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1482 金毘羅岬=苫前郡初山別村字豊岬(北海道)しょさんべつ村もがんばってますが豊岬ってどこにあるんでしょう [岬めぐり]

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 留萌の黄金岬と初山別村の金比羅岬はおよそ75キロも離れている。これだけ離れていれば、相互の関係はなさそうだから、金つながりといえばこじつけになってしまうだろう。
 留萌の黄金は由来不明だったが、ここは船の守り神である金毘羅さんを勧請したからではないかという想像はつく。この金比羅岬から北には次の岬が稚内の野寒布岬で、そこまではさらに105キロで、その半分はサロベツ原野の海岸である。実に留萌から稚内までの180キロの間の沿岸で、唯一の岬がこの岬、ということになるのだ。
 サロベツ原野の海岸はバス路線は走っていないが、天塩・幌延・豊富までの間をつないでいるのが沿岸バスで、このバスはなかなかエライ。残念ながら、豊富から稚内までバスは繋がっていないが、岬がないのでここから先へは行く必要がない。
 本当は、サロベツ原野のどこか端っこでもいいからちょっとだけ歩いてみたかったのだが、ひとつだけある海岸に出るバスも相当に不便で結局あきらめた。が、それでも沿岸バスがこの岬不毛地帯の沿岸を、ちゃんと走っているのは立派なものだ。
 だが、あくまでも廃止された鉄道の代替が存続理由なので、幌延・豊富からさらに北へもう少し行けば稚内なのに、それは行かない。
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 幌延・豊富行きの沿岸バスは、初山別村の中心地を抜け、少し内陸を回りこんで走る国道からまっすぐ海岸に向かって延びる一本道に入る。その行き止まりに、岬センターというバス停があり、道の駅や「岬の湯」という温泉施設や駐車場がある。
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 岬センターのバス停から乗るときは、宿泊施設のフロントに申し出て、あらかじめ予約を入れておかないといけない。予約がないと、あるいは降りる人がいないと?、国道をまっすぐ行って、この道まではバスも入ってこない、というしくみになっている。
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 バスを降りたそこから隣にある丘の上に灯台があり、しょさんべつ天文台がある。この一帯はみさき台公園という広い公園になっていて、なかにキャンプ場やバンガローなどもある。お約束どおり、やっぱり数台のキャンピングカーも停まっていて、テントを広げてなにかやっている。
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 他人の趣味や楽しみにケチをつけるのは、自分の掘った穴に落ちるようなものだからやめておくが、お互いせめてもうちょっとお天気がよいとよかったね。
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 金毘羅岬の名の由来は、燈光会の看板によると、この沖では海難が多発したので、金毘羅さんを祀ることにしたところからという。なるほど、とも思うがいささか説明不足で、納得度はいまいち。
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 海岸を覗いてみると赤い鳥居も見える。だが、帰りのバスまであまり時間の余裕もないので、下まで降りるのはやめておいた。降りるのはいいけどまた登って帰るのが大変だしね。
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 金毘羅岬のあるここはみさき台公園だが、公園のあるこの付近はセンターの北の集落まで豊岬という字地名がついている。郵便局も豊岬だし、海水浴場も豊岬。ひょっとしたら、そういう名の岬が金比羅岬とは別にあるのか?と思わせるに充分である。ムダと知りつつ探してみたけど、やっぱりそれはない。
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 「豊岬」というのは、なくなった羽幌線の駅名だったということはわかったが、ではその駅名はなぜそういう名になってどこの岬を指していたのか、その答えにはならないのだ。
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 村のサイトでは「初山別村最大の観光スポット。」としてみさき台公園をあげているが、それはつまりこの公園と付属する周辺施設全体が、「村営」あるいはそれに準ずるものなのであろう。
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 村としてはなかなか思い切った試みといえようし、その成果があがることを祈る気持ちに偽りはない。だが、それならそれで、なにかあまりにもいかにもそれらしく整いすぎていて、なにかが足りない。なにが足りないのだろう? たとえば「木」かな? さっぱりおもしろ感やわくわく感に乏しいように思うのは、お天気のせいではあるまい。
