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1584 礼田崎=小豆郡土庄町豊島唐櫃(香川県)縄文早期の貝塚があるという豊島最南端の岬は秘境 [岬めぐり]

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 東西6.3キロ、南北4.5キロの豊島は、豊島唐櫃・豊島家浦・豊島甲生と大きく3つの集落と地域に分けられるが、主なのは北海岸に面していてフェリーが寄港する唐櫃と家浦のふたつだけで、南海岸にある甲生(こう)は島を周回する道路は通ってはいるものの、フェリーも寄らないので完全に取り残されたような格好になっている。
 豊島南端の礼田崎は、当然この甲生の領域だと思っていたら、ここは唐櫃だという。甲生の領域は、集落の周囲に限定されていて、豊島最高峰の壇山340メートルは家浦だし、その南にある230メートルのピークも唐櫃になっていて、そこから南に張り出して、礼田崎の大きな出っ張りも丸ごと唐櫃に所属している。
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 この岬は、秘境といってもいいのだろう。いちばん近いはずの甲生からは南東にわずか1.5キロしか離れていないが、そこへは道がない。いちばん近い道路まではピークを越えて1.25キロ北になる。船で行こうにも接岸できるような場所もないのだろう。
 距離的にはさほど遠く離れているというわけではないが、道がないということで、秘境になっているようだ。
 そういうわけだから、ここには行けないし、フェリーからも鞍掛ノ鼻の南を回り込んで西へ転回するときに、その前方や後方に遠く見えるだけでよしとしなければならない。
 位置的には、礼田崎の南は高松市で、男木島の北の端も視界に入ってくる。
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 地図で見ると、礼田崎の付近は、切り立った断崖や岩礁が続いているようで、最南端の出っ張りの東側には、崖が小さく盲腸のように飛び出しているところがある。ここが礼田崎貝塚のある場所だろう。
  約9000年ほど前の、西日本では最も古い縄文早期のヤマトシジミなどからなる貝塚は、その出っ張りの上のほう、高さ17メートルのところに、その層があるらしい。
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 つまり、鞍掛ノ鼻の旧石器人と違って、早期の縄文人たちは、海進が進んだ瀬戸内海東部で、島となった丘の上でシジミを食べていた、とシロウトには想像できるが、それでいいのだろうか。ということは、この頃には海上の往来を自在にする術も持っていたことになる。
 ダッダガ鼻からは南東に3.8キロ離れている礼田崎を後に、フェリーは西へ進んで行く。鞍掛ノ鼻を南に回り過ぎるところで、その向こうに姿のいい山が現れる。これは小豆島の最南端である白浜山299.7メートルで、その下が釈迦ヶ鼻になる。
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▼国土地理院 「地理院地図」
34度28分31.59秒 134度2分38.87秒 34度27分34.08秒 134度4分52.27秒
スクリーンショット 2019-04-16 16.29.49.jpg
dendenmushi.gif四国地方(2018/10/12 訪問)

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タグ:香川県
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