎。井植歳男。市川雷蔵。中山義秀。小泉純也。安藤鶴夫。正力松太郎。木々高太郎。長谷川如是閑。伊藤整。中村岳陵。石田波郷。獅子文六。大谷竹次郎。ジョン・ウィンダム。ベン・シャーン。ドワイト・D・アイゼンハワー。ジュディ・ガーランド。シャロン・テート。ホー・チ・ミン。劉少奇。

◎東名高速道路の大井松田=御殿場感が開通して全線開通。名神高速道路とも直結して、東京=西宮間536.4キロ全通。
◎水田の休耕、代作物への転換奨励金が決まる。
◎日経連が大学の紛争多発は、偏向教育が原因だと見解。
◎警視庁が紛争大学は112校でさらに増えると予想したが、年内に重症校はなくなる。
◎海外渡航の外貨持ち出し枠を500ドルから700ドルに増やす。
◎東洋一の八重洲大地下街が完成。
◎皇居外苑の北の丸公園が開場。
◎住友銀行がキャッシュカードと暗証番号による現金自動支払機を設置。
◎東急玉川線(玉電)が廃止される。
◎美濃部東京都知事が都営ギャンブル廃止を声明。
◎東京新宿西口地下広場のフォーク集会を道交法違反で取り締まり。7000人の参加者をガス弾で解散させる。
◎千葉県松戸市が「すぐやる課」を設置。
◎住宅公団の千葉花見川団地7081戸が完成。
◎東京都板橋区高島平団地の建設開始。
◎パルコ池袋店開店。
◎東京平河町に1億円のマンションが登場。
◎自動車保有台数が1652万台。アメリカに次いで世界二位。
◎東京都世田谷区に玉川高島屋開店。郊外型ショッピングセンターの第1号。(昭和52年までに全国で郊外型CSは558店に)

◎夏の甲子園大会決勝、三沢高:松山商業の試合が、延長18回0:0で引き分け再試合。翌日の再試合で松山商業が16年ぶりの優勝。
◎映画「男はつらいよ」シリーズ第1作が公開。
◎民放の音楽FMラジオ局が開局。
◎ソニーと松下がそれぞれ別規格の家庭用ビデオを発売。
◎駅売り専門のタブロイド判「夕刊フジ」が創刊。

■流 行:マキシコート・パンタロン。
■テレビ:8時だよ!全員集合・ゲバゲバ90分・水戸黄門。
■邦 画:山田洋次/男はつらいよ・篠田正浩/心中天網島・浦山桐郎/私が棄てた女。
■洋 画:ジョン・シュレシンジャー/真夜中のカウボーイ・ロマン・ポランスキー/ローズマリーの赤ちゃん。
■ 歌 :由紀さおり/夜明けのスキャット・内山田洋とクール=ファイブ/長崎は今日も雨だった・森進一/港町ブルース・カルメン=マキ/時には母のない子のように・藤圭子/新宿の女・弘田三枝子/人形の家・奥村チヨ/恋の奴隷・新谷のり子/フランシーヌの場合・森山良子/禁じられた恋・ザ=キング=トーンズ/グッド=ナイト=ベイビー・ピーター/夜と朝のあいだに・水前寺清子/三百六十五歩のマーチ・鶴岡雅義と東京ロマンチカ/君は心の妻だから・高田恭子/みんな夢の中・千賀かほる/真夜中のギター・アン真理子/悲しみは駈け足でやってくる・はしだのりひことシューベルツ/風・トワ=エ=モア/或る日突然・皆川おさむ/黒猫のタンゴ。
■ 本 :藤原弘達/創価学会を斬る・海音寺潮五郎/天と地と・丹羽文雄/親鸞・三島由紀夫/春の雪・庄司薫/赤ずきんちゃん気をつけて・司馬遼太郎/坂の上の雲。
■ことば:アッと驚くためごろー・にゃロメ・オーモーレツ。
 
❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/01/15 でんでんむし蛇足の記)
  中学生の頃には、漢字の書き取りが苦手で、放課後残されて漢字テストを受けさせられていた。国語の先生からは「お前がそんなことでどうする!」と叱られたが、字画が多くて書きにくく覚えにくい漢字混じりの日本語には、なにか問題があるのではないか、と考えていた。
 漢字のおもしろさはわかる。だが、しょせん記号ではないか。わからなければ辞書を引けばいい。それが書けないからといって、居残りまでさせてテストするようなことか?、と…思っていたわけですね。生意気な中学生だ。
 アメリカ映画に出てくる新聞記者のように、タイプライターでぱちぱちと原稿が書けるというのがうらやましかった。だからといって、カタカナ文字論者のように割り切ることもできないし、漢字には漢字の楽しみやおもしろさもある。ぱっとみて形で意味までわかる表意・表形文字というのは、アルファベットの羅列の国語よりは進んでいるのではないか。
 書き取りと同様に、計算も苦手で、そろばんも暗算もまるでダメだ。まったく取り柄がない。
 それなのに、書籍出版部門の総務経理・商品管理の仕事をやらされることになった。総務経理のほうは、所帯も少人数の出先だからまだたいしたことはないが、商品管理が問題であった。ちゃんとした倉庫がなく、事務所は5階で返品はエレベーターもない地下階に詰め込まれている。よくこんな立地条件で出版事業をやろうということになったものだと、自分の業務として改めてみると大きな問題があることに気がついた。
 それだけでなく、その管理事務組織がものすごく合理性に欠けるもので、本の一点一点と取引先別について縦横計の帳尻を合わせるようにつくられた大きな表で、取引先ごとに出納管理をし棚卸し評価をするようになっていた。担当者が手分けして一点の表1枚計算が合うと、まるで渾身の芸術作品がひとつ完成したかのように喜んだりしていた。だがまだ、あと何十点もある。せいぜい商品の数がせいぜい10点とか限られているのであれば、そういう単品管理もできないことはないだろうが、商品は毎月増えていく。こんなことをしなくても、棚卸し評価は最終仕入原価法で充分ではないか。
 毎月、数人の担当者は、何十枚もの大きな表の、その1枚1枚の帳尻合わせにそろばんをはじいて夜遅くまで残業しなければならい、といった大変な苦労を強いられていた。このままでは、とんでもないことになる。
 理屈では簡単で正確にできる縦横計だが、納品伝票・返品伝票と突き合わせて、最後の右下の合計欄を数量と金額をぴったり合わせるのはなかなかむずかしい。
 それを数十点も合わせなければならないが、そもそも対外的には請求書をちゃんとトータルで出せばいいのであって、そんな必要がどこにあるのだろうか。そんなこんなのもやもやを抱えながらやっていた。
 それでも、そろばんの能率を上げるために、計算と結果が印字できる加算機を導入することはできないだろうかとも考えてみたが、どうもそろばんができる人の頭は、その必要を認めない。
 1969年といえば、あのシャープが世界初となるLSI電卓「QT-8D」を開発した年ということになっている。また、キヤノンもキヤノーラを出したりするのだが、でかくて価格も高いそれらが自分たちの仕事に福音をもたらす、というところまではまだまだ至らなかった。今、みんなが使っているような電卓が登場するまでには、まだ数年の時が必要だったので、あいかわらずみんなそろばんをぱちぱちやっていた。
 その数年の時の間に、苛烈な開発競争が繰り広げられていくのだが、その過程で、後のコンピュータのCPUも生まれてくる。世界初のマイクロプロセッサとなるIntel 4004の誕生の陰には嶋正利という一人の日本人技術者の力があった。そして、さらにはIntel 8080→Z 80→Z 8000へとその流れが大きく拡大していくのだが、そんな話を知ることになるのも、もっと後からのことだった。
 この頃、司馬遼太郎はサンケイ新聞で「坂の上の雲」を連載していた。
 夏の甲子園の決勝は、取次(要するに出版物を専門にあつかう問屋のようなもの)へ行く用があって、営業といっしょに出かけ帰りの喫茶店でみていたが、なかなか終わらないので困った。
 家庭用ビデオが普及し始め、VHSとベータのふたつの規格ができていたが、テープの大きさがベータのほうがこじんまりとまとまっていて、設計が優れていると思った。それに、なんとなくソニーを応援したかったので、ベータを買っていた。
 本郷の安田講堂では大変なことになっていたり、神田お茶の水周辺ではカルチェラタンとか言って騒いでいたが、築地橋の事務所では自分たちのことでてんやわんやであった。
 とにかく、そろばんでもっと楽に合理的にできる商品管理態勢と事務管理システムをつくりなおさなければ、どうしょうもないことは、だんだんはっきりしてきたが、1年近く経ったところで体に変調をきたし、突然意識不明になってバタンと倒れた。後から思えば、そのとき頭をぶっつけなくて幸いだったが、救急車で運ばれて入院するという、初めての体験をした。病院の診断は胆嚢炎で、入院先ではすぐ手術をするといわれたが、こんなところで手術などされたくないと、なんとかごまかし断って出てきた。
 結局、本社から経理のエライ人が入れ替わり長期出張で来たりして、問題点をやっと認識してもらい、なんとか新システムの構築と移行はできたが、これで「やっぱりあいつじゃダメだ」という烙印を押されてしまったらしかった。
 漢字を書き順やらとともにそんなにたくさん覚えなくても、日本語がすらすら書けるようになればいいなあ。
 計算が苦手でも、縦横計なんぞはパパッとできて間違わない機械は、そのうちできるんじゃないのか。
 おちこぼれの小唄みたいなことは、ますます確信に変わっていく。「アシタという字は明るい日と書くのね〜」という歌も聞こえてきた。
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1968☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 
 
2015年は「戦後70年」…。さまざまにやかましくにぎやかになりそうだが、
やはりそういうくくりでは、どのようにして戦争の道へ入っていったかが
またしても曖昧になってしまう。
 100年のまとめて通して理解すべきではないか。
この年表を始めたのは、そういう思いもあったからなのだが…。
 
