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1595 オカメノ鼻・タテエボシ鼻=香川郡直島町(香川県)70項におよんだ播磨灘周辺の岬めぐりはこれでおしまい [岬めぐり]

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 「つつじ荘」というのは、どうやら海の家か何かの名前で、宿泊施設やカフェなどもあるらしい。そこが直島町営のマイクロバスの終点である。その浜辺から見ると、南西方向に細長く突き出た岬がある。
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 ここにはオカメノ鼻という名があるが、特に古文書に由緒があるわけでもない。前項および前々項で触れたように、直島にはこの地の代官などを務めたという三宅氏が代々伝えてきた『故新伝』という文書に島のあちこちについての記載があるようだが、そのなかに姫が琴を弾いて上皇を慰めたとか、姫の一人にの名は京であると伝えている。
 国土地理院の地図では、つつじ荘の付近には琴反地という字名がついており、その北西側の山には京ノ山105.5と表記している。これらが古文書の伝えるところと何か関係があるのかどうかはわからない。
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 砂州が先端の岩島と結びついたような地形の岬の周辺には、ベネッセ関連の何かがあるようだが、それも建物などの一部は伺えるがよくわからない。岬の方に向けて、デッキのようなものが設けられている。
 島の最南端でもあるオカメノ鼻から北、京ノ山の西にかけては、ベネッセアートサイトの美術館などが点在している。低いとはいえ山の中で、国立公園である周囲の景観にも配慮して、山の中に隠れるようにしてそれらの施設はあるようだ。
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 その自然の中を歩きながら、美術館めぐりをというのもコンセプトらしいが、結構な距離もあるので、つつじ荘から先へはシャトルバスがつないでいく。町営バスでやってきた大半の外国人観光客も、ここで降りてやってきたシャトルバスに乗り換えて行く。
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 オカメノ鼻を眺める浜辺には、低く小さな石の鳥居が立っている。しかし、その周囲には神社らしきものも、参道らしきものもない。
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 ベネッセに用がないこちらは、ここで次の町営バス便を待って、また宮ノ浦港まで引き返すつもりだが、もう一つ別の岬があった。これがこのシリーズ最後の岬になる。
 それが柏島の東端にあるタテエボシ鼻だが、つつじ荘の浜からでは柏島の西側は見えても東側は見えない。遠くに見える街は高松の市街地であろう。つつじ荘から東南へ峠を越えて行くと、タテエボシ鼻も見えるはずなのではあるものの、時間の都合もあってそれもできない。
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 いちおう近くまでは来ましたということで、豊島と井島の間を走るフェリーから、タテエボシ鼻方向を眺めたところも写真をあげておこう。だが、これもちょうど柏島の先端と手前の尾高島が被ってしまう。
 「タテエボシ」は立烏帽子であろうが、「オカメノ」は「阿亀の」か「岡目の」かだろうか。

 さて、ここまでで2018/10/から始まった、淡路島西海岸、東播磨、家島諸島、小豆島、豊島、直島と連続してきた播磨灘を中心とする岬めぐり、島めぐりは終わりとなる。 
 1525 江井崎2からの今回の一連の岬めぐりは、この1595項目まで、実に70項目にわたって続いてきたことになる。
 開始初日こそ晴天に恵まれたものの、中心となる家島・小豆島では丸々2日間は雨に祟られっぱなしだった。
 豊島から直島にかけては晴天が戻ってきたので、なんとか悲惨なままに終わる結末は免れたが、やはり岬めぐりはお天気次第だ。この播磨灘ルート・コースでは、バスやフェリーという乗り物に乗っていることが多く、歩き回ることは少なかったからまだよかったが、それでも雨の岬めぐりはパッとしなくてどうにも困る。
 この連載期間中、2019/03の半ばまでは3日に一項目の新規更新を続けてきたが、4月以降からは8日に一度の更新にペースダウンしている。そればかりではなく、でんでんむしは「きた!みた!印」と称してきたいわゆるnice! 欄を表示させないし、こちらからも訪問をしないことに切り替えた。
 これもいろいろ考えた末の決断で、ひきこもりポリシーをいっそう徹底することにした。明らかに、ブログのシステムや設計者の意図とは逆の方向へ行っているが、それもぼつぼつ幕の引き方を考えなければならないので、めんどうなことわずらわしいことは極力さけて、ちぢこまっていこうという方針からきている。
 そんなこんなのいろいろな事情で、次の岬めぐり新シリーズの計画は、今のところない。