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 園地の照明は天文台のじゃまにならないようにしてあるそうだから、キャンピングカーがなくても温泉の宿に泊まって、夜は天文台で星空観察したり、芝生に寝っ転がって流れ星を数えるようなことができれば、それはそれで魅力的な岬になるかもね。お天気がよければ…。
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▼国土地理院 「地理院地図」
44度33分48.46秒 141度46分26.30秒
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番外:沿岸バス=苫前郡初山別村字豊岬(北海道)オロロンラインを走る沿岸バスで留萌=豊岬間に乗り帰りは羽幌経由で [番外]

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 沿岸バスのバス停は、要所要所ではビルの一角を借りたり、あるいはそれ以外のところでもいちおう屋根付きベンチ付きの待合所を設けている。
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 留萌の十字街も留萌駅前(といっても駅から少し離れた国道沿い)の停留所も、ビルの一角で、ベンチとトイレと自販機が備えられている。これから80キロ近くも(あるいはそれ以上)バスに乗って行くとなれば、これはありがたいというか、必須でもあるのだろう。
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 そもそもこの沿岸バスは、廃止された鉄道の代替交通機関としてできたものなので、その路線もレールのあったところをなぞっているらしい。
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 留萌を出た沿岸バスが、北へ向かって日本海の北沿岸を走り始めると、ほぼ真っ直ぐに海岸そばの道路がしばらく続く。15キロも走ると大椴川を渡るが、ここまでがこの沿岸に最初に線路が通った区間になる。留萠本線から北へ分岐して、留萠=大椴間が開通したのは、1927(昭和2)年のことであった。以来、この鉄路は、羽幌までそして幌延・天塩・遠別と延びつながっていき、1935〜36(昭和10〜11)年には宗谷本線と接続していた。
 そうして、半世紀を超える歴史を刻んできた羽幌線も、1987(昭和62)年それも国鉄分割民営化直前に廃止されている。露骨というかなんというか、まるで路線廃止の見本かなにかのように、民営化の直前に国鉄の線路として最後の廃止路線となったのが、かつては急行「るもい」や「はぼろ」が走ったこの羽幌線だった。
 こうして留萠=幌延間141.1キロは、沿岸バスのバス路線に転換され、この南北に長い路線バスが走ることになった。
 増毛から北へ、この路線バスが走り抜ける沿岸市町村は、増毛郡増毛町・留萌市・留萌郡小平(おびら)町・苫前郡苫前町・苫前郡羽幌町・苫前郡初山別(しょさんべつ)村・天塩郡遠別町・天塩郡天塩(てしお)町・天塩郡幌延町・天塩郡豊富(とよとみ)町とちょうど10を数える。いずれも、道民にはともかく本土の大半の人にとってはあまり馴染みのない地名ばかりだろうと思われるが、幌延という地名はそのうちみんなに知られるようになるかもしれない。なにしろ、そこは放射性廃棄物の地層処分の実践研究が進められているから…。
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 国道232号線と239号線は、別名オロロンラインの長い北への道中は続く。この沿岸は道路が海岸のそばを走っているが、山側が崖で迫ってくることはなく、明るく開けていてトンネルもない。
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 鬼鹿豊岡を過ぎなおも小平町が続くが、やがて苫前町に入ると、霧がいっそう濃くなってきた。苫前は大きな地図でもちょっとした出っ張りが目立つ場所もあって、港と灯台のある丘があるのだが、そこには岬がない。沿岸の岬は、羽幌町にもないので、次は初山別村の金毘羅岬までない。金比羅岬の先にもない。
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 往路では霧で何も見えなかったが、復路のバスからは苫前のグリーンヒルウインドパークという風力発電の風車が立ち並ぶところや鵜が羽根をやすめるロウソク岩がある。
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 今回の岬めぐりのポイントのひとつでもあった、天売・焼尻の島から帰ってきたときに、立ち寄ったのが沿岸バスの羽幌ターミナル。ここは旧国鉄の羽幌駅と鉱山鉄道の駅があった場所らしく、広い敷地をゆったりと使っている。その昔は羽幌の炭鉱から石炭を積み出す貨車がひしめいていたであろう旧構内は広い公園になっていた。