1968mark.jpg昭和43年 戊申(つちのえさる)
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◯チェコ、ノボトニー大統領が辞任、後任にスボボダ。
◯米、ウエストモーランド南ベトナム援助軍司令官を解任。
◯米ジョンソン大統領が大統領選不出馬と北爆の一方的停止を発表。
◯国人指導者キング牧師がメンフィスで暗殺される。各地で暴動。
◯仏、パリで学生デモが激化。凱旋門を占拠。ゼネストも。
◯北ベトナムと米のパリ会談始まる。
◯チェコ領内にソ連軍戦車部隊が侵入。東欧5か国軍も参加。
◯米、ロバート・ケネディ上院議員がロサンゼルスで暗殺。
◯米、ワシントンに黒人貧者の行進10万人集会。
◯チェコ、ドプチェク第一書記が自由化の一時的制限を発表。
◯米オリンピック委員会が表彰式で抗議の意思を示した黒人2選手を追放。

◯北朝鮮が米情報収集鑑プエブロ号の捕獲を公表。
◯南ベトナム、ソンミ村で米軍による虐殺事件。
◯イスラエル軍がヨルダン領に侵入。緊急安保理開催。
◯南ベトナム、民族解放戦線がサイゴンに猛攻撃。
◯イラクで無血クーデター。
◯イランで大地震。1万人が死亡。
◯中国共産党が、劉少奇国家主席を除名。
◯第1回の拡大パリ和平会談が南ベトナム政府の出席拒否で延期。
◯イスラエル遊撃隊がベイルート空港を奇襲。

◉原子力空母エンタープライズが佐世保に入港。今後の継続入港を認めると政府統一見解。
◉アンガー沖縄高等弁務官が行政主席の直接公選制を認めると言明。
◉倉石農相が現行憲法は他力本願で軍艦や大砲が必要と発言。
◉成田空港建設に反対する農民・学生が警官隊と大衝突。
◉米と小笠原返還協定に調印。小笠原の施政権が返還され東京都に帰属。
◉反日共系学生が東大の安田講堂を占拠。警官隊との攻防。
◉第8回参議院選挙でタレント議員(石原慎太郎・青島幸男・今東光ら)が多数当選。
◉文部省が学指導要領を改定。神話教育も復活。
◉日大紛争で大衆断交。会頭が辞職を表明。
◉東大のストが拡大、全学ストへ。
◉国際反戦統一行動デーに総評・中立労連が実力行使。新宿駅西口広場を学生デモが占拠。(騒乱罪を適用)
◉明治百年の記念式典。
◉最高裁が八海事件の4被告に無罪判決。
◉全共闘系と民青系の両派学生が東大で集会デモ、
◉自民党臨時党大会で佐藤総裁を三選。改造佐藤内閣。
◉日本のGNPが西独を抜いて自由主義圏第2位。
◉いざなぎ景気。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。円谷幸吉。奥野信太郎。柳家三亀松。藤田嗣治。万城目正。子母澤寛。広津和郎。村岡花子。中村天風。佐藤千夜子。マーティン・ルーサー・キング。ヘレン・ケラー。バージニア・リー・バートン。ジョン・スタインベック。

◎金嬉老がライフル銃をもって静岡県寸又峡温泉で籠城。
◎東名高速道路の一部開通。
◎富山県のイタイイタイ病は神岡鉱業所による公害と厚生省が発表。
◎郵便番号制度と交通反則通告制度が始まる。
◎和田札幌医大教授が心臓移植手術。
◎水俣病の原因は新日本窒素水俣工場の排水と厚生省が断定。
◎川端康成がノーベル文学賞を受賞。
◎府中市で現金輸送車の3億円が、白バイ警官を装う犯人に強奪される。
◎大塚食品が初のレトルト食品「ボンカレー」を発売。
◎福岡・カネミ倉庫の米ぬか油による中毒事件。熱媒体のPCBが原因で死者28人。
◎東京都千代田区に36階147メートルの霞ヶ関ビル完成。初の超高層ビル。
◎北海道十勝沖でM7.8の地震。死者30人、被災家屋3000余戸。
◎神奈川県横須賀市の自衛隊少年工科学校内の人工池で、渡河訓練中の生徒13人が死亡。
◎兵庫県有馬温泉の観光旅館「池之坊満月城」で火災、死者30人。違法建築で問題に。

■流 行:パンティ=ストッキング。
■テレビ:夜のヒットスタジオ・連想ゲーム・巨人の星。
■邦 画:熊井啓/黒部の太陽・岡本喜八/肉弾・今村昌平/神々の深き欲望。
■洋 画:フランクリン・J・シャフナー/猿の惑星・スタンリー・キューブリック/2001年宇宙の旅・アーサー・ペン/俺たちに明日はない・マイク・ニコルズ/卒業。
■ 歌 :千昌夫/星影のワルツ・ピンキーとキラーズ/恋の季節・鶴岡雅義と東京ロマンチカ/小樽のひとよ・ザ・タイガース/花の首飾り・ザ・テンプターズ/エメラルドの伝説・伊東ゆかり/恋のしずく・青江三奈/伊勢佐木町ブルース・ヒデとロザンナ/愛の奇跡・小川知子/ゆうべの秘密・島倉千代子/愛のさざなみ・黛ジュン/天使の誘惑・森進一/盛り場ブルース・都はるみ/好きになった人・ロス・プリモス/たそがれの銀座・いしだあゆみ/ブルーライトヨコハマ・高石友也/受験生ブルース。
■ 本 :司馬遼太郎/竜馬がゆく・羽仁五郎/都市の論理。
■ことば:昭和元禄・ハレンチ・サイケ・ノンポリ・タレント候補。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/01/09 でんでんむし蛇足の記)
 東京への転勤命令が出たのは、総務・経理関係の雑誌編集から販売・マーケティング関係の雑誌編集に異動して、1年も経たない急なものだったが、この年から本格的に東京進出体制が具体化し始めたからであったろう。
 東京事務所では、雑誌の連載記事を集めた単行本などの出版も始めてはいたが、そのてこ入れに本社から編集長が異動することになり、それと同時での転勤であったが、でんでんむしの役目は単行本ではなくて、3つある雑誌編集部全体の東京駐在員としてであった。
 昔とはずいぶん違ってきたなと思うことはたくさんあるが、なかでも荷物の配送は身近なだけに顕著に感じられる。それまで、東京へ行ったり、また広島へ帰ったりするときには、チッキという手荷物と貨物の中間のような扱いで切符を買って手続きをしなければならなかった。荷造りも自分でしなければならず、たいへんやっかいなものだった。
 東京転勤に際しては、東京事務所が借家を探してくれて、そこへは日通のトラックで荷物を運び、新幹線で移動して上野かどこかの旅館で一晩過ごし、翌朝現地へ行ってトラックが着くのを待った。まだ、引越便などというものはなく、日通にもそんな意識はなかった。
 新しい住家は、埼玉県の越谷であった。当時の東京事務所が築地にあったので、日比谷線が東武線北越谷まで乗り入れを始めていたこの沿線は、通勤に便利だったのだ。だが、ここでまた大阪の京阪電車に輪をかけたような通勤ラッシュをイヤというほど味わうことになった。とくに北千住から上野の間が最高にひどかった。この当時の日比谷線の車両は、銀色に光るジュラルミンのような金属板にラインが入った角の丸い車体だった。
 越谷は今ではマンションもたくさん建っているが、その頃にはまだまだ田圃や畑も多く残っていて、その間を水路が縦横に走っていて、漁業組合まであった“水郷”だった。そういえば聞こえはいいが、門真に続いて会社が選んだ場所は、鬼門ではなかろうがまたしても低湿地帯だったわけで、家は小さいがいちおうは一戸建てで、広い敷地の農家が母屋の裏に4戸並べて建てた貸家であった。そこから東武線の駅までは、雨でも降ろうものなら長靴なしではとうてい歩けないような道を15分くらいも歩いただろうか。
 大阪から東京へ転勤になるというときに、ひとつの決断をした。もうまた大阪へ帰ることもないだろう。どこか腰を据える場所を探したほうがよさそうだ。
 関東平野のなかにある越谷の家では、夏などは朝の4時にはもう朝日が差し込む。平野のない広島育ちには、どうにも落ち着かない。やっぱり、住むなら川や海があって、山もそばにあるところがいい。いくつか分譲地なども見て回ったが、結局最終的に関東の地図を見ながら選んだのが、横須賀線が走っている三浦半島周辺だった。他の私鉄沿線と違って、ここはもう先に開発の余地がないので、通勤電車で座れなくなるということはなかろう。
 広島の土地を売っても、首都圏ではその何分の一かの土地しか手に入らないが、なんとか土地を買い、銀行から借金をして翌年には自分で設計して小さな家を建てた。
 住宅ローンや大型の分譲地開発や住宅展示場なども、まだ本格的に始まるちょっと前だった。
 東京駐在員の仕事は、さほど忙しいことはなかったが、週に3晩は市ヶ谷にあったエディター・スクールの夜間講座に通い、そこでの内容を毎月本社に帰って、編集部の若手たちに伝えるという任務もあった。
 出版界ではときどき、やたらむずかしくてごつくて価格も高い本、あまり一般的とは思えないような本がバカ売れすることがある。新しいところでは2014年末から話題のトマ・ピケティの「21世紀の資本」がそうだ。ちょっと遡れば、一見してあまりいいタイトルとは思えなかったジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」があり、もっと前にはダグラス・ホフスタッターの「ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環」などがある。この年の羽仁五郎の「都市の論理」もまあそうだったと言えるだろうか。
 もう何度も書いたような記憶もあるが、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」が初公開されたのもこの年で、やっぱりこれは1968年の忘れられないできごとだったので、重複してもここで書いておかないわけにはいかない。
 この頃、東京事務所では細々とやっていた単行本の編集出版を担当する部門を兼ねていたので、納品や返品の処理をする業務があった。細々やっていても返品は膨大で、毎月その再生作業を総動員でやっていた。組織的には、いちおう別であるが同じ部屋にいる雑誌編集部所属の自分も、当然それを手伝う。
 この再生作業の終わった後で、部署のレクリエーションとして映画鑑賞に行くというので、その幹事役に、「それならこれ、これ観に行こうよ!」と強力にプッシュしておいた。みんなで行かなくても一人でも行けたのだが、なにかそのときは自分の興奮をみんなにも分けたい、という気持ちが強かった。
 根回しが功を奏して、作業後にテアトル東京(銀座一丁目の高速道路脇にあった)の大画面で公開されたばかりのこの映画を観に行った。ところが、広い映画館内は客の入りも悪くがらがらで、連れて行った連中も、作業の疲れから途中からほとんどが居眠りをしはじめる始末。
 後でも、「ああ、なんかお猿さんがたくさんでてましたねえ」「よく眠れました」というような案配で、すこぶるその評判はよくなかった。
 でんでんむしはひとり感動して、いよいよこういう映画が現われるようになったかと、アーサー・クラークの作品を思いながら感慨にひたっていた。とくに、お猿さんが空へ投げ上げた骨がくるくるとまわると、宇宙を行くパンナムのシャトルに切り替わって、「美しく青きドナウ」が流れてくる…。スローテンポでワルツを踊るステーションにシャトルが向かう。その音楽と映像の融合に一大エポックをつくった名場面では、胸が震えたものだ。
 この年のロードショウは興行的には惨敗で、早々に打ち切りとなってしまったが、年末の「キネマ旬報」の年間ベストでは、第1位に上げられていた。しかし、この映画が、広く一般に支持を広げるのは、10年後のリバイバル上映で行列ができるまで待たなければならなかった。
 すっかりその陰になってしまったが、SFファンとしては「猿の惑星」にも、注目しておかなければならないのだが…。
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1967☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 
 