▼国土地理院 「地理院地図」
34度26分34.06秒 133度59分29.75秒 34度26分30.42秒 134度0分51.58秒
スクリーンショット 2019-06-26 9.41.06.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2018/10/12 訪問)

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タグ:香川県
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1594 角崎=香川郡直島町(香川県)まちまちでバラバラな記述を総合して崇徳院と直島の関係を見直してみると… [岬めぐり]

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 直島は、かつては真島と呼ばれていた。神功皇后が吉備軍と待ち合わせをしたので待島となり、これが真島になったという。崇徳院(崇徳上皇)が島に配流されたときに付従った人々が、院に対して厚く実直であったことから、真島が院によって直島と名付けられたと『故新伝』は述べている。この史料では、前項の猫ヶ鼻のほかにも、島の多くの地名や縁をたくさん並べている。
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 たとえば、院の船が到着した浦を「王積の浦」、院の御所が造られた場所を「泊か浦」、院の姫宮が後を慕って三宅中務大輔源重成とともに到着した浦を「姫泊か浦」、そこの山を「姫泊山」としている。そのほか、院に付き従った家臣らが滞在した場所の名に結びつけたりしていろいろあげてある。
 現在の国土地理院地図に表記された名前では、本村の南側に積浦という集落があるが、どうやらそこが「王積の浦」であるらしい。その東には標高100メートルの「姫泊山」があり、そこから北東側に連なる尾根の先が角崎となっている。その陰がつくる凹んだ入江が「泊か浦」や「姫泊か浦」なのであろう。
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 『故新伝』では崇徳院はこの島で3年も過ごしたことになっているが、これは史実とはだいぶ違うのではないか。崇徳院の動静については、『保元物語』、『平家物語』、『源平盛衰記』などやその他の軍記物にも出てくるが、史料によって記述がまちまちで、長い間の言い伝えや記録がバラバラで、その後の改変などもあって、これにこう書いてあるから史実だと言えるような確かなものはどこにもないようだ。
 京から流されて行く経路についても諸説があり、錯綜している。配流先での受入御所の造営が間に合わないので、しばし別の場所に移って、それから讃岐松山に入ったというのは、どうやら本当らしいが、その場所や時間的な関係に関する記述に一貫性もなく、はなはだ曖昧なのだ。
 それらを総合すると、どうやら讃岐松山の官人であった綾高遠の屋敷→直島→松山の御所のように移動したとするのが最も妥当ではないかとの説もある。が、それだといったん讃岐松山に入りながら、そこからまた直島まで引き返すことになって、はなはだ不自然で納得しがたい。
 直島に滞在したとする記述そのものも少なく、でんでんむしの印象では、直島に立ち寄ったことはあったとしても、それはほんの短い期間のことではなかったかと推察される。
 というのも、古代から中世の直島は、讃岐ではなかったことが明らかで、備前国児島郡に属していた。讃岐に流され、そこを配流地として御所を造営しなければならぬのに、備前国だった直島に御所を設けて長期間滞在するということは、あり得ないと思われるからだ。
*DSCN0752 (1).jpg
 一方で、航路としては本州から讃岐国府方面に渡る場合、そのルートの中継地として直島は位置していたため、潮待ち風待ちのためにここに仮泊することは十分に考えられる。
 この直島滞在が、誤って直島配流として伝えられ受けとめられたのではないか。『保元物語』や『平家物語』の異本などが触れている直島行在所説は、事実ではないとみる見方は多いようだ。京に伝わった直島配流の噂と、実際の配流先での讃岐における状況を伝えたものとが繋がったもの、とみる見方である。
 『故新伝』が詳細に直島と崇徳院を結びつけて記録し、島の具体的場所のあれこれを並べているのは、院に付き従ってきて、その娘でつながる三宅氏一族の政治的な思惑があってのことだったのではないだろうか。実際に、江戸初期には上皇配流説を直島の支配に利用しようとした動きがあったという研究もあるという。
 でんでんむしがこのような納得にたどり着いたのは、北山本新庄研究室のサイト「崇徳上皇讃岐配流地の真相」を読んでのことである。
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 直島東端に位置する角崎は、実際に崇徳院や姫やそのお付きの一統をここで迎えたのだろうか。直島に潮待ち風待ちで立ち寄るとしても、この角崎がつくる積浦の入江よりほかに適当な湊は考えられないというのは、その通りであろう。
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 積浦から角崎のほうを眺めれば、遠く西には鞍掛ノ鼻、東には后飛崎がある。瀬戸内海広しといえどもどこをどう走っても同じということはなく、やはり潮や風や寄港地など航路としての条件を考えると、自ずから絞られてくるものなのだろう。神功皇后伝説でも、およそこの海域を航行しているし、崇徳院が流されるときにもそれと同じようなルートを辿っている。
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▼国土地理院 「地理院地図」
34度27分14.67秒 134度0分39.51秒
スクリーンショット 2019-06-26 9.40.36.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2018/10/12 訪問)