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 羽幌駅のあったことを示す、草花に埋もれた歌碑は「数多き 思い出乗せし 羽幌線 昭和とともに名残り惜しまむ」?と読める。昭和2年から昭和62年だから、確かに昭和とともあった鉄道だった。
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 帰りに、初山別から羽幌まで、羽幌から留萌まで乗った沿岸バスは、来るときの観光バスタイプではなく、普通のバスで途中で乗り降りする人も多かったので、長距離移動のためでなく生活路線としても充分に機能しているらしい。それでも経営は楽という訳にはいかないので、先に「番外:増毛」の項で紹介したようなお願いになるのだろう。
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▼国土地理院 「地理院地図」
44度33分48.46秒 141度46分26.30秒
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1481 黄金岬=留萌市大町二丁目(北海道)留萌パワーはすごいが単に黄金の夢を見ただけの岬だったのだろうか [岬めぐり]

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 黄金岬はめずらしく市街地にある岬で、JR留萠本線の終点になってしまった留萌駅からは2キロほど、留萌中心市街地の十字街からは1キロちょっとくらいのところにある。
 かつては列車から直結していたであろう港を南側から囲うようにして伸びている丘の西の端は、合同庁舎やハローワークなどもある大町のはずれで公営住宅が立ち並ぶ。その西端の崖の上が、元々の岬であったのだろうが、現在では、黄金岬といえばその崖の下の岩場の出っ張りをさしているようだ。
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 そこは、観光スポットというほどではないにしても、ある時期、多くの人が集まってくることを想定し、かつそれを期待したと思われる痕跡がいろいろ残されている。痕跡しか残っていないということは、その思惑は失敗したのであろう。
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 海岸の道路脇の狭いスペースには、何軒もの食べ物屋だったらしい建物が閉ざされたままになっており、岬の出っ張りには園地やベンチや岬の名を刻んだモニュメントとか、岩場に降りて歩く遊歩道のようなものまでできている。キャンプ場や海水浴場もあったようだが、今もそれらが機能しているのかどうかは定かでない。
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 食べ物屋は閉じていても、園地を整備して植えたハマナスは花をつける岬の周辺で車を停めて、岬の海岸を歩く人もちらほらとある。
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 丘の上から見下ろすと、黄金岬が海岸の岩場の出っ張りだけではないことが改めて感じられる。20メートルくらいの崖の上は、そこがかつては日和山と呼ばれた見張り所であったという石碑がある。
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 日和山というのは、現在の地図に残る名ばかりではなく、その昔そう呼ばれた丘や小山や岬の上が、あちこちにたくさんあったと思われる。
 海を見渡して、魚群を探知したり、天候や風や浪の様子などを見張る場所としての役割があったが、この場所になぜ「黄金」のような名前がついたのかはわからない。
 あるいは、留萌港が繁栄した頃の名残りなのであろうか。
 初めに留萌に降りた日は雨だったし、時間的にも初山別方面に行くバスに乗る都合があって、この日はとりやめ、黄金岬へは帰りの途中で留萌に戻ったときに行った。
 JR留萌駅前には黄色いタクシーがたくさん停まって客待ちをしているのだが、たまたまその時は黒いタクシーだけがいた。運転手さんに海のふるさと館までと行き先を告げると、俄然反応してきた。
 ちょうど今、佐藤勝の展示をやっている入場無料だから是非寄ってみてください、と言う。この作曲家は留萌の出身なんですが、ご存知でしたか、と続ける。ご存じない。その名前からしてまったく記憶になかった。
 留萌出身の人にはほかに森田公一もいます。ああ、それなら知っている。
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 とにかく熱心なので、岬を眺めるついでだし、そこにあるのだから手間も足もいらない。ちょっと展示室に寄ってみることにした。
 そしたら、佐藤勝という作曲家は、映画音楽の分野で幅広く活躍した人で、黒沢映画の音楽を始め、たくさんの映画音楽をつくってきた人だった。映画の題名は、あれもそうかこれもそうかという有名ドコロが並んでいるが、残念ながらメロディーが思い浮かぶことはない。