2015年は「戦後70年」…。さまざまにやかましくにぎやかになりそうだが、
やはりそういうくくりでは、どのようにして戦争の道へ入っていったかが
またしても曖昧になってしまう。
 100年のまとめて通して理解すべきではないか。
この年表を始めたのは、そういう思いもあったからなのだが…。
 
1967mark.jpg昭和42年 丁未(ひのとひつじ)
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◯ベトナム参戦の米軍は47万3000と国防総省が発表。
◯英ソ両国首脳が、ベトナム和平への道は北爆の停止が先決との見解で一致。
◯ギリシャ陸軍のクーデターで軍事政権。
◯英、EEC加盟申請を発表。
◯米、デトロイト市で最大の黒人暴動が発生。非常事態宣言、連邦政府軍派遣、各地に波及。
◯米、ワシントンで反戦集会に10万人参加。デモ隊が国防省前に座り込む。
◯米、マクナマラ国防長官が辞任。

◯北京で反ソデモ。モスクワで中国外交官暴行事件。
◯インドネシア国会がスカルノ解任決議。スカルノはスハルトに全権委譲。
◯上海市、北京市に革命委員会。
◯米軍・南ベトナム政府連合軍が非武装地帯南半部に侵攻。
◯アラブ連合ナセル大統領がアカバ湾の封鎖を発表。
◯アラブ諸国とイスラエルが開戦。中東動乱始まる。
◯アラブ連合がスエズ運河を封鎖。イスラエルはガザを占領。シナイ半島を攻略。
◯ソ連がイスラエルと国交断絶。
◯香港で反英デモ。越境乱入。英政庁が香港国境を閉鎖。
◯北京の英大使館にデモ隊が放火。
◯南ベトナム大統領にグエン・バン・チュウ、副大統領にグエン・カオキ。

◉第二次佐藤内閣。
◉日本航空が世界一周線の営業開始。
◉青年医師連合がインターン制度に反対して医師試験をボイコット。
◉東大宇宙航空研の人工衛星第1号ロケット打ち上げに失敗。
◉東京都知事に、社共推薦の美濃部亮吉が当選。
◉閣議で資本取引自由化の基本方針を決定。
◉佐藤首相が韓国の朴正熙大統領の就任式典に出席。
◉佐藤首相の南ベトナムを含む東南アジア歴訪に反対する学生デモが羽田で警官隊と衝突。学生一人死亡。(第1次羽田事件)
◉吉田茂の死。戦後初の国葬。
◉沖縄那覇で沖縄即時無条件返還要求県民大会開く。
◉佐藤首相の米訪問で全学連が抗議デモ。(第2次羽田事件)
◉日米共同声明、沖縄返還は時期を明示せず、小笠原の1年以内の返還。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。広川弘禅。鮎川義介。山本周五郎。柳原白蓮。窪田空穂。轟夕起子。山下太郎。壺井栄。新村出。吉田茂。笠信太郎。ラダ・ビノード・パール。ロバート・オッペンハイマー。コンラート・アデナウアー。アーサー・ランサム。ヴィヴィアン・リー。ジョン・コルトレーン。ルネ・マグリット。ヒューゴー・ガーンズバック。チェ・ゲバラ。愛新覚羅溥儀。ジュリアン・デュヴィヴィエ。オーティス・レディング。

◎東洋工業が初のロータリーエンジンのマツダコスモスポーツを発表。
◎自動車保有台数が1000万台を突破。
◎新宿駅構内で米軍タンク車と貨車が衝突。国電1100本が運休。
◎国鉄上越線の新清水トンネル開通。
◎残っていた都電の銀座線など9路線が廃止に。これにより荒川線(三ノ輪=早稲田)のみが残る。
◎テレビ受信契約者数が2000万台を突破。普及率は83.1%。
◎果汁なしのレモン飲料、乳分の少ないコーヒー牛乳など「うそつき食品」が問題化。
◎タカラがリカちゃん人形を発売。
◎西日本各地で豪雨被害。死者行方不明者371人。
◎手塚治虫の「火の鳥」が「COM」で連載開始。
◎新潟北部と山形・福島で豪雨被害。死者行方不明者146人。
◎東京新宿にフーテン族。これに続いて、アングラ族やヒッピー族も。
◎TBSが日本の放送局で初の北ベトナム取材のドキュメンタリー番組「ハノイ=田英夫の証言」を放送。政府・自民党が問題化して、田はTBSを退社。
◎四日市ぜんそく患者9人が石油コンビナート6社を相手取って提訴。初の大気汚染公害訴訟。

