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1582 鞍掛ノ鼻=香川郡直島町(香川県)旧石器時代の井島遺跡が物語るものを想像してみる [岬めぐり]

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 人が住んでいる北側、島の3分の1ほどは岡山県の玉野市石島になっている井島は、南北に長く山火事で焼けた山肌を晒しつつ、南に行くほど細く狭くなっている。その南端は、二つのコブをもつ出っ張りとなって飛び出している。大きめのコブのほうには灯台が立っていて、鞍掛ノ鼻という名は、南の小さいほうの出っ張りの最南端につけられている。
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 鞍掛ノ鼻は切り立った断崖で、その断崖の途中には、ちょうど何かを引っ掛けるのにいいような岩の出っ張りもあったので、これに鞍を掛けるのかと思ったが、そんなことはない。
 鞍掛というのは、鞍を置く台のことなのだから、この二つのコブのある出っ張り全体が、その台のようだということなのだ。
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 フェリーはこの鞍掛ノ鼻を、深目の中華鍋のようなゆるいカーブを描きながら、東から西へと回り込んで行く。
 相沢忠洋による岩宿での旧石器の発見から2年後の1951(昭和26)年、この鞍掛の鞍部でも旧石器時代の遺跡が発見されている。井島遺跡と名付けられたこの遺跡からは、石槍や石鏃(せきぞく=ヤジリ)やナイフ形石器など多数の石器が見つかっている。この地域で石器といえば、サヌカイトを連想してしまうが、それと関係あるのかどうかは明確に書かれた情報は見当たらなかった。
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 岩宿以前には、日本には旧石器時代はなかったとされていたのだが、現在ではなんと日本列島全体で4000(ええっほんとかよ!)もの遺跡が確認されているのだというのだから驚いてしまう。時期的には、約3万年前から1.2万年前の後期旧石器時代と呼ばれる時代のもので、とすると縄文海進で海域が広がる以前のこの地域は、まだ海ではなかったと想像される。
 約2万年前頃はまだ氷河期で、日本列島が大陸と地続きになっていて、人類もマンモスなどとともに陸続きで渡ってこられた、というのがだいたいの定説のようだが、これにも異論があって、対馬海峡は陸続きにはなっていなかったとする説もあるらしい。1万年前には氷河期が終わって気温も海水面も上昇し始めて、瀬戸内海が形成されたのは6,000年前頃だったとされる。
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 大小の島がたくさんある瀬戸内海のこの辺りは、おそらくは陸地で本州と四国も繋がっていたのだろう。
 つまり、現在の風景からは、島に後に遺跡を残す居住地があって、丸木舟で海を往来していたかのような状況を想像してしまいそうだが、実はそうではないようだ。
 さらに想像を膨らませれば、海進によって海に沈んでしまった旧石器時代の居住地跡も多かったのではなかろうか。
 この鞍掛ノ鼻の遺跡は、たまたま山の上で残ったひとつだったに過ぎないのだろう。
 わからないことが多く、専門家は煮え切らないことばかり言ったり書いたりしているようにみえるが、いろいろ大胆に想像してみるのはおもしろい。
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▼国土地理院 「地理院地図」
34度28分43.28秒 134度1分13.41秒
スクリーンショット 2019-04-13 10.55.18.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2018/10/12 訪問)

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タグ:香川県
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