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 日本映画の場合、監督やついでにちょっとだけ脚本家の名が知られることはあっても、作曲家が脚光を浴びることはあまりない。木下忠司や林光のような人もいることはいたが、それでもいくつかの曲が思い浮かぶようなことはあまりない。(木下忠司の♪おいら岬の〜の『喜びも悲しみも幾歳月』や、テレビ『水戸黄門』の♪人生楽ありゃ苦もあるさぁ〜のような例外もあるにはあるが…。)
 けれども、外国映画の場合には、その映画のテーマ曲や主題歌がたくさん残されており、そのいくつかはシングルカットされてそれ自体が単独でヒットしたりしている。今やポピューラーのスタンダードになっていて、逆に「なにこれ映画音楽だったの」という人がたくさんいるくらいだ。
 そういえば、もう遠い昔、青春時代の真ん中のでんでんむしも映画音楽に興味を持って、ドーナツ盤のレコードを何枚か買っていたが、それも全部外国映画に限られる。その曲名を並べてみると、あまりにもあまりにも…で、へそまがりの看板に傷がつきそうなので、やめておこう。
 露骨なメディアミックス戦略を押し、映画と歌をセットにし宣伝費をつぎ込んで流行らせようとした角川映画のような例もないことはないが、日本映画も映画音楽をもっと工夫してもよいのかもしれない。佐藤勝のような人に、ほんとうはもっと光があたってもよいのだが、それにしても映画音楽作曲家の展示って、困るよね。結局並んでいるのはビデオやDVDの箱ばかりなのだから…。
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 海のふるさと館というのは、いかにも自治体がブームに乗って建物を建てたのはいいが、その後の運営維持管理に行き詰まって閉めてしまったのか…という見本のようなものだった。
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 ハコモノ行政の失敗を、教訓として忘れないために残してあるといういうわけでもなさそうで、上の階にあるレストランや豪華な展望ラウンジなども、すぐにでも客を迎えられそうな雰囲気だ。つまり、実質的に閉鎖してまだ間がないのだろう。その処分も行く末もこれからなのだろう。結局、崖の下の食べ物屋の建物と崖の上のハコモノも、いずれは取り壊されることになるのだろうか。
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 黄金の岬は、単に黄金の夢を見ただけの岬だったのだろうか。
 あまり時間に余裕もないので、歩いて十字街に出るのはやめて、留萌駅までまたタクシーを呼んだら、やってきたのは来るときと同じ運転手さんだった。見てきましたよ〜佐藤勝。そうですか留萌出身にはね、音楽家ではほかにもあがた森魚とかね、ダン池田なんかもそうなんですよ。へぇーそうなんですか、すごいですね留萌パワー。
 運転手さん、肝心な人を忘れている。この人もすごい人です、宮川 泰。その人にはでんでんむしは二三度ばかり会ったことがある。たまたま転勤族の父親の赴任先留萌で生まれたというだけの縁なので、あまり地元でも意識はないのだろうか。

▼国土地理院 「地理院地図」
43度56分48.18秒 141度37分44.57秒
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番外:増毛=増毛郡増毛町弁天町(北海道)鉄路も連絡船もなくなった街では次にどんな風を待つのか [番外]

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 高速バスを含めると札幌から幌延・豊富という長距離をカバーしている沿岸バスには、これからの西海岸の岬めぐりではずっとお世話にならなければならない。その手始めにまず、留萌=雄冬間の留萌別苅線に乗っている。そのサイトのトップページでは、シンボル・キャラクターらしい萌えっ子イラストとともに、以下のような文言が並んでいる。

鉄路は無くなったけど私たちは元気です。また遊びに来てくださいね。
【お願い】
 全国には、存続が危ぶまれるなか、自社努力や国や都道府県、沿線自治体等からの公的な補助、お客様の温かい支援等をもって維持する公共交通が数多くあります。身近な鉄道や路線バス、船(フェリー)を将来にわたって維持するために、積極的なご利用をお願い申し上げます。
 
 公共交通機関網を、なんとか守るためには、結局みんながたくさんひんぱんに利用するしかない。一度だけやってきて一度だけしか乗らない通りすがりでは、たいしたことにはらないが、沿岸バスで小雨の増毛を二度通過した。
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 テレビCMでもよく見かけるこの二文字。それとはまったく関係のない「増毛」もアイヌ語源で「かもめの多いところ」という意味の「マシュキニ」「マシュケ」が転じたもの、と町のサイトでは言う。
 なぜどのくらいカモメが多いのか。別に野鳥の会のように目視で数えて実態調査をしたわけではなく、ニシン漁が盛んだった頃のイメージからなのであろう。
 1706(宝永3)年に松前藩士が知行したところから、和人の記録に表れるこの地は、それから約50年後に増毛場所ができて、本格的な和人の定着が始まっている。