■流 行:グループサウンズ(GS)・ミニスカート・占星術。
■テレビ:ハノイ=田英夫の証言・スパイ大作戦。
■邦 画:小林正樹/上意討ち・岡本喜八/日本のいちばん長い日・大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス。
■洋 画:セルジオ・レオーネ/夕陽のガンマン・ジッロ=ポンテコルヴォ/アルジェの戦い・ノーマン=ジュイソン/夜の大捜査線。
■ 歌 :ザ・タイガース/僕のマリー・ジャッキー吉川とブルーコメッツ/ブルー=シャトー/ザ・ピーナッツ=恋のフーガ・美空ひばり/真赤な太陽・佐良直美/世界は二人のために・森山良子/この広い野原いっぱい・ダーク=ダックス/銀色の道・中村晃子/虹色の湖・伊東ゆかり/小指の想い出・ザ=フォーク=クルセダーズ/帰ってきたヨッパライ。
■ 本 :大江健三郎/万延元年のフットボール・有吉佐和子/華岡青洲の妻・多湖輝/頭の体操・宮崎康平/まぼろしの邪馬台国。
■ことば:フーテン・アングラ。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2015/01/03 でんでんむし蛇足の記)
 この年表をつくり始めた動機には、だんだんあやふやになる記憶を整理しておこうというのもあった。印刷所のことを書いておかなければと思って、雑誌編集部での仕事の内容を思い起こそうとしても、西成区の教科書会社に印刷を依頼していたその頃の出張校正の実態がどうだったのか、全部やっていたのか担当記事だけだったのかどうもぼやけていてはっきりしない。
 広島では広島でいちばん大きな印刷所で印刷をやっていて、その最後の下版までをチェックするのも自分の仕事だった。その当時は雑誌一号分にまるまる全部最終的に眼を通して印刷に回していた。発行日を厳守しなければならない雑誌では、この出張校正がすべての編集作業の最後のまとめになる。
 この時代の印刷は活版印刷が主流で、簡単に言うと鉛の活字を原稿に従って一字一字拾って、それを本の形にまとめ一ページごとに版に組み上げ、その版を機械に載せ、インクをつけて紙をその上に通して印刷するというしくみになっていた。
 今では、社外の人間が印刷所の工場現場に入ることも許されないということもありそうだが、当時は編集者と印刷所の現場担当者とは直接やりとりをしていた。工場長だとか職長だとか各現場の担当者のところへ行っては、指示や確認をするから、だんだん顔見知りになり、親しくなる。工場で印刷の進行を見守るのも、たいへんおもしろかった。
 そうした現場には、年季を積んだ職人さんたくさんいて、たまに「ここおかしいんじゃ…」と、若い編集者に控えめに教えてくれる人もいた。
 いったん下阪して印刷を始めている刷り出しを見ていて、そこで重大なミスを発見したりすると、文選の現場に飛んで行って活字をもらい、印刷機のところにとって返すと「すみません!」と機械を止めてもらい、版を緩めて活字を入れ替えてもらう、というような芸当もやっていた。
 広島で雑誌を印刷していた頃の工場長が、ぜひ工場を見に来いとわざわざ特別に呼んでくれたことがあった。それはドイツから最新鋭の印刷機が搬入されて、向こうから技術者が来て運転を始めたときのことだった。広島では初めてだと得意そうなうれしそうな、工場長の顔が今も浮かんでくる。
 それが活版輪転機ではなかったかと思えるのだが、このあたりの記憶はマダラボケではっきりしない。その大きな印刷機には「HEIDELBERG」の文字が、これ見よがしに光っていたものだった。
 活版印刷も活字に直にインクをつけて印刷する方式から、紙型と鉛版をとって輪転機にかけるようになったり、印刷機もどんどん進歩していく。しかし、いわばハンコにインクをつけて、それを紙に押しつけるという印刷方式で、グーテンベルグ以来その基本が変わることなく、長い間世界中で使われてきた。印刷=活字というイメージはかなり広く定着していたのである。
 初めて印刷所の中に足を踏み入れたのは、中学生の頃だったが、薄暗くてなにか油のようなものが染みこんだ板の床にスリッパに履き替えて上がると、鈍く光る小さな活字が収まった小箱が、斜めになった棚にぎっしりずらっと並んでいて、裸電球がぶら下がっている。その間を小さな箱と折りたたんだ原稿らしい紙を見ながら、文選工と呼ばれていた人たちが活字を拾って行ったり来たりしている。
 活字は字母といわれる雌型に、鉛を鋳込んでつくられている。本文用の小さな活字は、常に新しいものが鋳込み直されて供給されるが、大きい活字は印刷後版を解いて、また活字棚に戻されている。
 その棚に隣り合う作業台が植字(ちょくじ・しょくじ)工の領分で、文選が拾ってきた活字を、編集者が指定した割付レイアウトにしたがってページに組んでいく。作業者ごとに小さなブースが棚に仕切られていて、木の腰掛け椅子に小さな座布団などを敷いている人もいる。大小さまざまのインテル(詰め物)に囲まれたそこに座って、1ページごとに組むと、それを糸でぐるぐる巻いて木のお盆のような箱に載せる。これが“ゲラ”といわれるもので、それにインクをつけて刷りだしたものをゲラ(校正刷り)と呼ぶようになった。
 最初の広島の映画団体機関紙をやっていたときには、現場の人がやってみろと言ってくれたので、自分で活字をページに組む作業をやってみようとしたことがある。本や雑誌の活字を読んでいる人が、その活字と活字の間の空間を意識することは、まずないだろう。だが、その空白部分には、活版の場合には何十種類というさまざまな大きさのインテルが、ぎっしりと隙間なく組み合わせられ埋め込まれている。
 これをきっちり組み上げることができるのは緻密な計算があってのことで、シロウトが見よう見まねでやってみてもうまくいかないことがよくわかった。
 印刷にしても、ただ機械がやるというようなものでなく、非常に細かな職人技が、印刷工程の至るところに積み重ねられていて、そこにも確かなプロの技が息づいていた。きれいな印刷に仕上げるには、たとえば印圧やインキのかすれなどを調整するために、小さな紙片をローラーに貼り付けたりもしていた。
 今現在、そうした活版印刷の現場は、実稼働設備としてはほぼ存在していない。あるとしたら、せいぜい大手印刷会社の歴史的・博物的保管としてその一部があるくらいだろう。大きな流れとして、このあと急速に進行する電算化とオフセット印刷への移行によって、活版は姿を消してしまうからだ。
 活字の現場がなくなってしまったのは、ひとつには活字やインテルという鉛を扱う作業が、人体に有害として規制ができたことがあるが、やはり技術の歴史的な変遷によるところが大きい。そのなかで、でんでんむしには忘れられない機械がある。正式な名前があったのかどうかも知らないが、自動鋳造文選機とでもいうべきその人間大のロボットのような機械があったが、それが活躍した時期は非常に短かったように思う。
  原稿データを入力した鑽孔テープをこれに連動させ、原稿の並びにしたがって逐次活字を鋳造して並べて打ち出していくのである。それは、活版からオフへの移行の谷間に咲いて、すぐに絶滅してしまう花のようであった。
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1966☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1966mark.jpg昭和41年 丙午(ひのえうま)
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◯ソ連の無人月探査機ルナ9号が月面軟着陸。
◯ソ連の金星3号が106日飛行して金星に到達。
◯米のジェミニ8号が標的とドッキングに成功。
◯米のサーベイヤー1号も月への軟着陸に成功。
◯国連のウ・タント事務総長が、北爆の停止と解放戦線の和平交渉参加を提唱。
◯米の各地で、ベトナム反戦デモなど運動広がる。
◯米の中間選挙で共和党が伸びる。上院で初の黒人議員が当選。
◯スペインのフランコ総統が新国家基本法で独裁緩和を提唱。
◯アルゼンチン軍部が無血クーデター。
◯『プラウダ』が初めて毛沢東を反レーニン主義と批判。
◯ローデシア問題。

◯印パ両国軍の撤退。
◯シリアでクーデター。
◯ガーナでエンクルマ大統領の北京訪問中にクーデター。
◯南ベトナム、サイゴン、ユエやダナンで反政府・反米デモ激化。
◯北京で紅衛兵百万人文化大革命祝賀集会。紅衛兵の活動が全土に拡大。
◯「人民日報」、「紅旗」が紅衛兵を支持。
◯南ベトナム、民族解放戦線が初めてサイゴン攻撃。
◯米軍機がハノイの住宅街を爆撃。
◯紅衛兵の北京上京を制限し始める。
◯北京の壁新聞、劉少奇・鄧小平の自己批判を掲出報道。
◯インドネシア、スカルノがスハルトに全権委譲。

◉沖縄立法院で初の行政主席の間接選挙。(野党各派退場)
◉佐藤首相が沖縄防衛に日本も参加と言明。
◉公労協・交通共闘統一スト。戦後最大の交通スト。
◉米原潜が横須賀に初入港。
◉閣議で東京国際空港の建設地を千葉県成田市三里塚に決定。
◉政府が建国記念日審議会を設置。
◉自民党代議士田中彰治が恐喝・詐欺容疑で逮捕。
◉荒船運輸大臣の国鉄ダイヤ改正介入問題、上山防衛庁長官の自衛隊機による選挙区入り、国有農地払い下げ問題、バナナ汚職事件など一連の汚職・政治腐敗が問題化。政界の“黒い霧”。
◉学者・文化人など884人が2月11日を建国記念日とすることに反対声明。
◉総評54単産がベトナム反戦統一スト決行。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。川田順。川端龍子。山中峯太郎。小宮豊隆。小泉信三。安倍能成。鈴木大拙。高畠華宵。大下宇陀児。荒木貞夫。亀井勝一郎。アルベルト・ジャコメッティ。バスター・キートン。モンゴメリー・クリフト。マーガレット・サンガー。ウォルト・ディズニー。

◎全日空B727機が羽田空港着陸前に東京湾に墜落。133人死亡。
◎カナダ航空DC8型機が濃霧で羽田空港防潮堤に激突。64人死亡。
◎BOACのB707型機が富士山付近で空中分解、墜落炎上。124人死亡。
◎全日空YS-11型機が松山空港で墜落。50人死亡。
◎千葉大付属病院医局員がチフス菌・赤痢菌の人体実験の容疑で逮捕。
◎日産自動車がプリンス自動車工業を合併。
◎東京銀座にソニー・ビル落成。
◎「玉川上水を守る会」誕生。このあと全国あちこちに誕生する“守る会”の第1号で、命名は金子光晴。
◎広島市議会が原爆ドームの永久保存を決議。
◎台風29号が関東・中部地方を直撃。山梨県足和田村で山津波発生。死者・行方不明者314人。

◎ビートルズが来日、武道館で公演。
◎社用族が利用するバーやクラブが林立、ホステス35万人。
◎この年、日本人の出国者が34万人を超え、初めて外国人入国者を上回る。その半数は沖縄・アメリカ行き。
◎ニチボウ貝塚女子バレーボールチームが258連勝でストップ。
◎ヒノエウマで出産数が136万人と今世紀最低に。前年比25%の減少。
◎交通事故死者数が1万3,904人で過去最高。
◎「巨人の星」が少年マガジンで連載開始。
◎サンデー・マガジンの少年マンガ雑誌がともに100万部突破。
◎「カラーテレビ、クーラー、カー」の3Cが新三種の神器に。
◎ソニーの盛田昭夫が「学歴無用論」(文藝春秋社)を出版し、学歴論争が盛んに。
◎恋愛結婚が見合い結婚を上回る。