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1593 猫ヶ鼻=香川郡直島町(香川県)なんでネコなのかさっぱりわからんので調べてみると… [岬めぐり]

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 宮浦港から東へ2.5キロ行くと、直島の東海岸に出る。そこは本村(ほんむら)という地名が残っているので、元々は直島の中心部となっていた集落なのであろう。役場や農協などもここに集まっているが、今ではベネッセアートサイトの一部として、建物や路地などを中心とした家プロジェクトの舞台ともなっているようだ。
 それが目的ではないこちらは、超満員のバスに詰め込まれたまま通り過ぎるだけだったが、この付近のバス停周辺の狭い道路には多くの外国人観光客がたむろしていた。それが目当てでやってきた人たちなのだろう。何やらバスの運転手に向かって聞いているが、聞かれた運転手も会話ができるわけでもなく、答えに窮していた。
 また、宮浦港を出てバスが東へ向かう途中でも、Tシャツに半ズボンにリュックといった外国人のグループが、何組もバスに乗らず道をテクテク歩いているのを追い抜いてきた。この人たちはバスがあることを知らずに歩いているのか、それとも満員だから乗らない乗れないのか、または2キロや3キロはバスなんか乗らなくても普通に歩いて平気という人たちなのだろうか。
 ベネッセ目当てに来たのではない人間から見ると、なんとなく外国人韓国客が押し寄せ島が観光地化していく姿とそのスピードと、それを受け入れる側の態勢との間に、なにか大きなギャップがあるように感じられて仕方がなかった。
 バスというのは、直島町営バスは島の道幅に合わせた小型バスで、三菱マテリアルのリサイクル施設から宮浦港を経由して本村、そしてつつじ荘の間を、1日に20往復くらいしている。一回100円のこの路線は、2002(平成14)年にそれまで営業していたバス路線が廃止されるのを受けて、町がそれを引き継いだものらしい。
 その前に民営バスが廃止に至る理由もあったのだろうが、そのあたりの詳しい事情はわからない。ただ、町が引き継ぐだけの理由のひとつにベネッセアートサイトであったことは疑いようがない。が、それがそれまであった民営バス廃止を踏みとどまらせるには十分でなかった、ということなのだろうか。
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 本村港の向かいにある向島の南端には、猫ヶ鼻という名前がついている。猫ヶ鼻は低い岩の山が飛び出る形で残されたもので、岸壁との間はわずか200メートルちょっとしかない。ネコ好きならずともその理由が知りたくなる。こういう名前がつくには、それなりの理由があるはずだが、それがわからない。
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 ところが、ネットの情報を探していくと、崇徳院の可愛がっていたネコが死んだのでここに葬ったから、とする記述が出てきた。根拠がはっきりしないし、あまり信頼性がないので、ここでは採用しないことにしていた。だが、そういう言い伝えがあるのならば、なにかその根拠がどこかにあるのかもしれない。どうも気になったのでなおも調べを進めてみると、やっとそれに関する記録があることがわかった。
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 直島と崇徳院伝承が結びついた記録で、最も古いものは直島の大庄屋であった三宅氏によって編纂され伝えられてきた『故新伝』であるという。その中の「雑伝」の一節として、「向島の南の端に姫宮飼せたまふ猫を埋めし所あり、猫ケ端といふ」との記述がある。ネコを飼っていたのは崇徳院ではなくて、その姫(妾?)であった。
 崇徳院(崇徳上皇)については、坂出の乃生岬の項でも触れていたが、その配流地は讃岐は松山ということになっている。

 1348 乃生岬=坂出市王越町乃生(香川県)坂出市街はほとんど海だったと考えられ松山の津は雌山雄山の東あたり

 問題は、なにゆえ直島に崇徳院とその姫やネコまでいたのか、ということである。
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▼国土地理院 「地理院地図」
34度27分39.06秒 134度0分6.20秒
スクリーンショット 2019-04-13 11.01.05.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2018/10/12 訪問)

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