 ニシン漁のもたらす繁栄を基礎に、幕末には沿岸警備の要衝として、明治期には交通網の整備が急速に進んで、鉄道と港湾とを結ぶ拠点として重きをなした。
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 つい先頃廃線になったばかりの留萌=増毛間の鉄道の名残りは、この岬めぐりの計画を立てる段階では、まだMapionには、堂々と白黒の鉄道軌道の記号線がしっかりと描かれたまま残っていたくらいだった。
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 その線路は、留萌からずっと海岸沿いを走っていたらしいが、波型に凹凸が曲線を描く海岸の、凹の湾岸を辿って港の北寄りに終点の増毛駅があった。線路の陸側は40メートルくらいの小高い丘が北に伸びており、その丘の北と西側に町が広がっている。
 凸の部分の町並みのつくる海岸線も特徴があって、こういう海岸線はなにか八方破れの無防備なような感じがしておもしろい。
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 国道から外れてバスが市街に入って行くと、なにやら歴史を感じさせる建物もある。町では、鉄道がなくなった後、主に往時の繁栄を偲ばせる大正期の町並みを復元させて売り出そうとしているようだと、後で運転手さんが教えてくれた。
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 増毛駅の建物もなくなっているが、それも復元する計画もあるらしい。留萌からのバスには、数人の乗客もいたが、みんなここで降りてしまった。観光目的で来る人も、それなりにあるらしい。こちらはバスから降りないで、通り過ぎるだけだから、たいして書くこともないし、写真もほとんどない。
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 だが、誰もがこの街から連想で思い浮かぶのは、『駅  STATION』ではなかろうか。
 1981年に製作されたこの映画は、個人的にはみんなが絶賛するほどの名作とも思えないのだが、いくつか印象に残るシーンがあって、それで忘れない映画のひとつである。
 円谷選手の手紙のナレーションとか、大晦日の夜居酒屋で紅白の「舟唄」が流れる場面とか、小さな駅の改札口と雪の町の間を出入りする人々とか、駅前の角に建つ食堂の佇まいとか、増毛から雄冬へ向かう連絡船が欠航だと言う場面などが、断片的に記憶に残っている。
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 そのロケに使われた食堂は残っていて、今も角に建ち観光協会が使っているというが、なんか映画の印象とは雰囲気が違う。「風待食堂」という同じ看板も掲げているが、なんだか、すごく違う。
 ナニが違うと感じる要因なのか。もちろん、周囲の建物や、道路などがきれいに新しくなっているのは当然だが、それだけではない。
 写真をネットで探してきて比較してみて気がついたのは、角に電柱があるかないか、その違いだった。
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▼国土地理院 「地理院地図」
43度51分21.35秒 141度31分29.46秒
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1480 カムイエト岬=増毛郡増毛町岩尾(北海道)霧に霞んでいてわずかしか見えない「神の岬」 [岬めぐり]

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 雄冬の北東隣にあった赤岩岬の所在は「増毛町岩老」だったが、その北に続く日方岬・マッカ岬、そしてこのカムイエト岬の所在はいずれも「増毛町岩尾」となっている。岩尾はずいぶん広範囲をカバーしている字地名であるが、おもしろいのは「岩尾温泉」の付近も赤岩岬と同じ「岩老」となっていることだ。岩老にあるのに「岩老温泉」と言わず、「岩尾温泉」と称しているのはなぜなのだろう。
 この付近と狭い海岸沿いの一部だけが「岩老」で、あとはほとんどが「岩尾」。岩尾と岩老。この区分はどうしてできたのだろう。
 例によって、どうでもいいことだが、でんでんむしはこういう一見どうでもいいようなことにこそ興味を惹かれる。おそらくこれも、答えは期待できないのだろうが、知っている人があったら教えてほしいものだ。
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 カムイエト岬の東の出っ張りまでが「岩尾」で、その東はすぐに「別苅」になる。カムイエト岬は、同じ岩尾にあるマッカ岬や日方岬と違って、見える岬のはずである。地図で見ると、いちばんよく見えるのは、国道231号線が、増毛の市街地を抜け、暑寒橋を過ぎて南下していく途中の道からで、少し遠いがそこからならカムイエト岬の全貌も見えるはずだった。
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 ところが、この日は朝からの雨で、岬も遠くに霞んでいてあまりよく見えない。そこで…というより、バスのダイヤにも合わせて、大別苅で下車し、カムイエト岬にできるだけ接近してみようと考えた。