■流 行:エレキ=ブーム・ビートルズ=ブーム・怪獣ブーム。
■テレビ:おはなはん・サンダーバード・笑点・ウルトラマン・銭形平次。
■邦 画:山本薩夫/白い巨塔・ゴジラエビラモスラ南海の大決闘・サイボーグ009。
■洋 画:オーソン・ウェルズ/市民ケーン・クロード・ルルーシュ/男と女・デヴィッド・リーン/ドクトル・ジバゴ・アルフレッド=ヒッチコック/引き裂かれたカーテン・ルネ=クレマン/パリは燃えているか・ジョン・ヒューストン/天地創造。
■ 歌 :加山雄三/君といつまでも・マイク真木/バラが咲いた・千昌夫/星影のワルツ・山本リンダ/こまっちゃうナ・布施明/霧の摩周湖・西郷輝彦/星のフラメンコ・美空ひばり/悲しい酒・ザ=ワイルドワンズ/想い出の渚・ザ=スパイダース/夕陽が泣いている・美川憲一/柳ヶ瀬ブルース・ザ=ブロード=サイド=フォー/若者たち・青江三奈/恍惚のブルース。
■ 本 :遠藤周作/沈黙・高橋和巳/邪宗門・阿川弘之/山本五十六・小泉信三/海軍主計大尉小泉信吉・毛沢東/毛沢東語録。
■ことば:交通戦争・黒い霧・びっくりしたなーもう・だよーん・けろよーん。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2014/12/24 でんでんむし蛇足の記)
 遠い星空のかなたでは、最初は大きく水をあけられていた米がソに追いつき、宇宙開発競争が激化していたこの年、地球の空ではなにかのタタリではないかと思うほど、大きな飛行機事故が多発していた。
 この年には、ビートルズの来日という騒ぎがあった。いわゆるポップス系とかポピュラーなクラシックくらいしか聴いていなかったので、実はこの頃のビートルズというのは興味からも意識からも遠い存在で、その音楽を楽しめるようになるのはもっとだいぶ後になってからだった。
 出版界では、あの分厚いマンガ週刊誌が完全に定着し、電車の中で大人がそれをめくっているという光景にもだんだん慣れていた。(この頃はまだ気になっていて、ほんとに慣れるのはもう少し後になってからかな?)
 前年から配本が始まっていた中央公論社の「日本の歴史」全26巻は、第1回配本の井上光貞「神話から歴史へ」から好調な売れ行きで、歴史本ブームとともに全集ものの出版企画が相次ぐ活況を呈していた。
 定価は450円也、判型が四六の小ぶりで上製箱入り、かつてブームを起こしたという「円本」を思わせるつくりもプラスしたのだろう。
 裏山に登れば横穴古墳があちこちにあるというような環境に住んで、ちょうど歴史にもより具体的な興味を持ち始めた頃だったので、毎回配本ごとに楽しみに読んでいた。
 まともな歴史家や普通の一般人からは完全に無視されていたが、やはりこの頃、読み物として非常におもしろいと思ったのは、デニケンの「未来の記憶」など一連のもので、後にはいわゆる“トンデモ本”として括られる類いのものだった。
 これもちょっと日本人にはマネのできない、酒席の話題向きのホラにしてもスケールの非常に大きな壮大な話で、完全にSFに通じるところがある。たとえば、SFの古典的名作になりつつあるホーガンの「星を継ぐもの」の連作やアーサー・クラークの「幼年期の終わり」など、後に「2001年宇宙の旅」の骨格となる作品は、人類の想像と英知をはるかに凌駕する巨大な存在がこの大宇宙にはあるのではないか、という胸躍る想像がどんどん広がっていくので、興奮させられた。
 この流れが、後にSFXなどの新たな表現手法を手に入れた映画界では、SF映画が完全に認知され隆盛を誇るようになり、出版界でもいわばデニケンの亜流ともいえるグラハム・ハンコックのベストセラーを産み出すことになる。
 日本ではこの年に初公開されたことになっている映画「市民ケーン」は、実はテレビでは5年前の1961年に放送(NHK?)されたことがある。このときは、家にテレビもなく、広島八丁堀の喫茶店「白十字」のテレビで、店員さんに頼んで最後まで観た記憶がある。映画史上もモデル問題でもいろいろ話題を提供したこの映画は、オーソン・ウエルズのラジオ番組(火星人襲来のラジオドラマ放送を、ホンモノの実況だと思った人々がパニックになった)で、その非凡さを認めたプロデューサーが後押ししてできたと逸話は語る。
 実をいうと、仕事や勉強以外で個人読者としての興味で読む本はそんなものばかりで、高尚な本はさっぱり縁がなく、文学作品さえも読んでいなかった。早い話、今だに直木賞は読むが芥川賞は読めない(笑)。
 こういうことを書くと非常に不遜に思われるだろうが、純文学というのがどうにも性に合わない。読んでいないわけではなくて、中学高校時代には図書館にあった何種類かの日本文学全集などでいちおう読んだつもりである。もちろん、こどもが読んでわかるようなものでないが、それから社会人になっても、文学作品に親しむという習慣が定着しなかったのは、とにかくどうもしっくりこなかったから、としか言いようがない。
 1954年の年表で「◎光文社「カッパブックス」の刊行開始。」という項目を挙げていたが、でんでんむしのこれも個人的な感覚では、書店の店頭でみる本の構成は、これ以降徐々に変わってきたように思う。一般の人が気軽に読めるような本が、少しずつながら増えていくのは、1955年の「◎新書ブーム。発行点数2733点で、全単行本の12.7%。」からと言えるような気がするのだ。
 同じ出版社という看板を掲げている会社で、専門的とはいえいちおう編集という仕事をしながらも、書店店頭や東京中心の出版事情には直接関わりはなかった。直販で大阪という二重のハンデを負っている身では、それらも遠い世界のことで、もっぱら読者としての関わりしかなかった。だから、業界の外野にいたこの頃は、書店を見て歩くのは楽しかった。
 毎日通勤で、近鉄大阪線の法善寺から高安を経て鶴橋・上六へ出る途中、布施から東に行ったところに、八戸ノ里という駅があった。新聞記者時代の司馬遼太郎も、この駅で乗り降りしていたのだろうか。この頃は、それもまだまったく知らずにいた。
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1965☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1965mark.jpg昭和40年 乙巳(きのとみ)
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◯米、月ロケット・レインジャー8号を打ち上げ。
◯米の黒人指導者・マルコムXが暗殺される。
◯ソ・ボスホート2号を打ち上げ、レオーノフ中佐が人類初の宇宙遊泳。米も負けじとホワイト中佐が宇宙遊泳。
◯米ワシントンで反戦デモ。
◯ドミニカで内乱。米海兵隊がドミニカ上陸。後に米州機構の調停で停戦。
◯英、鉄鋼大手14社の国有化を発表。
◯西独がイスラエルとの外交関係を樹立。
◯コロンビアで学生の反米デモ激化。非常事態宣言。
◯米、二人乗り衛星船ジェミニ2号打ち上げ。
◯米、ジョンソン大統領が南ベトナムに5万人増派を声明。米兵力は12.5万に。
◯米ロサンゼルスで黒人暴動、州兵出動。
◯米、世界最大の原子力空母エンタープライズを第七艦隊に配属。
◯米ワシントンで2.5万人の平和大行進。

◯韓国が南ベトナムに2,000人派兵。
◯南ベトナム・サイゴンで反米デモ。グエン=カーン司令官がクーデター。
◯米軍機による北ベトナム・ドンホイ爆撃。(北爆の開始)
◯オーストラリア、フィリピン、ニュージランドがベトナム派兵を決定。
◯シンガポールがマレーシアから分離独立。
◯韓国で日韓条約締結を単独可決。ソウルで反対デモに戒厳令。
◯インドとパキスタン国境で両国軍が衝突。(印パ戦争)後に安保理の停戦決議を受けて停戦。
◯中部ジャワでインドネシア軍と共産系分子が戦争状態に。
◯フィリピン、マルコス大統領当選。
◯ローデシアが一方的独立を宣言。国連安保理が非難決議。
◯コンゴでクーデター。モブツ司令官が大統領に就任。
◯チベット自治区が発足。
◯米軍機がハイフォン郊外のウォンビ発電所を爆撃。
◯中国で姚文元が呉晗の「海瑞罷官」を批判。(文化大革命の始まり)

◉中教審が「期待される人間像」中間草案を発表。
◉山陽特殊製鋼が倒産。負債総額480億円、中小下請に連鎖倒産。(高度成長時代の終りを告げる)
◉「あらゆる国の核実験に反対する」原水爆禁止国民会議結成。
◉日韓会談で、漁業・請求権・在日韓国人の法的地位の合意事項に調印。
◉アメリカの北爆に反対し小田実らが「ベトナムに平和を!市民・文化団体連合」(ベ平連)を結成。初のデモ行進。
◉全国の高校進学率が70%を超える。最高は東京の86.8%、最低は青森の54.3%.
◉社会党臨時党大会、新委員長に佐々木更三を選出。
◉田中蔵相が山一証券に日銀特別融資(無制限・無期限)を発表。
◉家永三郎が教科書検定は違憲として、国に対し損害賠償請求訴訟を提起。
◉大蔵省が景気刺激策として公共事業費などの繰り上げ支出を決定。
◉日本原子力発電東海発電所で、初の営業用原子力発電。
◉衆議院で議長発議により、参議院では自民・民社で日韓条約可決。
◉閣議で国債発行を決定。戦後初の赤字国債。
◉戦後最大の証券不況、物価問題深刻化。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。花柳章太郎。飛田穂洲。三船久蔵。久原房之助。樺島勝一。中澤不二雄。大賀一郎。河野一郎。江戸川乱歩。谷崎潤一郎。池田勇人。上原げんと。高見順。安西冬衛。岡崎勝男。11代目市川團十郎。河上丈太郎。山田耕筰。米川正夫。ウィンストン・チャーチル。ナット・キング・コール。マルコムX。李承晩。ル・コルビュジエ。E・E・スミス。アルベルト・シュバイツァー・サマセット=モーム。

◎日本航空が海外旅行パッケージツアー「ジャルパック」を発売。
◎長野県松代町で地震、松代群発地震の始まり。(約5年間も続き有感地震は6万回を超える)
◎東京農大ワンゲル部で“死のしごき”事件。
◎水質汚染が激しく、神戸須磨を除く京阪神の海水浴場を閉鎖。
◎四日市公害認定患者1号認定。公害患者を守る会発足。
◎新潟県阿賀野川流域で、水俣病に似た症状の患者確認。
◎愛知県犬山市に明治村が開村。
◎国鉄が特急券指定券などを電算機で処理する「みどりの窓口」開設。
◎初の国産旅客機YS-11が、日本国内航空の東京=徳島・高知線に続き、東亜航空が広島=大阪(伊丹)線など国内線に就航開始。
◎大阪市営地下鉄四つ橋線の西梅田駅=大国町駅間が開業。
◎日本信号が信号機に人の形がつく歩行者信号灯を製作。(2014年12月1日の新聞の川柳欄に「なんで男性だけなんだろう」というのがあった)
◎東京湾のごみ捨て場“夢の島”で、ハエが大発生。ハエとネズミ駆除大作戦実施。
◎家庭内に風呂をもつ家が全国で67.8%にのぼる。浴場の経営が立ちゆかなくなる。
◎福岡県山野炭鉱で坑内ガス爆発。死者237人。
◎日本漁船7隻がマリアナ沖で台風29号に遭遇。208人が行方不明。
◎有楽町駅前に東京交通会館が完成。
◎朝永振一郎がノーベル物理学賞を受賞。
◎富士写真フイルム、コンパクト8ミリ映写機「シングル8」発売。わたしにも写せます。
◎わが国初のコンパクトカセットレコーダーをアイワが18,000円で発売。
◎カシオ、世界初の記憶装置付き電子式卓上計算機を発売。
◎富士通、FACOM230を完成。汎用コンピュータの基礎となる。
◎アートネイチャーが創業。
◎松下電器が完全週5日制を導入実施。

