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1526 明神崎=淡路市明神(兵庫県)西浦沿岸に点々と刻まれたギザギザの出っ張りの陰に港と集落が続く [岬めぐり]

 江井崎の出っ張りから、西南方向に3キロほど下ったところに、明神崎はある。
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 淡路市明神の周囲には「草香」という地名がある。なんとなく線香を連想してしまうが、除虫菊の蚊取り線香と違って、普通の線香ではタブなどの木が主な原料になるようだ。だから、草と線香は直接結びつくわけでもないので、きっと関係ないのだろう。
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 名前の通りこの小島のような岬の出っ張りの上には鳥居のマークがあるので、車窓からは見えないが、明神さんの祠が鎮座しているのだろう。岬のわずかな出っ張りがつくる凹みには、風を避けるようにして港があり、集落がそれに面してある。ここの港は山田港と地理院地図には表記してある。だが、山田という地名は付近のどこにも見当たらず、なぜ山田港なのかは不明である。
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 そう大きな港ではないが、ここも江井港、都志港などと並ぶ、西浦(播磨灘に面した淡路島の西海岸)の廻船ルートの一翼を担っていたのだろうか。それにしては、ここは集落も港も小規模過ぎるような気がする。線香づくりがこの地域で始まった背景として、廻船のことはちょっとだけふれた情報があったので、それが存在していたことは確かなのだろうが…。
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 この淡路島西岸西浦一帯は、北西からの季節風をまともに受ける位置にあるため、冬季には農業も漁業も成り立たない。そのために、暮らしを支える手段として、杜氏などとして出稼ぎに出ていたという。
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 そういう地域での廻船の規模や意味がどういうものであったのかは、ちょっと撫でて調べようとしたくらいではよくわからない。けれども、ここの沿岸にいくつもの港が発達した理由は、地図を見れば想像がつく。播磨灘と大阪を結ぶには、渦潮で潮流の急な鳴門海峡は避け、明石海峡を通るのが一般的だったろう。そうすると途中の寄港地として西浦の存在がクローズアップされるのかもしれない。
 瀬戸内の航路といえば、香川県東かがわ市の引田を訪れた時のことが思い出される。
 そこには大きな港と街があって、かつては主に大坂との船の行き来が盛んであった時代があったことを示していた。
 播磨灘に面した淡路島の西海岸の地図を眺めると、北から野島、富島、育波、江井、そしてこの明神、さらに南には都志、岡田、津井と、いずれもちょこんと突き出した出っ張りが8つくらい、ギザギザと飛び飛びに並んでいる。それぞれその陰に隠れるようにして、集落と港が点在しているのだ。岬の名前がついているのは、そのうちのいくつか。
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 そして、ギザギザの出っ張りと出っ張りの間は、長い直線の海岸線と並行する道路が真っ直ぐに走っている。そんな地形が、連続しているのがおもしろい。ここらも、帰り道の車窓から眺めると、その様子がよくわかる。
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 今ではその面影も記憶も、偲び辿るよすがもなさそうなこの地域の、往時の姿を想像してみるには、昔読んだ司馬遼太郎の『菜の花の沖』をもう一度読み返してみるのがよいのかもしれない。
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▼国土地理院 「地理院地図」
34度26分55.33秒 134度47分53.78秒
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dendenmushi.gif近畿地方(2018/10/09 訪問)

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タグ:兵庫県
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