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 大別苅は別苅という大きな集落の西隣にある国道沿いの小さな集落と漁港があるところで、国道のバス停から港に降りて行く。「ベッカリ」も「ペシ=水際の崖」から転じたアイヌ語源らしいが、確かに目の前に大きな崖が見えてくる。
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 だが、その崖は別苅漁港の西にある崖で、その向こうに薄く霞んでいるのがカムイエト岬になる。
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 なにしろ名前からして、「カムイ・エト(神の岬)」だから、よほど荘厳かつ神秘的な岬の風景があるのだろうが、残念ながらこのお天気では、霧に隠れていて、その裾のほうがわずかに伺えるだけだった。ちょっぴり、神秘的ではあるけれども…。
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 港を西へ進み、その防波堤のどん詰まりのところまで寄ってみたものの、そこからではカムイエト岬はまったく見えなかった。
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 また、戻って港への道の途中から眺めるのが、どうやらベストポジションのようだ。
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 その道の脇にも堤防のどん詰まりのところにもあったが、ここに限らずとにかく北海道ではやたらはびこっている植物がある。昔、西日本の道端でもよくあったスカンポのような感じもあるが、もっと背丈が高く巨大で、茎の部分も太く樹木のように頑丈そうだ。
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 どういう名前の植物かよくわからないのだが、なんとなくイタドリの仲間ではないかという類推はできる。イタドリならば、最近は通販の健康食品にも出てくるくらいだから、いくらか有用性もあるのかもしれないが、これは見たところほとんど北海道では「邪魔者」でしかないようだ。葉が青いうちはまだ道路の縁取りくらいにはなるが…。
 地方へ行くと、それぞれ民家の軒先や庭にさまざまな見たこともないような花が咲き乱れていて、そういうのを見るのも楽しいし、なぜかうれしい。
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 別苅漁港に降りて行く道の入口に立っていた看板には、タコの絵が描かれていた。この漁港ではタコが水揚げされるのかと、ちょっと意外な感じがした。イカならばやっぱりそうかと思うところだが、感覚的にタコはやっぱり意外だった。
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 その隣の倉庫のような建物の周囲には、青い網カゴが山のように積み重ねられている。
 これは、北海道に限らず、沿岸の漁港周辺ではよく見かけるもので、形や大きさにも何種類かあるし、色も赤いのも茶色いのもある。
 これらはカゴ網漁という漁法で用いられるもので、中にエサを仕掛けて海底に沈めておき、そこに入ってきたカニやエビなどを捕るものらしい。
 タコならタコツボというのは、一部を除いてだんだん減っているらしく、最近ではタコも四角い網を仕掛けるという。ここに積んであったカゴ網が、タコ用なのかどうかは確認できなかった。なにしろ、尋ねる人もまったく見かけないので…。
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 実際の行動順にいうと、大別苅からまた次のバスに乗って、雄冬まで行き、そこからまた折り返して戻っているのだが、大別苅で降りたのは、神の岬を見るためでもあったが、沿岸バスのバスダイヤを検討した結果の計画だった。
 沿岸バスのダイヤは、このように雄冬へ行くには大別苅で乗り換える必要があると表記されているからだったが…。
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 沿岸バスが、自らが掲げている自社サイトの時刻表の記載とは、実際には異なる運行をしていることに気がついたのは、雄冬から帰るときに乗ったバスの行き先表示が留萌になっていたからだ。
 大別苅で乗り換えなくてもこのまま留萌まで行けるんですね、とバスの運転手さんに確認すると、そうだと言う。「お客さんは、この一つ前のバスで大別苅までこられたんでしょうが、その次の便がこれなんです」
 なんだなんだ。道理で、大別苅では乗り継ぎ乗り換えの雰囲気がまるでないまま来たバスに乗ってしまったが、それも留萌から来たバスで、大別苅発ではなかったわけだ。

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43度50分7.47秒 141度27分26.44秒
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