◎市川崑の「東京オリンピック」に河野一郎国務相が「芸術的過ぎる」と批判。記録重点に再編集した一本も別にできる。
◎作家・戸川幸夫が沖縄・西表島北部で頭骨と毛皮を発見したヤマネコ。2年後に日本哺乳動物学会が新種と鑑定し「イリオモテヤマネコ」と命名。
◎有馬記念でシンザンが優勝し、初の五冠馬となる。
◎第1回となるプロ野球ドラフト会議開催。(堀内・藤田平・長池・鈴木啓ら)
◎中央公論社「日本の歴史」全25巻の初期配本分がベストセラーに。歴史書ブーム。
◎マンガ「おばけのQ太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」「おそ松くん」などが人気。

■流 行:ミニスカート・エレキギター・レーシングカー。
■テレビ:ザ=ガードマン・小川宏ショー・アフタヌーンショー・11PM・サザエさん。
■邦 画:市川崑/東京オリンピック・黒沢明/赤ひげ・熊井啓/日本列島・
■洋 画:テレンス=ヤング/007サンダーボール作戦・ロバート=ワイズ/サウンド=オブ=ミュージック・フェデリコ・フェリーニ/8½。
■ 歌 :加山雄三/君といつまでも・田代美代子&和田弘とマヒナスターズ /愛して愛して愛しちゃったのよ・倍賞千恵子/さよならはダンスの後で・北島三郎/兄弟仁義・函館の女・帰ろかな。
■ 本 :開高健/ベトナム戦記・岡村昭彦/南ベトナム戦争従軍記・三浦綾子/氷点・
■ことば:やったるで・フィーリング・かぎっ子・期待される人間像・しごき。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2014/12/18 でんでんむし蛇足の記)
 新幹線が開通したことと、カセットテープレコーダーなるものが登場したことは、出張事情を大きく変化させることになった。
 雑誌の編集部では、主に誌面のレイアウトや座談会やインタビュー、それに取材記事の執筆などが担当する中心的な仕事であったが、場合によっては東京まで出かけなければならない。でかい(今流行りのころころバッグの小さいのくらい)ソニーのオープンリールのテープレコーダーをよっこらしょと抱えて、大阪から夜行寝台の「明星」だか「銀河」だかに乗って行っていたのである。
 それが、新幹線とテレコの登場によって、大幅に負担が軽減され、ありがたかった。日帰りは楽でもないが、当時はまだビジネスホテルも現在のように普及しておらず、泊まるよりは新幹線でさっさと帰ってきたほうがよいという一面もあった。
 座談会やインタビューの記事をまとめるには、まず録音を再生して聴きながら、それを文字に起こすという作業が前提になる。ところが、これが結構な難作業で、基本的にはちょっと聴いてはそれを原稿用紙(これも400字詰めではなく800字詰に近いものでないとやりにくい)に書き取り、また続きを聴き…ということを、延々と繰り返さなくてはならない。テレコの再生→一時停止→再生という操作は、そういう作業を想定していないようで、がちゃがちゃといちいちハンドルを動かさなくてはならない。
 そこで、ちゃんとそういう道具も登場した。どこへどのように接続したのかは忘れたが、足踏みで一時停止と解除ができるペダルである。これは便利!
 カセットテレコの登場は、たちまちオープンリールやペダルを無用のものにしてしまった。「わたしにも写せます」のほうは、活字媒体の世界ではまだまだ別のことに過ぎなかった。
 こんなことを書いているのも、ICレコーダを記者会見のテーブルに並べたり、ノートブックを開けて直接キー操作をしている現在の取材風景からは、とうに想像の外になってしまった昔の文字起こしのことも、記録に留めておきたい、と思ったからだ。とにかく、機器の進歩でどんどん旧式の機器が陳腐化してしまうという現象は、この頃から顕著になり始める。
 編集者の仕事は文字起こしでは終わらない。腕の見せ所は、それから後の原稿にするところで、これにもいろいろな工夫が必要だった。座談会やインタビューといえば、しゃべった話をそのまま書けばいいのだろうと思っている人がいるだろうが、残念ながらそうはいかないのだ。
 模型飛行機を飛ばしていた昔から空への憧れがあったため、東亜国内航空がYS-11を大阪=広島に飛ばすことになって、広島への所用で帰ったときに、さっそくこれに乗ってみた。飛行機初体験である。当時の広島空港は観音にあって、小さな窓からそれまで地図と写真でしか見たことのない広島のデルタを眺めて感動した。その記憶は今も鮮やかなのだが、そのときに見た広島湾の水があまりきれいとは言えず、ひどく気になった。
 経済成長とともに、公害が問題化しつつあったが、まだ環境汚染という意識には間遠いものがあった。たまに来て見る隅田川も、この頃は臭くてしょうがなかったような記憶もある。
 「みどりの窓口」も、それまでの特急券指定券入手の困難さめんどくささを一変させた。年末年始やお盆など、現在では車で高速道路でというほうが一般化しているが、この頃はまだ高速道路網も完備しておらず、マイカーも普通とは言えなかった。帰省するにもどこかへ行くにも、国鉄の指定券を入手するために駅には大行列ができたり整理券が配られたりする始末だった。
 それが、窓口ですぐに買えたり、あるいは買えないということがすぐにわかるというのは画期的なことだった。
 いよいよ、電子計算機(コンピュータ)が、生活に関わっていくようになる、これが最初の動きだったと言えるのかもしれない。
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1964☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1964mark.jpg昭和39年 甲辰(きのえたつ)
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◯パナマ運河地帯で、学生と米軍衝突、騒乱。
◯仏が中華人民共和国を承認。
◯キプロスでギリシャ系とトルコ系の住民が衝突。国連安保理が警察軍派遣を可決。
◯ブラジルで軍部によるクーデター。カステロ将軍が大統領に。
◯ニューヨークで白人警官が黒人少年を射殺。争乱が続発。
◯米月ロケット、チャレンジャー号が月面の近接撮影に成功。
◯トンキン湾事件勃発。米が国籍不明の魚雷艇と応戦と発表。
◯米議会がジョンソン大統領の東南アジア軍事措置を支持。
◯米、ケネディ暗殺に関するウォーレン報告を公表。
◯英総選挙で労働党が勝利、ウィルソン内閣成立。
◯ソ連でフルシチョフが首相兼第一書記を解任され、コスイギンが首相に。
◯米、民主党ジョンソンが大統領選挙で当選。

◯南ベトナム軍部クーデター。グェン・カーン将軍が首班に。
◯ラオスでは右派軍のクーデター。
◯韓国で朴政権打倒デモ。ソウルに戒厳令。学生デモ各地に波及。
◯駐南ベトナム米大使が辞任し、テーラー統合参謀本部議長が後任。
◯トンキン湾事件を受けて、米軍機が北ベトナムを報復攻撃。
◯独裁政権に反政府運動が拡大し、グェン・カーン大統領辞任。
◯コンゴ内戦。反政府軍が人民共和国を宣言。
◯中国が初の原爆実験。
◯民族解放戦線が南ベトナムのビエンホア米軍基地を奇襲。
◯コンゴ、スタンレービルにベルギー降下部隊が降下し、人質救出。
◯南ベトナム若手将校団が政治家を逮捕、国家評議会を解散。
◯アフリカで、タンザニア共和国、マラウイ共和国、ザンビア共和国、ケニア共和国が誕生。

◉吉田茂元首相が台湾を訪問。蒋介石総統に池田親書を手交。
◉米大使館前でライシャワー大使が少年に刺され負傷。輸血が問題化。
◉国際通貨基金(IMF)8条国に移行。自由化率93%に。
◉総評の太田議長らが池田首相と会談。公労協ストは中止。
◉戦後初の戦没者叙勲を決定。
◉東京地裁、三無事件に破防法を初適用して有罪判決。
◉原子力委員会が原潜寄港は安全性に問題なしと結論。政府は原潜寄港受諾を米に通告。
◉サブロック積載の原潜は事前協議の対象とする政府統一見解。
◉池田首相入院。

◉第18回オリンピック東京大会開催。
◉自民党議員総会で、佐藤栄作を後継首班に指名。
◉池田内閣総辞職、全閣僚再任で佐藤内閣誕生。
◉原潜シードラゴン号が佐世保に寄港。
◉全日本労働総同盟結成。
◉公明党の結成大会。
◉日本特殊鋼が会社更生法適用を東京地裁に申請。
◉第7次日韓会談開始。
◉琉球立法院が日本復帰、施政権返還要請決議を満場一致で可決。
◉日銀が日本共同証券に400億円の特別融資。
◉粗鋼生産高が、3979万トンで世界第3位に。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。八波むと志。尾崎士郎。高碕達之助。辰野隆。太田垣士郎。三好達治。朝倉文夫。堤康次郎。佐藤春夫。大野伴睦。金山平三。佐田啓二。3代目三遊亭金馬。三木露風。2代目広沢虎造。アラン・ラッド。エルンスト・クレッチマー。ダグラス・マッカーサー。レイチェル・カーソン。ジャワハルラール・ネルー。コール・ポーター。ノーバート・ウィーナー。

◎国鉄、電子式座席予約装置を開設。
◎新潟地震で死者26人、全壊全焼2250戸。昭和石油の原油タンク爆発。昭和大橋賀崩壊。液状化が初めて確認される。
◎東京の水不足が深刻化。第四次の給水制限。
◎東京モノレール、浜松町=羽田空港間で開業。
◎東海道新幹線開業(東京=新大阪間4時間)。
◎海外渡航が自由化。ハワイが渡航先人気のトップ。
◎東京オリンピックで、重量挙げ、体操、女子バレーボールなど18種目で金。

◎野球留学中の村上雅則が大リーグ・ジャイアンツに入団。初の日本人大リーガー。
◎東京でホテル・ニューオータニ、東京プリンスホテル開業。
◎カルビー製菓、かっぱえびせん発売。
◎大関酒造がワンカップ大関を発売。
◎十條キンバリー、クリネックスティッシュを発売。
◎東京・上野の国立西洋美術館で、朝日新聞社主催「ミロのヴィーナス展」開催。フランス国外で初。
◎東京12チャンネル開局。
◎「平凡パンチ」「ガロ」創刊。
◎石森章太郎「サイボーグ009」、藤子不二雄「オバケのQ太郎」・白土三平/カムイ伝などマンガ週刊誌などで連載開始。

■流 行:シェー!・みゆき族・プレタポルテ。
■テレビ:ひょっこりひょうたん島・大河ドラマ/赤穂浪士・木島則夫モーニングショー・ミュージックフェア。
■邦 画:今井正/越後つついし親不知・今村昌平/赤い殺意・斎藤武市/愛と死をみつめて。
■洋 画:突然炎のごとく・アメリカ=アメリカ・マイ=フェア=レディ。
■ 歌 :美空ひばり/柔・坂本九/明日があるさ・都はるみ/アンコ椿は恋の花・水前寺清子/涙を抱いた渡り鳥・ペギー葉山/学生時代・岸洋子/夜明けのうた・ザ・ピーナッツ/ウナ・セラ・ディ東京。
■ 本 :北杜夫/楡家の人びと・大仏次郎/パリ燃ゆ・大江健三郎/個人的な体験・柴田翔/されどわれらが日々。
■ことば:おれについてこい!・ウルトラC・太った豚になるより痩せたソクラテスになれ。
 
❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2014/12/14 でんでんむし蛇足の記)
 結婚して間もなく、本社の移転にともなって広島から大阪へ転勤になったが、その大阪で最初に住んだところは門真。引っ越し荷物の送り先には「大阪府北河内郡門真町」とあった。会社が探してくれたアパートは6畳1間でトイレは共同、タンスが入口からも窓からも入らない。しかたがないので、その日のうちに近所に建っていた文化住宅を自分で探して入居した。
 “文化住宅”というのは「文化」のレベルを押し下げているとしか思えないような住宅だったが、玄関(ドアではなくガラス障子の引き戸)の三和土と台所が並んでいて、その向うに4畳半と6畳の和室が続き、狭いテラスとトイレがくっついている。それが6〜7軒くらい1階と2階にズラーっと並び、それが道の両側に向かい合っている。玄関につながる2階の通路はアーケード式になっていて、これがなんとなく西部劇に出てくる開拓の町のような印象があった。道路もまだ舗装が完成していないところが多くて、そこへ根無し草が丸まって転がってくればまさにピッタリという光景である。
 2階と1階は別々で、うちの下は開店したばかりのお寿司屋さんだった。新しい街には、若い駆け落ち者やそれらしい者などが住んでいたりして、そこは大阪らしくすぐに声を掛けあい内輪の話も筒抜けになる。うちにテレビがないと知ると、若い夫婦者の奥さんが「そんなん今時かわいそうやわ」といって要らなくなった古いテレビを旦那に運ばせてむりやり置いていった。うちは別にテレビなんかいらんのやけどなあ。
 だが、それをつけてみるとちょうど衛星中継が始まったところで、飛び込んできたのがアメリカのケネディ大統領が暗殺される映像だったので、それは1963年のことだった。
 引っ越してすぐに、門真町は門真市になるが、そこは松下電器の本社があるところだった。有名な話だが、最初この地は大阪の東北で鬼門に当たるという反対論を、松下幸之助は日本中が東北に向いているじゃないかと押し切ったというが、要は地代がいちばん安い低湿地帯だった。
 水田や蓮田が広がるなかに、それをつぶしてどんどん文化住宅が建っていた。始めは天神橋に近いところにあった会社まで通勤するには、京阪電車は比較的便利な線だったのが、門真になった主な理由だったのだろう。この京阪電車がすごい! 初めて体験する都会の通勤(痛筋)電車は、古川橋から京橋まではとにかくギュウギュウすし詰めの超満員。当時の京阪は天満橋が終始点駅で、そこから天神橋筋まで中之島を横切って通っていた。
 文化住宅は大阪の周辺では、門真に限らずあちこちでバンバン建っていた。新聞の不動産広告では“文化”の文字がぎっしり並んでいた。だが、これはおそらく関西(京阪神)だけの特異な現象だっただろうと思う。
 風呂はないので、京阪電車の古川橋駅付近の銭湯まで、石けんかたかた鳴らして通った。夫婦で行って、どちらかが出て来るのを待つという門真の“神田川”だったが、その歌はまだ生まれていない。銭湯はその名も“幸福温泉”で、駅前には“幸福市場”があった。各商店のにぎやかな呼び声は、いかにも大阪らしさを感じた。
 水田は見慣れているけれど、こんなに広い一面のレンコン畑を見るのは初めてだった。青青と葉を広げ、きれいな花も咲く時期も冬枯れの時期も、それぞれ味わいがある。とくに、冬場の寒い時に行なわれるレンコン掘りは、体半分近くまで泥田に浸かりながら、舟を浮かべて探り出し掘り出したレンコンを収穫していく大変な作業だと感心した。(今ではもうそんなことはしないで、エアポンプで空気を送り込んで掘り起こす。)
 こどもが産まれて、今度は近鉄大阪線の法善寺駅付近に自分で貸家を探してきて、住んでいた。近鉄大阪線のラッシュ区間は京阪電車ほど長くはなかった。門真は山が少し遠い。やっぱり山のそばに住みたいなあと考えて、生駒信貴の山並みが南の大和川で切れそうになる手前のところ(柏原市)を選んだのである。
 イチゴ畑やブドウ畑が広がる河内平野の山裾は、古い歴史を秘めたところでもあって、なかなか趣があった。近鉄大阪線は、当時は上六が終点だったので、そこからはバスに乗り換えて後に東梅田に移った会社まで通っていた。地下鉄はまだ御堂筋線しかなかった。
 この頃から、ちょっと凝りはじめたのが古寺巡礼で、日曜日にはよく奈良や京都のお寺を訪ね歩いた。和辻哲郎の「古寺巡礼」はだいぶ古いけれど、中村直勝の本などもとてもよいガイドになって、多少は仏のこころに添うことができたような気もしていた。
 古代史への興味が湧いてきたのも、そこいらじゅうに古墳があるこの地域の環境に触発されたことが大きい。
 借家はブドウ農家が古い集落に隣り合う畑に建てたもので、少し高いところからは広い河内平野を見渡すことができ、夏ともなると河内音頭の囃子がブドウ畑を越えて流れてくる。
 後になってから、そうだ本場の河内音頭を一度くらい見に行けばよかったと思ったりもするが、当時はやはり新参の流れ者として、そういう余裕はなかったのだろう。
 東海道新幹線ができて、東京オリンピックが開かれたこの年、会社ぐるみで新幹線に乗ってオリンピックを観に行った。といっても、総務の担当者や開設して間もない東京事務所の連中は入場券を取るのに大変な苦労をしたらしいが、競技もなにも選んでいるような状態ではなかったので、とにかく手に入った入場券で、各自バラバラにだけどある程度はまとまって、順番に五月雨式に行くことになった。でんでんむしが当たった券は、駒沢競技場でのあまり聞かない国どこやらとどこやらの男子バレーの試合であったから、もっぱら新幹線に乗りに行ったようなものだった。
 広島から始まり、西日本が中心だった出版社も、出版社としてはいずれは東京に進出しなければ勝負にならなかった。それは一部では以前から自明のビジョンでもあったらしい。社内預金制度の会の名もそれを示していたし、非公式には「第二社歌」(第一はない)というのがあるといい、それがなんと村田英雄の「王将」だというのだ。
  「明日は東京へ出て行くからは なにがなんでも勝たねばならぬ…」
  大阪への本社移転は、そのための中継点であり、東京オリンピックへ全社員が行こうというのも、その布石であったかもしれぬ。
 
 (これからまた、しばらくの間、平常運転で隔日更新に戻ります。12/15)
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1963☆『思い出の索引』★でんでんむし@アーカイブス☆わたしたちが生きてきた時代とは… [年表]

われわれはどこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか…? 

1963mark.jpg昭和38年 癸卯(みずのとう)
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◯ドゴール仏大統領が、英のEEC加盟拒否を声明。
◯仏と西独が協力条約に調印。(パリ=ボン枢軸)
◯米原潜スレッシャー号が、ボストン沖で沈没。乗組員129人全員死亡。
◯女性宇宙飛行士テレシコワ少尉を乗せた、ソの人間衛星船ボストーク6号が地球を48周して帰還。
◯米ソ直通通信(ホットライン)協定。
◯フルシチョフ首相が東西不可侵と部分的核停を提案。
◯ソ、中国共産党とモスクワで会談するも、物別れに。
◯米英ソが核実験停止会議。
◯大気圏内、宇宙空間、水中における核兵器実験禁止条約に調印。(部分的核実験禁止条約)
◯ドゴール大統領が部分的核実験禁止条約に仏は不参加を表明。
◯人種差別の撤廃と雇用の拡大を求める20万人の「ワシントン大行進」。
◯ドゴールがベトナムの民族自決・独立・平和・統一を主張。
◯西独のアデナウアー、英のマクミラン両首相が辞任。後任は、エアハルトとヒューム。
◯米、クーデター後の南ベトナム新政権を承認。
◯ケネディ大統領が、テキサス州ダラスで暗殺される。(ジョンソン副大統領が大統領に就任)
◯東独、クリスマス期間中の西ベルリン市民の東独訪問について西ベルリン市と協定。
◯モスクワで開かれた中ソ両国共産党会談が始まるも決裂。

◯イラクとシリアで、バース党によるクーデター起こる。
◯ラオスでパテト・ラオ軍がジャール平原を奪取。両派首脳会談。
◯南ベトナム、ユエで反政府デモ。
◯インドネシアではスカルノ大統領を終身国家元首に。
◯南ベトナム、サイゴンで僧侶が焼身自殺。
◯南ベトナム、戒厳令。軍隊と警察が寺院を占領。僧侶や学生を逮捕。
◯カンボジアが南ベトナムと断交。
◯シンガポール、完全独立を宣言。
◯「人民日報」と「紅旗」がソ連共産党公開状への批判を6回にわたり掲載。
◯マレーシア連邦が発足。
◯南ベトナムでクーデター。ゴ大統領兄弟が殺害される。臨時政府発足。
◯イラクで大統領がクーデター、バース党政権を倒す。

◉IMF理事会から8条国移行の対日勧告。
◉ガット理事会から11条国への移行決定を通告。
◉原子力科学者154人が原子力潜水艦寄港反対を声明。日本学術会議もこれに続く。
◉新産業都市として水島など13か所、工業整備特別地区に鹿島など6か所を指定。
◉第9回原水禁大会が分裂。
◉政府主催の第1回戦没者追悼式。
◉最高裁が松川事件の再上告を破棄、被告全員の無罪が確定。
◉最高裁が砂川事件の再上告を棄却、被告7人の有罪が確定。
◉「火主水従」への発電方式の流れが決定的になる。
◉第4次池田内閣。全閣僚留任。
◉中小企業近代化促進法公布。

・この年に亡くなった人にはこんな人も…。佐佐木信綱。渋沢敬三。石井茂吉。野村胡堂。夏目鏡子。久保田万太郎。長谷川伸。大田洋子。小津安二郎。力道山。セオドア・フォン・カルマン。ジョルジュ・ブラック。ジャン・コクトー。エディット・ピアフ。ゴ・ディン・ジエム。ジョン・F・ケネディ。エルネスト・レクオーナ。ダイナ・ワシントン。

◎北陸地方に豪雪被害。赤痢蔓延などで156人死亡。
◎宮内庁が雑誌「平凡」の連載小説「美智子さま」の中止を申し入れ、5月号で連載中止になる。
◎東京・入谷で4歳の幼児が誘拐される。(吉展ちゃん事件)
◎埼玉県狭山市で女子高校生誘拐殺害事件。死刑判決の被告が自白撤回。(狭山事件)
◎大阪駅前に初の横断歩道橋が完成。二番目は東京の五反田駅前。
◎国鉄がATS(列車自動停止装置)の使用を開始。
◎生存者叙勲が復活。
◎雑誌「中央公論」に林房雄の「大東亜戦争肯定論」を掲載。
◎ニセ札に対処するため、新1000円札(伊藤博文)発行。
◎横須賀線鶴見付近で二重衝突事故。161人死亡。
◎三池炭坑三川鉱でガス爆発。死者458人。一酸化炭素中毒による後遺症も問題化。
◎東京都内に正体不明の“草加次郎”による連続爆発物事件。

◎門司・小倉・八幡・戸畑・若松の5市が合併して、人口105万の北九州市が発足。
◎キヤノンが大企業では初の週5日制、三菱電機は第1と第3土曜日を休日に踏み切る。(週休2日制が広がり始める)
◎大阪・千里ニュータウンの入居開始。
◎国土地理院が基本図に2万5000分の1を採用。
◎東京医科歯科大学の齊藤洋三助教授が、初めて「スギ花粉症」を報告。
◎東大総長茅誠司らが「小さな親切運動」を提唱。

◎初の日米間テレビ宇宙中継の受信実験に成功。映し出されたのはケネディ暗殺の映像だった!
◎第14回NHK紅白歌合戦が歴代最高視聴率81.4%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。
◎NHK大河ドラマ第1作「花の生涯」放映。
◎連続テレビアニメ国産第1号「鉄腕アトム」放映開始。「鉄人28号」「エイトマン」と続く。
◎小松左京・星新一らが日本SF作家協会を設立。
◎プロレスラー力道山が、赤坂のキャバレーでやくざに刺殺される。
◎NHKが女子社員を表わす“BG”を放送禁止用語に。女性週刊誌が募集した“OL”が使われるようになる。
◎邦画5社がこれまで続けてきた劇映画のテレビ放映禁止を解除。

■流 行:ボウリング・ダイヤブロック・レゴ。
■テレビ:NHK大河ドラマ・鉄腕アトム・アップダウンクイズ・キユーピー3分クッキング・ロンパールーム。
■邦 画:黒沢明/天国と地獄・今井正/武士道残酷物語・田坂具隆/五番町夕霧楼。
■洋 画:デヴィッド=リーン/アラビアのロレンス・テレンス=ヤング/007は殺しの番号・ジョン=スタージェス/大脱走・アーサー=ペン/奇跡の人。
■ 歌 :舟木一夫/高校三年生・三田明/美しい十代・三波春夫/東京五輪音頭・梓みちよ/こんにちは赤ちゃん・ザ=ピーナッツ/恋のバカンス・真理ヨシコ/おもちゃのチャチャチャ・坂本九/見上げてごらん夜の星を。
■ 本 :山口瞳/江分利満氏の優雅な生活・司馬遼太郎/竜馬がゆく・占部都美/危ない会社・河野実=大島みち子/愛と死をみつめて・井上清/日本の歴史。
■ことば:三ちゃん農業・バカンス・かわいこちゃん・かぎっ子・キーパンチャー。

❖年表の元ネタ主な参考資料三省堂『コンサイス世界年表』三省堂編修所編。河出書房新社『昭和・平成 家庭史年表』下川耿央・家庭総合研究会編。小学館『昭和・平成 現代史年表』神田文人編など。

dendenmushi.gif(2014/12/12 でんでんむし蛇足の記)
 SFにのめり込んでいくようになるのが、日本SF作家協会ができる前の年くらいからだった。ミステリーも読んだが、SFのほうがおもしろいと思った。(福島正美責任編集の「SFマガジン」では、手塚治虫が「鳥人大系」の連載を始めていたという記憶があったので、念のためにと確認してみたら、それは1971年からで、記憶とはなんと8年もズレていた。)
 映画だのSFだのそういう個人的な興味と、仕事の内容を一致させるのは、まず普通の場合できっこない。趣味や興味と仕事は別。それは誰でもそう思うだろう。しかし、事前に出版物などの内容がわかっていたら、ひょっとしたらこの会社をわざわざ選んだだろうか…。実際には、出版という同じジャンルでの選択の余地などまったくなく、他との比較などもできなかったわけだが、そんな思いも自分にあった。そういう、個人的興味からすれば明らかに畑違いであるはずの編集部の中に、ずっと居着いてしまうことになったのは、自分なりの役割とやりがいも感じられたからであろうと、これは後になってみて思う。
 一言でいえば、言葉・文章でいかに伝えるという点では、編集の基本は扱う情報のジャンルを問わない。これができなければ、どんな分野の編集でもできないだろう。
 税法の法令集も出していて、その校正もよくやった。法令の文章というのは、よく読めばなかなか味のある、そして精緻に組み立てられた日本語文である。門前の小僧でも経を読むというのに、門の中に入ってしまった小僧がこれを読まなくてどうする。
 勉強をしなければならないと思うが、これを読めばいいという入門書・参考書がなかなかなかった。この経験も、後に単行本の編集をやるときに、役に立った。
 いちばん大きかったのは、社長の意気に感じたことで、及ばずながら力になろうじゃないか、役に立とうじゃないか、そんな気持ちにもなっていた。その人は、満州から引き揚げてきてさあなにを仕事にするかというとき、ちょうどシャウプ税制で難儀をしていた事業者や個人のために、自分で税金の解説を書いて売り歩いたという苦労をしてきたという。
 それから10年かけて出版社らしい形になってきたが、よく「大企業なんてものは、きれいな大きなビルに入って大勢が寄ってたかってかっこよくやっているが、実はその中身はくだらんことが多いんだ」「中小企業が大企業のマネをしてはいけない。ほんとうに中小企業のためになる、役立つ情報はどこにもないではないか」というようなことを言っていた。
 中小企業の数は、1963年当時で400万くらいであった。その後1996年まで増加し続け、ピークには600万社を超えるがそれからは減少に転じ、最新の発表統計では385万社(者)となっている。50年の間にいったん増えて、また50年前の水準以下になっているわけだ。
 中小企業白書は、毎年判で押したように、“わが国企業数の99.7%、従業者数の7割、付加価値額(製造業)の5割強を占めるなど、「日本経済の基盤を形成」している”といってきたが、その基本状況にも長い間大きな変化はなさそうである。中小企業の定義は、若干時期によって微妙に変わっているが、大筋製造業では資本金3億円以下・300人以下で、サービス業ではこれが5,000万円以下・100人以下になる。
 1963年当時で400万あった中小企業の多くは、戦後にあるいは昭和25年以降に新規に設立されている、といってよい。新しい日本が復興と新生への期待を膨らませつつあるなかで、自らの才覚によって創業し、それに後からだんだんと信念のようなものが自信とともに養われていく…。多くの中小企業経営者がそんな経緯の中で事業を発展拡大して、そこへまた新規参入組や個人経営から法人成りで会社になるのも増加してきた。
 いわゆる高度経済成長期の中核をなしていたともいえる、1962(昭和37)年から1966(昭和41)年にかけて、ちょうど中小企業の数もどんどん増えピークに達していた時代には、そんな一面もあった。
 入社した会社の社長も、自らも中小企業そのものであるが、中小企業こそ国の柱である、その中小企業経営のために資する出版をという、固い信念の持ち主であった。そのためにも、中小企業のメッカでもある大阪に本拠を置くべきだと、本社移転という大技に踏み切ったのである。
 そして、雑誌の数も増やし、税務のみに留まらず企業経営(経営者)、総務経理部門、販売営業部門のそれぞれにわたる情報提供を志した。それは、きわめて時機にかなった経営戦略で、雑誌の部数も徐々に伸ばしていった。
 担当していた総務経理部門の雑誌では、各企業の求人が重要なテーマにもなり、「金の卵」と言われるようになっていた地方から都会へ働きに出る人の数も増え続けていた。
 高度成長は、そうした勤勉な労働力や多くの中小企業の努力と底力によって、時勢のめぐり合せもうまく噛みあって現出されていったと言える。
 初めて住むことになった大阪は、ほんまおもろいとこやったわ。
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